今度は山づくり?
「ほんと、前衛がいるとめちゃくちゃ楽だな」
いつもの、と言っていい程度には通い慣れてきた洋食店にて。
レンは熱々のハンバーグ定食+白ワインを前に今日の感想を口にした。
メイの初陣を終えた帰り。
一度クリアしたことのある階層ではあるものの、新メンバー加入祝いも兼ねて、ということでこの店へとやってきた。
今日のメイの活躍はと言えば、初戦の後も「無双」と表現して差し支えないもので。
レンたちが手慣れていたこともあっていともあっさりと一階のボス撃破に至ることができた。
「……うん。最初反対しちゃったのが申し訳ないくらい」
メイのボディは生半可な攻撃であれば「かーん!」といい音をさせて弾く。
別に罠を解除しなくても大して問題ないせいで本日仕事がほぼなかったフーリが申し訳無さそうに同意する。
これに対するメイは相変わらず表情を変えないままに、
「お気になさらず。愛人が正妻から敵視されるのは当然の事です」
「あ、愛人って……」
真っ赤になるアイリス。
初々しい反応をしてくれる彼女は癒しであると同時に、いったい何を想像したのか聞いてみたい気もする。
ちなみにアイリスの注文はきのこグラタン、フーリはレンと同じハンバーグ定食である。
マリアベルはミートソーススパゲティと赤ワイン。普通の食事ができないメイは水だけをちびちびと口にしている。
「いったい普段どんな本を読んでるんだ?」
「将来の参考にと恋物語の類を好んでおりますが……?」
「恋は恋でもドロドロのやつでしょ、それ」
参考資料がやけに偏っている。
「私たちは人間に比べて情緒面──特に恋愛関係に弱い傾向があるため、補強しようと思いまして」
「まだ少女マンガ読む方がマシじゃないかなあ……」
「いや、あれはあれでわりと過激だぞ」
少年マンガではあまりお目にかかれないほど露骨なシーンがわりとありふれていたりする。
人気のないところで壁ドンされて「きゅん」とするのもどうかと思う。男の方は十中八九「このまま落とせそうだな」とか考えているというのに。
メイは「やはり難しいですね」と呟いて、
「人間の心の機微は把握しづらいところがあります」
「そういうものなのか?」
「はい。身体的な構造が異なる以上、どうしても感覚に乖離は出てきます」
例えば身の危険。
ゴーレムには自己修復機能があるため、多少痛めつけられる程度なら特に問題ない。
トラブルを避けるに越したことはないので普段は姿を隠しているが、もし男に乱暴されたとしてもボディの洗浄、あるいは再構成をして終わりである。
これを聞いたフーリは目を細めて、
「……なんかちょっと心配になってきた。この子、変な男に捕まってたら大変なことになりそう」
「コアさえ壊されなければ特に気にしませんが」
「だからそういうことじゃないの! ……うん、この子は確かにうちで預かったほうがいいね」
「私としても後輩ができるのは嬉しいです」
少女たちの意見にレンも頷いて、
「オークも相当強かったからな。前に立って戦ってくれるのは心強い。これからもよろしく頼む、メイ」
レンズに近い役割を果たしているらしい濃い色の瞳がかすかに揺らめいて、
「かしこまりました。ご期待に沿えるよう誠心誠意、努力いたします」
◇ ◇ ◇
初心者向けエリアに逆戻りしたダンジョン探索は初回、および二回目の苦労が嘘のようにスムーズに進んだ。
防御力に優れ、身体能力自体も高いメイはゴブリン相手なら二対一でも余裕で勝つ。誤射に気をつける必要性は高くなったものの、MPを節約しつつ素早い敵の殲滅が可能になった。
フーリはたまに撃ち漏らした敵を急所狙いする程度で後は罠に専念できるし、レンもメイへのダメージをヒールで癒したり、新しいスキルで浮けるようになったのを活かして上から魔法を撃てる。
特別なゴーレムというだけあってメイにもヒールは有効だった。
新しい連携を模索しつつも一回の探索ごとに一階のペースでクリアしていき、わずか二週間で四階までの攻略が終わった。
「メイの手に入れた欠片もこれで二十個か」
わかりやすいようにテーブルの上へ出してみるとなかなか壮観である。
