34.ことの顛末は……
薄暗い下水道の出口に向かって、一行は焦りを滲ませながら駆けていた。
先頭を走るのは、この国の貴族――権力と金に目が眩み、教団と手を結んだ男。
そしてその後ろから影のようについてきているフードを深くかぶった男。彼は瘴気を崇拝する教団の一人であり、今回の事件を起こした人物であった。
彼らは護衛の兵士達を引き連れて出口に向かっていたが、その表情は険しい。
「どういうことだ! 全部うまくいくと言っていたではないか!?」
貴族の男は苛立ちを隠せず声を荒げる。教団の男はそれに吐き捨てるように口を開く。
「まさかあれほどの力を持っているとは……あの獣の女の力は完全に計算外だった。我々の損害も大きい。あれを準備するのにどれだけの金と時間を使ったと思っている……」
ため息まじりの声に、貴族の男はさらに声を荒げた。
「お前らの事情などどうでもいい! とにかくこれからどうするつもりだ!」
「貴方は戻ればいい……この先の出口は警備が薄いはずだから、素知らぬふりで問題ない」
淡々と答える教団の男であったが内心は穏やかではなく、むしろ深い憤りに染まっていた。
(忌々しい……あの少女一人に、あれほどの瘴気を潰されるとは。この国が瘴気で"浄化"されるはずだったのに)
目論見としてはこの国は瘴気で覆われ「浄化」され神聖な場所になるはずであった。自然発生した瘴気だけでそうなるはずがとある事情から破綻し、計画を無理やり人為的なものに切り替え相当な代償を払い集めていた瘴気全てを使うものにした。
しかし、それすらも結局潰された。神楽鈴を手にした一人の少女によって。
(計画の練り直しだ……我々を探っている動きもあるようだし、一度身を潜めて最初からやり直さねば)
下水道の出口が見えた。案の定そこの警備は薄いようで入り口に立っている兵士すらいない。それに内心安堵しながら男達と兵士は外に出る。そして外の景色が広がったその瞬間であった。
「う、うわあああああっ!?」
貴族の男の叫び声が響く。足元の地面が突然沈下し、男たちはそのまま地面に飲み込まれるように崩れ落ちたのだ。
空を仰ぐと、沈んだ穴の周囲をいつのまにか兵士達が取り囲んでいた。
「おやおや、どんな大きなネズミが出てくるかと期待していたのですが随分小さいものでしたね。ここまでの仕掛けは不要でしたか」
響いたのは、皮肉と余裕の混じった声。
穴に落ちた男達が見上げた先に立っていたのは、貴族の中では若いながら深い智謀を兼ね備えた男。
「せ、セドリック卿……!」
彼のことを知っている貴族の男は絶望に口を震えさせ、教団の男も忌々しく眉を顰める。セドリックは満足気に目を細めながら口を開く。
「やはりあの会議の中で真っ先にナコ殿の助力を願い出た貴方でしたか。しかし……ネズミとは別の獲物もかかっていたようですね」
その視線の先、教団の男はこの状況を打開するべく思考を巡らせるが打つ手どころか逃げ道さえもない。
「まあ、あとで詳しく話を聞きましょうか。網を!」
セドリックの掛け声で兵士たちの投網が宙を舞う。逃げ惑う暇もなく、教団の男と貴族はその場で拘束された。
こうして下水道での瘴気騒動は幕を下ろすことになった。
*****
「というわけで、現在取り調べを行っております」
その数時間後、フィオレンティア王国の王城。
私は今回の顛末をセドリックさんから聞いていた。いや、正確には、リティアとセドリックさんの真面目な会話の横で場違いにお茶をすするだけの人になっていた。
「貴族の男はあっさり教団に加担していたことを吐きましたが、肝心の教団の男の方はなかなか口を割らないようで」
「そうですか……しかし、そうなると今回の瘴気については人為的な可能性が高いということですね」
「ええ。最悪な可能性を考えると奴ら教団は瘴気を集め、何らかの手段で操る術を持っている。姫様の話の中で出てきた紫に輝く石が残っていれば調べることも出来たと思いますが……」
「すみません、あれは完全に浄化してしまい」
「いえ、責めているわけではありません。不要に残すよりは消し去った方が安全なのは確かですから」
深刻そうな会話に重苦しい雰囲気が漂う。
今回の事件の全貌としては若い貴族が教団に焚き付けられ手を貸したことが発端らしい。下水道に教団の男を難なく通したのも貴族の力でありセドリックさんが裏を押さえたことで、捕縛に至ったがその裏にいる教団の存在は想像以上に根深いようだ。
「彼は崩壊した国を乗っ取るとか言っていましたがはっきりいってバカですね。瘴気の蔓延する地でそんなこと意味がないのに」
セドリックさんは嘲笑のため息をついて首を横に振る。
「そしたらその人は教団に騙されていたってこと?」
私が聞くと彼は頷く。
「ええ、担がされていい気になったのでしょう。少し考える脳みそがあればそれがどれだけ無意味なことか気づくでしょうに」
この世界の貴族の思考なんて私にはわかるわけもないが、とにもかくにもその男のせいで皆が危険に晒されたのだから許しがたいところではある。
「尋問が終わり次第死刑ですね」
「えっ!」
「そうでしょうね」
「ええっ!?」
しかしあまりにも軽く死刑なんて言葉が出てきて驚いてしまう。確かに国を脅威に晒していたのだから妥当……なのだろう。流石に庇う必要性もないので黙る。
「国民への通達については慎重に行います。今のまま教団の存在まで明かせば混乱は避けられませんからね」
「……そうですね。その方がよいでしょう」
セドリックさんはお茶を飲むと立ち上がり私達に一礼する。
「それでは私はこれで。どれだけ取り調べが進んだか確認しなくては。リティア様にナコ殿、今回のことはお二人の尽力のおかげで大きな損害が出ずに済みました。どうぞ今はゆっくりお休みください」
「ええ。ですがセドリックこそあまり無理せず」
そんな言葉に彼は僅かに笑うと退室していった。
*****
それから数日後、ある程度今回の件が片付いてから私はというと……
「あぁ~……何だかんだ布団が一番なんだよなぁ……」
久しぶりの社務所のお布団。そのふかふかの感触に全身を埋めながら私は幸せなうめき声を漏らしていた。
結局のところ平穏とは真逆に戦って、走って、祈って、爆発して(?)いろいろあったけど……やっと落ち着いた気がする。
完全に解決したわけじゃないけどフィオレンティア王国の瘴気事件も終わり、やっと平穏な時間が戻ってきた気がした。
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