古典的な罠
校舎。
ピクリともしない夜風を切ってヒタヒタ歩く。
教室の成れの果て。
家庭教師の教え子の机の中。
手を入れて掴んだ物を引いて教科書を。
ガサッと白い紙が飛び出す。
こんな紙なんて見なければ良かったのに。
その紙には一言、書かれていた。
『今、プールに居ます』
紙を戻す。教科書だけ言われた通りに。
廊下の、口を塞がれていた空気が笑った。
もう終わりだと思ったから。
触れないと涼しくない風に押されて。
気がつけば閉まったプールの門を飛び越えた。
パツンと落とした靴の音が気づかせる。
この世界のどこかで、雨のように何かが降っている。
それはキュッと音を立てて止まったはずなのに。
目の前の女の水滴の。
ポタポタ、ペタペタ。鳴り止まない。
夜に紛れてはいけなかった。
影に背中を寄せてはならなかった。
張り付いた水着の食い込みを人差し指がなぞり。
乾いた音を鳴らしながらプールに近づいていく。
四角い水溜まり、丸くボコボコした光の光。
身投げに合わせて右から左に一度だけ崩壊した。
水面から上半身が飛び出て大きく水を掻く。
潜って飛び出る度に水面の光は形容を崩す。
しばらくしてプールから手を突いて上がる。
上り詰めた水気が花火のように散らばる。
脱ぎ散らされた服が一つに集まる。
白いシャツは皮膚を吸って半透明に張り付く。
ジーンズは青黒く陰った。
スニーカーがグチャグチャと音を立てて夜の中を横切った。
ピンク色の個室。生活感ある机の上に頬杖。
セーラー服の少女は言った。
「本当に教科書を取ってきたの?」
家庭教師は頭に手を置いて他所をみながら。
「買った、買ったよ」
遅れて上澄みのような甘いため息。
背中を持たれてクイッと見上げる。
「犯罪ですよ……?」
「いや、だから」
言葉が詰まった家庭教師が落とした視線の先は少女の胸元。
白い人差し指が制服の首を引っかけて仰いだ。
その度にチラチラと青黒い水着が見える。
「今度は古典の教科書、持ってきて」
そう言って少女は。
机の上に置かれた古典の教科書に指を置いた。




