6.絶望の瘴気と女神様
この話のみ前話で登場したリティア視点に切り替わりますのでご注意ください。
──もう、ここまでなのでしょうか。
胸の奥が重く、呼吸をするだけで喉の奥が焼けるような痛みが襲う。瘴気を祓うため聖力を振り絞るがその力もどす黒い瘴気に飲み込まれ、そしてそれが自分の身に降りかかるのも最早時間の問題だった。
フィオレンティア王国の領土内にある大きな山。かつては緑豊かで数多の動物たちが過ごす豊穣の地であった。
しかし、その山は急に瘴気を噴き出すようになり、そしてその瘴気は山を覆うと次は広がり始め私たちの国へと侵略を開始した。
聖力を持つ者達で隊を組み、瘴気を祓うどころか抑えるのがやっとで一人ずつ、一人ずつと倒れて行ってしまった。
「姫様、一度お下がりください!」
後ろから叫ぶように声をかけてきたのは親衛隊長のリベリカだ。銀の鎧に身を包み、赤い髪を結んだ彼女の声はいつも毅然としているが、しかし今日はその声音に焦りが混じっていた。
瘴気は毒であり、そしてそこから魔物を生み出し被害を拡大させていく。
その魔物に対抗するために騎士団や傭兵などが戦ってはいるが、無限に湧いてくる魔物を相手にするには限界がある。既に壊滅した隊もあるし怪我人は増え続ける一方で聖力での治療も間に合っていない。
リベリカも空から飛来した鳥型の魔物を斬り飛ばしているがその動きにいつもの鋭いキレはなく、既に満身創痍のようだった。
「大丈夫……まだ……行ける……!」
そう答えるしかない自分の声はどうしようもなく震えている。しかしもしここで自分が倒れてしまえば戦っている兵士たちは希望をなくし、そしていよいよ王国が瘴気に襲われてしまう。そうなれば共に育ってきたリベリカだけじゃない、大事な家族や国民すべてを失うこととなる。
この国の王女として、聖女として、ここで私が退くわけにはいかないという使命感だけで私は瘴気の前に立っていた。
「姫様……もうし、わけ……」
しかし遂に聖力を持つ他の神官が瘴気にまみれ倒れ始めるとそこから連鎖的に崩れだしてしまい、いつの間にか私の周りにも瘴気が弱った獲物を囲むように蔓延っていた。
(そんな……こんなところでっ……)
リベリカが「姫様!」と叫ぶ声が聞こえたけど、もう杖を持つ力は入らず諦めるように膝をついてしまう。そこから粘着質な泥のような瘴気が体を這い上がり取り込もうとしてくる。ゾッとするような悪寒に思わず悲鳴が漏れてしまいそうになるが、せめて最後まで聖女らしくあれと震える唇を抑え、私はゆっくりと目を閉じた。
視界が暗くなり共に戦ってくれていた皆に感謝と謝罪を述べ意識がなくなりそうになり……しかし、突如として重苦しい瘴気の気配がなくなった。
「…………え?」
何が起こったのだろうか、恐る恐る目を開けてみた私に信じられない光景が広がる。
周辺を満たしていたはずの瘴気が霧が晴れるように消え始めているのだ。山の方に後退するとかではなく文字通りその場で霧散していくのである。
瘴気に苛まれてずっと続いていた焼けるような体の痛みや怠さも今は全く感じない。それどころか気力が満ちてくるようだった。
さっきまで瘴気に覆われて草一つ生えていなかった荒れた大地も色を取り戻し、瑞々しい植物が生え始めてくる始末である。
(わたし、死んでしまったの……?)
