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神に祈る  作者: 花容
3/5

(箸休め)


遠くに、松明の灯りが揺れている。

人々はまだ王宮で私たちを探しているのだろうか。リオンは無事に逃げ切れたのだろうか。

うずくまって、リオンが迎えに来てくれるのを信じて待つ。

「姫!」

リオンの呼ぶ声が聞こえた。はっと顔をあげる。身を隠していた塀の小陰から一歩進み出る。日も暮れて、辺りは暗い。目を凝らしてようやく、遠くにリオンの姿を見つけた。

「リオン、来て」

リオンはすぐに私に気付いて、

「無茶をさせてしまい申し訳ありません」

羽織っていたローブを素早く脱いで、私の体にかけてくれた。

「着替えましょう。立てますか?」

コルセットも下着も全て脱ぎ捨てて丸裸の私は、寒さに震えて喋るのも億劫だった。こくこくと頷いて意思を示す。

リオンは鞄に手を突っ込んで、替えの服を引っ張り出す。部屋で一人でいる時に着る、簡素な花柄のドレス。私のお気に入りの服。

震える指先でドレスの肩口をつまむ。もたつく私を見かねた様子で、リオンが手を貸してくれた。

リオンも手早く着替えを済ませ、先ほどまで着ていた服は鞄に詰めた。

「持っていくの?」

「……」

リオンは何も言わない。しかし、思惑はなんとなく察した。私たちは、貨幣も持たずに飛び出して来ている。身分を伏せて逃亡する身だ。いざとなった時に、売る物くらいはあった方がいい。

不意に涙が溢れた。

「もう、全部おしまいなのね」

呟いた声は、自分でも驚くほど弱々しかった。

つい昨日まで、確固としてそこにあった日常。生涯変わらずに続くと思っていた日常は、全て壊れて消えてしまった。

現実が実感を伴って、のしかかってくる。

「父も母も……」

兄も姉も。一族は全滅した。混乱の中で安否を確認する余裕などなかったが、おそらく誰ひとり助かってはいない。リオンに手を引かれてあの部屋に逃げ込むまでに、断末魔の悲鳴を何度も聞いた。

「全部なくなっちゃった」

俯いてすすり泣く。身の回りの何もかもが、こんなにもあっさりと潰えてしまうことが、受け入れられなかった。

「姫、お手を」

リオンが言う。

涙に濡れた目を上げると、リオンは相変わらずの真面目な顔のままそこに立っていて、私に向かってローブを差し出していた。袖に手を通せ、と言いたいのだろう。

こんな時でもリオンの態度は、平時と変わらず、静かで落ち着いている。泣きも怯えもせず、淡々と職務をこなす。その姿に私は、声をあげて泣きたくなった。

変わり果てた私の世界。その中で、ただひとつ、変わらずにある存在。

暗く沈んだ心に、小さく明かりが灯る。

私にはリオンがいる。

全てなくなったわけではない。

「リオン」

指先で涙を拭って、私は言った。

(私にはもう、あなたしかいない)

「ずっと私のそばにいて」

リオンは真面目な顔で、「当然です」と頷いた。

一人ではない。そう思うだけで、勇気が出た。きっとうまくやれる。

遠くに、どよめきが聞こえた気がした。

私たちが王宮に居ないことも、やがては人々に気付かれる。

生まれ育った家を名残惜しく見上げていたが、

「姫、行きましょう」

リオンに促されて、私は踵を返した。



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