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第12章:愛の献呈 〜恋を叶える魔法のスープを君に〜

 一年が過ぎた頃、春の日差しが降り注ぐ中、ノエルとリアンは同じアパートで暮らし始めていた。リアンのグランドピアノが置かれた明るいリビングには、いつも音楽が満ちている。大きな窓からは春の柔らかな光が差し込み、部屋全体を優しく包み込む。


 この日、リアンはピアノの前に座り、新しい曲の楽譜に向き合っていた。曲名はシューマンの曲をリストが編曲した、愛の歌『献呈』。ノエルはキッチンでスープを煮込みながら、その姿を微笑ましく見守る。


 リアンの後ろ姿を見つめる彼の目には、深い愛情と幸せが滲んでいる。朝の光を浴びて、煌めくリアンの髪に触れたくなり、そっと近づく。


「どう?新しい曲は」


 ノエルがリアンの肩に軽く手を置きながら尋ねると、リアンは少し照れたように微笑んだ。彼の頬が淡く紅潮する様子に、ノエルの胸がときめく。その表情は、初めて出会った頃と変わらない純粋さを湛えていた。


「ノエルに聴いてもらうのがまだ少し緊張するよ」


 リアンが言うと、ノエルは彼の肩から首筋へと指をすべらせ、そっと耳元で囁いた。


「へぇ、まだそんなこと言うの?とても心が暖かくなる曲だね。恋する情熱を感じる。まるで僕たちのための愛の(うた)のようだ」


 ノエルは茶目っ気たっぷりに言い、リアンの横に腰を下ろす。二人の肩と腿が触れ合い、その温もりだけで互いの鼓動が高まる。


「よく理解しているね。正しいよ。ノエルへの愛の献呈だからね」


 リアンは自然にノエルに寄り添い、頭を彼の肩に預ける。ノエルの香りを深く吸い込むと、心が落ち着くと同時に、静かな熱が全身を巡る。


 二人の間には、もう言葉が必要ないほどの絆が息づいていた。リアンの音楽には、ノエルの存在が色鮮やかに溶け込み、ノエルのスープには、リアンの感性が優しく香る。二人の生活は、まるで完璧なハーモニーのように調和していた。


