第二話 前篇 「不穏な村」
「では、頼むよ」
「はい、分かりました」
俺はログハウス前まで出てきてくれた師匠にそう返事をした。
返事を聞いた師匠は満足そうに頷くと、注意を促す言葉を言った後に家の中に戻っていく。
それを見送った俺は一回程、大きく背伸びをすると向こうで待たせている相棒兼助手に声をかけた。
「じゃあルカ、そろそろ行こうか」
『はい、マスター』
その言葉に俺の視線と歩く先、大八車以上リアカー以下の少し不格好の荷車の隅に置かれていたノートパソコンから妙に間延びした「ゆっくり」した音声で返答が帰ってくる。
勿論、声の主は例のイルカだ。
師匠曰く、魔法史に残るらしい極めて特殊な「会話が出来る杖」の自称アシスタントであるイルカ。
元ネタの名前の安直さを見習い、頭文字を取ってルカと名付けた彼女?は肉体が無い為、モニター上に文字を出してしかコミュニケーションが取れなかったが向こうの世界に居た俺のネタ心によって今は喋れるようになっている。
使い始めた最初は抑揚が無く違和感バリバリの状態だったが、完全に「調教」され事情を知らない人なら人間が喋っているのだと勘違いしかける程の自然さをもったその「ゆっくり」とした声に思わず苦笑いをしかけたが抑え、牽引用の棍棒部分の中に入って鉄を握り締めた。
「ツッ!!」
歯を食いしばり、荷物がたっぷりと積まれ重たい荷車をゆっくりと力を入れて動かしていく。
数秒の間、粘り続けると最初の固い重さは消え去り程よい物を引っ張る感覚が手を通して身体全身に伝わってきた。
「……Amaz○nって凄かったんだな」
山田一郎、一歳年を取って現在二十五歳。
現代の物流システムの凄さを実感している最中である。
那由多の彼方から 第二話 前篇 「不穏な村」
「The other day, I met a bear, A great big bear, A way up there.
He looked at me, I looked at him, He sized up me, I sized up him」
森の中を歌いながら、俺は荷車を曳いて進んでいく。
「He says to me, "Why don't you run?" "'Cause I can see, you have no gun."
I say to him, "That's a good idea." "Now let's get going, get me out of here!"」
ゴトゴトという音と鈴の綺麗な音色を鳴らせて行くのは何度も通った事で道と言える程には踏み鳴らされた林道。
「I began to run, away from there, But right behind me was that bear.
And on the path ahead of me, I saw a tree, Oh glory be.
The lowest branch was ten feet up, I'd have to jump and trust to luck.
And so I jumped into the air, But that branch away up there.」
歌に合わせるかのように木々にとまっている小鳥が囀る。
「Now don't you fret, and don't you frown, I caught that branch on the way back down.
That's all there is, there ain't no more, Unless I meet that bear once more」
『……マスター』
「ん?なんだ、ルカ?」
歌い終わると同時に相棒から声を掛けられた。
『その歌は現在の状況を考えると、洒落になっていないのですが』
「うん、まぁそうかもな」
今、歌っていたのは「森のくまさん」の原曲だ。
元々はアメリカの民謡であるこの歌の内容は日本語に訳された物とはかなり違っている。
