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君の願いが、空に消えてしまう前に  作者: 菊池 快晴@書籍化決定


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日向の日記 ~私の願いが叶うとき~

 四月×日

 今日から三年生。

 すごく楽しみに学校に行ったけれど、着いたとたん急に調子が悪くなって下駄箱で動けなくなった。

 もう始業式も始まっていて、誰もいなくて苦しかったとき、小野寺くんが突然現れて保健室まで連れていってくれた。驚いて何も言えなかったけど彼のおかげでゆっくり休むことができた。

 しばらく休んだら調子もよくなって教室へ行った。


 今年も瀬里ちゃんと同じクラスになれて嬉しい。それに瀬里ちゃんの彼氏さんの萩原くんも。

 びっくりしたのが、朝助けてくれた小野寺くんは萩原くんの親友で、一緒に駅前のカフェに行くことになったこと。


 行ってみたいと思っていた駅前のカフェ。ずっと、ここのジャンボパフェが食べたいな、なんて思ってたけど、そんなことは言えない。

 でも、少し緊張した雰囲気の中、突然小野寺くんがジャンボパフェを注文した。

 私も、みんなもびっくりしたけど、四人で食べるジャンボパフェは美味しくて、楽しくて、幸せだった。

 小野寺くは何を考えているかわからないし不思議な人だけど、優しくてヒーローみたいな人だなと思った。

 


四月×日

 今日は四人で水族館に行った。


 瀬里ちゃんと萩原くんが遅れて来たからしばらくは小野寺くんと二人で見て回った。

 電車に乗ってる時から気遣いやリードがうまくて女の子慣れしてるのかなって思ったけど、それは小野寺くんの優しさなんだということがわかってきた。


 瀬里ちゃんと萩原くんは遅れてきたことを気にしてたけど、もう少し小野寺くんと二人でも良かったな、なんて思ったりした。

 イルカショーで萩原くんがびしょびしょになったときはびっくりした。みんなで笑い合って、本当に楽しい時間だった。


 お土産屋さんに昔お母さんに買ってもらったオオサンショウウオのぬいぐるみがあって、でも買うことなんかできなくて諦めていたら、小野寺くんが買っていた。羨ましいなと思っていたら帰りに誕生日だったでしょ、といってプレゼントしてくれた。


 すごくすごく嬉しかった。小野寺くんありがとう。大事にするね。

 そうだ、今日から都希くんて呼ぶことにしたんだった。

 いつもは三城さんなのに、ふいに日向って呼ぶ。理由はわからないけれど、なんだか嬉しかった。

 私も都希くんて呼びたくなった。


 明日から、自然に都希くんて呼べるかな。


七月X日


 今日は、私の人生にとって忘れられない一日だった。


 朝、目が覚めたとき泣きそうになるくらい体が重くてつらくて起き上がることができなかった。

 でも、今日は学園祭当日。絶対に休めない。行かなければ。そう思ってつらい身体を必死に動かして家を出た。

 都希くんが迎えに行くから一緒に学校へ行こうと言ってくれて、エントランスまで来てくれるはずだった。でも、エレベーターを下りたところで意識を失ってしまった。


 目が覚めたときは病院のベッドだった。でも、横には都希くんがいて、私は急いで学校へ行こうとした。舞台に立たなければ、私が白雪姫を演じなければ、今までのみんなの努力が無駄になってしまう。そう思っていたら、都希くんがスマホの画面を見せてくれた。

