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第二話 朝顔

ある朝、おじいさんからLINEが来た。寝坊をしていた僕は慌ててメッセージを返した。おじいさんは庭に咲いた朝顔をビデオ通話で見せてくれた。おじいさんは朝顔はなぜ朝に咲くのか?と聞いてきた。

【人生を教えてくれるおじいさん】

第二話 朝顔


 おじいさんと紫陽花が見える丘で出会ってから、数週間が過ぎたある日曜日の朝、LINEの着信音で目が覚めた。

 スマホの画面には「おじいさん」と表示された。名前を聞いていなかったので「おじいさん」で登録をしてあった。おじいさんとLINEで繋がっていたことさえ忘れていた。


眠い目をこすりながらLINE画面を開くとメッセージが。


「しとしと、じっくり、ゆっくりと生活していますか」


そのメッセージと一緒に、9:35 という文字が画面上に見えた。

もうこんな時間なのか。


「今、起きました」


慌てて、返信した。


それで終わりだったのか。なかなか返信はない。


ベッドから出て顔を洗い、スマホを片手に持ちながらダイニングへ向かった。


スマホの画面を見たが、返信はない。


ただ、「しとしと、じっくり、ゆっくりと生活をしていますか」とだけのメッセージとは、変なおじいさんだな。


家族はそれぞれ活動をしているのか、台所のテーブルの上には一人分の食事だけが置かれてあった。みんなもうご飯を食べたんだろうな。


その時、LINEの着信音が鳴った。

画面には「おじいさん」と出ていた。


最初のメッセージから30分以上過ぎていた。


「今、起きたのか。まぁ、寝ることは次へのエネルギーになるからいいことだ」


すぐに返信をした。

「エネルギーになるより、まだ眠いです」


そう返信をした。そのまま30分以上返信は来ない。


待ちきれずに

「おじいさん、可能なら通話にしませんか?」

とメッセージを送った。


「通話?」と一言メッセージ。


「LINEの画面の上の方に受話器の形をしたマークがあるから、それに触れてみて」


それからしばらくたって、LINE通話がかかってきた。すぐに画面を開いた。

あ、いきなりビデオ通話だ。


「お、これはすごい」


おじいさんの驚いた顔がスマホの画面いっぱいに現れ、喋りかけてきた。


「もう少し離れて大丈夫です。聞こえますから」


「なんだ、まだ君はパジャマなのか」


「だから、さっき言ったように、起きたところなんです」


「あ、そうだったな。寝ることはよいことだ」


「でも寝過ぎてしまったと反省をしているよ」


「ものは考えようだ。いいものを見せてあげるよ」


そう言うと、スマホを持ちながら、玄関から庭に出ていく。ビデオ通話だから全てが見える。

広い家だな。そう思いながら黙って見ていた。まるで僕を庭に連れ出すように思えた。


「君の名前を聞いてなかったな」


「僕の名前は、あさくらたくとです」


「いい名前だ。俺はしげる、あおきしげるだ」


「しげるさん、よろしくお願いします」


「もう僕たちは友達だ」


会ったのは一度しかないけれど、おじいさんには何か不思議と惹かれるものがあった。それは、今まで出会った大人とは間違いなく違って、人生を真剣に伝えてくれる。それも具体的に。


