* 迷 路 * 6
いくら、その土地の“何処か”を何時間も彷徨っていた私たちといっても、まだ旅館のチェックインの時間までは時間があった。
時計を見ると、まだお昼前。
キャンセルするにも、そのまま泊まるにしても、目の前に宿泊予約した旅館はある。
いずれにしても、直接、フロントへ行ってみようということになった。
私はというと、特に霊的なものは感じずとも、本当は「帰りたい」という気持ちはあった。
旅館に霊的なものを感じなかっただけど、それまでのことを思うと、やはり、どうしても乗り気にはなれずにいたのだった。
しかし、鈴木先輩の気持ちを考えると、それを言い出すことは出来ない。
森田先輩も、時々、私を見ている、その〝物言いた気”な視線から、同じことを思っていると感じていた。
その旅館の駐車場に車を停め、玄関のドアに手をかけた。
引き戸になっているドアはガラガラと少し低い音を立てて開いた。
玄関のドアは開いたものの、フロントには誰もいない。
普通、時間外だろうがシーズンオフだろうが、開業しているなら、誰かしらいるはず。
今、思えば、これも不思議なこと。
更に思えば、湖までの不思議体験を何処かで否定しようとした心理が働いたのか、誰もが、それ以上の“不思議”は感じたくなかったのかもしれない。
「不思議」とか「オカシイ」という言葉は、3人の口からは出なかった。
一応、旅館の中には入った。
外観だけではなく、内部も〝感じる”ためという気持ちも手伝っていた。
もし、何かあるようなら、私も、そこに入った瞬間でかなり判る。
しかし、予想以上にきれいな空気だった。
森田先輩も同じ感覚であったよう。
旅館の玄関先だけでフロントまでは足を運ぶことはなかったけれど、誰ともなしに、「大丈夫そうだね」と言いながら、また、外へ出た。
チェックインの時間まで、道路を挟んで、前にある小さな食堂へ入った。
その時は、もう正午を少しまわっていた。
そこでは無事に食事をすませ、外へ出ると、午後の太陽が眩しかった。
思わず、手で顔をかざしたくらい。
あの不思議体験は無理に忘れようとせずとも、その明るさに、少し安心してしまった私たちがいた。
「ここで、お写真撮っておこうか」
その食堂の前の駐車場では、そのようなことまで言葉に出るくらい。
「じゃ、私が撮りますね」
ところが、シャッターがおりない。
何度押してもだめ。
「私の、使ってみたら?」
これまた、森田先輩のカメラのシャッターもおりない。
「私の携帯で撮るよ」
鈴木先輩が携帯を取り出して、私たちに携帯を向けると、これは撮れた。
森田先輩と私が顔を見合わせたのは言うまでもない。
鈴木先輩の携帯写真に、何も映っていなかったのが、せめてもの救いだった。
>>* 旅館 其の一 * へつづく