第二話 中篇 「危機」
「おぉ、久しぶりじゃないか、イチロー」
「お久しぶりです、スウェイソンさん」
鈴を鳴らして入った俺を、不機嫌そうな顔でカウンターで頬杖をついていた四十ばかりのおっさん、この店の店主であるスウェイソンは立ち上がり、笑顔を顔に浮かべて出迎えてくれた。
俺はカウンターにいき、「杖」をその上に置くと差し出されていた太く毛深い手を握り締める。
「前に会ったのは冬に入る前だからざっと三か月って辺りか。
調子の方はどうだ?」
力強く握手したのちに彼はカウンターの裏の方から椅子を取り出し、俺の方に渡してくれる。
その上に座ると、俺は彼に返答を返した。
「まぁまぁですね。
この冬の間に色々と教えては貰ったのですが、中々自分の物とするのが出来ません」
勿論、嘘だ。
というか、最近は共同で「造古代語」という古代語の発音をつなげる事で新しい古代語を生みだす研究するぐらいまでに魔法の勉強は進んでいる。
そもそも俺と師匠は使う魔法自体が互いに別方向に特化しており教えを聞いても無意味な所があるのだ。
師匠にはプログラム魔法を使えないし、俺だって師匠の時空魔法は使えない。
基本分野から違うので、それぞれが手さぐり状態でやっている状態なのだ。
とは言っても、師匠と(知識だけだが)同レベルになったと言ったら厄介な事になるのは明白なのでそんな事は教えないが。
「慌てる必要はないさ。
大きな街で何十年と勉強し続けても、魔法っていうのは難しいだろ?
一年であの賢者様の教えを理解出来始めているイチローなら、きっと大丈夫に決まっている」
「励ましの言葉、ありがとうございます。
そうですね、もう少し落ち着いて頑張ってみる事にしますよ。
……じゃあ、何時もの持ってきたので鑑定お願いします」
「おうよ」
さて、どうなるやら。
那由多の彼方から 第二話 中篇 「危機」
「イチローや賢者様が持ってくる物はいいな。傷が無い」
「そこら辺は気を付けていますからね」
カウンターの上には荷車から下ろした物の一部を広げて見ながらそう言ってくる。
今、見ているのは獣鬼の毛皮だ。
これをなめした物は冬でもとても暖かく、貴族の間でも重宝され割と高値で取引されているらしい。
勿論、普通に狩ると傷が残ったりして商品価値が下がるのだがそこは魔法使いである俺と師匠。
熊の身体を傷つけずに殺す方法を知っているので、そういった方法で殺し、特段に綺麗な毛皮を取る事ができるのだ。
毛皮を確認し終わったスウェイソンはそれを木箱の中に詰めると、こっちの方を見る。
「本当に良い仕事だ」
「ははは、そう言っていただけると鼻が高いですね」
俺はそう笑って返事をするが、なぜか彼の顔は浮かない。
「どうかしましたか?」
「いや、本当に良い仕事をした物なのは確かなんだが。
しかし、それ相応の対価を払う事が出来ない状態なんだ、本当にすまない」
「……どういう事なんですか?」
俺の怪訝そうな顔にスウェイソンはため息を吐く仕草を堪えて、辛そうに言葉を発する。
「どうやら西公の所で皇帝がまた戦争をおっぱじめるらしい。
そのお蔭で食料価格は高騰、代わりにこういった毛皮といった高級品の価格が下がってるんだよ」
ふむ、需要と供給曲線のラインの変化か。
交換物である毛皮の値下げと食料の肉や麦の値上げで今回のこの取引は俺たちが損を思いっきり食らってしまった所らしい。
だが、そこら辺は師匠に事情を話せば理解してくれるだろうし、果物とか無理をいって取り寄せて貰った物が取り寄せて貰えないぐらいなんだろう。
……しかし、戦争ねぇ。
「分かりました。別にスウェイソンさんは気を病まれる必要はありませんよ。
世の中の流れでそうなってしまったんです、私達にはどうする事もできませんから」
「そう言ってくれるとありがたい。
なるべく、こっちもギリギリの所で今までと同じようにするつもりだが……覚悟はしておいてくれ」
「分かりました。
しかし、どうしてまた皇帝は戦争を?」
俺が住んでいるここは広義的にはヴァレンファルシア帝国と言う。
