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プロローグ「誓約」

どうしてこうなったのだろうか?

そんな疑問が頭を過った。


俺こと、山田一郎は二流大学に一浪でなんとか滑り込めた現在、二十四歳の現役大学生。

お祈りされ続ける事十数回、ようやく祈られない場所を見つけ、ほっと一息を付き、遊べるのはもう最後と趣味のクイズゲームの大会に出ようと出掛けてようとしていた所までは覚えている。

それから家を出て、バスの乗って、電車に乗って、降りた時、地面がいきなり掻き消え、気が付けばもうこんな状態だった。


目の前に広がるのは俺が居た現代日本ではまずお目に掛れないであろう石造りの神殿。

左右を見渡せばヴァチカンとかにありそうな荘厳な壁画が一面に広がっていて、足元ではゲームとかに出て来そうな意味の分からない文字と記号の羅列が俺がいる場所を中心に円形に描かれ、青い(チェレンコフ光っぽい)光を発している。



そして目の前には、「この状況」の下手人らしき黒色のローブを着た年齢的には八十後半はいってそうなババアが一人。

一言ぐらい文句を言いたいがローブの隙間から俺を見つめるその青い瞳は爛々と光っており、正直めっちゃ怖い。


「ふむ、どうやら無事成功したようだな。

始めまして、異世界の者よ。

私は君はここに呼び寄せた者で名をエルメンヒルダと言う。

色々と君が聞きたくなっている事は分かるが、立ち話はこの年では少々キツイのだ。

奥に茶を用意しているから来たまえ」


エルメンヒルダと名乗った老女は手に持っている二メートル以上ある巨大な杖で床を叩き、青い光を消すと俺にジェスチャーでついてこいと合図し、神殿の入口へと歩いていく。


「……俺、一般人の筈なんだけどなぁ」


そう呟き、周りを見渡すが「ドッキリ成功!」を持った人物は現れはしなかった。




那由多の彼方から プロローグ 「誓約」




「長い話は面倒なので、結論から言うとだな。

私は君が居た世界に亡命をしたいと思っている」

「亡命ですか?」


富士の樹海を思わせる薄暗い森の奥底にあった神殿っぽい建造物から出た先、歩いて数分の所にポツンと建てられていたログハウスに通され、慣れた手つきで俺に茶を出した彼女は開口一番にそう言った。


「そうだ、亡命だ。

私は昔に問題を起こしてな。

その所為もあって、この世界には居にくいのだよ。

だから、君の世界に亡命をしたい」

「…………」


どう反応したらよいものなのかねぇ?

彼女の言葉と今の状況から推論はいくつか出ているがどれも憶測から出る物ではない。

最悪の状況を考えると、言う言葉は少ない方がいいのだけど。

……まぁ、向こうが圧倒的に有利なこの状況、どう答えても一緒か。

なら、直球勝負といこう。


「分かりました。それで俺は何をしたらいいんですか?」


俺はそう言うと、出されていた茶を飲み、視線を彼女にぶつける。

すると、彼女はほんの僅かだが驚愕の表情を見せた。


「中々の度胸の持ち主だな、君は」

「この状況で度胸も何も意味が無いじゃないですか。

ちなみに俺の名前は田中・一郎です、エルメンヒルダさん。

……いや、西洋風だから一郎・田中かな?」

「私の事はヒルダと呼んでくれて構わんよ。

それと君の世界の常識は知らないが、この世界では名以外の姓を持つ物は貴族ぐらいだ。

面倒を起こしたくないのなら、姓を持っていたとしても名だけを名乗った方がいいと思うが?」

「なら、俺の事は一郎でお願いします」


姓やら名の常識が通用するあたり俺の世界とこの世界の文化的な違いはあまり無いのか?


「ふむ、分かった。

ではイチローよ。

君にして貰いたいのは、簡単な事だ。

私に君の知識を分けて欲しい」

「知識ですか?」

「そう難しく考える知識ではない。

今もあったが君の世界ではおそらく姓を持つのは常識的なのだろう?

