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第2章:シナモンの香りと冬のフィーカ

 リアンの初出勤の朝、街は静けさに包まれ、氷のような風が頬を突き刺す。彼は緊張を胸に秘めながら、フィーカの扉を開けた。オープン前の店内には、穏やかな光に包まれ、カラフルなスープの香りがふわっと広がる。


 初出勤の不安を感じているが、その顔には隠しきれない期待が見え隠れしていた。早めに来て準備をしていたノエルに声をかける。


「おはようございます」


 リアンの低く落ち着いた声が店内に響く。

 ノエルは、顔を上げて振り返り、リアンを見つめた。黒いパンツと白いシャツというシンプルな装いなのに、まるで雑誌から抜け出してきたかのような存在感。その佇まいはどこか非現実的な美しさが漂っている。


「おはよう!緊張してる?」


 ノエルが明るく声をかけると、リアンはほんのり頬を染めながら小さく頷いた。面接の時の凛とした表情とは違う、どこかあどけない表情が見え隠れする。


「はい、少しだけ」


(なんだかこの子、見た目は完璧なのに、こういう仕草が妙に可愛いな……)


 ノエルは思わず微笑んでしまう。


「大丈夫、僕がちゃんとサポートするから!リラックスしてね、リアンくん」


「ありがとうございます」


 リアンは礼儀正しいが、その瞳にはどこか探るような光が宿っている。


「あっ、リアンでいいですよ。ここのスタッフはみんな呼び捨てですよね?」


「あっ、うん、リアン……それでは、メニューから教えるね」


 ノエルはメニューの説明を始めた。


「フィーカでは、季節ごとに3種のスープを用意しているよ。今日のスープは」

「"サーモンとディルのクリームスープ"」

「"ほうれん草とバジルのポタージュスープ"」

「そして"ボルシチ"」

「パンやライスは好きな物を選んでもらうんだ……」


 リアンは真剣な眼差しで聞き入っている。

 ノエルはその姿を観察するうち、リアンの横顔に目を奪われてしまう。


(どうしてだろう……ただ一緒にいるだけなのに、こんなに特別な感じがするなんて……)


「あっ、それと、今日はスペルト小麦のパンと米粉のパン。ライスは玄米と白米から選んでもらって」


 キッチンから漂うシナモンとカルダモンの甘い香りが、二人の会話を包み込む。


「あっ、シナモンロールの香り!焼きあがったみたいだね。リアン、一緒に取りに行こう?」


「はい!...実は、シナモンロール好きなんです」


 リアンの声が少し弾いた。普段の落ち着いた様子からは想像できない、純粋な喜びの表情。ノエルは思わず笑みをこぼす。


「へぇ!僕も大好き!エリサさんのはスウェーデン仕込みの本場の味なんだよ!」


 キッチンに向かう途中、リアンが小さく呟いた。


「ノエルさんと好きな物が同じなの、嬉しいです……」


 その言葉に、ノエルは頬が熱くなるのを感じる。二人で笑顔を交わした瞬間、ノエルの心の中で、かすかな音色が響いた気がした。窓際の光に照らされたリアンの横顔が、どこか懐かしく、まるで誰かの面影と重なって見える。


「ノエルさん?大丈夫ですか?」


「あ、ごめんごめん!」


(なんなんだ?この感じ……不思議な気持ちだ……ダメだ仕事に戻らなきゃ)


 慌てて我に返った。リアンは何かを言いたげな表情を浮かべていたが、すぐに優しい笑顔に戻る。キッチンカウンターには、焼きあがったシナモンロールの入ったバットが置かれた。


「このバットごと持って行って、ショーケースのトレーに並べるんだ」


「はい!凄く良い香り……」


 その後、ノエルはサイドメニューの説明に移る。


「次は、サイドメニューの説明だね」

「"ヤンソン氏の誘惑、ジャガイモとアンチョビのグラタン"」

「"スウェーデン風ミートボール、リンゴンベリーのジャム添え"」そして一番人気なのは、

「"カネルブッラル"、シナモンロールだね」

「スウェーデンでは、ほぼ全てのパン屋さんやカフェで売っているパンで、夜はブックカフェにも配達しているんだ」


「ブックカフェでも凄く人気です。届くのを待っている人もいますよ」


「エリサさんのシナモンロールは、生地にカルダモンとシナモンが入っていて、パールシュガーで飾るんだけど、日本でよく見かける物はアメリカスタイルな事が多いから珍しいみたいだね」


 リアンは興味津々にメニューを聞き、ノエルの言葉に耳を傾けていた。その目には、彼の話すすべてが新鮮に映っている。


「後は、"ハッセルバックポテト"はジャガイモに切り込みを入れて蛇腹状にした料理だよ」

「通常はバターをのせてカリカリに焼くけど、Fikaでは、少しヘルシーにオーガニックのオリーブオイルのショートニングを使用して、ガーリックとローズマリーを乗せて焼いてる」

「エリサさんはベジタリアンだからベジタリアン料理も多いんだ。今日はボルシチとミートボール以外ベジタリアン仕様だね」


「全部ノエルさんとエリサさんで作られているんですか?凄いですね!」


「うん。調理スタッフとね。音大生の子は手伝わなくていいよ!手を怪我したら大変じゃない?」


「はい。でも少し料理に興味があります。スウェーデン料理気になっています」


「へぇーもし、良かったらいつでも教えるよ!」


「はい!ありがとうございます!」


 その瞬間、ノエルがリアンに向かって軽く微笑む。


「最初の一歩だよ、リアンなら大丈夫!」


 リアンはその微笑みに胸の鼓動が速まるのを感じる。2人は何度も目を合わせるたび、心が少しずつ引き寄せられていく時間を楽しんでいた。


 次に、カウンター内で、スープをカップに入れるレッスンが始まる。

 ノエルは慣れた手つきでスープをカップに注ぐ。リアンは横から真剣な眼差しで作業を見つめた。


「リアン、次は君もやってみようか」


「はい、お願いします」


 ノエルがリアンに代わり、スープを入れる手順を見せながら言葉を添える。


「こうやって、ゆっくり注ぐんだ。手首の角度が大事で……」


 リアンの手にノエルの手が触れた。

 無意識に手を添えたつもりだったが、リアンが少し驚いた顔をする。


「あっ、ごめん!セクハラとかじゃなくて、ただ教えたくて……」


 ノエルが慌てて手を引っ込める。顔が真っ赤になり、目も合わせられない。


 するとリアンが、どこか悪戯っぽい笑みを浮かべながら、柔らかく答えた。


「セクハラじゃないですよ。俺、全然嫌な気持ちになっていませんから」


 その言葉にノエルの顔がさらに赤く染まる。


(嫌じゃないって……もうダメかも……ドキドキする……)


 その時ドアチャイムが鳴った。


「あ、いらっしゃいませ!」


 接客に追われる正午。エリサが厨房から出てきて、リアンに声をかける。


「ランチタイム始まるよ。リアン、初日頑張ってね!」


「はい。頑張ります」


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