3.異世界生活は割と快適
私がこの世界に転移してから1ヶ月が経った。流石に私もバカじゃないのでこれがもう夢ではないことは確信していた。
「ふぁ、ぁぁ」
目覚ましなんてない。眠たくなったら寝て起きたくなったら起きるという理想の睡眠をたっぷり味わって布団から身を起こす。
あの神様がどういう思考でこの場所を作り上げたのかは不明だが、私が寝泊まりしているこの社務所には生活に必要なものは何でもそろっていた。
ただ、服装に関してだけは何故か偏りがあり同じ巫女服一式だけが何着も用意されていた。なので今日もそれに着替えるべくしまってある箪笥に向かう。
寝ていた時の白襦袢だけをまとった状態からしまってある巫女装束を取り出してサッと着付けをする。
学生時代の頃、お小遣いを稼ぐために年末年始神社でアルバイトをしていたことがまさか役立つなんて思ってもいなかった。この社務所に用意されている巫女服はバイトの時に着ていた物と比べるとよっぽどしっかりしたものであったが基本的な着方は変わらない。
(年末年始を捨ててバイトしてたけど、大変だったなぁ)
高校は寮であったが自分用のお小遣いはいつも不足していた。かといって親に何度も泣きつくのも申し訳ないし、基本的に長期のバイトは許可されない学校だったので、そういう短期のものでしか受けられなかったのだ。
ありがたいことに大体周りは自分よりも年上の人達ばかりで、よくよく可愛がってくれたことぐらいか。
(あの時に知り合った人達は何してるんだろ)
一瞬の出会いはあっという間に過ぎ去って、連絡先を交換した人もいたが次第に距離は離れ、今となっては私に知る由もない。
「実は今異世界に来ててー、なんて言ったら変な人扱いか心配されそうだなぁ」
そんなくだらないことを口にしながら蛇口を捻り冷たい水で顔を洗い口をゆすぐ。この神社にあるものは一般的な家電製品と巫女服、あとは掃除道具くらいで文明が発展して出来た利器、つまりスマートフォンなどはない。
スマホがないことに不安を覚えるんじゃないかと最初は思っていたのだが、1ヶ月過ごしてみると別にいらないなと結論付けていた。
それらを否定するつもりはもちろんないが、無いなら無いで全く問題ないわけである。そもそもネット環境なんてないのだし。
「はぁぁ、今日も一日快晴だなぁ」
すっきり目覚めた私は玄関に置いてある竹箒を持って境内に出る。とりあえず起きてから掃除を始めるのがここ最近の日課であった。
境内で大きく伸びをして空に挨拶をしてから今日も箒で掃き始める。
さて、私がここに来て1ヶ月ほど経つわけだが一度もこの神社の範囲から出ていない。理由の一つとしては面倒だしゆっくりしたいからという理由で、もう一つは……
「キュウっ」
「お、今日も来たのね」
境内に現れた小さな者、それは一匹のウサギであった。ただし地球のそれとは違いねじれまがった角が生えている。
そしてその後ろからノソノソと歩いてくるのは巨大な動物。見た目はとりあえずイノシシでいいだろう。ただしその大きさは地球の猪と比べると何倍も大きく、なによりも天に向かって伸びるような2本の巨大な角があまりにも異質であった。
彼(?)はゆったりと境内を歩いて神社の隅で座ると大きな欠伸をしてのっそりと横になる。恐らく私ぐらいなら軽くひと呑みできそうな大きな口ではある。
「やっぱこえぇ……!」
もう一つの理由がここが異世界と確信しているからである。空を仰ぐとちょうどよいタイミングと言わんばかりにワイバーン的なフォルムの生物がバサバサと横切って行く。
角が生えたウサギはまだ可愛いからいい。しかし、初めて巨大なイノシシが近づいてきた時はハッキリと死を覚悟した。腰は砕ける直前だったし何なら恐怖で泣いた。
しかし、彼らは私を襲うことはなくそれぞれがのんびりと境内でくつろぎ始めた。それ以降は今みたいにたまにここを訪れるようになったのだ。
流石に撫でるような勇気はまだないが、私の方もある程度は慣れてきたというわけである。
よくわかんないけど地球には生息してなさそうな特徴を持つ動物はそれから色々と現れるようになった。鹿に近いような動物とか、それこそさっき空を飛んでいた巨大な鳥(?)のような動物、果ては熊っぽい動物も現れたがやはり彼らは境内でのんびりして、しばらくしたらいなくなっているのが基本の動きだ。
私は一度箒をおいて社務所に戻ると冷蔵庫からいくつか野菜を取ると、ちょうどよいサイズの竹籠に入れるとそれらを彼らの元にもっていく。
猪は動かなかったがウサギの方は喜びを表すかのようにピョンピョンと跳ねながらやってくると器用にニンジンを掴んでポリポリと食べ始めた。
「ペットを飼いたいと思ってはいたけど、たぶんこういうのじゃないんだろうな」
どちらかというと小学校とかで飼育している動物とかに近いかもしれない。まあ、彼らがちょくちょく来てくれるだけで寂しさは感じないし、何よりウサギのような小動物は可愛くて貴重な癒やし枠であった。
たまにじゃれつくように角で小突かれて痛い思いをしたこともあったけど。
さて、ここで冷蔵庫に入っていた野菜についてだが……これらは信じられないことに無限にある。
畑を作って収穫したとかそういうわけじゃなく、食料品や消耗品は毎朝目覚めるたびに何故かリセットされるかの如く新しくなっているのだ。
さらに冷蔵庫や炊飯器などの電気を使うはずの物は全部コードがついておらず、だというのにしっかりと稼働する。とんでもないワイヤレスな奴らに進化していた。
最初は何でなのかとしきりに思っていたがそこは私である。数日経つ頃には「便利だしいいか」の精神で受け入れ、今では遠慮らしい遠慮もせず好き勝手使っている。
(きっと神様なりのご都合主義なんだろうなぁ)
ここに飛ばされる前になんか色々と都合を利かせてくれるって言っていたような気もするし、こういうことは気にするだけ無駄なのだ。
どのみちありがたい話なのに違いはないのだから。
そうして私はこの不思議な神社で毎日まったりとした時間を過ごしていた。一応日数を記録するために日記のようなものはつけているが、別に何か事件が起こったりすることもないので、今日は縁側でお茶を飲み昼寝した、とか、小動物と遊んだ。などその日あったことを適当に記録している。
今日もまったりとした時間が過ぎていくんだろうなぁ、なんて気楽に考えながら境内を箒で掃く。
あまりにも無警戒だったのか神社の正面の鳥居に人がいることにも気づかないまま。
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