 白雪姫を演じている瀬里ちゃんと王子様の衣装を着た萩原くん。

 すごく驚いたけど、一番驚いたのは、都希くんが私の病気のことを知っていたということ。

 知っていて、何も言わずにもしものときのために瀬里ちゃんに代役を頼んでいたそうだ。


 私は白雪姫を演じきるつもりだった。まさかこんなことになるとは思っていなかった。それなのに都希くんは私より私のことをわかっていて、最善の準備をしてくれていた。

 私は、白雪姫をやりたい。みんなと一緒に作りあげてきたもの、伝えたいこと、私の想いがこの白雪姫につまっている。

 でも、やっぱりお母さんに反対された。反対されることはわかっていた。だからずっと言っていなかった。

 そんなとき、都希くんがお母さんを説得してくれた。都希くんは誰よりも私の気持ちをわかってくれて誰よりも私の味方でいてくれる。だから私も自分の想いを貫くと決めた。

 最後のシーンだけだったけど、舞台に上がることができた。

 嬉しかった。少し緊張した。でも、やり遂げようって思った。


 王子様が白雪姫にキスをするシーン。都希くんが私の頬に触れてきた。練習では一回もそんなことしなかったのに。暖かくて、優しい手のひらに本当にキスされるんじゃないかってドキドキした。そんなことはなかったのだけど。