まぁ、帝国と言っても皇帝による絶対王政が成り立っている訳ではなく、諸侯という小さい王達のリーダー的な役割を皇帝が果たしているという事実上の連邦国家だ。
中央にいる皇帝の勢力を中心にしてその東西南北に護帝候と言われる大貴族が治める土地があり、誰でも予想できる通り護帝の名前はなんだったのかというレベルで壮絶な内輪もめを繰り返し続けている。
そんな帝国で数年程前に就任した若き皇帝の治世がこれがまた色々と凄かった。
戴冠式をして僅か数週間後に周囲の諸侯へ同時宣戦し、一気に侵攻しこれを併合したのだ。
加えてそもそも皇帝には諸侯の権利をはく奪できる権利は無い筈なのだが、ごり押ししその全てを認めさせている。
その要因はこの世界の最大宗教であるエラザ教会の旧派と改派の争いやら他の戦乱を利用した結果とか色々なのだが、それを利用して普通だったら袋叩きを合う所を巧みに泳いでいる辺りにこの皇帝もしくはその後ろに居る人物は相当に頭が切れるえげつない奴なのだろう。
そんな軍靴を音を立てるどころではなく踏み鳴らしている皇帝勢力だが、諸侯を併合してその勢力圏を完全に自領とする為の難しい初期統治の真っ最中であり戦争を起こす余裕があるとは思えない。
「どうにも西公の軍が皇帝領を攻撃したのが原因らしいな」
「本当ですか、それ?
西公は皇帝寄りの中立政策を取っていた筈ですよね?」
西公「レヌスラント」護帝候。
帝国の西に広がる土地を支配するここの護帝候は皇帝と完全な同盟に関係にある南公「アグニム」護帝候程では無いが、皇帝寄りの立場を示してきた。
皇帝もまたそれを受け入れていた筈なのだが。
「そうだった筈なんだが、半月ばかし前に西公の軍が皇帝領のケールスバードで大暴れしたのは確かなんだよ」
ケールスバード、確か温泉やらが湧き出ている観光都市だったか?
居るのは一般市民というより、貴族や金持ちといった社会的影響力の強い人物達だ。
「その掠……軍の大暴れは西公の意思で行われたのですか?」
「分からん。
西公への行商路は皇帝が全て封じちまったからそれ以上の情報が入ってこないんだよ。
加えてその所為で北公経由の道に帝国中の傭兵共が大挙してる真っ最中だから、俺の所に来るようなまともな商人は向こう側にいけないのさ」
…………ふむ。
「これ以上は考えても仕方ないですね、分かりました。
貴重な情報をありがとうございます、スウェイソンさん」
「別に礼を言われる程の事は喋っちゃいないさ。
これぐらいなら、街の酒屋にでも行きゃ酔っ払いがぼやいている程度の事だしな」
「ははは、そうですか。
では、今度は家の方で師匠に作って貰った二十年物のワインを持ってくるとしましょう」
時間の巻き戻しの魔法は同時に時間の加速もしなくてはいけないので、それを利用してワインを作っているのだ。
「おっ、そいつはいいな。
じゃあ、その時までに面白い噂を集めておくとしよう」
「期待しています。
では、あとはお願いしていいですか?」
「おう。
任せといてくれ」
スウェイソンは俺に向けて、そう着ていた服の袖を捲って告げると箱を持って奥の方に行った。
その後ろ姿が完全に消えると、顔に張り付かせていた笑顔を消し机の上に置いておいた「杖」を手に取って店の外に出る。
『お疲れ様です、マスター』
「あぁ、お疲れ、ルカ。
やっぱりこっちの世界の言葉で敬語を話すのは疲れるな」
師匠相手なら古代語を喋れば意思疎通に困らないが、普通の人なると古代語で会話は不可能になる。
だから、こっちの世界の言葉を古代語を習得した時と同じように師匠にお願いしてリンクさせる事で普通では無理な短期間で習得したのだが、結構強引な方法だったので時々喋り方が分からなくなるのだ。
特に敬語表現は慣習やら独特の作法があり、非常に頭が混乱する。
「でも、まぁ必要は情報を集める事はできたから苦労した甲斐はあった」
皇帝と西公の戦争。
皇帝による道の封鎖、北公経由の道の混雑。
ここまで情報が出れば、もう後は簡単だ。