主人公は少女ではなく男で、熊さんは拾った物を届けてくれる親切な人ではなくガチな腹減り熊。
銃を持っていないお前は食っちまうぞと言い、追いかけてくるという話なのだ。
まぁ、それでも注意をしてくれるあたりがアメリカンなジョークの部分なのだろう。
俺にはそのセンスがさっぱり理解できないが。
「この前も師匠が熊を狩ってきたばかりだし、そこら辺にまだうろついているのがいて歌のようにバッタリなんて事もあるかもしれん」
この通称「賢者の森」と呼ばれる森、普通に熊っぽい生物が出る。
厳密には熊とは違っていてこっちの言葉で日本語風に当て字をすると獣鬼と言うらしいが、妙な角が生えている事以外は殆ど熊と一緒なので俺は熊と呼んでいる。
この世界は魔法があるファンタジー世界なのだからこそなのかもしれないが、色々と俺の世界の常識では考えられない動植物がかなり存在しているのだ。
火や毒(起きている現象からおそらく硫化水素)を酸素の代わりに吐き出す植物に、翼を持ち空を飛ぶ馬、本当の名前は違うがいわゆるペガサス、蜥蜴に翼が生えた地龍といった翔翼種と呼ばれるニュートン先生が怒鳴りたくなるであろう動物を筆頭に物理法則を舐めているとか言いようが無い。
さらに人類についても怒鳴るのを超えて乾いた笑いが出てくる程に凄い。
犬や猫といった別の種の特徴、端的に言うとリアル猫耳、犬耳を持った亜人は当然として、耳長で植物との相性抜群の長命であるエルフに、小柄で職人気質のドワーフ、存在自体がチートの天竜、ヴァンパイア、デーモン、巨鬼、尾裂狐、水棲人、といった俺の世界では神話や創作の中でしか存在しないような種が「人類」として存在しているのだから。
どうにもこの世界は人の形をしていない生物も含めて「人類」と定義しているらしいのだ。
そこら辺の事情は歴史書に書いてあった記述をそのまま信じるならば、八百年から千年前ぐらいに色々な意味でヤバい戦争が原因。
第一次世界大戦を思わすような複雑な同盟の絡み合いに種族間の意地の張り合いが重なった結果、人口の七十%以上が死に絶えた程の壮絶な戦争を続けてしまったのだ当時の「人類」は。
勿論、当時の指導者もこのまま戦争を続けるのはヤバいと自覚できたらしく講和会議を開いた。
どの種族も絶滅に片足を突っ込んでいたのもあって、当時の指導者達はかなり近代的な思考を持って、今でも有効な一つの講和条約を作り上げた。
それが「人類誓約」、俺の世界のウェストファリア条約とハーグ陸戦条約の混ぜ物が劣化した奴といえば分かりやすいかもしれない。
そこでは「古代語」で意思疎通が出来る人物が一人でもいるのならその種を姿、形を問わずに「主権国家」を形成できる「人類」として認めるという事が基本概念の一つとして明確に書かれている。
まぁ、「人類誓約」はその名の通りに種族の全権を預けられた代表が誓う「誓約」だから古代語を扱えないと調印できないので当たり前の話なんだが。
そんなこんなでどんなにファンタジーをしている種でも古代語を話せ、「人類誓約」に種の全権を持って調印さえすれば「人類」として認定されるらしい。
……逆を言えばどんなに知性を持っていても調印しない場合、その種は「人類」として認識される事はない。
アルベヒ族と言われる種族は古代語を理解しながらも、自らが信仰している宗教によって古代語を邪悪な言語とみなし使わない事から「非人類知性体」と認識され、世界中で迫害されていたりする。
また、その迫害を利用して、「誓約」で自分達は出来ないような事を色々とさせる国家がいたりと。
ゲームに出てくるファンタジー世界のような正義の勇者が悪の魔王を倒すといった善悪二元論的なお気楽な世界ではなく、ドロッドロの政治闘争と生き馬の目を抜く外交のやり取りに軍靴の足音と共に魔力と硝煙の臭いが漂ってくる、そんな世界なのだ、この世界は。
『では出会ってしまったら、歌のように木に登るのですか?』
「まさか、そもそもそんなジャンプ力は俺には無いよ。
それに獣鬼は結構、木登りが得意だから木の上は安全じゃないのはルカも知ってるだろ?
