16.異世界入浴事情
「うおー、めっちゃ広い!!」
開口一番の言葉はそれだった。アレイラさんともう二人のメイドさんに連れられてやってきた浴場。普通の温泉ぐらいをイメージしていたのだが、実際はその想像よりも遥かに大きかった。
しかも誰も入っていないせいかその広さがより際立っており、ちょっとだけ異様さを感じするほどだ。
「こちらが浴場でございます」
「広すぎない? プールかと思った」
「プール……というのはよくわかりませんが、こちらは王族の方のみが使用できる特別な場所なのでこれだけ広くなっております」
「王族専用のお風呂とかあるんだ……それって私が入ってもいいの?」
「もちろんでございます。神子様は特別なお客様ですので許可は頂いておりますので何も問題はありません」
「まあ、それならありがたく入らせてもらうけど」
聞けば使用人とか他の人用のお風呂は別にあるらしく、そのことからお風呂文化がだいぶ発達している国だと知ることができた。
昔の貴族の文化としてタオルで体を拭くだけとか聞いたことがあるので、そういう意味でこの国は私的に大当たりだ。
「それではこちらへどうぞ」
「はーい」
広い浴場を見学してから侍女の人達に続いて脱衣室らしい広い部屋に通される。その脱衣室も私が住んでいたアパートの部屋以上の広さがあり、王城ってのは何でもスケールが大きくなるんだなぁなんて勝手に思いながら突っ立っていると、パサリと緋袴が床に落ちていた。
「へ……?」
何が起きたか理解する前に私はその場で飛び上がっていた。
「え、ちょちょっ! な、なに!? なにしてんの!?」
「申し訳ありません。何か不手際がありましたでしょうか?」
「な、なんで服を脱がそうと!?」
そう聞くと逆に何で聞かれているのかわからないと言われんばかりに首を傾げられた。
「入浴に関してすべてのことは私達が行いますので、まず服を脱いで頂こうと思ったのですが」
「いやいやいや大丈夫! 服も自分で脱ぐし体も自分で洗うから!」
「神子様は謙虚なのですね。ただ、私達の仕事でもありますのでどうぞ楽にしてください」
「で、でも……」
仕事と言われてしまうと断りづらいが恥ずかしいものは恥ずかしい。しかし、ここではそれが当たり前であると彼女らの異様な圧に負けて私は結局大人しく身を任せることになった。
巫女服の構造なんてわかるのだろうかと思っていたのだが、流石に有能なメイドさんなのか詰まりなく脱がされていく。
最初に落ちた袴はすぐ回収され、次に帯、白衣の順にどんどん剥がされていき、あっという間に一糸纏わぬ姿になった。淀みない動きには感心したがやっぱり恥ずかしく、思わず隠すべきところは手で覆ってしまう。
「どうぞ、足元にお気を付けください」
そのまま体を洗う場所に案内された。王族専用ということで温泉みたいに横並びに洗い場が設置されているわけではなく、一人用のスペースが用意されている感じで、私はそこでアレイラさん含む三人のメイドさんに囲まれていた。
「こちらの椅子にお座りください」
「は、はい」
入浴に関するすべてといえば体を洗うことも当然含まれているようで、アレイラさんに示されるまま背もたれのないいわゆるバスチェアに座る。
お風呂文化が根付いておかげかシャワーなどのお風呂設備もしっかり整っているようで、アレイラさんはシャワーの勢いと水温を確かめた後「お湯をかけていきますね」と言われたので頷く形で応えた。
「お湯加減はいかがでしょうか?」
「ちょうどいいですぅ……」
柔らかいお湯が体を伝い流れ落ち、体に溜まっていた疲れを落としていくような気がした。
裸だとやっぱりちょっと落ち着かないけど流石王宮のメイドさんというか……洗い方がめちゃくちゃうまい。
(はぁぁ……洗われているだけのはずなのに、めっちゃきもちいぃ……)
恐らくシャンプーなのだろう薬用の液体を手に広げたアレイラさんは、私の耳や髪のちょうど気持ちいい部分をマッサージするように洗っていく。
「ふぁぁ……」
その心地よさについ声が漏れてしまうが、この快感を前に抗うことができない。
「次は体と尻尾を洗いますので、痛かったりくすぐったいと感じた時は遠慮せずおっしゃってください」
「ふぁい……」
体と尻尾はそれぞれ別々のメイドさんが担当し、丁寧に丁寧に洗われていく。たぶん私の顔はだらしないように溶けているだろう。
「力加減はどうですか?」
「最高ですぅ……」
尻尾にアレイラさんの手が移り、ちょうど付け根のあたりからその細い指が丁寧に撫で上げていく。
骨抜きというのはまさにこういう事を表すのだろう。ゾクゾクとした快感と脱力感が同時に押し寄せ思わず後ろに身を預けそうになってしまうほどには。
「はぁぁぁぁ、生き返るぅぅぅ~……」