『傭兵、アンストゥーフクネフトですか』
「戦争って奴は厄介だよ、本当に」
結論から言うと、この村は掠奪の危機を抱えているのだ。
この世界の兵士はまだ傭兵が基本。
そして、戦争が色々な所で立て続けに起きている今、傭兵の需要は高まっている。
結果として至る所に一攫千金のチャンスを求めて都市の人間や貴族の二男坊や三男坊といった馬鹿どもが集まって傭兵団が出来ているのだが、雇って貰えていない間は彼らは収入源が無い。
しかしその間、何もしなくても腹は減る訳で……結局、彼らはある所から奪うしかなくなる訳だ。
勿論、税を毟り取る権利が領主にあるのと同時に守る義務が領主にはあるのでそういった連中がヒャッハーできないように軍を派遣して守ってくれたりするのだが、これもまた傭兵で守った後に自分達が美味しく頂きましたなんてオチもわりかし起きたりと本末転倒な事になったりする。
「南の連中は師匠の事、多分知らないだろうしな」
『オースヴェニア半島帰りなら名前も聞いた事がないかと』
そして、この村はそういった領主の義務を師匠が代わりに負っているのだ。
いや、正確には負ってはいないのだが負っていると傭兵共は勝手に誤解している。
原因は師匠が数十年前にこの村に移り住んだ時、結構名の知られていた傭兵団が村を襲って師匠の家まで襲いに行ったのだ。
その頃は現物が安定的に手に入らずに師匠はあの財宝を崩して取引をしていたらしいので、その事を村人がばらしたのだろう。
それで、老女が財宝をしこたま隠しこんでいると聞いてスキップしながらルンルン気分でいった傭兵共は見事に全滅した。
全滅したのだ、文字通りに、行かずに村で楽しんでいた連中も皆殺しにされたらしい。
傭兵団と言えば最低でも500人は戦闘要員が居る。
その全てを一人で僅か数十分で殺し尽くした手練れ。
師匠の名は問題を起こした時もそれ程有名ではなく、数十年と経っていたので一般の人にはもう覚えられていなかったのだが、それで一気に名前が帝国中に売れたのだ。
それからは帝国の諸侯が師匠の存在を隠したかった事もあり暗黙の了解で傭兵共は主要な街道から外れ、わざわざ危険を冒して奪いに来る程に豊かではないこの村に来る事はなくなったのだが今回はその暗黙のルールをあまり知らない南の連中が北上してくる。
襲われる可能性は十分にある訳だ。
おそらく、村長の目的はこれだろう。
最初は師匠に来て貰うつもりだったが、俺を滞在させても同じ効果を生むと思ったに違いない。
これでも俺は師匠の弟子であり、養子だ。
息子に火の粉が降りかかったら、母親である師匠は出てこざるえない。
「なんというか、腰の低い人質戦法だな」
『しかし、とても有効な手段です。
グランドマスターは誓約でマスターを守る義務がありますから。
で、どうなさいますか?』
「方針は変わらない。
この村を守るのは規定事項だ。
こういうのは一回でも舐められる羽目になったら終わりだしな。
それに多分、守らないと村人達から掠奪者より恨まれそうだ」
一回でも掠奪を許せば今まで抑制されてきた暗黙の了解はきっと破られるだろう。
数十年と「与えられた平和」で完全にボケきっている村人はそれにきっと耐えられない。
一番の情報通である筈のスウェイソンですら、戦争が起きて近くを「事情を知らない」傭兵が通るって事を呑気に構えているのだ。
彼らの中にはおそらく自分達だけは絶対に危害は加えられる事は無いという「常識」が作られている。
そして「常識」を壊された時に恨むのはおそらく掠奪者ではなく俺たちだろう。
まぁ傭兵共を恨んだ所で何かができる訳もなく、そこしか恨みのぶつけ所が無いのだから当たり前の話だが。
理不尽だと言えば理不尽だが、わりかしこんな物なのだ、人間なんて。
『恨みですか……私には理解できません。
村人がマスター達に税を納めているならば義務の放棄として理解できますが、そうでもないのになぜ恨むのですか?』
考え込むような仕草を画面の中でしたルカは俺にそう問いてきた。
こいつには感情が殆ど無い。