思わずそう感じてしまうほど透き通った世界に呆然としていたが、リベリカが駆け寄ってきたことで現実に戻される。どうやら瘴気に包まれていた人達も助かったようで、皆私と同じように同じようにポカンとしているが生きている。
「姫様! 大丈夫ですか!?」
「え、ええ……でも何が起きたの……?」
「わかりません……ですが、山を見てください」
言われて顔を上げると毒々しい瘴気に覆われていた山は緑が生い茂る姿を取り戻しており、そしてその頂上には天から降るような温かい光が差し込んでいた。
リベリカから肩をかりて起き上がり、私は思わず呟いた。
「……女神様」
「女神様……ですか?」
「もしかしたら私達を憐れんで女神さまが舞い降りたのかもしれません」
そう考えるのはあまりにも突飛すぎた。だけど、瘴気が跡形もなく消え失せた理由なんて他に思いつかない。
「ひとまず今は一度国まで戻りましょう! また瘴気が出てこないとも限りません」
本当は今すぐにでも山を登り確かめたかったけど、リベリカの言う通り油断してはいけない。私は頷いて指示を出す。
「早馬を飛ばして現状の報告と負傷者への対応も準備するようにお願いして。隊を整備してから負傷者を守りつつ戻りましょう」
「はっ、かしこまりました!」
今は生きていることに感謝をする。何が起きたかわからないけど私は山に向けて祈りを捧げた後、一度国へ戻った。
またいずれ瘴気が出てくるかもしれない。
王であり私の父親でもあるその人は、慎重を期し一ヶ月は絶えず偵察を飛ばし山周辺を探っていた。
しかし瘴気は元からなかったかのように出てこなくなり、山の木々は実りを取り戻し、そして動物達も戻ってきて、かつての平和な姿を取り戻していたのだった。
国の人々は「奇跡が起きた!」と大喜びし、祭りのような騒ぎは一ヶ月経った今でもまだまだ続いている。
「真実を確かめなければなりません」
そしてついに私は山を登ることにする。もちろん警戒は必要なため一隊を率いての行軍だ。
お父様は最後の最後まで心配して渋っていたが、確かめないまま放置することは出来ないとちょっと無理やりに説得した形だ。
悲惨な戦場だった大地は今は緑広がる大地になっていた。その一角に新たに建てられた墓所に寄り、命を賭して戦ってくれた者達に祈りを捧げてから山に向かう。
「リベリカ、感じますか?」
「はい。聖力を持たない私でもはっきりとわかります」
山に近づくほどに聖浄な気配が強まっていく。聖力を持つ私ですら圧倒される程眩しく、そして慈しむかのような温かみのある不思議な力だ。
「ここまでとは……いよいよ、女神様でなければ説明がつかないかもしれません」
「姫様。もし本当に女神様がおられるのなら……必ずや拝謁しなければ」
「……ええ、でも何が起きるかわからないから警戒は続けて進みましょう」
「はっ!」
そうして鳥の囀りが心地よい山道を進み山頂へと辿り着く。
「……これはいったい」
先に声を出したのはリベリカで、私は声を出すのも忘れただそこを呆然と見つめていた。
何もないはずの山頂には建物が在った。正面には今まで見たことのない扉のない赤い門のような場所があり、その先から人ならざる神聖な気配。
無意識に足が進み始め、リベリカの制止する声が聞こえるもそのまま赤い門の真下まで来ると、石畳の先にその存在は"いた"
(ああ、なんてことでしょう……)
シャッシャと聞こえるのは心地いい箒の掃く音、そしてその持ち主は小さな女の子。
日を受けて白銀に輝く髪もそうだが、何より特徴的なのは大きな耳と尻尾に紅白の服装。人の形を取りながらどこかそうでないと感じる不思議な違和感。
釘付けにされるように目が離せず、すると彼女もこっちの気配に気づいたのか振り返り……固まった。
見た目だけは可愛らしい子供で私よりも背は低い。こっちを見るポカンとした表情はあどけない少女そのものだが……
しかし、その身から放たれる清らかな聖力の波動に思わず息を呑む。
しばらく見つめあっていたが彼女は眷属だろうか大きな猪と共に近くまでおいでになる。私は口を開くことも出来ずただ立ち尽くすことしかできない。
「え、えーっと、こんにちは……?」
そして、彼女が声を発した瞬間、すべてを察した。
──間違いない。この方こそが、瘴気を祓い私達を救ってくれた存在。
そう実感した瞬間、無意識に涙が溢れだした。
「え、ちょ、大丈夫!?」
「ああ、女神様……瘴気を打ち祓って頂き誠にありがとうございますっ」
「は? め、女神!? というか、何もしてませんけど!?」
今日この日、生きているのはこの方のおかげ、私は膝をつき全身全霊で祈りを捧げていた。
ここまで読んで頂きありがとうございます!
面白かった、続きが気になるなど気に入って頂けましたら、ブックマークや評価を頂けるとすごく嬉しいです!
毎日21時前後に更新する予定ですので楽しんで頂けたら嬉しいです!
ぜひ、感想などよろしくお願いします!