だから、ズドンといくさ。
何せ、俺には銃よりも強力な武器があるしな」
そう、俺には歌の彼とは違って武器がある。
銃よりもよっぽど恐ろしく強い武器「魔法」が。
魔法使用補助器具として「杖」としたノートパソコンだったがその性能は俺の予想以上だった。
師匠も驚いていたがこの「杖」は古代語に置き換えられた言語でプログラミングしたプログラム形式で魔法を発動させる事が出来るのだ。
この「プログラム魔術」は従来の方法に比べて二つ、大きな優位な点を持っている。
一つ目は何度でも魔力が尽きるまで使用可能な点。
物に古代語を書いて喋る代わりの媒体とする場合、魔法を一回使うと古代語は刻んだ物は消えてしまうのだが「プログラム魔術」は一度、作ってさえしまえば何度でも好きなだけ使える。
……まぁ、「Magic Player」を実行しているだけで結構な魔力を消費するので継続的な火力勝負になった場合は打ち負けるが。
二つ目に複数の魔法を同時に扱える事が可能な点がある。
詠唱では不可能な魔術の多重行使がこれは可能なのだ。
継続性には難があるが、師匠曰く軍隊崩れの数十人なら問題無く殲滅が出来る程度の力を俺は持っているらしい。
だから獣鬼もとい熊一匹程度なら楽に殺せる。
事実、ログハウスに餌を求めてやってきた熊を俺は殺した事が幾度かあるのだから。
勿論、出会わない事にこした事は無いので荷車には鈴等をつけて追い払う対策はしてある。
師匠とは違い、魔力がそこそこの俺は使うだけで物凄く疲れるのだ。
「まぁ、出会わないに越した事はないんだがなッ!?」
『……マスター』
「……分かっている。
どうにもフラグになってしまったらしいね、俺の歌は」
荷車から手を離し、急いで「杖」を手元に引き寄せるとイルカの姿をしたショートカットアイコンをダブルクリックして「Magic Player」を起動させる。
構えたまま「杖」を向けるのは前方右方向の草むら。
その先からそれなりの大きさを持った物体が草木をがさがさと掻き分けてこちらに一直線に向かってきていた。
獣鬼は熊と限りなく似ているといった通り、犬の十数倍の嗅覚を持っている。
おそらくこちらの荷車の中身、村でパンや日用品と交換する為の干し肉といった食料の臭いを嗅ぎつけたのだろう。
熊と同じように獣鬼なんて大層な名前を付けられながら、わりと臆病だから鈴をつけておけば来ないとは思ったのだが、空腹の方がまさっているらしい。
「発動距離まできたら、まずは威嚇用の電撃を入れる。
それでも止まらない場合は退治する、いいな?」
『イエス、マスター。
対獣用威嚇電撃魔術、セット。
カウントダウン開始、5、4、3、2、1、0』
0と画面上に表示された瞬間、身体から何かが抜けていく感覚と共に足元には紫色の魔法陣が浮かび上がり、「杖」の先から青白い閃光が森の中へと走っていった。
効果としては警備会社がよく使うスティック型のスタンガンと同レベルの威力。
電圧が高いので獣鬼の毛深く分厚い皮膚の上からでもよく電気を通してくれる。
「……反応が無いな」
おかしい。
獣鬼ならすぐさま逃げ去るか、こっちに近づいてくる筈なのに反応が一切ない。
「外してはいないよな?」
『はい、外していません。
命中しました』
「ふむ、ならとりあえずちょっと様子でも見に行ってみるか。
もしかして熊じゃなくて、猪とかそこら辺だったのかもしれないし」
『探知系魔法を作動させて確かめましょうか』
「いや、いい。探知は魔力消費がでか過ぎる。
それより、万が一の為の妨害系を待機状態に」
『了解しました』
ルカの返事を聞くと同時に慎重に雷光が放たれた先に向けて歩いていく。
そして、すぐさまにそれを俺は見つけてしまった。
「そ、そ、村長ォッ!」
そこに居たのは顔が完全に青くなり白目を剥きながら、口から泡を吹いて悶絶しているお爺さんもとい村長が倒れていたのだ。
■
「いや、本当に申し訳ありません」
「いやいや、気にせんで下さい。お弟子様。
そもそも儂が森の方に寄ったのが悪かったんです。
森の獣と誤解なされても仕方ありますまい」
「それでも私が気を付ければ避けれた事です。
本当にすいませんでした」