本能として俺を補佐するというのがあり、ただその本能に従って生きている。
まぁ、機械が元だし仕方が無い部分ではあるが。
「人間は都合が良い生き物だから仕方ないさ」
『……理解できません。
そのような事に活動のリソースをまわすより、次回の襲撃に備えて訓練や防御用の設備の建築等に当てた方がはるかに有益になると思うのですが』
「最善はそれだろうな。
しかし、感情っていうのはそう合理的にできていないんだよ」
未だに納得していない様子を見せるルカに適当に応対しながら、道を早歩きで進んでいく。
向かう先は村長の宅。
事情は大体、分かったので答え合わせと対策をとっとと決めなくては。
師匠の事を知らない南の連中は旅にかかる時間から逆算してここから大体600kmと考えて良い
傭兵団の進軍速度は1日でおそらく30km~40k。
最短で15日、途中でヒャッハーな事をして長くなっても30日で到着する計算になる。
掠奪をしたのはだいたい半月前。
早めに動いている連中ならば、もう村の近くに居てもおかしくはない。
早歩きのまま村長の宅の前までくると、一度だけ深呼吸し息を整えた後に扉にノックをする。
すると、なかなか慌てたようなゴソゴソとした音が聞こえたのちにすぐに目の前の扉が開いた。
「お、おぉ、お弟子様。
お待ちしておりました。
ささっ、中の方にどうぞ」
扉を開けて出たのは村長。
俺の顔を見て、少し驚いた物のすぐさまに笑顔を浮かべて俺の家の中に入れようとする。
しかし、俺は中には入らず玄関の所で立ったまま彼に向けて真剣な表情で告げる。
「いえ、今はそうしている時間は惜しいかと。
単刀直入ですが、今貴方が危惧していらっしゃるのはアンストゥーフクネフトの件で合っていますか?」
アンストゥーフクネフトと言うと、村長の顔を隠しきれない程に盛大に歪んだ。
どうやら正解だったらしい。
彼は顔を歪ませきった後に俯き、重いため息を吐くと疲れ切ったような表情を浮かべ。
「申し訳ありません」
そう言った後に深く頭を下げる。
「頭を上げて下さい、そういうのは後で幾らでもできます。
今は一刻を争う時です。
誤魔化さずに貴方の知る限りの情報を教えて下さい。
後、協力も。
宜しいですか?」
俺がそう言うと、村長は目を見開き言った。
「た、助けて頂けるんですか!?」
「えぇ、出来る限りの手助けをします。
この村が無くなと私も師匠も少々困った事になりますから。
しかし、正直に言わせて貰うともう少し早く来て頂ければよかったんですけどね。
そうなら、もっと余裕を持って色々と対策ができたのですが」
掠奪の情報が入った時点で知らせてさえくれれば、色々と手を打てたのだ。
3日ぐらいの余裕があれば、森の中に避難所を作って女、子供の避難は出来ただろうしそれなりの防御施設も作れた。
しかし、今はそんな余裕は一切ない。
「はい、わかっております。
情けない限りです。
平和は無条件に天から降ってくる物ではないのですが、どうにもその事を儂たちは忘れてしまったみたいで」
村長はそう言うと、額を抑える。
その言葉に何も俺は言えなかった。
俺はその天から無条件に平和が降ってくる国の住民だったのだ。
そんな奴がいち早く「気付けた」人物を詰る事は出来ない。
「すいません、ちょっと言い過ぎました。
とりあえず、まずは対応策を決めましょう」
「はい」
その言葉で村長と共に家の中に入ろうとした瞬間だった。
「長ッ!!」
後ろから一人の男が顔を真っ青にして全力疾走してこっちに向かってきていた。
ただならぬ様子の彼に俺と村長は嫌な予感を感じながら近寄り、へたれ込みそうになった彼を支える。
「どうした!何があった!」
彼の右肩を抱え上げ、村長をぜぇぜぇと息を吐き続ける彼に問う。
「…フトッ…が!……アンストゥーフクネフトの奴らが村の外で金と食料と女を寄越せと怒鳴っていますッ!」
「なっ!」
全てはもう遅かった。
■
アンストゥーフクネフト。
一般にこれは帝国内の帝国人によって構成されている傭兵部隊の事を言う。
