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第三話 「旅立ち」


「……頭が痛い、世界がぐるぐる回ってる」

『二日酔いですから、それは仕方ないかと』


まだ少しだけ肌寒い初春の風を肌で感じながら、俺は呟いた。

本当に頭が痛い。

わざわざ俺一人を送り出すのにお祭り騒ぎ状態とかね。

というか俺をダシにして酒飲みたいだけだろ、アレ。

まぁ、それに乗っかってタダ酒を飲みまくった俺が言える事ではまったく無いが。

って…ア゛ッ!?


「あああぁぁ!」


悪路を走る馬車の振動のお蔭で、脳味噌がひっくり返ったかのような頭痛がズキズキと来る。


『……マスター。

そこまで苦しいのでしたら、これをどうぞ』


そう言って手の中に握らされたのは浮遊で荷車から引っ張り出してきたであろう水筒と干し柿。


「おぉ、こいつは」


確か柿にはカタラーゼにタンニンと二日酔いに効く成分が色々と入っていた筈。

急に決まった旅の為にとスウェンソンが頑張って取り寄せてくれた干し柿は甘味たっぷりで色々な意味でグロッキー状態だった俺の気分を持ち直してくれた。


「……ふぅ、少しだけ良くなった気がする。

まぁ、プラシーボだと思うが。

だが、助かったよ。ありがとう、ルカ」

『いえ、お構いなく。

マスターの補助は私の仕事ですから。

二つ目を取り出しましょうか?』

「いや、いいよ。

この旅は最低でも二週間はかかるしな。

途中で物資の補給をするとはいえ、最初から使いすぎるのはよくない」

『了解しました』


そう言ったルカは飲み終わった俺の水筒を片づける。


「しかし、平和だな」

『はい、平和ですね』


そう言った俺とルカが見るのはのんびりとした動きで進む馬車から見える外の風景。

上を見れば初春の太陽が昇り始めており、下を見ればまだ少し肌寒い風によって青々とした草原に陸の波が出来ている、実にのどかな風景が広がっていた。


あぁ、この旅の目的地もこんなのどかな光景だったら良いのだが。




那由多の彼方から 第三話 「旅立ち」




俺とルカが旅を始めなければならない原因が起こったのは今から一週間前に遡る。

村の掠奪を防ぎ、その事で発覚した魔法の不具合を修正すべく日夜、色々と勉強と研究をし続けていた俺に師匠がその事を告げたのだ。


「君は魔物という存在を知っているかね?」

「魔物ですか?申し訳ないですが聞いた事がありません」


言葉的にはRPG的に出てくる倒すとなぜかお金を落としたり剣とか薬草を持っていたりするモンスターと同じだが、おそらくそういう存在の事について言っている訳ではないだろう。

というか、そんな存在自体、聞いた事が無い。


「そうか。なら最初から説明するとしよう。

実は人類誓約の前の大戦争の時に魔法によって異なる生物を無理やり交配させ戦闘に特化した生物を生み出していた時期があってな。

そうやって魔法によって歪まされて生み出されてしまった生物を私達は魔物と呼んでいる。

まぁ、これがまた随分と曲者で戦闘能力が増大する程制御が困難になり、最後には制御が完全に不可能になってしまったのだ。

そして制御から離れた魔物は植えつけられた闘争本能のままに戦争末期の世界を好き勝手に蹂躙していったのだよ。

だから人類誓約によって魔物は製造に関する研究を禁止され、勿論、保有も禁止された禁忌の兵器となった。

加えて「人類」文明の存続を脅かす存在として認定されており、残存している魔物については国家、種族に関わらず協力して対処する事が義務付けられている存在だ。

これで大まかな概要は全てだが、理解できたかね?」


なんというか、どこの世界でも「人類」が持つそういうメンタリティーは変わりないらしい。

まぁ、総人口の半分以上を失った戦争らしいし、末期戦特有の暴発覚悟の一発逆転発想の研究が出て来てもおかしくは無いだろう。

しかし、ちゃんと規制しようとして実際に行動した辺り、元の世界の核のようななぁなぁよりかはマシかも知れない。


「はぁ、理解できましたが、それがどうかしたのですか?」

「実はその魔物の後始末を君に任せたいのだ」


え?……え?