村に着き、まだ顔色が悪い村長を乗せた荷車を曳きながら、俺は必死に謝り続けていた。
俺が熊だと思って、雷撃魔法を叩き込んだのは近くの村の村長だったのだ。
どうやら、トイレをする為に道から離れて草むらにいき戻ってこようとした時に俺が運悪くそこに居合わせてしまったらしい。
そんな訳で未だに身体が思うように動かせない村長を村に送る為に荷車に乗って貰っている。
「まぁまぁ、そうおっしゃらないで下さい。
迷惑をかけるのはお互い様な部分もありますし、これはもう終わりにしましょう。
……それで本日、お弟子様はこの村にどのようなご用件で?」
「冬が開けて、そろそろ物資が心もとなくなってきましたのでその調達に参りました」
森の中に住居を構えている俺と師匠だが全てが自給自足という訳にはいかない。
どうしても必要な物が出てきてしまう。
そういった物を入手する為に過去は師匠が、今は俺が村に行きバーター取引で色々と貰ったりしているのだ。
森の中の住民という怖がられる要素がたっぷりあるのに村人がわりかしフレンドリーにこっちに接してくれるのは互いに足りない部分を補うWin-Winの取引をしているからだろう。
単純に金だけ渡して、物資を買っていくだけならこうはならない。
あれ程の金を持ちながらそこら辺をキチンと分かって師匠はやっている辺り、年の功は侮れないのだ。
「おや、そうですか。
では、後ろの荷物はその為の物で?」
「はい、春先に取った獣鬼の胆に、毛皮、干し肉、他にも色々と。
後は秋先にお預かりした農具の修理も終わりましたのでそれもといった辺りですね」
修理は勿論師匠の魔法によってだ。
魔法陣の上の乗せられたボロボロだった鍬やら鋤、鎌といった物が毎日、少しずつだったがくすんでいた筈の鉄の部分がキラキラとした金属光沢を持ち始め、最後には新品同様になっていった様子には唖然とさせられた。
師匠の二つ名、「時空の賢者」。
この名前の通りに師匠は農具の時を魔法によって歪ませ、新品の状態まで戻したのだ。
でも、冬の間まるまるかかった通り膨大の時と、化け物と言ってもいい魔力を持つ師匠がまともな魔法行使が出来ないレベルまで魔力を消費し続ける事で可能な辺り実用性は皆無。
加えて、その対象にも色々と厳しい制限があったりと、ぶっちゃけコスト的には新しい農具を買い直した方がよっぽど安上がりだろう。
まぁ、師匠自身が好きこのんでやってる部分もありいくつかの食糧と交換という価格崩壊レベルの値段設定なので村人はおそらく気づいていないが。
「おぉ、それはありがとうございます!
もう少ししたらこちらから受け取りに人をやろうと思っていたのですが、わざわざ本当にありがとうございます、お弟子様。
なんとお礼を申し上げればよいのやら」
「いえいえ、実際に修理したのは師匠ですし。
私はそれのお零れに与る身ですからこのぐらいの労働をしなくては師匠と食事を囲む事が出来なくなってしまいますよ」
そんな感じで適当に会話を進めていると村の村長の家の前まで到着し、村長を荷車から下ろす。
降りた村長は少々ふらつきながらもしっかりとした足取りで地に両足をつけると、俺の方に振り返り
「折角ですし、儂の家の方で茶でも一杯飲んでいかれませんか?」
好々爺と思ってしまいそうな人の良さそうな笑みを浮かべた村長は俺の方を見て、そう言った。
「お誘いは大変嬉しいのですが、私は師匠から物資を調達しろとの命を受けております。
それをせずに、そちらの家に上がる訳にはいきませんので」
「では、調達が終わった後はどうでしょうか?」
「そうですね……調達が早めに済んで時間に余裕があれば伺わせて頂きます。
それでも宜しいでしょうか?」
俺がそう言うと、一瞬だけ考え込む仕草を村長は見せた後に笑顔を顔に浮かべ、言ってくる。
「……えぇ、構いませんとも。
時間が空いたのなら、是非ともお越し下さい。
秘蔵の甘味をいくつか蔵から出しておきますので」
「ははは、それは期待してしまいますね。
そこまで期待して下さっているのなら、なるべく早めに要件を終わらせるとしましょう。
では、また」
俺はそう言うと、深く頭を下げる村長を後ろ目に荷車を曳いて村の中央へと戻っていく。
そして、村長の姿が見えなくなったと同時にじっと黙っていたルカが文字だけで話しかけてきた。