始まりは今から二百年程前、帝国内の歩兵戦力の弱さに嘆いた当時の皇帝が都市在住の食い詰めや農民の二男や三男を集め、訓練を始めたのだ。
そして戦争が起き、訓練された彼らは活躍しその名を知らしめた。
だが、戦争が終わってしまえば彼らの事を皇帝が雇い続ける理由もなくなり、放逐してしまった。
しかし、戻る家も田畑もない彼らはそのまま兵士を続けたのだ、戦乱がある所に行ってはそこの君主に雇用されるという形で。
そんな彼らを憧れるかのようにそれを真似する人物達が現れはじめ、そこに目をつけた継承権の無い貧乏貴族の息子達が参入し、無秩序で統制の無かった暴力集団は交渉力を持った傭兵としての価値を見せ始め、帝国中で蠢きまわるになった。
戦乱がある所を探し求めて肥大化する彼らはどんどんとその規模を大きくし、兵士には必須の娼婦等が行動を共にしていったりと今では戦争を起こすには必要不可欠な存在となっている。
「……はぁ」
俺の口からはため息が漏れ出た。
目の前、約100メートル程先にはその泣く子も物理的に黙ってしまうアンストゥーフクネフトが居るのだ。
数は四十四人。
南のアンストゥーフクネフト特有の池袋にいそうな過激なパンクファッションをきめこんだ彼らは手には槍、腰には幅広な剣を携えてこちらを威嚇している。
だが、その瞳は完全にこちらの事を舐めきっており、代表者として出てきた村長を見るなり馬鹿笑いをしてくれた。
「その条件は無理です、なんとかなりませんか?」
「なぁ、村長さん。
別に俺たちはお前達が死んでも全然構わねぇんだよ。
でも、優しい俺たちの隊長は無駄な暴力は嫌いでな。
だから、わざわざ交渉してやっているんだ、意味は分かるよな?」
「それは十分によく分かっています、ですが」
必死に食い下がる村長。
報告を受けた時は戦闘を覚悟していたが、彼らは俺たちに食料と金、そして村の若い娘をよこせば掠奪はしないと交渉(強請)してきたのだ。
平和的に解決できる事には越した事はないので、村長には受け入れる事が出来る内容に纏まったらそれで終わらせて貰うのだが交渉内容がこれまた酷すぎるのでどうにも纏まらない。
まぁ、倉庫に保存した食料全てに村の全財産、加えて彼らが気に入った娘全てを連れて行くとか殆ど掠奪されているのと変わらないしな。
それでも村長は諦めず相手を怒らせないように必死に交渉を続けていた。
「食料は七割、金も七割差し上げます。
娘も五人までにして頂けませんか?」
「無理だ。
こっちが最初に出した条件以外は認めねぇよ。
それとな、こっちも時間が差し迫ってるんだ。
とっとと要求を飲まねぇのなら、お前を最初にやっちまってもかまねぇんだぞ?」
「ヒッ!」
そう言った傭兵の交渉役だった男は剣を抜き、村長に突きつける。
突然向けられた剣に村長は腰から地面に崩れ落ち、またそれを見て後ろに控えている傭兵たちは嗤う。
『マスター、発動準備完了しました』
「了解」
地面で転がって必死に剣を避け続ける村長の姿を嗤い、茶化しながら剣を突き刺したりとやりたい放題な傭兵を横目で眺めていると、片耳につけたイヤホンからルカの準備完了の合図の知らせが出た。
「ッ!」
頬を両手で叩き、武器を持った相手に怯えている心を押さえつけると村長の所に歩み寄る。
「お、何だお前?」
村長が転がる姿にゲラゲラと笑いながら楽しんでいた交渉役の男は今まで村人達と一緒に遠巻きに眺めていた俺の登場に不審がって声を掛けてきたが無視し、避け続けた事で荒い息を吐いている村長を抱き上げ、耳元で囁く。
「準備は終わりました。時間稼ぎ、ご苦労様です。
後は私に任せて下がっていて下さい」
顔には土がつき、泥だらけだったが瞳は強い意志の光が灯ったままだった彼は俺の言葉にこっそりと頷くと、後ろに下がっていく。
「お楽しみの所、大変申し訳ないのですが交渉役を変わってもいいですかね?」
「あんっ?てめぇは何なんだよ?」
「だから交渉役ですよ、彼では話にならなかったそうしていたのでしょう?
