8.お姫様の事情
深く跪く少女に困惑した私はその視線を思わずリベリカさんに向ける。すると彼女も少し驚いた様子で姫様を見つめていることから事前に話していたわけではなさそうだ。
「えっと、助けて欲しいっていうのはどういう……?」
「あ、す、すみません! 急に言われても困りますよね……」
私の問いに彼女は慌てて顔を上げると事情を話し始めた。
「私のお母様も瘴気を祓うために毎日のように戦っておられたのですが、徐々に瘴気に苛まれて倒れ、今では起き上がるのも難しいほど衰弱してしまい……」
「そうなんだ……」
どれくらい強い聖力を持っていてもずっと瘴気に触れているとその身を蝕まれ、命を落としてしまい人もいるらしい。
「お母様が倒れてから私が代わりに先頭に立つようになったのですが……それからは先に話した通りで、危ういところを神子様に助けられたという感じです」
「なるほど……じゃあ私への頼みっていうのは溜まった瘴気を無くして欲しいっていうこと?」
「その通りです。私も神子様の聖力のおかげで調子を取り戻したので、お母様を治療できるかと思ったのですが……」
姫様に比べてずっと長い間瘴気に侵された体は特効薬である聖力による治療でもうまくいかないようで、病気の進行を遅らせるのが精いっぱいらしい。
「話はわかったけど、治療とか出来るかな……聖力っていう奴も使い方がよくわからないし」
「そんなことはありません! 実際、こちらに来ただけでこの山含め周囲を浄化しているではありませんか! そのお体から発せられる眩いばかりの聖力があれば、お母様も……!」
そこまで言って彼女はハッとしたように口をつぐむ。
「すみません、私、自分のことばかりで……」
「……姫様」
リベリカさんも心配するような目で彼女を見ている。姫様とか聖女とか肩書きやその堂々とした立ち居振る舞いに惑わされていたが彼女はまだ子供だ。
母親が衰弱して弱っていく様子などあまりにも酷なのは考えなくてもわかる。
きっと、今までも立場上多くのことを我慢してきたに違いない。
(そういえば私のお母さんやお父さんは……)
そんな彼女を見て、ふと自分のことを思う。正直拉致に近いような形でこっちに突然連れてこられ、意外と順応して過ごしてはいるが元々は日本で仕事に追われていた身だ。例えば神隠しのように消えてしまったのであれば事件にでもなっているだろうか。両親は心配しているだろうか。
別に仲は悪くなかったし年に何度かは実家に帰って顔を見せる程度だったが、こうして世界を越えて離れてしまったことを自覚すると少し寂しさも感じる。
改めて姫様を見ると会った時とは違い今は不安定でとてもか弱く見える。彼女にとって大事な家族を失ってしまうのではないかと不安でしょうがないのだろう。
私は悩む。彼女の母親を治せるなんて保証は何もないし、その期待を背負うほど強くもない。だけど俯いて小さくなっている女の子を見捨てることなんて出来るわけがない。
家族に会えない寂しさを味わうのは私だけでいい。そう、決心して彼女に応えた。
「わかった。行くだけ行ってみるよ姫様の国」
「……え!? よいのですか!?」
断ったとしても彼女は承諾するだろう。だけどその時の悲しい顔を想像するだけで胃が痛くなるし、一生後悔するだろう。
それであれば要望ぐらいには応えてあげるべきだ。それに1ヶ月この神社で怠惰に過ごしていたからすこーしだけ飽きていたと自分に言い訳をした。
「あ! でも期待はしないでね?」
もちろん、予防線を張るのも忘れない。それでも姫様は救われたように顔を輝かせた。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
国に行く前からここまで感謝されると次はプレッシャーが襲い掛かってくる。しかし、こっちに連れてきた神様も都合よくしてくれると言ってくれたし、せめて人を拉致ったのだからそれぐらいは融通を利かせてくれるだろうと信じることにした。
それにこうして喜んでくれる姿を見れたのだからどちらかといえば得だろう。
「それならすぐ行こうか? 早い方がいいでしょ」
「は、はい! リベリカ! 皆に帰還の準備を!」
「承知いたしました!」
リベリカさんと部屋にいた兵士さんはすぐ動き出し外へ。私も姫様と一緒に社務所を出ると既にビシッと整列していた。
そして彼らの前に姫様が立つ。
「皆様、この度はありがたいことに神子様が我が国を訪問してくださることとなりました」
自分よりもずっと大きい兵士さん達相手に凛と話すその姿はさっきとは全く違う。王女様モードとでもいうべきか、彼らはそれを聞いて一瞬だけざわめいたがすぐに静まり姫様の言葉を待っている。同じ立場なら私はきっと「おおー!」なんて言っていただろうから、やっぱり訓練された方々はすごい。
「瘴気の恐れは限りなく低いとは思いますが、神子様が無事に辿り着けるように警戒を厳にして国まで戻ります。よろしくお願いしますね」
「はっ!」
ビシッと敬礼をして隊列を組む彼らを背に姫様は私の方へ振り向く。
「道中が山道のため馬車のある麓まで歩かないといけないのですが、誰かに背負ってもらわなくても大丈夫ですか?」
「いやいいよ! 歩くよそれぐらい!」
「そ、そうですか……? そこまで険しい道というわけではありませんが少々歩くとなると、その靴で大丈夫なのでしょうか?」
彼女が見ているのは私の雪駄である。ちゃんと足袋もはいているし彼女の言う通りの山道なら問題ないだろう。
「大丈夫大丈夫! こう見えて歩くのは慣れてるから!」
「それなら、よいのですが……」
そうして姫様と兵士の皆さんに囲まれて神社を出発した。何だかんだ異世界に来て初めての外出である。
姫様の母親に会うというメインの目的はあるが、山頂から見えていた城を含めて全く知らない場所に行くのは妙な期待感と不安感が入り混じって心が浮足立っていた。
(一体どんなところなんだろうなぁ)
鳥居から一歩踏み出すと木漏れ日が映える道が私を出迎えた。神社の中にも聞こえていたが鳥の優しい囀りの声はより鮮明に届き、山の匂いも濃く鮮やかに彩る緑の道が未知の世界への道しるべになっていた。
その風情に思わず昂る心を抑えながら私はその足を踏み出した。
……その数分後のことである。
「ご、ごめんなさい。本当に……」
「いえいえ、お気になさらず」
私はリベリカさんにお姫様抱っこされて山道を運ばれているのであった。
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