 みんなと見るステージからの景色は本当に最高だった。

 少しでも、私の想いを、感動を届けられたかな。



 この景色を見られたのは全部全部都希くんのおかげ。本当にありがとう。


八月XX日


 今日はいつも通り病院での一日を送っていた。


 病室で勉強をして、時々看護師さんがきて、リハビリをして。

 でも、夕方にお母さんが少し出かけるよと言って車椅子に乗って病室を出た。


 めずらしいな、と思っていたらロビーに都希くんがいた。

 びっくりした。こわかった。もう何日も会っていない。連絡も返してない。

 花火大会にいく約束を破ってしまった。

 こんな私のこと、都希くんはどう思っただろう。嫌われてはいないだろうか。

 そんなことばかり考えてしまっていた。


 でも、久しぶりの都希くんは変わらず優しい顔を私に向けてくれる。

 少し緊張しながら向かったのは、花火を見ようと言っていた秘密の場所だった。

 誰もいない小さな神社は、都希くんと二人きりの世界にいるみたいだった。

 そして打ちあがった花火。びっくりした。まさかと思った。


 ずっと、見たかった花火。諦めた花火。都希くんと見たかった花火。

 見られるなんて思っていなかった。すごく、すごく嬉しかった。感動した。

 やっぱり都希くんは私の願いをなんでも叶えてくれるヒーローだなって思った。

 本当に、本当にありがとう。


 花火を見終わったあと、しばらく都希くんと話をしてから病院に戻った。

 お母さんは全部知ってたみたいで、良かったね、って笑ってくれた。

 この花火は瀬里ちゃんと萩原くんのおかげでもあるってきいたから、二人に連絡した。

 ありがとう。花火、すごく綺麗だった、嬉しかった。ずっと連絡できなくてごめんねって。

 二人は連絡を無視していた私を責めることもなく、喜んでくれて、今度お見舞いに来てくれると言った。

 花火大会に行けなくて、ずっと落ち込んでいた。申し訳ない気持ちで押しつぶされそうだった。

 そんな私を都希くんが救ってくれた。

 もっと、もっと、頑張ろうって気持ちになれた。

 私にはこんなにも素敵な友達がいて親友がいる。

 まだまだ私は、こんなにも幸せで楽しい時間を過ごすことができる。

 そう思わせてくれた。


 そして都希くんは、私の願いをもう一つ叶えてくれた。

 好きな人とキスがしたい、という願いを。

 都希くんは気づいただろか、私の気持ち。

 気づいて欲しい。でも、気づいて欲しくない。

 きっと、都希くんはどっちの気持ちもわかってくれている。

 触れた唇からそう感じた。

 ありがとう。


 私は都希くんのことが大好きです。





九月XX日


 土曜日。今日は朝起きたときからすごく調子がよかった。こんなに気分がいいのは久しぶりだ。

 どうせなら学校の日に調子よければいいのにと思いながらも、嬉しくて都希くんに連絡してみた。

 そしたらすぐに返事が来て、都希くんは散歩に誘ってくれた――


 ◇ ◇ ◇


 天気は快晴で、ぽかぽかとちょうどいい気候だ。

 都希くんはすぐに家まで迎えに来てくれて、二人で並んで歩く。


「日向、歩くの大丈夫?」

「うん。今日は本当に調子が良いんだ。動ける日に動いとかないとね」


 今日は本当に病気が嘘みたいに身体が軽かった。

 夏休みに一度体調がすごく悪くなってから、私はもうだめなのかなって思ってた。都希くんと花火を見に行くという約束も守れなくて、すごくつらかった。

 でも、都希くんや、瀬里ちゃん、萩原くんが私の願いを叶えてくれて、支えてくれて、私はまた前を向けるようになった。みんながいるから、今も学校にも通えている。


「金木犀が綺麗に咲いてる公園があるんだ。そこに行こうと思って」

「わあ、いいね。金木犀大好き。香りも、小さくて可愛いお花も」

「日向なら好きだと思った」


 柔らかく微笑んでくれる都希くん。いつも私のことを考えてくれて、私を楽しませてくれる。

 私もなにか都希くんに返せることがあればいいのにな。


 都希くんは私のことを気にかけてくれながらゆっくりと歩く。

 公園に着くと、大きな金木犀の木陰にあるベンチに座った。二人で大きく深呼吸をする。

 甘くてじんわりと優しい香りがすごく落ち着く。

 

「本当にいい香り」

「そうだね。こんなふうにゆっくり眺めて楽しむことってなかったから新鮮だ。日向、ありがとう」

「なんで? お礼を言うのは私のほうだよ。都希くん、連れてきてくれてありがとう」


 散歩に誘ってくれたのも、金木犀を見に行こうと言ってくれたのも都希くんなのに、なぜか私がお礼を言われた。都希くんて、こういうところが少し不思議なんだよな。


「日向がいなかったら、金木犀を見にこようなんて思いもしなかった。僕が綺麗な景色を見られるのも、楽しいって思えるのも、全部日向のおかげだよ。だから、ありがとう」

「都希くん……」


 金木犀を見上げ、目をつむり、ゆっくり息を吐く。この時間がずっと続いてくれたらいいのに。

 都希くんといると、すごく穏やかな気持ちになる。安心するし、一緒にいられるだけで嬉しい。

 やっぱり好きだなって思う。

 時々、本当に好きって言ってしまいそうになる。

 言わないと決めているけど。


 でも、都希くんはきっと私の気持ちをわかっている。花火の日、キスをしたとき、伝わってしまったと思う。都希くんもきっと、私のことを好きでいてくれてるはずだ。

 それでもお互いに口にしないのは、お互いの負担になるといけないから。

 言葉にしてしまったとき、それが、責任として都希くんの重荷になることが怖い。だから言わない。


「ねえ日向、金木犀持って帰ろうよ」

「え?」


 都希くんは鞄から小さな瓶を取り出した。はじめからそうするつもりだったのだろうか。準備がいいな。


「持って帰ってさ、ポプリ作ろうよ」


 ポプリ……。お花と塩を一緒に成熟させて、香りを楽しむもの。塩に香りが凝縮されて、長持ちするんだよね。

 金木犀の香りが大好きで、いつか作ってみたいと思っていた。都希くんもそうだったのかな? でも――


「ポプリなんてよく知ってるね」

「えっ、あぁ……えっと……なんか、気になって調べてみたんだよね。意外と簡単に作れそうだったから、作ってみようかと……」


 気になったって、どうして気になったんだろう。男の人ってあまりこういうの興味ないと思ってた。

 それにしても、都希くんはなぜかいつも私がしたいと思っていることをしようと言ってくれる。それがしたいなんて言ったことはないのに。私のことはなんでも知っているみたいに、次々に願いを叶えてくれる。私の心が読めるのかな。そんなわけないか。