「いやいやいや、待って下さい。

なんで俺がそんな事を。

というか無茶な!」


国家単位で対処が義務とかどう考えても地震とか嵐とかそういった自然災害の類に類する強さを持ってりう存在だよな。

そんな相手に金メッキ的な強さの俺が単独で相手するのは無謀としか言いようが無い。


「落ち着きたまえ。

別に私は君一人で魔物相手に戦い、討伐してこいなどとは言ってはいないよ。

ただ後始末をしてきて欲しいのだ」


後始末。

まさか死骸でも確認してこいと言う事か?

というかなんでそんな事を俺が?


「すいません。色々と理解できない事が」

「勿論、詳しい説明をこれからするとも。

この話の始まりは今から二十、いや三十年程前だったか。

原因は西公と皇帝領の間にあるループニア湖の中に浮かぶ島、バリストル島にある」


ループニア湖?

確か西公と皇帝の領地の境界に位置する湖だったか。

日本の琵琶湖よりちょっと小さいがかなりの大きさを持っていて水源として豊かな事から、この湖を巡って色々と両者が争っていたと歴史書に書かれていた覚えがある。


しかし、バリストル島……聞いた事が無いな。

幾つかの島が湖の中にあるとは書いてあったが、そういった島の具体的な様子は一切書かれていなかった筈だ。


「そのバリストル島で何かあったのですか?」

「うむ、これについては色々と情報が錯乱しているのでどれが正しいのか分からないが、その日とてつもない嵐が島を襲い、その嵐の間に島にあったとされる魔物の封印装置が壊れてしまったらしい」

「ちょっと待って下さい。

魔物の封印装置と言いましたが、それは」

「あぁ、それの説明を忘れていた、すまない。

先程、私は魔物は強化する程、制御が難しいと言っただろう?

その状況に苦戦していたであろう当時の研究者達は実戦投入を急かされた結果、そこを諦めたタイプの魔物を発明したのだよ。

つまり、制御を諦め無差別に『人類』を本能のままに殺戮する魔物を敵陣に放ち、用が終われば封印するという形での解決を彼らは図ったのだ。

こいつが結構な戦果を挙げてしまってな。

攻勢は当然として防御用、街に仕込んで陥落したら自動で解き放つといった運用方法が生まれてしまったのだ。

まぁ結果は先程言った通りその封印も出来なくなって数々の悲劇を生んだのだが、封印が効かなくなる前の埋め込み式の魔物が未だに至る所に残っている。

『人類誓約』締結以後はこれを消しさろうと色々な勢力が試行錯誤したが、封印を開封し討伐しようとすると戦いによる犠牲が出る事は当然として、封印場所は街が多い事から被害が馬鹿にならなくてな。

現在は封印を続ける事で自然消滅を待つという結論に落ち着いているのだよ」


ふむ、魔物については完全ではないが殆ど理解できた。

しかし、なんというか色々な種族がいるのに全員「人類」認定されているのが分かる過去だな、本当に。

だが、まぁそんな厄介な物なら嵐程度では壊れないようにしっかりと補強しとけとは思うが。


「つまり、残念ながら今回はその嵐によって島の中にあった封印が緩んだあるいは壊れてしまい魔物が島の中に解き放たれてしまったと」


しかし、師匠は俺の言葉にただでさえ多い皺を顔に増やし言った。


「そう簡単だったらいいのだが、色々と良くない噂が流れている。

あの島は今でもそうだが、当時はもっと訳ありでな。

迫害を受けていたエラザ改派が住民の主流であったり、人間以外にもエルフ、ドワーフ、妖精、マーメイド、そしてアルベヒ族、帝国内の爪弾き者達が集まったごった煮状態だったりと、紛争地という立地の上に火種がわんさか状態だったのだ。

封印の破損についても、住民を一掃しエラザの怒りと主張しようとした旧派の陰謀やら、帝国内の人間至上主義者の陰謀やら、島に居たとされる外国の没落貴族を狙った陰謀と、色々な黒い噂が渦巻き続けている」

「で、どうしてそんな場所を今更になって確認に赴かなければならないのです?」

「皇帝の発案だよ。

この前の戦い、ワーナクルフトの戦い、いや正確には虐殺だったか?

