皮肉な話ね
ブルーベル家の人間が月に何度も行う「お祈り」は、神に捧げる挨拶である。
神は人を好いており、人との唯一の交流であるこの「お祈り」を楽しみにしている。「お祈り」は神と人との平和を保ち、ひいてはこの世の平和をも保つ。
と、いくら王が語ったところで、民には理解できない。王家の者たちは毎度、ぞろぞろと列をなして「お祈り」をしに山へ、湖へと向かうが、「お祈り」をしている現場は国民に見せないのである。
ただ税金を使って遊び歩いているだけなのではないか、という邪推が国中に蔓延し、国民の不信の念は日々増大した。
そうしてあの夜、ブルーベル家は滅ぼされた。
「何がいけなかったんでしょうね」
パンを手でちぎりながら、メリッサは小声でこぼした。
メリッサとリオンは、レンガ造りの住宅が建ち並ぶ路地の裏で、地面に直に座り込んで朝食を取っていた。朝食、といってもたいした物ではない。堅いパンと、鶏の手羽を焼いたのが数本。質も量も、王宮で食していた物とは比較にならないほど悪い。
メリッサは続けて言う。
「私たちは、遊び歩いていた訳じゃないのよ。ただ平和を築くために祈っていただけなのに」
質素な衣服に身を包み、ローブのフードを深くかぶって、傍目にはメリッサ王女だとは分からない。王都からはるばる田舎への逃亡生活の中で、顔や四肢には細かい傷がいくつも付いている。
「平和すぎたのではありませんかね」
と、リオンも小声で返す。
腰に、打刀のほかに短刀も吊っている。この男の頭には、一にも二にも、メリッサを護ることしかない。刃物だけが頼りだった。
「世は平和なのに何をそんなに祈ることがある、と思うのでしょう。彼らは」
「そうね……」
メリッサは短く返す。
(私たちの「お祈り」があればこその平和だというのに。皮肉な話ね)
パンを口に運ぶ。ぼんやりと目をやる先には、通りを行き交う人々の姿。朝の街はまだ少し寒く、みな縮こまって歩いてゆく。
「申し訳ありません」
と、唐突にリオンは頭を垂れた。
「なに?」
「姫に」
と小さな声で言う。
「このような劣悪な環境での生活を強いるなど、近衛にあるまじき失態です。私がもっと…」
「リオンは悪くないわ。仮にあの場を鎮圧できたとしても、暴動はいずれまた起きたでしょう。遅かれ早かれこうなったのよ」
リオンの言葉を遮って、メリッサはきっぱりと言った。執拗に過去を振り返るのは、性格に合わない。メリッサにとっては、将来のことの方がより重要であった。王家の滅亡。即ち、祈祷を行う者の滅亡により、この世の均衡は崩れる可能性がある。
「それから、姫と呼ぶのは滑稽だからやめて頂戴。何度言ったら分かるの」
メリッサはリオンを見据えて、
「王家はもう滅んだのよ。私のことはメリッサと呼んで」
「しかし」
「メリッサと呼びなさい」
叱るような口調で言った。
リオンは、
「はい」
と素直に返事をしたが、不服そうな顔をしている。
「リオンも食べなさい。朝食は一日の活力の源よ」
パンにも肉にも手を付けずにおとなしく座っているリオンに、食事を促す。
「私は、姫のお食事が終わったら…」
「メリッサよ。こっちへ寄って。私が手ずから食べさせてあげましょう」
身を乗り出し、リオンの顎を掴む。リオンは慌てた。
「自分でします!姫のお手を煩わせるようなことは…」
「メリッサと呼びなさいって」
ちぎったパンをリオンの口にむりやり押し込んだ。手に脂が付くのも構わずに鶏肉をわし掴んで、それも食わせようとする。メリッサを敬して強く出られないリオンは、手をバタバタ動かすばかりで、抵抗という抵抗をしない。
その珍妙な光景に、ふたりとも目を見合わせて、失笑した。
メリッサなりの気遣いであった。上下関係を重んじ、メリッサと対等に接することができそうにないリオンへの、歩み寄りである。今後のことを考えれば、ふたりは隠し事をせず、腹の内を明かし合える対等な関係でなければならない。
(少なくとも、苦しい時に正直に苦しいと言える関係でなければ)
口に詰め込まれたパンと肉を懸命に咀嚼するリオンの横に座って、メリッサは静かに言った。
「『お祈り』をしに行きましょう」
決意と覚悟の固まった、力強い声であった。
すっくと立ち上がる。
長い焦茶の髪を後ろでひとつに括って、ローブを羽織り直す。
「姫…メリッサ。パンがまだ残っていますよ」
「全部食べていいわよ」
半端な丈のズボンの裾を捲って、メリッサはさっさと歩き出した。そのあとを、パンを頬張りながらリオンがついて行く。
「どこへ行くのですか」
「向こうの」
と言って、メリッサは西の方にそびえる山を指差す。
「あの山の麓まで行きましょう。少し遠いけど、あそこの神への『お祈り』は、本当は先月の予定だったもの…」
ひと月も祈祷を怠っている。この国とこの国の神々との関係ができあがって以来、こんなことは初めてだった。
(果たして、神は待ってくれているかしら)
レンガで舗装された道を、メリッサとリオンは足早に歩く。
文章を書くのが楽しくて仕方ない。内容とかは正直どうでもいい。スカスカ。




