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第6話 懐かしの卵焼き

 次の日の朝、僕は昨日の交差点で日向を待っていた。

 いつも別れるのはここだったが、待つのは初めてだ。

 少しだけ、緊張する。

 

 もう、行ってしまってはいないだろうか。

 今日は休みだったりしないだろうか。

 そんなことを考えながら、もう何度目かの青信号を見送る。


 普段通りなら、きっとこの時間に通るはず――。


「小野寺くん?」


 後ろから、日向の声がした。待っていたのにいざ日向が来るとドキドキしてしまう。

 それでも平静を装い、あたかも今ここに着いたかのように振る舞う。


「あ、三城さん。おはよう」

「おはよう。そういえば、ここから同じ道なのに一、二年生の時は全然会わなかったね」

「確かにそうだね」


 白々しく返事をするが、それもそうだ。僕は日向と違っていつも時間ギリギリに家を出ていたから。

 でも、今日からは同じ時間に学校へ行こうと決めた。

 できるだけ日向のそばにいたい。


「信号変わったよ。行こう」

「うん」


 自然と横に並び、一緒に歩く。


「そういえば、今日は体調大丈夫?」

「大丈夫だよ」


 一周目、日向はずっと病気のことを隠していた。

 きっと言いたくはないだろう。だから無理に聞くことはしない。

 でも、常に日向の体調を気にかけて、つらいときにはつらいと言える、そんな環境をつくっておく。これも昨日、考えて決めたことだ。


「昨日みたいなことがよくあるって言ってたし、なにかあったらすぐに言ってね」

「うん、ありがとう。なんだか小野寺くんって……」


 日向は何かを言いかけてやめた。

 そして何故かクスりと笑っている。


「どうか、した?」

「ううん、ごめんね。小野寺くんって同い年って感じしないなと思って。年上みたい」

「え、なんで?!」

「気の遣い方が大人だなあって」


 確かに中身は四つ年上だ。高校生からすると大人かもしれない。

 本当は大学生なんてばれるわけにはいかないが、でもそれで日向が僕を頼ってくれるならそのほうがいいかもしれないなんて思った。



 ◇

 

 お昼休み、僕たちは中庭でお昼ご飯を食べることになっていた。

 お弁当を持って立ち上がると、颯太が声をかけてきた。


「都希、購買行こうぜ」

「僕はいいよ」

「え? なんで? いつもパン買ってんじゃん。それに今日から新発売のパンが売ってるぜ」


 颯太の言う通り、以前はたいてい購買で何か買って食べていた。

 でも、三年生になって新発売されたパンは一周目で何度も食べて味はわかっているし、少し節約もしていきたい。

 だから昨日、母さんにお弁当をお願いした。

 これからは、毎日持っていきたいと。


「うん。でも弁当持ってきてるから」

「まじか。じゃあ俺だけ行ってくるから先に中庭行っといて」


 颯太を見送って中庭へ行くと、日向と園田がレジャーシートを敷いて待っていた。

 女子ってほんとに準備がいい。


 そして四人で座るには少し狭い小さなレジャーシートには見覚えがある。

 何度かこうやってお昼を食べた。


 僕は前と同じように日向の前へ座る。

 膝と膝が微かに触れるほど近い。

 この距離は何度経験しても慣れなかった。


 そうしているうちに颯太が購買からパンを買ってやってきた。

 僕の横にドカッと座る。


「食べようぜ! いただきまーす」


 一番最後に来たのに一番初めに食べだすところも変わっていない。

 でも、そんな颯太につられてみんな食べ始めるのがいつもの流れだ。


「「「いただきます」」」


 みんなそれぞれお弁当箱を開ける。

 僕のお弁当には昨日のから揚げにレタスが敷かれ、ポテトサラダ、トマトが入っていた。


 そして、日向のお弁当をちらりと覗く。


「玉子焼き……」

「玉子焼き? がどうかした?」


 小さく呟いた僕の言葉を日向は聞き逃さなかった。

 自分のお弁当を見て首をかしげている。


「あ、いや……。好き、なんだよね」

「そうなの? だったらひとつあげるよ」

 

 ああ。一周目も同じような場面があった。


 この後、玉子焼きが好きだと言った僕に日向が食べさせてくれようとする。

 でも、日向の手から直接食べるのが恥ずかしかった僕は咄嗟によけてしまう。

 それで玉子焼きが落ちてしまうのだ。


 『ごめん。落としちゃった』


 そう言って日向は悲しそうに玉子焼きを拾い、僕がそれを食べることはなかった。

 

 そして今、まさに日向がお箸でつまんだ玉子焼きを僕の口に持ってこようとしている。

 日向は全く気にしていない様子だが、いわゆる『あーん』というやつだ。正直言ってかなり恥ずかしい。

 けれどここで食べなければまた日向に悲しい顔をさせてしまう。


 僕は口を開けた。そっと口の中に入ってくる。


「ん、美味しい」


 前は食べることができなかった日向の玉子焼き。ふわふわでほんのり甘くて本当に美味しい。


「ほんと? よかった。玉子焼きはけっこう自信あるんだ」


 少し得意げに、嬉しそうに笑う日向に僕はほっとした。

 悲しい顔をさせずにすんだ。

 自分のちょっとした選択で彼女を笑顔にできるのだと改めて感じた。


「都希、顔緩み過ぎじゃね?」

「えっ? そ、そう?!」


 玉子焼きが美味しいのと、嬉しいのとで思わず顔に出てしまっていたらしい。

 日向は、そんなに好きだったんだね、と笑っていた。


 颯太と園田はにやにやしながらこっちを見ていたが、そんなことは気にならなかった。

 

「ところでさ、水族館どうする?」

「そうね。そのために集まったんだもの。時間とか、集合場所とか決めないと」

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