あれで西公は戦死、皇帝による西公の領地の継承が明らかになっただろう?

結果、今まで私の時空魔術でもって封印してきたあの島の開封に誰も文句を言える人物がいなくなってしまったのだ。

領土問題が無くなった今、湖の要所であるあの島を拠点化してループニア湖の完全な掌握をするつもりなのだろう」


今、なんかすごく聞き捨てならない事をさらっと師匠は呟やかなかったか?


「あの師匠、師匠の時空魔術で封印とは?」


俺の質問に師匠は疲れたような溜息をすると言う。


「騒動当時、私が近くを放浪していたのだよ。

魔物だからと協力をせがまれ、あの島の周囲の空間を歪ませる事で封印としたのだ。

今回の件はその結界の解除の為に君が呼ばれているのだ」

「いやいやいや、それ俺ではなくて確実に師匠が呼ばれていますよね。

というか、俺には師匠が作った結界の解除なんてできませんよ」


空間を歪ませるとかどう考えても時空魔法だ。

俺には師匠の時空魔法が使えないので、行く意味がまったくない。


「いや、それが出来る。

あの結界は特定条件さえ揃えば、誰でも解除する事が出来るようにしてあるのだ。

さすがの私でも結界を離れた場所から長期間維持し続けるのは不可能なので、触媒を使ってあの結界を作り上げた。

それを引き抜けば、結界は勝手に解除されるだろう。

勿論、引き抜くためには古代語による合言葉が必要なのだが、君ならば大丈夫だ」

「いや、でもまだその島に解放された魔物がいるかもしれないのでしょう?