「でも、いいのか? これ売るだけでも結構な額になるけど」
「問題ありません。報酬を山分けしていただいているだけで十二分です」
当初「食事さえできればいい」と言っていたメイだが、さすがにそれではレンたちの方が落ち着かない。
ドロップ品を売ったりあれこれした収入から生活費等を差し引いた後、余った分については全員で山分けすることにした。
お菓子も酒も必要ないメイはお小遣いのほとんどを本に使っているようだ。
女子にしては珍しく服にも興味が薄いようで「最悪、裸でも問題ありません」と節約しようとする。さすがに肌は隠せ、と四人で説得して最低限の服は買わせるようにした。
「素材の摂取量が増えたお陰でボディの強化に回せるリソースも増加しました」
コアのある胸に手を当てて呟く少女ゴーレム。
「ボディの強度が攻撃力に直結しますので余裕があることは重要です」
レンたちのレベルアップとはシステムが違うものの、彼女もまた冒険を繰り返すことで強くなるわけだ。
「ところで、今までの食事はどうしていたの?」
「母から提供を受けていました。ただ、最近になって『面倒になってきたからそろそろご主人様を見つけなさい』と言われてしまいまして」
「ああ、自分の分もあるんだろうし、ストレージを使っても運ぶの大変だよな」
石も金属も重い。ストレージには重量制限があるため、なんの変哲もない石を運ぶのに大部分を使うのは損した気分だ。
「父にもお願いできれば良いのですが……」
「お父さん、どこか悪いの?」
「腰をやっておりまして、戦闘を控えているのです。夫婦仲が良すぎるせいですね」
「あら、と言いますと、メイさんに姉妹は何人いらっしゃるのですか?」
「私を含めて三人です。そろそろ四人目ができるのではないかと」
五年に一人とかそのくらいのペースだろうか。
人間で考えると早いとは言えないものの、アイリスのところでも三人姉妹なのを考えると食費は大変だろう。
「……男性は生命力の提供に積極的と聞いていますが、それも良し悪しですね」
自らの身体を見下ろしたメイは淡々と呟く。
家の中なのでコートは着ておらず、着ているのは簡素な服だけだ。出会った頃に比べて胸部は成長しており、服を着ていてもそれなりに目立つ。
「積極的な分、体力の消耗が激しいようです。母が相手好みの容姿を追求したことで拍車がかかってしまったのでしょう」
「待て、なんか生々しいぞ……!?」
まあ、自分好みの美女・美少女がいつまでも若いまま甲斐甲斐しく世話をしてくれるなんて男の夢である。しかも相手が嫌がるどころか求めてくるのだから、ついつい頑張ってしまうのもわかる。
「ねえレン。なんかゴーレムの方がサキュバスっぽくない?」
「そうかもな。別に対抗意識燃やす気もないから構わないけど」
「レンさんにはレンさんの良さがありますよ。香りや生身ゆえのふとした仕草などはメイさんにはないものです」
「レンは柔らかくて気持ちいいしね」
「……なるほど。香りの再現は困難ですが、柔軟な素材も検討するべきなのですね。柔らかい肉体が寵愛に繋がると」
「いや。無理しなくてもメイは十分魅力的だから」
言うと少女はレンを見つめ返してきて、
「では、生活に余裕ができましたら私にも生命力の提供をお願いします」
ドレインする立場のはずがドレインを要求されるようになってしまった。
◇ ◇ ◇
さらに二週間が経ち、ダンジョン八階までの攻略が終わった。
新たに入手した世界の欠片は五十二個。四階までの分も含めると合計七十二個になる。
石碑の内容はアイリスの時と変化がなかったため賢者からの調査報酬は出ていないものの、欠片だけで大変な成果である。
「やはり子供達に与えられる恩恵は馬鹿にできんな。……フルに入手できれば十階までで百十個になる。これは転移者が十六階まで攻略した時とほぼ同数だ」
新規の報告事項があまりなかったため少し間を置いての訪問。
来ない間にまた部屋を散らかし放題にしていた中年男は、アイリスに続きメイもフルの欠片を獲得できた事実に重い頷きを返した。
「子供だけのパーティを再び作ってもいいかもしれん。指導役として二名程度、若い転移者を同行させれば事故も防げよう」
