(箸休め)
遠くに、松明の灯りが揺れている。
人々はまだ王宮で私たちを探しているのだろうか。リオンは無事に逃げ切れたのだろうか。
うずくまって、リオンが迎えに来てくれるのを信じて待つ。
「姫!」
リオンの呼ぶ声が聞こえた。はっと顔をあげる。身を隠していた塀の小陰から一歩進み出る。日も暮れて、辺りは暗い。目を凝らしてようやく、遠くにリオンの姿を見つけた。
「リオン、来て」
リオンはすぐに私に気付いて、
「無茶をさせてしまい申し訳ありません」
羽織っていたローブを素早く脱いで、私の体にかけてくれた。
「着替えましょう。立てますか?」
コルセットも下着も全て脱ぎ捨てて丸裸の私は、寒さに震えて喋るのも億劫だった。こくこくと頷いて意思を示す。
リオンは鞄に手を突っ込んで、替えの服を引っ張り出す。部屋で一人でいる時に着る、簡素な花柄のドレス。私のお気に入りの服。
震える指先でドレスの肩口をつまむ。もたつく私を見かねた様子で、リオンが手を貸してくれた。
リオンも手早く着替えを済ませ、先ほどまで着ていた服は鞄に詰めた。
「持っていくの?」
「……」
リオンは何も言わない。しかし、思惑はなんとなく察した。私たちは、貨幣も持たずに飛び出して来ている。身分を伏せて逃亡する身だ。いざとなった時に、売る物くらいはあった方がいい。
不意に涙が溢れた。
「もう、全部おしまいなのね」
呟いた声は、自分でも驚くほど弱々しかった。
つい昨日まで、確固としてそこにあった日常。生涯変わらずに続くと思っていた日常は、全て壊れて消えてしまった。
現実が実感を伴って、のしかかってくる。
「父も母も……」
兄も姉も。一族は全滅した。混乱の中で安否を確認する余裕などなかったが、おそらく誰ひとり助かってはいない。リオンに手を引かれてあの部屋に逃げ込むまでに、断末魔の悲鳴を何度も聞いた。
「全部なくなっちゃった」
俯いてすすり泣く。身の回りの何もかもが、こんなにもあっさりと潰えてしまうことが、受け入れられなかった。
「姫、お手を」
リオンが言う。
涙に濡れた目を上げると、リオンは相変わらずの真面目な顔のままそこに立っていて、私に向かってローブを差し出していた。袖に手を通せ、と言いたいのだろう。
こんな時でもリオンの態度は、平時と変わらず、静かで落ち着いている。泣きも怯えもせず、淡々と職務をこなす。その姿に私は、声をあげて泣きたくなった。
変わり果てた私の世界。その中で、ただひとつ、変わらずにある存在。
暗く沈んだ心に、小さく明かりが灯る。
私にはリオンがいる。
全てなくなったわけではない。
「リオン」
指先で涙を拭って、私は言った。
(私にはもう、あなたしかいない)
「ずっと私のそばにいて」
リオンは真面目な顔で、「当然です」と頷いた。
一人ではない。そう思うだけで、勇気が出た。きっとうまくやれる。
遠くに、どよめきが聞こえた気がした。
私たちが王宮に居ないことも、やがては人々に気付かれる。
生まれ育った家を名残惜しく見上げていたが、
「姫、行きましょう」
リオンに促されて、私は踵を返した。