『申し訳ありません、マスター』
「謝る必要はない。
むしろ、あれは好都合だった。
正直、熊よりよっぽど手ごわい相手だったからな。
あそこで撃退しておいて大正解だ」
俺はルカだけに聞こえるようにつぶやく。
『ありがとうございます、マスター。
しかし、その言葉から考察しますとやはり……』
「あぁ、多分な。
とりあえず考えがあっているか確かめたい。
先にそっちの結論と根拠から言ってくれ」
『イエス、マスター。
この寒村、ロイス村村長、オーラントには「マスター」にとって面倒で危急な厄介事を抱えていると推測できます。
根拠は三つ。
一つ、森に居た事です。
危険要素がある森に入るには相応の目的があると推測できます。
そしてマスターが使っていた道の外れにいたのですから、目的地はマスターとグランドマスターの家。
よって、何かマスター及びグランドマスターに対して何らかの目的があるという事です。
二つ、一人で居た事です。
オーラントは村長という立場にあります。
そんな彼が一人で危険な森に用があるからといって入る必要はない筈です。
代わりの人を立てたり、護衛をつける事も可能だったでしょう。
しかし、一人で向かっていたという事はおそらく他人には知られると不味い厄介事を抱えていると推測できます。
三つ、電撃後の対応です。
あの位置ならば、村に行くよりも森の家に戻った方が早いです。
しかし、戻らず村に戻る事を選んだ。
危険を冒して森を一人で進んできたにも関わらず。
よってその時点で目的は達せられたと推測できます。
三つの繋ぎ合わせると、「マスター」はおそらく現時点でもう面倒な危急的な厄介事に巻き込まれているかと』
そう締めたのは分かりやすいようにパワーポイントに即席で書いたらしい図やら絵を加えて説明をしてくれたルカ。
その後に起動していたプログラムを閉じて、こちらを見つめてきた相棒に俺は頷き答えた。
「大丈夫だ、俺もほとんど同じ結論に達している」
『マスター、提案ですが今すぐに森に戻った方が宜しいかと』
「まぁ、そう焦るなルカ。
とりあえず情報を集めよう」
『しかし、その時間が』
「落ち着けって、ルカ。
これが村長だけの問題ならそうしてもいいさ。
しかし、村全体にかかわる問題だったらどうする?
森に逃げ込んで戻ったら村が全滅してました、とか洒落にならんだろう?」
俺の言葉にルカは驚いた表情を浮かべいった。
『まさか……マスターはこの村を助けるおつもりですか?』
「俺が解決できる問題ならな。
というか、なぜ驚く?」
『いえ、マスターは善意で命の危険がある仕事をする方だとは思わなかったので。
どちらかと言えば、目の前で助けを求められても知らぬ存ぜぬで見ない振りをする性格かと』
「……酷い評価だな、おい」
しかし、間違っていないので否定できない。
学生時代に苛められている奴の事を助けた事なんて無かったし、そもそも助けようとする気持ちも生まれなかったしな。
そりゃ、友人が苛められたら助ける気持ちが起きたかも知れないが顔と名前が一致しないような他人の為に自分を危機に晒すマネをしない人間だ。
『申し訳ありません』
「いや、間違っていないからいいさ。
それに、この村の危機に介入するのは純粋な利益だ。
ほら、この村が消えたら物資の調達の為に隣村までいかなくちゃいけなくなるだろう?
そんな事になるのは嫌なんだよ」
現代日本みたいに公共交通機関が整っていないこの世界では隣村に行って帰ってくるなんて事は恐ろしい程に時間がかかるのだ。
「勿論、俺一人で対処が無理だと思ったら速攻で逃げ出すけどな。
その後で師匠に助けを求めるにしても、正確な情報はあって損じゃない。
それに、万が一になった場合の為に色々と俺たちは考えて準備をしているだろう?
あの師匠ですらドン引きした程の対抗策は無意味だとルカは思うのか?」
『いいえ。そう思いません。
ご説明ありがとうございます、マスター。
それで、まず最初は何処に?』
「そりゃ、情報を一番知っている奴の所だよ」
俺はそう言うと曳いていた荷車を止める。
見上げた視線の先には「雑貨屋」と書かれた鉄の看板が太陽の光に照らされ、鈍い光を放っていた。