* 旅館 其の一 * 2
私たちを部屋へ案内して来てくれた仲居さんが、お茶を入れながら、旅館の中を口頭で説明してくれていた。
その旅館には、大きな温泉浴場が4つあるらしい。
鈴木先輩は、その温泉目的で選んだと言っていたので、それは熱心に仲居さんの話を聞き入っていた。
森田先輩は、部屋が気になるのか、いつものように、空中に手をかざして、何かを探っている。
“いつものように”というのは、霊感が恐ろしく強い森田先輩は、初めての場所などへ行くと、いつも、そのようにして、そこの空気感などを確かめている。
なので、見慣れているといえば見慣れている森田先輩の行動。
しかし、その時は、その旅館へ着くまでの経緯や、旅館の階段で感じた怖さなどを経験した私にとっては、不安を掻き立てられる行動であった。
まだ仲居さんが部屋にいたので、「大丈夫そうですか?」という言葉も掛けることも出来ずにいた私。
鈴木先輩の横に座って、何となく、窓の外の景色を見ていた。
新緑が窓のすぐそこにあり、手を伸ばしたら届きそう。
遠くに湖が見える。
湖!?
『まさか……あの湖じゃないよね!』
森田先輩を見ると、私と同じ方向を見ている。
アイコンタクトで森田先輩へ、そのセリフを言ったつもり。
森田先輩は、私のそのテレパシー(!?)を受け取ってくれたのか、小さく頷いていた。
その頷きが、「そうだよ」というものなのか、「違うから大丈夫」という意味なのか判らなかったけれど、それ以上は聞けずいた。
同じ湖だったらと思うと……。
一通りの説明をしてくれた仲居さんが「ごゆっくり」と言い残し、部屋を出て行った。
「なんか、疲れたね~」
鈴木先輩が、大きく伸びをしながら言い、「さて!」と意気揚々と荷物が置かれた場所へ立って行った。
「さて!温泉、行こう!」
かなり嬉しそうな鈴木先輩。
朝からのことは何処ぞといった感じ。
そして、あの沈んだ感じの鈴木先輩自身も。
「もう、行くの?」
「だって、これ目的で来たんだもん」
「そうだけどさ……」
森田先輩も、朝からのことを気にしているのか、すぐに動きたいないという感じに見えた。
私も同じだったから、余計かもしれない。
パタパタパタパタ……
何処からか、小さな音が聞こえてきた。
……パタ……パタパタパタパタ……
パタパタパタパタ……パタパタパタ
……パタ……パタパタパタパタ……
断続的に聞こえていたその音がだんだん多くなっていた。
「何の音?」
鈴木先輩が聞いてきた。
「なんか……子供の足音みたい……?」
「ん……」
森田先輩と私との会話に、鈴木先輩は「上から?」と、天井を見上げた。
「きっと、上の階の子供が遊んでるんだよ」
「でも、こんなに音って響きます?」
「古い旅館みたいだから、仕方ないんじゃない?」
「親、もう少し、注意したらいいのに……」
「嬉しいんでしょ、きっと」
鈴木先輩と私が話している間、森田先輩は、また、いつものように天井に手をかざしていたけれど、何も言わなかった。
私も、敢えて聞かずにいた。
その時の私には、“音”は聞こえるものの、“嫌な気配”は感じなかったから。
その音の正体が何なのかを知ることで、更に気味悪いような、変な不安にだけはなりたくなかったのかもしれない。
無意識の行動。
「そんなことより、温泉温泉♪」
やけにハシャイデいる鈴木先輩につられ、私たちも、部屋にあった浴衣に着替え、温泉がある1階へと向かった。
パタパタパタパタ……パタパタパタパタ……
部屋を出る時にも、まだその音は聞こえていた。