 リアンの旋律が変わるたび、ノエルの料理も新たな味わいを見せる。二人の才能は互いを高め合い、かつてない芸術を生み出していった。


 朝はいつも、ノエルの柔らかなキスで目覚め、夜はリアンの腕の中で眠りにつく。お互いの体温を感じながら過ごす時間は、どんな夢よりも幸せだった。


「あのね、実は昨日、エリサさんから聞いたんだ。ブックカフェがリニューアルオープンするって」


 ノエルの言葉にリアンは目を輝かせる。その瞳に映る喜びは、まるで星が降り注ぐかのようだった。


「本当に?」


「うん。そして...」


 ノエルは少し緊張した表情で言葉を選ぶ。その仕草にリアンは思わず微笑む。いつまでも初々しさを持つノエルが愛おしくてたまらない。


「僕らに、オープニングの日にピアノと料理で協力してほしいんだって」


 リアンは思わず笑みをこぼす。その笑顔は、まるで太陽のように部屋を明るくしていた。彼はノエルの腰に腕を回し、引き寄せる。


「まるで運命の糸が結ばれるようだね」


 リアンの手が、ノエルの背中をそっと撫でた。その指先から伝わる温もりに、ノエルの心が震える。


「そうだね。僕らが最初に出会った場所で、今度は一緒に夢を紡ぐなんて」


 ノエルはリアンの手を取り、そっと指輪にキスを落とす。


「あの日、リアンがプロポーズしてくれた時のことを今でもよく思い出すよ」

「魔法のスープよりも魔法のような瞬間だった」


 リアンは数ヶ月前、この部屋のピアノの前でプロポーズした日の記憶が、鮮やかによみがえる。二人の指に輝く指輪は、二人の永遠の約束の象徴だった。


 リアンは照れて頬を赤らめる。


「本当は緊張して、せっかく用意した言葉も上手く言えなかったんだよ」


「でも、それがリアンらしくて、完璧だったよ」


「君の全てが、俺の生きる理由だから」


 リアンはノエルを後ろから抱きしめ、その細い肩に顎を乗せた。互いの鼓動が1つになったように感じられる。


 窓辺に飾られた小さな瓶が春の光を受け、七色に輝く。それは二人の可能性を揺さぶった、たった1つのきっかけだった。


「恋を叶える魔法のスープを君に」——それは魔法ではない。ただ、二人の中に眠っていた勇気をそっと目覚めさせ、互いを見つける道を照らした、静かな贈り物。真の魔法は、彼らの心の中にずっと宿っていたのだから。


「俺たち、不思議な旅をしてきたよね」


 リアンがノエルの耳元で囁く。その息遣いがノエルの肌をくすぐり、優しい戦慄が走る。


「うん。でもね、リアン。旅はまだ始まったばかりだよ」


 ノエルは振り返り、リアンの瞳をまっすぐ見つめる。その瞳に映る自分の姿が、かつてないほど輝いて見えた。


 リアンはノエルの額に軽くキスを落とし、そこから、瞼、頬、鼻先、そして唇へと優しく触れる。二人の唇が触れ合うとき、世界が一瞬動きを止めた。抱き合う体温が、どんな言葉よりも雄弁に愛を語る。


 やがてリアンはピアノへと戻り、指が鍵盤に触れた瞬間、部屋全体が温かな音色に包まれていく。新たな喜びと希望が織り込まれたメロディー。二人の物語を奏でる、心からの音楽だった。その音色に、部屋の空気さえも美しく震えているよう。


 ノエルはリアンの後ろに立ち、肩を優しく抱く。首筋に唇を寄せ、演奏に全身で耳を傾ける。かつての切なさや孤独は影を潜め、今はただ純粋な愛と幸せの音色だけが響いていた。リアンの指が鍵盤を踊るように滑り、その音色が二人の心を1つに繋ぐ。


 演奏の終わりに、リアンはノエルを見上げ、静かに告げる。


「俺の音楽は、これからもずっとノエルのために奏でるよ」


 ノエルはリアンの髪に優しくキスをして囁く。


「僕のスープは、いつもリアンのために作るよ」


 リアンはノエルを膝に座らせ、再び抱きしめた。情熱的でありながらも優しいキスを交わし、互いの息遣いが混ざり合う。リアンはノエルをそっと抱き上げてベッドに運び、優しく横たえた。


 リアンの手がノエルの背をそっと下へと辿り、体温がさらに高まる。ノエルの、彼の名前を切なげに呼ぶ声が、部屋中に響きわたる。

 

 ノエルは彼の瞳を見つめ、静かに囁くように問いかけた。


「次の僕たちの旅は何処へ?」


 リアンはノエルを抱き寄せ、瞳を覗き込みながら微笑んだ。


「君となら何処へでも」


 二人は心から笑い合い、その笑顔には、未来への限りない期待と幸せが満ちていた。互いの手を強く握り合い、これからの旅に思いを馳せる。


 魔法のスープの秘密は、彼らの中にずっと息づいていたのかもしれない。心と心を結ぶ本当の魔法は、互いに認め合い、理解し合おうとする勇気の中にあったのだ。そして今、二人の愛は日々深まり、どんな魔法よりも強く、確かなものになっていた。


 窓の外では、春風が優しく木々を揺らし、遠くから聞こえる鐘の音が、二人の新たな物語の始まりを静かに祝福する。


 ピアノの音色は続き、終わりではなく、新しい始まりの調べが、永遠に響き渡っていくように。二人の顔には、どんな魔法よりも眩しく輝く幸せの表情が浮かんでいる。そして夜が訪れれば、二人は再び愛を確かめ合うように抱き合い、魂の奥まで溶け合うのだった。




            Fin.      



            tommynya



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