俺の安全保障的に問題が……」

「その点は心配する必要はない。

魔物とは魔力が無ければ生きていけない存在だ。

攻撃本能の為にか自己生成が出来ないので絶えず魔力を持った存在、「人類」を喰わなければならない。

そんな存在が餌なしで三十年近くも放りっぱなしにされているのだ。

とっくのとうに死んでいるよ」


うぐっ、言い返せない。

いや、でも。


「でも、それなら俺である必要はないでしょう。

その合言葉を教えて、別の人にやらせれば問題ないと思うのですが」


危ない橋は渡るべからず。

この案件は皇帝と師匠の事情であって、俺は無関係だ。


「残念ながら、それは無理だ。

合言葉の古代語には普通では習得しない単語を多く使っている。

宮廷付きの魔法使いでもその三割が知っていれば御の字だろう。

全て使う事が出来る人物をわざわざ呼び出していては、色々な意味で手間がかかる。

それに当時の封印をするにあたってした契約の問題もあってな。

だから君が行くのが一番良い選択なのだ……無論、本来なら私が行くのが筋だとは思う。

だが、今この状況で皇帝主導の計画に私が行くといらぬ刺激を与える事になってしまう。

君の世界に行くことが出来る転移魔法が完成するまではいらぬ波風は立てたくない。

だから本当に申し訳ないが、行ってはくれないだろうか?」


そういった師匠は俺に向かって頭を深く下げた。


……色々と厄介な問題を抱えているな師匠は。

だが、師匠が面倒な事になると困るのは俺も同じ。

それに師匠は聡明だ。

俺が死ねば師匠も誓約の問題から死ぬ。

おそらく命の危機に関わる問題はないだろう。


「……分かりました。

これでも俺は師匠の弟子という立場ですしね。

その仕事、謹んで引き受けさせてもらいます」

「本当にありがとう、イチロー君。

勿論、この礼として君の世界に行った時の報酬を上乗せしよう。

この件に対する報酬も皇帝へ請求し、君の元に届くように必ずする。

他にも何か要望があったら聞くが何かないかね?」

「いえ、それで結構です。

仕事としては俺はその封印を解くだけでいいのですか?」

「残念ながら開封後に、島に上陸して貰う必要がある。

だが、深く入る必要はない。

それはあくまで確認作業だ。

封印さえキチンと解除出来ていれば、君が好き勝手に遊んでいても誰も気に掛けんだろう」

「そいつはありがたいですね。

ループニアは綺麗な湖らしいですし、ルカと舟遊びでもしてますよ」

「あぁ、それで構わない。

あ、いや、もう一つだけ頼みたい事があるのだ。

封印の触媒にしている「剣」、「宝玉」は誰にどんな事を言われようとも回収してきて欲しい。

何か言ってきたとしても当時の契約に書かれていると言えばおそらく大丈夫だろう。

あの二つは借り物なのだ、私は持ち主に返さなければならない」

「了解しました。

俺がする事は封印の解除に、封印の触媒の回収、後は島で舟遊び。

これでいいんですよね?」

「あぁ、それで問題ないだろう。

では、頼むよイチロー君」







そんなこんなで俺とルカはあの森のログハウスから村の人と師匠が用意してくれた馬車と馬を使って、ループニア湖へと向かった。

辿り付くまでの二週間は初めての野営で失敗とか、初めての街で危険物扱いとかとか、初めての強盗団でむしろこっちが盗賊したとか色々とイベントは目白押しだったがどれもゴリ押しで突き進んだ。


野営は魔法で無理矢理。

街の問題は師匠が偽…ゲフン、ゲフン、用意した帝国の魔法学院の上位成績卒業者の証明であるマントを羽織る事で回避。

このマントはデストブルという貴重な生物の毛皮を素材として作った物らしく、製造が極めて困難かつ魔法による持ち主登録をすると真の名が刻まれ(他人から分からない)、離れても必ず戻ってくるという超便利品。

こいつのお蔭で街に入る時や領地間にある関の通過に必要な通行税の要求がなかった。

それどころか手荷物検査も一切なし、全てフリーパスである。

そのお蔭で立ち寄ったどの町の酒場や宿でも俺に話しかけてくる人は居なかったが。

……まぁ、そもそも学院を卒業するには魔法に関する豊富な知識に加え、授業料を払い終える事が出来る資金力が必要なのもあって付けられる人物は必然的に地位や財力の高い人物になり、付けてるだけでエリートだと公言しているようなのだから仕方ないのだろう。


そんな歩く危険物扱いにイラつき覚えていた俺に対して、勇猛果敢にも襲いかかってきた無知な盗賊団の連中には本当に鬱憤を晴らさせて貰った。

ついでに次の街までの水とか物資が心許なかったので、命を代金に彼らから物資の調達も出来たし。



まぁ、そんなイベントを適当にこなしながら俺とルカは遂に目的地であるループニア湖へとやってきたのだ。



「あれか?」

『はい、おそらくですがあれがループニア湖かと』


最後に立ち寄った街から馬車で進む事、二日間。

目の前には巨大な湖が見えてきた。


というか、凄く綺麗だ。

現在日本では絶対に見る事が出来ない、底まで見える透き通るような湖の水面には春の青々とした葉を茂らせた木々が風によって揺れる姿が映り、ほんのりとだが見える対岸には帝国、いやこの世界の最高峰であるルアスブニズ山脈が見えている。

氷河となり白く染まっている山脈の山頂には薄い雲がかかっており、湖に反射する姿と合わせて見ると、その幻想的とも神秘的とも言っていい光景に思わず感嘆の声を上げてしまった。