「結構街も大きくなってるけど、欠片ってそんなに足りてないの?」
「充足したと見做して良いのは世界のどこにも『闇』が無くなったその時だろうな」
世界一つ分を埋めるためにいったいいくつの欠片がいるか。……考えただけで気が遠くなりそうな話である。何しろ、七十二個の欠片を使っても家二、三件分にしかないのだ。
「街の広さは確かに今のところ充分だ。向こう数年は心配せずに済む程度に土地も家も用意できている。だが、全体的な欠片の獲得量はだんだんと落ち込みつつある」
「そうなのか? 増えそうなもんだけど」
「この世界で生活していくだけなら最下層を目指す必要がないからな」
熱意溢れる一握りが到達階層を更新すべく潜っていく一方、多くの転移者は「この辺りでいいだろう」とダンジョン攻略を「稼ぐための手段」に切り替えてしまう。
三十年経ってもクリアできていない状況の弊害だ。
同じ階を繰り返し攻略しても欠片はもらえないので、こうなると供給量は減っていく。
「長期戦を見据えればこそ土地は必要だ。農場や牧場、森は人口に応じて広げていくべきだからな」
その点、アイリスの作った湖は有難いと賢者は語った。
水場としても食料の供給源としても役に立つからだ。
「じゃあ、そろそろ完成させた方がいいですね」
「絵はできてるけど、作るのは後回しになってたもんね」
完成させると広げられないというプレッシャーも理由だ。しかし、十分な欠片も手に入ったことだし、そろそろ作ってしまっていいだろう。
「そうしてくれ。魚の供給が増えれば正月の食卓も少しは豪華になる」
「そっか。もう十二月だもんね」
空気も冷たくなってきて、ちらほら雪の降る日も出てきた。
「あー、おせちの作り方とか私詳しく知らないや。アイリスちゃん知ってる?」
「お母さんを手伝っていたのである程度はわかりますけど、自信はあまり……」
「だよね。誰かに教わった方がいいかなあ」
お正月の前には大晦日もあるし、その前にはクリスマスもある。
「鶏肉が欲しいのなら前もって予約しておくのを勧める。毎年あの時期は限られた食材の取り合いになるのだ」
「こっちでもチキンの予約は風物詩なんだ」
「日本人だからな」
クリスマスと言えば、プレゼントも用意した方がいいだろうか。知り合いの子供──アイリスの妹たちはひそかに期待しているかもしれない。アイリスの母とも相談して贈り物を検討しようと思う。
サンタさんになる必要がなくともお年玉は用意した方がいいだろうし、一緒にダンジョンへ潜っている仲間たちにもささやかなプレゼントを渡したいところだ。
そう考えるとこっちでも年末はなかなか忙しそうである。
「でも、あれだよな。こっちには時計もないから年が明けたかどうかわからないんだよな」
「初日の出も見られないしね」
この世界にも太陽は存在するものの、地平線と呼べるほど遠い土地がないため日の出の瞬間を見ることができない。
太陽は闇の彼方から光だけを届けてきた挙句、気づいたら空の上の方に昇っているものである。
賢者もこれには肩を竦め、
「私はもはや慣れてしまったが、初日の出を見るために山を作ろうと声を上げる者は毎年いるぞ」
「じゃあ、どうして今まで作らなかったんですか?」
「主に欠片不足が原因だな。山を作るにしてもどの程度遠くに作るか、という点もなかなか決着がついていない」
日の出を見るとなれば遠いほうがいいが、あまり遠くに作ると資源の輸送が大変になる。
また、細い道で遠くに山を作っても日の出を見られる角度がものすごく限られてしまう。
メイが不思議そうに首を傾げて、
「いっそのこと作ってから考えればいいのでは?」
「まあ、それも一つの手ではあるな」
新たな欠片を消費することで地形の上書きも一応可能らしい。物凄く勿体ないので推奨されない──というかわりと強く「やめろ」と言われるそうだが。
「君達も山を作りたいんだったな。欠片の積み立て自体は行われているから話を持って行ってみてはどうだ? 湖と繋げる、という具体案が出るだけでもだいぶ変わってくるかもしれん」
というわけで、レンたちは年末および年始の準備を行うためにいろいろと動きだすことになった。