「ありがとうございます。何を見せてくれるのですか」


「お、ここだここ」


おじいさんは庭に咲いている花々を見せてくれた。


「今年も綺麗に咲いたよ。朝顔は夏にぴったりの花だ。いろいろな色を咲かすのも面白い」


手入れをしているのがすぐわかった。網に絡まりながら、緑の透き通ったレースのカーテンのような朝顔。ところどころに咲いている花がさまざまに色づいている。

スマホで朝顔を下から上に、右から左に、さらにズームで拡大して見せてくれた。


このおじいさん、すごい。

初めての通話を、間違えたのかもしれないけれどビデオ通話でしてきて、さらにカメラを反転させズームまで使い、朝顔を映し出している。


「おじいさん、スマホの使い方、もう慣れたの?」


「あ、適当に触ったらいろいろできた。面白いものだ」


「おじいさん、すごいよ」


「なんでもやってみることだな。失敗したっていいからやってみて、ダメならやめればいいんだ。スマホは楽しい」


おじいさんの声からも楽しさが伝わってきた。


「君に、あ、たくと君だったな。寝坊助のたくと君にこの朝顔を見せたかったんだ」


朝顔は目覚めが良いと言うことを言いたいのか。それとも、どんな日でもちゃんと朝、花を咲かせるということを言いたいのか。


僕の悪い癖だ。相手が言いたいことを予測してしまう。しかもその予想がいつもほとんど当たってしまう。


黙っておじいさんの話を聞くことにした。


「君は知っているか、朝顔はどうして咲くのか」


きたー、と思った。


「それは、朝になるからだよね。だから朝の顔と書いて朝顔でしょ」

思わず心の中の言葉を続けていってしまった。

「僕が寝坊助だからおじいさんは、朝顔を見せて気づかせたかったんだよね」


朝顔をバックにしておじいさんの顔が見えた。

その顔は(この子は困ったもんだ)とでも言いたそうな、苦笑い顔だった。


「君はこの朝顔を見た時から、そう思っていたんじゃないのか」


自分の顔が引きつるのが分かった。図星すぎる。


「まぁ、おいぼれじいさんの話を聞いてくれ」


そう言うと、自分が映る位置にスマホを置き、小さな椅子に座った。

大きな深呼吸をし、真っ青な空を見上げて、満開の朝顔を見た。

そしてゆっくりと話し始めた。

まるでテレビ画面の中で、おじいさんが話すようだった。


いいかい、たくと君。

朝顔は朝の顔だけど、朝になって明るくなったから咲くんじゃないんだ。

朝顔は暗闇があるから咲くんだ。

夜がないと朝が来ない。

暗い夜があるからこそ、朝顔は咲くことができるんだ。

私は植物が好きで、たくさんの植物を育てているが、その植物ひとつひとつがいろいろなことを教えてくれるんだ。

きっと君が起きる頃には、いつも朝顔は咲いているだろう。

早朝に咲くからな。

その10時間ほど前に暗くなっているはずだ。

そのくらいの暗闇があるからこそ、朝顔は花を咲かせるんだ。

もちろん10時間というのは、大体の時間だけどね。


人は、苦があって楽しさがあるんだよ。

暗闇があるからこそ、明るい日があるんだ。

たくと君、辛くても苦労しなさい。

本当にしたいことがあれば、苦労をすることだよ。

人は楽な道を選びたがるが、苦労しなければ本物を探すことはできないんだ。


スマホの画面に映るおじいさんの目はずっと遠くを見ているように感じた。


僕のしたいことってなんだろう。

苦労してまで成し遂げたいことってなんだろう。

大学の4年間でそれを探したい、と思っていたが、何も探せず時間ばかりが過ぎていく。


「夢はなんですか?」と中学校の頃、先生は聞いてきた。

友達はいろいろな夢を語っていた。でも、誰の話を聞いても、夢とは思えず、先生の質問に合わせて答えている感じがした。


「君の夢は何かな? なんて聞かないから安心しなさい」

おじいさんの顔は目が垂れるほどに笑っていた。


「たくと君、ゆっくり寝なさい。起きた時に明るさを感じるために」

スマホの画面いっぱいに、大笑いしながら話すおじいさんの顔。


「そうだ、近々うちに遊びに来なさい。僕たちが住んでいる町は、東日本で一番小さな町だから、きっと自転車でも来られるよ」


おじいさんとの話は、少し意地悪も混じるが楽しく感じていた。


「はい、おいじいさんの家に伺わせてください」と大きな声で答えた。


おじいさんは朝顔が花を咲かすには暗闇は必要だと教えてくれた。「苦あれば楽あり」という言葉だけは知っていたが、そのことを朝顔の花がなぜ咲くのかということから教えてくれた。日常生活の中で人生を歩むのに大切なことに気づかせてくれた。

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