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第一話 紫陽花

紫陽花を見に行った少年が、偶然その場にいたおじいさんと出会う。紫陽花について語ってくれたおじいさん。少年はおじいさんの言葉から人生を学ぶ。

【人生を教えてくれるおじいさん】

第一話 紫陽花


私の思い出話を聞いてください。今から何年も前の6月の出来事です。


 たくさんの人が満開の紫陽花で挟まれた農道を歩いている。その中に私もいた。さまざまな色の紫陽花はその農道を照らす照明のようだった。

 多くの人が望遠レンズをつけた大きなカメラで富士山をバックに綺麗に咲いた紫陽花を撮影している。もちろんスマホで記念写真を撮っている人もたくさんいた。私もその一人。腰を屈め富士山や田植えが終えた田をバックに紫陽花を撮影していた。



 その時、肩に大きな望遠レンズ付きのカメラを掛けている高齢の女性が私に声をかけてきた。見るからにカメラマンという雰囲気の女性だった。


「ここで撮るのも綺麗だけど、あそこの丘の上から撮ると、紫陽花が一望できて、もっと綺麗ですよ」


 そう言いながら、その丘を指差した。


「ありがとうございます。行ってみます」


 返事をすると、私は少し小走りで小高い丘に向かった。遠くはなかった。ほんの数分でその丘まで登れた。

 女性が言うように、その丘からは紫陽花が一望できた。多くの方がこの場所を知っていたのだろう。三脚の上にカメラを乗せてシャッターチャンスを待っている人が多くいた。富士山にかかった雲の流れを待っているのだろう。どの望遠レンズも富士山の方を向いていた。



 私は紫陽花を一望しながら、両手を高く上げ、大きく背伸びをし、その場の空気を胸にいっぱい吸い込んだ。それほど、そこから見える景色は気持ちよかった。

 そこに置かれてあるベンチに腰をかけ、しばらくその場から風景を見ていた。

「綺麗ですよね」

突然、後ろから声が聞こえた。まさか私に声をかけたとは思わず、そのまま景色を見ていた。

「綺麗ですね」

同じ言葉が今度は私の横から聞こえた。横を向くと高齢の男性が私の横に座った。そして、また「綺麗ですね」と。

3回も私に声をかけてきた。

「はい、とっても。ここを離れられないほど綺麗です」

そのまま、会話が止まった。


「紫陽花にはシトシト雨が似合います」

「そうですね。梅雨時期の紫陽花はいいですね」

それだけの会話。また、止まった。

「あなたは、シトシト雨とザーッと降る雨とどちらが好きなんですか?」

おじいさんがそんな質問をしてきた。

「ん~、シトシト雨は長く降るし少し憂鬱、ザーッと降る雨は夕立みたいにすぐに止む感じがするからいいかな」

「そうなんですね。この丘の上から紫陽花を見ていると気がつくことがあるんですよ」

 そういうとおじいさんは、人生にとって大切なことを教えてくれた。


 ザーッと降る雨は、短い時間で降ることが多く、地を這い、流れていくんだ。シトシト雨は、ゆっくり長く降るけれど、ちゃんと地に染みていくんだよ。

 紫陽花はシトシト雨が好きなんだ。いくら雨が降っても、短時間にザーッと降ってしまうと、地に染み込まないんだ。

 どんなことも大切なことって、シトシト雨のように、じっくり、ゆっくりが大切なんだよな。

 人生も同じ。焦ってもだめ。一気にやろうとしても、それは心に沁みないよ。シトシト雨が一番なんだよ。


 僕はまさかこんな話になるとは思わず、おじいさんの顔を見ながら真剣に聞いていた。


「君のおじんさんは、盆栽とかするのかね?」

「お母さんのお父さんは少し盆栽をしています」

「盆栽も同じなんだよ」

そう言うと、おじいさんは眼下に見える紫陽花に視線を向けながら話し始めた。

盆栽もね、人間の思うように急に枝を曲げようとすると折れてしまうんだ。針金でじっくり、ゆっくりと曲げていかないとね。


人生は有限。でも慌てないことだよ。

じっくり、ゆっくり。それがいいんだよ。

風が紫陽花を揺らした。その風は遠くを見ているおじいさんの白髪だらけの髪も揺らした。


この出会いが少年とおじいさんとの人生を変えていく。季節の移り変わりの中で、生活の中に人生への学びがたくさんあることに気づいていく。

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