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クラス転移の特典が俺だけ「サキュバス化」だった  作者: 緑茶わいん
第四章

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二年が経って

「……もう二年かあ。時間が経つのって早いなあ」

「なによ。二年なんてあっという間じゃない」


 リビングのテーブルに頬杖をついて黄昏れていると、褐色肌のお姫様が横から抱きつくようにして身体を押し付けてきた。

 片手を伸ばして髪を撫でてやると嬉しそうに目を細めて「んーっ」と声を上げる。なんというか猫みたいな反応である。


「人間の二年は長いんだよ。寿命の四十分の一なんだから。エルフとかダークエルフで言うと……何年くらいだろ?」

「難しいわね。私たちの場合、死の要因のほとんどは寿命以外だもの。人間に比べると個体数も少ないから一般論を語りづらいわ」

「そうなんだ」

「ええ。とりあえず、普通に暮らしてれば千年は生きるけど」

「桁が違う」


 現代日本でも百歳はなかなかの高齢である。そう考えるとざっと十倍。当たり前みたいに出てきたあたり実際はもっと差があるだろう。


「っていうか、人間の寿命が八十年? 随分長生きするのね?」

「ダークエルフに言われると嫌味に聞こえるけど……考えてみると、わたしたちの世界でも昔はもっと平均寿命低かったんだよね」

「食事の質や病への対策が徹底していたのね。人間の知恵っていうのも馬鹿にはできないわ」


 遠い目をしながら「最近の若い者は」みたいな顔をしたミーティアは素の表情に戻って「で?」と首を傾げた。


「例の話について考えていたのかしら。毎年、あなたたちの世界から二、三十人ほど転移してくる、とかいう」

「うん。鋭いね」

「話の流れから推測すれば簡単よ。そうでなくとも、惚れた相手のことくらい察せられなくてどうするのかしら」


 変なところで素直じゃない癖に、平気でそういうことを口にしてくるから困る。

 顔が近いのもあってキスしたくなってしまったが、それを口に出すと会話どころじゃなくなるのは確定なのでレンは欲求を抑え込んだ。


「ほら、また犠牲者が出るんだなあ、とか。早くダンジョンを攻略できれば新しい転移者も出なくて済むのかな、とか」

「あなたが気に病むことじゃないでしょう。文句なら三十年もかけて五十階ちょっとしか攻略できていない奴らに言うべきじゃない」

「いや、まあ、うん」


 なお、現在到達できている最下層は五十四階だそうだ。ろくに伸びていないのは敵が強いのもあるが、情報収集と五十五階攻略の準備のためである。

 なのであまり文句は言えないものの、もっと頑張ってくれないと追いついてしまいそうである。

 ……と、前に賢者につい愚痴をこぼしたところ「君達のパーティと一緒にするな」と言われてしまった。


『君達でさえ二年かけて四十階に到達していないのだぞ? 二年あれば恋もするし、結婚する者だっている。家庭を持てばどうしても保守的にならざるを得ないし、子供が生まれれば世話に追われなければならない。攻略が鈍化するのは当然だ』

『十八歳くらいで結婚とか昔みたいだね』

『今だって高卒者などは若年婚の傾向があると聞いたぞ。生活環境によって結婚年齢など変わって当然だ』


 結婚を急がなくても全然大丈夫なうえに種族スキルが使えるレンたちは例外中の例外なのである。そして、だからこそ活躍を期待されている。


「で、おっさんから新人への挨拶を手伝ってくれ、とか頼まれちゃってさ」

「あら。あいつの後を継いで街のリーダーになるのかしら?」

「このままだと本気でやらされそうで怖い」


 賢者の後継者問題は確かに重要だ。

 下手な者にリーダーを任せるとダース単位で人死にが出かねない。かといって数年ごとに町長選? 市長選? をするのも面倒である。

 いっそ寿命の長い者に任せて長老的なポジションになってもらおう、というのは理に適っている。お前やれ、と言われている状況でなければ賛成するところだ。


「まあ、挨拶くらいなら引き受けるけどさ。うさんくさいおっさん一人よりはマシかもしれないし」

「……そうやって甘やかすから頼られるんじゃないかしら?」


 そんな気もしたが、こればかりは性分なのでどうしようもなかった。



   ◇    ◇    ◇



 賢者と話し合ったところ、レンの役割は転移者たちへの説得のサポートということになった。

 基本的な説明は賢者が行い、難色を示されたり質問が多発した場合にレンが出ていく。また悪魔だとか言われる懸念はあったものの、見た目のインパクトは抜群のためとりあえずみんな黙ってくれるだろう。そのうえで歳が近い女の子が話せば少しは聞いてくれるはず。