「…………凄いな、これは」


この光景を見れただけでこの世界に来てよかったかもと一瞬だが思ってしまった程の光景が目の前に広がっている。

現代にいたら、この感動は絶対に味わえないに違いない。

人の手が一切入っていない、自然が生み出した芸術品がそこにはあった。


『マスター、記念に写真でも撮影しておきましょうか?』

「おっ、そいつはいいな。じゃあ数枚、撮っておいてくれないか?」

『了解しました』


そう声を発したルカは浮かび上がる。


しかし、写真か。

今までは魔法の対象特定に使っていただけだったが、折角こんな風に外に出た訳だしこの世界に無い物を撮っていくのもいいかもしれない。

無論、元の世界に戻っても生きている間は誰にも見せる事は出来ないだろうが、自分が死んだ後なら公表は問題ないのだ。

この世界にはエルフはドワーフに妖精、マーメイドとファンタジー要素たっぷりの存在が実在している訳だし、合成写真ではないそれが世に出たらきっと面白い事になるだろう。


『撮り終わりました。

どれを保存致しますか?』


思索に耽っているとルカは撮り終えたのか俺の元に戻り、十枚程撮った風景を画面に表示させる。


「ん、あぁ、こいつとこいつとこいつを頼む」

『了解しました』


指を指した画像は画面上で丸められるとルカの持つ貝殻型のPCに吸い込まれ、残っていた物はボロボロと崩れ落ちていった。


『それとマスター、先程上空から眺めた時に気が付いたのですがここからもう少し歩いた湖の畔に煙が立ち昇っており、テントらしき物が立っているのを確認しました。

おそらく、島の探索を行う者達の駐屯地かと思います』

「本当に運がいいな。

こうも早く合流できるとは、じゃあ案内してくれ日が暮れはじめる前に着くようにしよう」


そう言った俺はルカに誘導される形で湖の畔へと近づき、駐屯地の入り口らしき場所へとついた。

そこに居た見張りの兵士たちに師匠から預かっていた封筒を渡し、ちょっとの間だけ待つとすんなりと駐屯地に中に入る事を許可され、立っているテントの中で色々な旗が立てられている一際目立つテントの中に招き入れられた。


「ようこそ魔術師イチロー、お待ちしておりました。

私のここの連隊の隊長をしているベルンハルト・フォン・ロイエンハルトと申します」


そこに居たのは一人の軽鎧を纏った青年。

美形だが線の細いなよなよとした感じの美形ではなく、背で纏められている金髪が獅子の鬣に見えるなんというか獰猛のイケメンだ。

現代日本風に言えば、超肉食系男子よでも言えばいいのだろうか?


そんな男は入ってきた俺の姿を見るなり立ち上がり、笑みを浮かべて自己紹介すると握手を求めてきた。


「既に知っていらっしゃるようですが、我が師、賢者エルメンヒルダの代理として参りました弟子のイチローです。

こちらこそよろしくお願いします。ロイエンハルト閣下」


そう言って差し出されていた彼の手を握ると、予想以上に強い力で握り締められた。

顔を顰めずに済んだのはスウェンソンで慣らされていたお蔭だろう。


「貴方は私の部下ではありませんし、敬称はつけて頂く必要はありませんよ。

遅くなりましたが、ようこそイチローさん、歓迎致します。

さぁ、どうぞそちらにお座りになって下さい」


握手をしていた手を離すと、彼は空いていた席に俺に座るように勧めると自らの侍従に目で合図をする。

すると座った俺の前にその侍従はグラスを置いた。


「長旅でお疲れでしょうし、飲み物を用意させますが、何か希望はありますか?

帝国の物ならば、大体は取り揃えていますが?」

「お任せします。

私はそういうのに疎いので」


俺がそう言うと彼は頷き、侍従に向けて何か言う。

言った言葉に侍従は頷くと、奥の方にあった箱から紫色のガラス瓶を取り出すとコルク栓を開けて中身を俺と彼の前に置かれたグラスに注ぐ。


「では、貴方と出会えた事の幸運を我らを見守るエラザの御名において感謝致します、テスタメント」

「テスタメント」


彼に合わせて俺も呟くとグラスに入った葡萄酒を仰いだ。


テスタメントとはエラザ教の教祖、エラザが「世界」と結んだとされる「誓約」の事を言う。

「世界」その物と誓約なんて出来る訳がないと俺や師匠、ある程度の見識がある魔法使い達は皆、思っているのだが、んな事を知らない一般人はそれに自らの悲惨な生の救いを求めているのだ。