 そんなことを考えている間に、都希くんは瓶に金木犀を詰めていく。

 作り方は簡単だけど、細かくて疲れる作業だから出来上がったものを私にくれると言った。でも、ポプリは作るのも醍醐味だと思う。それに二人で作るほうが絶対に楽しい。都希くんの申し出を断り、一緒に作ることにした。


 私の家で作ることにして、少し大きめの瓶と粗塩を買って帰った。

 今日もお母さんは仕事でいない。

 家に入ってそのままダイニングへ行くと、まずお茶を飲んでひと息ついた。


 前にも、都希くんをうちに誘ったことがある。文化祭のために白雪姫のDVDを観たとき。

 私に内緒でロミオとジュリエットのDVDも借りてくれていた。久しぶりに見た物語に思わず涙が溢れてしまっていた。今の私には悲し過ぎたから。でも、都希くんが言ってくれた。

『僕はこれから先、何があっても日向の事を忘れないよ』

 この言葉に、私はどれだけ救われただろう。どれだけ、生きている意味を感じられただろう。

 私はあれからも数え切れないほど、都希くんに救われている。


 少し休憩したあと、ダイニングテーブルに新聞紙を広げ、金木犀を出す。

 そして、花と茎を一つずつ切り離し、混ざってしまっているゴミも全て取り除いていく。

 この作業が一番大変だ。小さな花から一つずつ茎を取る細かい作業に、集中力と根気がいる。


「なんか肩凝りそう。日向は無理しないでね」

「大丈夫だよ。こういうの好きだから。都希くんこそ、手が大きいし難しかったら無理しないでね」


 集中する作業はけっこう好きだ。暇なとき、よく裁縫でマスコットを作ったり、パッチワークをしたりする。少し疲れたりもするけれど、完成したときの達成感が好きでやめられない。


「あ、花までちぎちゃった」

「ふふ、難しいよね」


 都希くんは苦戦しているみたいだ。それでも一生懸命作業している姿に自然と笑みが零れる。口数は少なくなっているけど、やっぱり一緒にしてよかった。楽しい。


 花を分け終えた後、少し乾燥させて塩と一緒に瓶に詰めていく。

 塩、金木犀、塩、金木犀と層になるように。

 上手く作るこつをネットで調べたら、花が塩に触れるように入れていくといいと書いてあったので、量を調整しながら、瓶いっぱいに敷き詰めていった。


「おお。できたね」

「完成は成熟する一ヶ月後だけどね。このままうちで置いとくよ」

「ありがとう。一ヶ月後、二人で開けよう」

「うん、楽しみだね」


 金木犀は開花してから長くても一週間で散ってしまう。楽しめるのはほんのわずかな期間だ。でもこうやって手を加えることで、長く楽しむことができる。

 なにもしなければすぐに終わってしまうことも、行動一つで変えることができる。

 私も、私自身も、少しでも長く都希くんやみんなと楽しいしい時間を過ごせるように、できることはなんでもしようと思う。

 

 こんな私と一緒にいてくれる都希くんのために、私はできるだけ長く笑っていたい。

 終わりがくるその日まで、ずっと、笑顔を返していたい。

 日向の日記と、日向目線のサイドストーリーでした。

 この話をもちまして全編完結とさせていただきます。

 最後までお読みいただきありがとうございました。


 この作品は、作中にもあったように『誰かの記憶に残ってほしい』という思いで書きました。

 悲しい結末ではあったかもしれません。死を迎えるという結果は変えることができなかった。それでも、生きているその瞬間は幸せでありたい、前を向いていたい、結果は変えることができなくても、過程は変えることができるんだ、そんなメッセージを込めています。


 読んでくださった読者の方、それぞれの感じ方があるかと思いますが、少しでもみなさんの心に残る物語であればと願っています。


 改めまして本作をお読みいただき本当にありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
すごくよかったです! 何度も泣かされました! 毎日少しずつ読み進めていて、のこり数話になると終わってほしくなくて、なかなか読む気になれず数日あけて一気に読みました、それくらい大事に読んでました! 最後…
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