私は貴方が痛めつけていた彼、この村の村長からどうにもならなくなった場合における村の全権を預けられています。
そうですよね、村長?」
俺が後ろを振り向き問うと、集まっていた他の村人に介抱されている村長はゆっくりと頷く。
「ほぅ、ならてめぇが出す条件って言うのはなんだよ?」
村長から俺の方に視線を向けた男は嘲笑を浮かべながら、聞いてくる。
俺は男に笑みを作って、答える。
「そうですね、銀貨二十枚と言った所で手を打ちませんか?」
「ふざけんなよ!俺たちの事、舐めてんのか!」
「いえいえ、ふざけてなどいませんよ。
これでもかなり割引した方なんですがね?
一人頭、銀貨半分で助かるんです。自分で提案しておいてなんですがかなり良い取引だと思いますよ?」
この時代で街で働く日雇い労働者の給料が銀貨三枚から四枚なので、正直命の値段としては破格といっていい。
「おい、お前」
「さぁ、とっとと払って消えて下さい。
それだけ払えば、賢者エルメンヒルダの膝元で貴方達が行った無礼な態度を見逃して上げますから」
「…………」
俺の言葉に男は腰に手をかける。
そこにあるのは幅広の剣。
それを抜くと俺から視線を外し、後ろの村人達に視線を向けて怒鳴るように言う。
「これは忠告だ。
よく見ておけ、俺たちは遊びでやっているんじゃねぇんだよ」
武器に手をかけたまま険しい声で言った彼に俺は嘲りの表情を浮かべて言った。
「老人に武器使わないと脅せない粗チン野郎がしている事なんでどう考えても遊びだと思うんですけどね」
「ッ!!」
俺の言葉に目の前の男は持っていた剣を俺めがけて振り下ろしてくる。
後ろからその光景を見ていたのだろう村人たちの悲鳴が聞こえる。
このままなら俺はおそらく頭をぶち割られ、脳髄をぶちまける事は確定なのだから。
――しかし、その未来は絶対にない。
「……ルカ」
『エネミーナンバー1、マスターへの攻撃行動を確認。
対人間用無力化魔法、目標、右腕部、右脚部、セット。
3、2、1』
そのゆっくりとした声がこっそりと付けていたイヤホンから聞こえると同時に目の前の男は崩れた。
手に持っていた筈の剣は抜け落ち、彼は地面に無様に倒れる。
「なっ、何だ、これはッ!」
目の前で左腕と左手だけを動かしながら必死に地面で蠢く男を一瞥すると、視線を後ろの連中に向ける。
「という訳でそこの皆さん方、こんな風になりたくなかったら迷惑料銀貨三十枚払ってくれませんかね?」
俺の視線を感じた彼らの何人かが僅かに一歩下がった。
しかし、殆どは腰に備えていた剣を抜いたり、槍を構えたり、銃を構える。
そんな彼らの姿に苦笑を浮かべていると、足元でゴロゴロとしている男が俺に怒鳴ってきた。
「てめぇ、俺に何をしやがった!!」
「何って言われましても、わざわざ手の内を教えるお人よしは居ないんですけどね。
しかし私はそんなお人よしだから教えてさしあげましょう。
まず、最初に皆さんはここの村の奥に隠れ住んでいる賢者「エルメンヒルダ」という人を知っていますか?」
「「「…………」」」
返答が無い。
言葉を発さずに武器を俺の方に向けて構えたままだ。
「まぁ、おそらく知らないだろうから教えますと。
彼女は三百歳は超えている正真正銘の化け物なんですよ。
その戦力は小国の軍程度なら軽々と捻り潰す事が出来る程です。
アホな貴方達でも聞いた事はありませんか?