 結果的に、この目論見は良かった。


 神殿の隅に設置した衝立に隠れ、いいところで登場すると一同(特に男子)の視線が釘付けになったし、レンの話もちゃんと聞いてもらえた。

 一番食いつきが良かったのはえっちなお店の話を出した時だったが。

 まあ、お陰で男子はこぞってダンジョン攻略を希望してくれたし、想い人がいるらしい女子数名も危機感を持ったのか「一緒に戦う」と表明してくれた。


「よくやったぞ、レン。これだけ新人がいれば去年の分は取り戻せるだろう」


 賢者は大喜びである。

 去年と言えば、今年の転移者はごく普通の公立・共学校からで女子校だったり問題児ばっかりだったりもしなかった。初日から波乱の幕開けとはならなくて一安心である。

 まあ、透視がどうとか盛り上がっていた男子もいたが、悪さをする前から問題視するわけにもいかない。タクマたちのように物理的危険を生み出すわけではなさそうだし、怒るのはやらかしてからでもいいだろう。

(結果的に彼らは本当にやらかして土下座する羽目になるのだが、それはまた別のお話)


「レンってば後輩から大人気になっちゃったりして」


 翌日の朝食の席でフーリにそんなことを言われた。

 笑顔の彼女は特に気にしているようには見えない。いまさら知らない男子に言い寄られたくらいでレンがなびくとは思っていないのだ。

 実際、もし告白されたら嬉しいとは思う反面、その告白を受けたいとは思わない。


「ここに引っ越してきて良かったよ、本当」

「無理に会いに来ようとすれば人の目が刺さりますものね」


 頷いたシオンが「入り口にも聖域を張れればいいのですが」と続けて呟く。神社と水場に張っている聖域がレベルアップに伴い拡大してきているので、そろそろ一つにまとめられるかもしれない。一つ枠が空いたら入り口に設置するのも良さそうだ。


「二年で三十五階まで来られましたし、六年あれば百階まで行けるかもしれませんね!」

「アイリスさん。さすがにその計算は楽観的すぎます。せめて七年は見ましょう」


 メイの見積もりもかなり甘いが、これは自信の表れか。


「うん。ここからは慎重に行かないと。レベル上げの回数も増えるだろうしね」

「そんなこと言って、また強引に突破するつもりじゃないの?」

「慎重に準備して、強引に突破するんだよ」


 クリアだけを最短で狙ったら案外六、七年で行けるかもしれない。いや、レンたちだけで最下層に到達したらラスボス戦が絶対に地獄だが。


「あの、レンさん。山の件なんですけど、スケッチができたので見てもらえませんか?」

「あ、うん。もちろん」


 食事が終わりにさしかかったところでアイリスが思い出したように言った。

 川が完成してからはや数か月。山づくりは水面下で計画が進んでいるものの、まだ具体的な段階には達していなかった。

 レンたちもなんだかんだ忙しいので丸投げされても困るのである。山一つ作るとなると川に比べてスケッチの量も膨大になるわけで。


「面白そうね。私にも見せなさいよ」

「……また何か文句をつける気なんですか?」

「失礼ね。出来が良ければ文句なんてつけないわ」


 ミーティアも興味を示したので二人でスケッチを眺めることに。

 リビングのテーブルに置いたそれを覗き込むと、


「綺麗だ。アイリス、また腕を上げたんじゃない?」

「そ、そうですか? ありがとうございます」


 描かれていた山の絵は相変わらず繊細なタッチで、できる限り写実的になるよう意識されていた。これなら欠片を使用する際にそのままイメージとして使えそうだ。森が好きなアイリスだけに緑も豊かで、きのこや木の実なんかもたくさん獲れそうである。