教義によれば、その誓約を守った者を死後にいわゆる天国的な場所に行くことが出来るとされている。

まだまだ不安定なこの時代、それに救いを求めている者は多いのだ。


それに教義の基本が「全種族の共和による平和」という『人類誓約』以後の世界にとって都合が良かった所為もあり、国の助けを全面的に受けたエラザ教は肥大化し日常生活まで食い込んでしまっている。

いまや国家を超えた共通倫理としての部分もあるので取り除くのは不可能と言っていいだろう。


ベルンハルトがやったのは旧派と呼ばれるエラザ教の教派の儀式。

正確な原文は忘れたが、日々に感謝せよ的な言葉を教会が解釈し、こういった儀式を生み出し広めたのだ。


これはエラザが結んだとされる「誓約」の内容は実に曖昧で、何をすれば救われるかが分からなかった為にエラザの弟子と呼ばれる人々が生前の彼の行動から考えてこうすべきだと自分の注釈を付けくわえたのが始まりだと言われている。

まぁ、そんな感じで完全にバラバラだった『人類』の文化がこういう運動により一部共通化した事によって安定化につながった訳だが、近年ではいわゆる律法主義に陥り、加えて教会内部の腐敗がかなり大きくなっていた事から「誓約」その物に立ち返ろうとする改派が生まれたりしている。


