第一章 10
これからが、利沙の本領発揮。
と、言いたいところだが、これからがまた、複雑な作業にかからないといけない。
にもかかわらず、利沙の集中力は切れかけていた。
さっきからミスタッチが増え、一段と時間がかかり、下手をすると侵入している事がばれてしまいかねない。普段の利沙には考えられないミスが、作業を遅らせていた。
利沙は、一息つこうとして足の痛みで現実に引き戻された。
ハッキングに集中している時は、一時的に痛みを感じなかったが、痛みとともに現実を突きつけられた。
「……ふぅ。……」
周りを見て、さっきまでいたはずのユウの姿が見えなくなっていた。
そこで、少しくつろごうとして、足を組み替えようとした時、
「あっ。……いたっ。……ううぅ」
あまりの痛さに思わず声が出た。
呻いている時にタカシが近づいて来ていた。
「……。出来たのか?」
「…………」
利沙が答えずにいると、タカシは、利沙の右足の傷を蹴った。
思わず、
「うぅぅぅぅ。……」
利沙は呻き、足を抱えて丸くなった。
利沙には思いきり蹴られたように感じたが、実際は、軽く当てただけだった。
それでも、利沙には効果覿面。
タカシは、もう一度足をふりあげると、利沙は、
「やめてっ」
と、声をあげた。
そしてタカシの顔を睨みつけた。
タカシはそれを見て、利沙の前にしゃがみ込み、
「で、終ったのか? 聞いてんだよ」
冷たい声に利沙は思わず息をのんだ。
「もう一度聞く、終ったのか?」
「……まだ。……でも、もう少し」
小さめの声で言ったので、タカシは聞き取れず、
「なんだって? 聞こえねぇよ」
利沙は、おびえたように、
「まだ、……でもあと少し」
「終ってないのか。……変な事考えてないだろうな? ここから警察に連絡は取れないからな。それは、分かってるな?」
利沙は、何も答えずタカシから目をそらすと、足を抱えたまま、
「……全部終ったら、帰してくれる? この事は、誰にも話さないから。お願い。帰して」
シンやユウに対して訴えた。しかしそれに答えたのは、タカシだった。
「帰してほしければ、する事するんだ。誰にも話さないなら帰してやるよ。もし、ここの事を話せば、お前も捕まるんだろ? ハッカーさん。保護観察中だったよな?」
「へぇ。保護観察中ねぇ。初めて聞いた、タカシよく知ってたな。じゃぁ、警察には行けないよな?」
シンが言うと、ユウも同意した。
「誰にも助けてもらえないなんて、かわいそうだな? 俺等が味方についてやるよ」
ユウは嫌味をこめて言った。
「そんな事より、いつまでかかる?」
タカシは、冷静に聞いて利沙を自分に向かせた。
「……もう少し、ただ、一番手間のかかるところにきて、ここで目的を、具体的に教えてほしい。……もちろん、警察とかに知らせない。店舗に入る時間が分かれば、仕事が減らせて、こっちの仕事が早くすむ」
利沙は、必死だった。
少しでも早くここから出たかった。
「わかった。……ちょっと待て。ユウ、シンこっちだ」
三人は、テレビの方へ行った。
利沙はその後、息をつき足を抱えて横になった。
少し疲れて、目をつむった。
「おいっ。起きろよ。何寝てんだよ」
タカシが横になっていた利沙の背中を蹴って起こした。
利沙が目を閉じていたのは、ほんの五分程度だが、利沙にはもっと長く感じられた。
「ほらっ。ここへ行く。準備してくれ」
利沙は渡された紙を見た。
「……ここは、やめたほうがいい。ここだと、建物が大きすぎて、見つかりやすい。それでもいいならいいけど、違う所の方が、……危険は少ないと思う」
ここでいう危険とは、見つかる可能性が高い事をいう。
利沙は提案したが、もちろん聞き入れられるとは思っていない。
しかし、
「……じゃぁ、どこならいいんだ? 見つからない所とかってあるのか?」
シンが食いついた。
タカシが冷静に、
「どういう事だ。別の場所を今から探せないだろう?」
利沙はあえて強引に出た。
「手を貸すなら、安全な方をとる。見つかるために手は貸さない。こっちの方があんた達より不利だもの」
強く出た利沙の言葉に、
「だったら、どこへ行けばいい? そこまで言うなら、分かっているんだろうな?」
タカシが控えめに、でも、強めに言ってきた。
利沙は一瞬ひるんだが、一度つばを飲んでから、
「今の場所よりは、ましだと思う。サポートもしやすいし……」
と、タカシがのってきた。
「で、具体的にどうするつもりだ?」
利沙は、それを見てから落ち着いた口調で話し始めた。
「私が考えたのは、ここの警備会社が担当している別の建物に、同じようにショップが入っている所がある。そこには、宝石店が二軒あって、どちらか一つに入るのは簡単だと思う。警備会社のシステム自体そんなにセキュリティも難くないし、監視カメラの映像に細工もしやすい。巡回時間の間隔も長くて、その間を狙えば見つかる可能性は低くなる」
タカシはしばらく考えていて、利沙は、ハラハラしながらその時を待った。
「……だったら、その両方行けるんじゃないか? そうだ、その店二つとも入れるんじゃないか?」
「…………」
利沙が何の事か分からず、答えられずにいた。
「二軒とも行くんだよ。そこに二軒あるんだろ。だったら、その両方にいけばいいんだろ? どっちかじゃなくて、そうすれば、儲けも増えるしな。出来るだろ。それくらい、一軒も二軒も変わらないだろ。同じ警備会社なんだから。そうだよな?」
シンとユウに同意を求めるように、タカシは二人を見た。
シンもユウもそれに賛成した。
「そうだな。それに、同じビルの中なら移動に時間もかからない。言う事ないよ。俺は」
「二軒行くのか? なんか俺、興奮してきた。いつ行くんだよ?」
三人の話は利沙には、びっくりする内容だった。
強盗に、一軒入るだけでも大変なのに、二軒とも行くって、常識はずれもいいところだ。
そこまで考えて、強盗に入る事自体が、常識はずれだな。と、気づいた。
「あの……、どういう事ですか?」
そう言うと、
「とにかく、そこのビルの宝石店二軒とも行くから、それで準備してくれ」
タカシが、うれしそうに話した。
「……二軒なんて、そんなの無理に決まってる。むちゃだ」
「出来るさ。こっちには、お前がいる。そうだろ? 凄腕のハッカーさん」
「いくらなんでも、そんな……一軒だけでも大変なのに……」
「いいから、するんだよ。絶対に見つからないようにな。準備が出来次第行くから早くしてくれ」
利沙は、もう言われるがまま、準備を整えるより仕方なく、作業を再開した。
そして、すべての準備が整えられたのは、夜中の一時を回っており、利沙と三人は、再び車に乗り込み工場を出発した。
その際、利沙を背負って車に乗せたのは、一番大きなユウだった。
利沙も、いまさら逃げ出せず、動かされるがまま従った。




