第6章:星降る森と紡がれる糸
外に出ると、夜空には無数の星々が瞬き、森全体がまるで眠りについたように静まり返っている。黒い森は一層深い静寂に包まれ、星明かりが木々の間からこぼれ落ち、足元の苔が柔らかな光を放つ。夜そのものが二人を優しく迎え入れる。
二人は言葉を交わさずに並んで歩いたが、その沈黙は心地よく、互いの気配がそっと触れあうような感覚があった。まるで見えない糸が二人の間にゆっくりと紡がれていくように。
「リアン、寒くない?」
ノエルが小声で尋ねると、リアンが微笑みながら首を振る。その動きは風に揺れる木の葉のようだった。
「いいえ、大丈夫です。それに……こんな静かな場所を歩くのは久しぶりです」
その言葉に、ノエルはほっと息をつく。森の空気は冷たく澄んでいるが、リアンの横顔を見るだけで、なぜか胸の奥がじんわりと温まる気がした。それは冬の日差しのような、静かな暖かさ。
ふいに、道の先にひときわ大きな木が現れた。その幹には無数の小さな光が点々と灯り、木の葉の間から星がきらめく。まるで夜空が地上に降りてきたかのような幻想的な光景だ。魔法の森にふさわしい、神秘的な美しさがそこにはあった。
「綺麗……」
ノエルが呟くと、リアンがゆっくりと手を伸ばし、木の幹に触れる。その指先から、かすかに光が広がっていくように見えた。
「ノエルさん、この木……生きているみたいですね」
リアンの声はまるで耳元で響くピアノの旋律のように、ノエルの胸を震わす。その声は低く、でも確かな存在感を持っていた。
「生きてる……そうかもしれないね。ちょっとパワースポットみたい」
二人は暫くその場に佇んだ。風が木の葉をそっと揺らし、光の粒が舞い散る。その光の中で、リアンがちらりとノエルを見つめ、その眼差しには、何かを決意したような強さがあった。
「ここ、ノエルさんと一緒に来られてよかったです」
その言葉に、ノエルの胸がじんと熱くなる。眠っていた何かが、目を覚ましたかのようだ。けれど、答えを返す前にリアンは微笑みながら先へと歩き出す。その背中には、何か新しい決意が宿っているように見えた。
黒い森の出口に着くと、月光に照らされたロープウェイが二人を待つ。帰りのゴンドラからは、星のように光るキノコが点在する景色が広がる。
「こんな風に森を上から見るのって、幻想的だね」
ノエルがぽつりと呟くと、リアンが穏やかに頷く。
「はい。森がまるで夢のような世界に見えます」
ゴンドラがゆっくりと進む中、ふたりは静かに景色を見つめた。リアンがふと窓越しにノエルの横顔を盗み見る。その柔らかな表情に、心が静かに震えるのを感じた。
「ノエルさん……今日はありがとうございました。ノエルさんと一緒だと、何だか安心するんです」
リアンの低い声に、ノエルは驚いて振り向く。その声には、いつもにない暖かさが含まれていた。
「えっ?本当に……?」
「森の中での時間が、心に響いたんです。それが、あなたのおかげだと思います」
その真摯な瞳に、ノエルの心臓がひときわ強く跳ねる。リアンの目には、何かを見つけた時の特別な輝きがあった。しかし、何も言わず、ただ視線を下げるだけ。リアンの言葉にできない何かは、ノエルには分からず、小さな疑問が残る。
やがてロープウェイは地元の駅に到着した。ふたりは夜の街へと足を踏み出す。遠くで教会の鐘が静かに響き、夜の冷たい空気が頬を撫でた。街灯の灯りが、二人の長い影を地面に映し出す。
リアンがそっとノエルの方を向き、微笑む。その微笑みは、今までで最も、温かいものだった。
「また一緒にどこかへ行きましょう。次は俺が誘いますね」
ノエルは顔を赤らめながらも、微笑み返す。その表情には、言葉以上の何かが宿っていた。
「うん……楽しみにしてる。また、一緒にスープを飲みに行ってくれる?」
リアンは輝く笑顔で答える。まるで、長い冬の後の春の訪れのような、希望に満ちた表情で。
「はい。また森にスープを飲みにいきましょう」
夜空の星がふたりの背中を見送るように輝き、その光が、二人の未来に繋がる道を照らしているかのようだった。言葉にはできない約束が、夜の風に乗って二人の間を漂う。