皇帝はその流れの中で旧派を支持する立場にある。

必然的に配下の軍人も旧派が主流だ。


俺は日本人としてなんとなく万物に神が宿る八百万の神道的な物を信じているが、場に合わせる事の重要さは知っているつもりなので彼の行動に合わせた。


互いに無言でグラスの葡萄酒を空にすると、俺は座り直し彼に視線を向けて言う。


「さて、限りある時間を無駄に浪費する趣味もないので用件は手早く済ましましょう。

私の仕事は封印の解除と封印の触媒となっている「剣」の回収、そして無事に島に立ち入る事が出来るのかの確認、これに尽きます。

それ以外はそちらの仕事と把握していますが、宜しいのでしょうか?」

「勿論です。

付け加えるのなら、この仕事を手早く終わらす事も私達は目標に入れています」


そう言った彼は俺の事を探るような視線で眺めてくる。

封印の解除に時間を掛けるなという事か。


「その目的は私も持っています。

そちらが協力をして下さるのなら、明日にでも島に入る事が出来るでしょう。

無論、準備が整っていないようでしたら遅らす事も可能ですが」

「私の部下達なら、今すぐにでも行く事は可能ですよ。

それでどのような協力を私達は貴方にすればいいのでしょうか?」

「実に簡単な事です。

封印の触媒であり楔がある場所へと案内をして頂きたい。

その場所をご存じでしょうか?」

「勿論です。……大尉!」


彼は俺と話していた時とはまるで違う、面と向かって言われたら間違いなく竦むだろう鋭い声で外に向かって怒鳴った。

その声のすぐ後にテントの幕を押し上げて、一人の大男が入ってきた。

厳ついヘルムで顔の全てを覆い隠し、腰程まである分厚い鈍い金属光沢を放つ黒い鎧を纏った男。


彼は重そうな鎧を着ているとは思えない程に機敏な動きでロイエンハルトの前まで来ると、ヘルムを脱ぎ想像通りの厳つい顔を曝け出すと、片膝をついた。


「何か御用ですか、大佐?」

「あぁ」


それを言ったロイエンハルトは俺の方に視線を向けて言う。


「彼は私の部下であるゴドフリート大尉です。

封印の場所は彼に案内をさせます。

他にも滞在中に何か御用でしたら、なんなりと彼に申しつけて下さい」


そう紹介された大男、ゴドフリートはヘルムを脱いだまま俺の方に向き直ると頭を下げたまま、言った。


「始めまして、魔術師殿

名はゴドフリート・フォン・ハッペンハイム。

大佐の元で騎兵隊長をやらせて頂いている」


上司であるロイエンハルトと違って、必要最小限の自己紹介とあいさつだけで握手も何も求めては来なかった。

最初の印象である石像という言葉が頭をチラつく。

まぁ、いきなりタメ口で話すような馴れ馴れしい態度をされるよりかは、好感が持てるし気が楽だが。


だが、騎兵将校ね。

彼の着ている鎧には僅かだが魔力の反応を感じる、おそらく魔道鎧なのだろう。

この鎧、というか素材になっている魔鉄鉱は魔力の負荷に耐えられず崩壊してしまう符術の符とは違って古代語を刻んで使用したとしても壊れない特性を持っている。


とりあえず見えている場所に刻んであるのは重量軽減に防御上昇。

見えていない場所にも何かしらを刻んでいる可能性は十分にある。


まぁ、こんな鎧を着ている辺りからして彼は帝国騎兵のエリートである魔道胸甲騎兵に違いない。

これまた豪勢な人を世話係につけられたもんだ。

いや、監視係といった方が正しいかもしれない。


「宜しくお願いします、ハッペンハイム大尉」


俺の内心の思考を一切出さずに笑顔を作って片膝をついたままの彼に返答すると、彼は無言で頭を下げ、ヘルムをかぶり直し直立不動の体勢に戻った。


「では、後はお願いします」

「ロイエンハルトさん、色々とありがとうございました」


俺がそう言って、大男と共にテントの外に出た。



その後、二人で駐屯地から少し離れた森の中に入り十分程歩いた場所にやってきた。

森が開け、遠くに不気味に空間が揺らいだ島、バリストル島が見える崖になっている場所には石造りの神殿のような物がひっそり建てられていた。


師匠のログハウスと同じくらいの大きさのその神殿は蔦等は生えておらず、前には花壇があり今は何もないが小奇麗で人の手が最近まであった事を示している。


そんな神殿にゴドフリート大尉を道中と同じくで無言で近づくと、木のしっかりとした扉を開け、視線で俺の中へと入ってくるように言う。


周囲をキョロキョロと挙動不審に見渡しながら入った俺の視界にまず入ってきたのは「剣」と「宝玉」。

石造りの神殿で唯一土のままの部分にまっすぐに突き刺さった「剣」の周囲を「碧い珠」がクルクルと回り続けていた。

その地面には師匠の魔力光である青色をした魔法陣が展開している。


それから視線を外し、周囲を見渡してみれば奥の方は窓のような形になっており、不思議な膜に覆われた島を確認する事が出来た。

左には壁とは違う石で出来た石版があり、ぎっしりと非常に汚い字だが帝国共通語で名前らしき物が書き連ねられている。

その下には花瓶らしき物が置かれており、枯れて茶色になっているが花が添えられていた。


「これは……慰霊碑?」


名前を書き連ねて、花を添えるなんて事はそれ以外に思いつかない。


「……魔術師殿?」

「あ、いや、すいません」


石版を眺めていた俺はハッペンハイム大尉の声で我に戻り、急ぎ足で封印の元へと行く。


「では、封印を解きます」


突き刺さった剣の前に立った俺はそう横に控えるように立った彼に言う。

そして何も反応が無い事を確認すると、彼に聞こえないように呟くように言った。


「ルカ、補助を頼む」

『イエス、マスター』


「杖」を実体化させないまま俺を魔力を練り上げ、師匠に教えて貰っていた無意味としか言いようが無い古代語の羅列を唱える。


『********************、*****************、********************

*******************。*************、****。*********、****』


全てを唱え終わった時に、目の前の剣はパタリと力を失ったように倒れた。

宝玉もまた地へと落ちる。


「……これで終わりか?」


ハッペンハイム大尉は奥の方、未だに空間が捻じれたままの島を見ながら少しだけ声を険しくして言ってきた。


「はい、結界の方はまだ余剰魔力があるので完全な解除には至っていませんが、明日の朝には消え去っている筈です」


落ちた「剣」と「宝玉」を拾いながら、俺はそう言う。


「そうか。……感謝する魔術師殿」

「いえ、これが私の仕事ですから。

それと、一つ聞きたい事があるのですが宜しいですか?」

「答えられる事ならば」


そう答えた彼に向かって俺は聞いた。


「この祠は誰が作ったのですか?