そういった「君の世界」での常識を私に教えて欲しいのだ。

向こうで目立たぬように過ごせる知識。

私は君にそれを求めている」


知識ねぇ。

常識的に考えるのなら、亡命後は目立たぬ様に穏やかに暮らしたいという願望から来ると分かるのだが……。


「先に言っておくが君がどんな危惧しても無意味だ。

これでも私は「賢者」と呼ばれる程度には魔法に長けているのだよ。

その気になれば、君が何を言おうが、喚こうが、暴れようが頭の中から直接情報を引き出せる程に。

しかし、私としては突然の事態にも落ち着いて話せ、それなりに頭も切れ、交渉も出来る、貴重な友人になりうるかも知れない人物は失いたくないのだ。

それに君を呼び出す為に貴重な魔法薬をこれでもかと使っている。

材料はある物の再び作るのはかなりの手間がかかるのだよ。

君が私に素直に協力してくれるのなら、ここでの滞在の間の衣食住及び安全は保障しよう。

加えて帰還の際には迷惑料と授業料として君の世界で価値がある物を準備しておく。

無論、これはあくまで君が協力的な立場だったのなら話だが……どうかね?」


口調は穏やかながらも内容は脅迫も同然の内容で言ってきた彼女。

というか、もうこれは交渉ではない。

まぁ、こっちは孤立無援の状態でカードは一枚、しかもこれは透けてみる事が出来るカードで、向こうは手からあふれ出る程のカードを持っている。

そんな状態で「卓に座らせて貰っている」というゲームにすらなっていない以上、当たり前の話だが。


「分かりました。協力しましょう。

……ちなみにこのポーズは俺の世界では降参を意味します」


両手を上げ、ひらひらと降る俺の仕草に彼女は笑みを浮かべるという。


「早速、知識をありがとう。

しかし、随分と早い決断のようだが。

君の警戒の強さをみると、もう少し交渉が必要だと思ったのが」

「えぇ、まぁ。

引き延ばしてもう少しお話を聞いてから判断するのも悪くは無いと思っていましたが、ヒルダさんはずいぶんと誠実な方なので無意味かと思いまして」

「誠実?」

「でなければ、どうしてあんな「正直」に答えたのですか?」



誠実ではない限り、わざわざ言わないだろう自分が過去に問題を起こしたなんて。

勿論、亡命を希望しているんだから何か問題を起こしたのは確実なのだが、右も左も分からない俺の事を騙すのは簡単。

俺から知識を「協力的に」絞りだすのならもっとうまくやれた筈なのだ。

少なくとも悪い印象を与えるような事はわざわざ言う必要はない。


「……ははは、なる程。そういう事か。

君を呼んで正解だったという訳か」

「どういう事ですか?」


立ちあがって家の二階に向かう彼女に俺は問いかける。


「その正解を持ってきてやる」


そう彼女は言うと、混乱する俺を置いて彼女は家の上へと登っていってしまった。





それからの事は話し始めた時は天頂にあった太陽が完全に水平線の向こうまで消え去るまで続いたので簡単に要約すると俺とヒルダは「誓約」を交わした。

「誓約」と言葉だけなら仰々しいが中身自体は俺たちが最初に話していたのとあまり変わらない。


一、最長でも五年の間に俺は「俺の世界」で暮らせる為の最低限必要な常識と知識をエルメンヒルダに教える。

二、五年以内にエルメンヒルダは俺を「召喚」した時間と場所に共に転移する方法を確立させる。

三、こちらに滞在する間、エルメンヒルダは俺の衣食住と安全を確保する義務を負い、俺もまたこちらの世界に滞在した期間の三分の一の間、「俺の世界」に帰還した時、エルメンヒルダの面倒を俺が見る。

四、転移完了時にエルメンヒルダは所有財宝の三割八分を俺に譲る。

五、この世界において、俺はエルメンヒルダの弟子であり養子としての地位を得る。


もっと細かい取り決めたが、大きく分けるならばこの五つが「誓約」の基本骨子だ。

一と二は基本的な事であり、当然。

三はヒルダが交渉で勝利した結果だ。

最長だったら二年はヒルダの面倒をみなくてはいけなくなるが、五の条件で色々とゴネた結果、受け入れざるえなくなった。

まぁ、ヒルダはボケ老人でもないので、老人介護みたいな苦労はしなくてよさそうだし、自立志向が強そうなので面倒になるという事は無いだろう。


そして四。

これは彼女が言っていた迷惑料と報酬を兼ねた物。

正直、これを最初に見た時は失神するかと思った程だ。

彼女が「魔法」を使って開けた穴の先には山のように積まれた金銀財宝の数々。

その三割八分を俺は貰い受ける事になっている。

本当は三の条件から三割三分の筈だったが、そこら辺は向こうで俺がこれをヒルデの分も現金に換える手数料として五分だけ増してもらったのだ。


五の条件は簡単に言ってしまうと、せっかくファンタジー万歳な魔法がある世界にやってきて帰還の目途も立っているのだから魔法を使ってみたいと言う俺の我儘が原因である。

その我儘を上手くヒルダが活用し、俺が彼女の家に滞在していても違和感がないように設定を作ってくれたのだ。

どうにもこの世界は人権なんて概念がそもそも存在していないらしく、身元不詳で俺みたいな無力な存在が無警戒に歩くと簡単に浚われて奴隷として競りにかけられてしまうぐらい危ないらしい。

その為の過去に問題を起こしたとはいえ「賢者」と呼ばれているエルメンヒルダの養子という社会的地位と弟子という立場で彼女の魔法知識を得て、最低限降りかかる火の粉を払えるぐらいには強くなっとおけとの事。



俺たちはこんな内容が「古代語」で書かれた羊皮紙にサインする事で「誓約」としたのだ。


どうやらこの世界に存在する魔法というのは「古代語」という力を持った言葉を使う事らしい。

「古代語」で「火を灯れ」と言い、魔力とやらを込めれば魔法が発動するといった感じで。

そんな摩訶不思議な言語である古代語、これも種類が色々とあるらしいがどれも共通していえるのはこの言語で喋ったり文字にした事は虚偽は一切許されない事だ。

嘘を言おうとすれば言葉が出なくなり、虚偽の内容は書いたとしても消えてしまう。


「誓約」はその古代語の特徴を最も発揮した契約方法。

全てが古代語によって書かれた契約書に自らの「真の名」を使ってサインする事で絶対に破る事が出来ない誓いとし。

もし、破ってしまえばその者は死という結果でその罪を贖う事になる。

そんな、この世界で一番重い契約が「誓約」。


というか、俺自身まったく気づいていなかったが、俺がヒルダと話していた言語は日本語ではなく全てその古代語だったのだ。

ヒルダ曰く、コミュニケーションが取れないと困るからとヒルダの古代語知識を召喚時に俺の頭の中の「母国語知識」にコピー&ペーストして連動させているらしい。

加えて、古代語では嘘がつけないので、こっちの判断材料にもしていたと。



そんな事があり、「誓約」の内容の取り決めの際にはひと悶着起きたりしたのだが、長い時間をかけて俺とヒルダは内容を吟味し、同意に至る事が出来た。




まぁ、なんにせよこうして俺の異世界での「賢者」の弟子兼養子としての生活は始まったのだ。

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