 レンの賛辞に照れくさそうにしたアイリスはふと表情を引き締めると「どうですか……?」ともう一人の顔を見た。

 ミーティアはさらにしばらく絵を眺め続けた後で「上手いじゃない」と笑った。


「想像以上だわ。あなた、絵の才能があるのかもね」

「……ありがとうございます。まさか本当に褒めてもらえるなんて」

「だからそう言っていたじゃない。まあ、褒められるのは絵の腕だけだけれど」

「というと?」


 ふん、と、悪ぶったお姫様はどうということもなさそうに「山のデザインが甘いわ」と断言。


「自然ならではの無作為な地形が表現しきれていない。それに、別の地方の山を複数、一部ずつ合わせたようなちぐはぐな感じが拭えないわ。本物の山を駆け回った経験があればこうはならないでしょう」

「う。だ、だって私、山なんて本でしか見たことないので……!」

「そうなんだよね。わたしだって似たようなものだよ」


 この世界で生まれたアイリスはこの世界にあるものしか知らない。地球の知識は転移者の記憶から再現された本が頼りなので、どうしたって知識が偏る。ちぐはぐな地形は本に掲載された写真から全体像を想像するしかなく、やむなく色んな別の山の写真を参考にしたからだろう。

 レンはテレビなどで山なんて何度も見たことがある。小学校の遠足でも登ったが、全体を把握できるほど駆け回ったわけではない。基本的にはテレビやゲームで遊ぶ方がメインの現代っ子である。

 そんな二人を見たミーティアは「揃いも揃って駄目ね」と苦笑。

 アイリスがこれに頬を膨らませて、


「じゃあ、あなたはどうなんですか?」

「私はもちろん経験があるわ。これでもあなたたちよりはずっと長生きしているもの」


 鉛筆を手に取り「便利な道具ね」と目を細めた彼女はさらさらと白紙の上で手を滑らせ、


「どうかしら?」

「……上手い」

「……悔しいけど、上手いです」


 アイリスとはまた少し雰囲気が違う。描かれたのはラフスケッチだが、本気で描いたらおそらく写真のような精密画になるのだろう。

 言うだけあって自然な雰囲気もある。それを裏打ちしているのは豊かな記憶力と実際の経験か。


「昔の人って記憶力が良かったって言うけど本当なんだなあ」

「誰が昔の人よ!?」


 尻尾を掴まれそうになったので慌てて避けた。ごめん、と謝ったら頬をつねるだけで勘弁してくれたのでよしとする。


「アイリス。これ、ミーティアと合作にしたらどうかな?」

「そうですね……。癪ですけど、そうできたらとても良いと思います」


 山を知っていて絵が上手く、自然にこだわりのある人材なんてそうはいない。さすがのアイリスも「ダークエルフの協力なんて」とは言えないらしく、悔しそうにしながらもミーティアを認める。

 実力を褒められた少女は嬉しいのか口元を綻ばせながら胸を張って、


「どうしてもって言うなら手伝ってあげてもいいけれど?」

「ミーティア、調子に乗らない。仲間なんだから手伝ってあげなよ」

「む。……レンがそう言うなら仕方ないわね」


 こうして、ハーフエルフとダークエルフの強力タッグが結成された。

 以後、ときどきアイリスの部屋から言い争うような声が聞こえるようになり、時には二人してアイリスの実家を訪ねていってアイリスの母にまで協力を仰いだりするようになった。

 これがきっかけで二人の関係が改善──したかというとそんな簡単には行かなかったものの、馬が合わないなりに「やるじゃん」と認め合ったのか、以前よりも多少マシな感じにはなった。そもそも戦闘の際はむしろ息が合っている二人なのでそれで十分だろう。


 これはまだ先の話だが、山を望む街の人の意見も取り入れつつ、二人のデザインした山の絵は年末までにはなんとか完成し、三年目の年末には見事、山に入ることができるようになった。

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