最近まで手入れをされていた様子もあるみたいですし」


気になっていたのはこの神殿の事。

おそらく国が作った物ではない。

国が作ったのだしたらあのようなミミズがのたうったような汚い字を公式として残す筈がないし、関わった人物の役職や名前が同じように刻まれていてもおかしくはない。

それがあの石版には一切なかった。

あるのは犠牲者の名前と見た事が無い言語で書かれた一文が最後にちょろっと刻まれているだけ。

安っぽい壺やら手作り感が溢れる入口の花壇を見る限り、普通の市民がしたとしか思えない。


それもおそらく島の住民達とかなり関係が深かった人物が。


「申し訳ないが、これについては私は何も知っていない。

私はいずれくる魔術師の案内役として大佐にこの場所を教えて頂いただけなのだ。

知りたいならば、大佐に聞くしかないだろう」

「そうですか、ありがとうございます」

「いや、助けになれなくて申し訳ない。

少し厳しいとは思うが、大佐と話す時間を設ける事も出来るが?」

「大丈夫です。

ちょっと気になっただけですから」

「そうか。

では、これからどうする?

戻るのなら、魔術師殿用に準備をしておいた天幕の方に案内をするように言われているが」

「もう少しの間、ここに残っています。

大丈夫だと思いますが、確認をしないといけないので。

ですから、ハッペンハイム大尉は先に戻っていて下さい。

……私は大丈夫ですから」


俺のその返答に彼は一瞬だけ考えるような素振りをすると言った。


「了解した。

森の出口に歩哨を一人立てておく。

用が済み戻る時には、彼に一声掛けて頂くとありがたい。

それと、この森には危険な動物は居ないと報告を受けているが、それでも夜は危険だ。

魔術師殿は十分に力を持っていると存知しているが、それまでには帰ってきて頂けると助かる」

「分かりました。色々と忠告ありがとうございます」

「では、失礼」


そう言ったハッペンハイム大尉は駆け足で神殿から去っていった。

そうして俺は彼の足音が聞こえなくなるまで無言で佇んだ後に「杖」を呼び出す。


「ルカ」

『はい、お傍に。マスター』

「どう思う?」

『情報が不足しています。

判断は不可能かと』

「そうだよなぁ」


どうしようか。

待っていれば都合よくこの建物を作ったか管理している人物と会えるのだろうか?

俺としてはこの手入れをしていた人物と話をしてみたいのだ。

あの島に行く前に関係者の話を聞きたい。


なんというかきな臭いのだ。

これは感にしか過ぎないがきな臭い。

特にあのロイエンハルト大佐というのは丁寧で色々と親切にしてくれたが、なんだが引っ掛かる物がある。


そんな事を思考しながらぼんやりと慰霊碑の名前を読んでいると、人の足音が外から聞こえてきた。

そして数秒の後、扉をまるで吹っ飛ばそうとしようとするぐらいの勢いで開けられ、逆光と共に入ってきたのは茶色の長衣を纏った人物。


そいつは扉を開けた後、顔を動かし俺の腰にぶら下げられている剣の方を見ると野太い男の声で怒鳴るように古代語で言ったのだ。


「我の宝を返せ!!」

「…………はっ!?」


キョトンとした仕草をして驚く俺に男はズカズカと近づくと、再び古代語で怒鳴るように言う。


「その剣は我の物だ!返せ!今すぐに返せ!!

珠は何処に隠した!?アレも我の宝だ!返せ!」


……いや、まさか本当に来るとはねぇ。


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