そしてそれらが終わってから私は天国のお風呂に沈んでいた。いくら体を伸ばそうが泳ぎ回ろうが何もぶつかるものはない。実際に泳いでいるわけじゃないけど入ってみると尚更大きさを実感する。
「お湯加減も調整しますので何かありましたら仰ってくださいね」
「今、ちょうどいいです~」
「それはよかったです。他に要望などありましたら何でもお申し付けくださいませ。マッサージでも何でもしますので」
「マッサージ……」
こんな状態でマッサージなんてされたらいよいよ昇天するかもしれないと、今回は惜しみながら我慢することにしたが、そのかわりに気になっていたことを聞くことにする。
「して欲しいことじゃないんだけど、どこの国もこれぐらいお風呂は充実しているの?」
アレイラさんは少し考えてから答える。
「そうですね。国によって様々だとは思いますが、我が国は間違いなく設備で言えば群を抜いているでしょう。それもこの国の地下には巨大な水脈があり、そこから魔法によって吸い上げと浄化などを行い、常に新しく温かいお湯を用意することが出来るのです」
「魔法でやってるんだ! そうなんだすごいなぁ……」
「私は魔法のことについては関わっていないので詳細はわからないのですが、相当な時間と労力を使ったと聞いております」
日本の温泉は科学技術で成り立っているところがあるが、この国ではそれを魔法で補っている感じなのだろう。それから補足的に元々この国の王族は初代から入浴が好きだったらしくずっと発展してきたことや、瘴気への対策でも考えられてきた話など聞いた。
「瘴気にも効くの?」
「確証はありませんが軽い症状ならお風呂に入ることで軽減出来たり消えた例もあるようです」
「へぇ……まあ確かにお風呂はリラックス出来るし、『陽』って感じだもんねぇ」
それからポツポツと世間話のようなものをしつつお風呂を満喫していたのだが、少し体が火照ってきたのでそろそろ上がることにした。
「ふひゃっ、く、くすぐったい!」
「申し訳ありません。耳や尻尾など毛を痛めるわけにはいきませんので、しばらく辛抱ください」
「ふゃっ、ち、力がぬけるぅ……」
「櫛で整えますのでもう少々お待ちください。それにしても綺麗な毛並みですねぇ……」
メイドさんに囲まれて柔らかいタオルで体全体を拭かれ、櫛が髪と耳、尻尾を梳いていく。自分で触っていた時は思わなかったが尻尾の付け根あたりは感覚を強く受けてしまうようで、梳かれたり撫でられたりするとピリッとした弱い電流が走るような感覚が走り思わず体が跳ねてしまう。
そしてそれがやっと終わったと思ったら、次の問題が発生していた。
「あの、この服はいったい……」
「とてもお似合いです」
「いや、そういうこっちゃなく……」
テキパキと着替えさせられてから鏡を見ると、そこに映っていたのはフリフリのついたネグリジェを着ている狐娘であった。
着心地は最高でなんと尻尾を出す穴までついている機能性だが、フリフリがついていて可愛らしいものの少し生地が薄く少し扇状的で情緒が安定しない服だった。
「神子様の着ていた服に関しましてはしっかりと洗濯し明日お渡しいたします」
「そ、それはいいんだけど、ちょっとこれ大胆過ぎない?」
「とんでもございません。良くお似合いです。リティア様もお風呂上がりは同じものを着ておりますよ」
「リティアもこれ着てるんだ……」
こんな服を着ているリティアを想像すると色々とアウトなんじゃないかと思う。ただこれが常識ですと言われたらやっぱり従うほかない。
「それではまたお部屋までお送りいたします」
上からカーディガンのようなものを羽織らされ、さっきまで寝ていた部屋に戻る。
もう夜が近いせいかさっきよりも使用人の人達が忙しそうに動いており、何度もすれ違う。
そのたびにこちらを見て動きを止めて一礼して去っていく彼女らであるが「可愛い」などといった感想がやたら耳に届いてむず痒い。
この耳になってから聴力に関してはかなり上がっていることを私はここで知ることになった。
「ふわ、ぁぁ……」
そんなこんなでやっと部屋に着いたら大きなあくびが一つ浮かぶ。そして目の前の大きなベッドは私を誘っていた。
「ちょっと寝てもいい……?」
「もちろんです。夕食までまだ時間はありますのでごゆっくりお休みください」
「ありがとう~……」
寝てもいいと言われるとスイッチが入ったように大きな眠気が襲ってきた。なんだかんだ疲れは溜まっていたのかなぁと羽織っていたカーディガンを脱いでベッドに入る。
巫女服よりも今の恰好があまりにも眠るのに適しているせいかほぼ瞬間的に私は目を閉じていた。
(異世界に来て一番贅沢な日だったなぁ……)
まだ晩餐があるというのに私は深い眠りへと落ちて行った。
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