北の方では絶対に掠奪してはいけない村があるって噂を?」
数人に反応があった。
どうやら聞いた事はあるみたいだな。
「賢者は平穏な生活を望んでいます。
しかし、十数年前に貴方達によく似た愚かな連中がこの村を襲いました。
その手は賢者にも届き、彼女の逆鱗に触れたのです。
結果、村を襲った連中は誰一人として生きて村から出る事は出来ませんでした。
そして、もうお分かりかと思いますがその村がここなんですよ」
彼らに向けて、満面の笑みを浮かべて俺はそういう。
「そして賢者はもうそんな面倒な事は嫌なので、村にある色々と仕掛けを施しました。
その一つにですね、貴方達がいるその地面、その下に符を埋めておくというのがあるんです。
上の生物が問答無用で死ぬ、そういう類の物を。
私はその賢者の弟子でしてね、その使い方を教えて頂いているのです。
例えば、そこの貴方」
俺を手を上げ、指をこちらに銃を向けていた男に向ける。
ライフル銃ではないので命中率は悲しい限りだが、それでも危ない物は危ない。
「今すぐにその銃を捨てて下さい。
でなければ、死にますよ?」
カウントダウンを始めていく。
それと同時に男の周りに居た連中が慌てて逃げていく。
しかし、指さされた男は不敵な笑みを浮かべて、銃をこちらに構えたままだった。
「おいおい、皆何びびっちまっているんだよ?
魔法符の効果を良く思い出せ。
あれは魔力を込めなくちゃ発動しねぇんだよ。
魔力を込めるには手で触れなくちゃいけねぇ。
数十年前に埋めた物でそんな事はできねぇよ
つまり、コイツがさっきから得意げに言っているのは全部ハッタリだ。
それにカールは死んでねぇだろ?
おい、そこのてめぇ。種はもう割れているんだ。
撃たれたくなかったらとっととカールに何をしたか言え」
そう言う銃の男。
「わざわざ手を抜いてあげたんですよ。
じゃあ、さようなら……ルカ、やれ」
『イエスマスター、エネミーナンバー35、攻撃を開始します。
対人間用無力化魔法、殺傷モード、セット……3、2、1』
指していた指を下すと同時に彼は笑みを浮かべたまま地面に崩れ落ちた。
「本気で忠告をしていたんですけどね、残念です。
とりあえず、銃を持っている人は捨てて下さい。
同じように死にますよ?」
再び指を上げようとすると、バタバタという音と共に銃を持っていた傭兵共は地面に銃を投げ捨てる。
加えて数人、最初の説明の時に一歩後ろに下がった弱そうな傭兵が悲鳴を上げて、後ろに向かって走り出していく。
「逃げるはダメですよ。
貴方達は命の値段を払っていないじゃないですか……ルカ」
『逃亡者照合、エネミーナンバー7、12、24、39、確認しました。
カドラプルマジック、セット』
逃げようとした傭兵達は一斉に人形の操り糸が切れたようにその場で崩れ落ちる。
それを見た傭兵達の顔は真っ青だ。
まぁ、指を指されなければ死なないかも知れないと思わせて予備動作なしで死亡もありえると落としたのだ。
次の瞬間にあのようにいきなり死ぬかも知れないという事を理解してしまった彼らは生きた心地がしないだろう。
俺はそんな彼らを眺めたのちに静まり返った場をゆっくりと歩き、目当ての人物の所にいきしゃがむ。
「こちらの要求は迷惑料として銀貨百枚です。
一応言っておきますが私は無駄な暴力は嫌いですし、いつでも殺せる貴方達に交渉までしてあげている優しさを持ってあげているのですよ、意味は分かりますよね?
勿論、飲まなかったら貴方達を皆殺しにしてその持ち物全てを奪うつもりですから、この事を忘れないように。
では、交渉を再開しましょうか。」
俺はニッコリと笑顔を浮かべ、地面で青い顔をして這いつくばっている男に言った。