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君の願いが、空に消えてしまう前に  作者: 菊池 快晴@書籍化決定


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第21話 みんなで一緒に

 劇が終わり舞台を下りると、日向はすぐにお母さんと病院へ戻って行った。

 そのまま入院することになったと夕方に連絡をくれた。

 

 劇の後、少し身体はつらそうだったけれど、すごく満足そうで、嬉しそうに笑っていた日向を僕は絶対に忘れないだろう。

 

 次の日、お見舞いに来た僕は、昨日言いかけたことを日向に話した。

 実は、病気のことを知っていると――。


「そう、なんだ……。まさか気づいてるなんて思ってなかった」

「日向が、病気のことを隠してること、言いたくないことわかってた。だから何も聞かずに僕にできることをしたいと思ったんだ」

「それで、瀬里ちゃんに代役を頼んでたんだね」

「うん。黙って勝手なことしてごめん」

「ううん。むしろありがとう。病気のこと隠して白雪姫する、なんて無責任なこと言ってごめんね」

「日向のこと、信用してなかったわけじゃないんだ。もしもの時のためにと思って」

「わかってるよ。そんな都希くんのおかげで劇は成功したし、私は舞台に立つことができたの。それに、あの時お母さんに言ってくれたことすごく嬉しかったよ」


 舞台に立てたのは最後のシーンだけだったが、それでも大きな歓声に包まれ、みんなと一緒に劇を終えられたことが幸せだったと日向は笑った。


「日向が、誰よりも舞台に立ちたいと思ってること、わかってたから」

「都希くんは、私のことなんでもわかってくれるね」


 日向のことがわかるのは、日記を読んでいるからだ。

 現に一周目では何も気づいてあげられなかった。

 それでも、今こうして彼女が笑ってくれているということが、今の僕がいる意味なんだと思った。


 ただ、日記のこと、僕が二周目だということは言っていない。

 変に困惑させたくなかったから。

 

 病気のことを知ったのは、以前日向が貧血で倒れた時、保健室で養護教諭の先生と担任が日向の病気のことを話していたのが聞こえてきたからだと言った。

 先生たちが病気のことを知っていることは僕もその時はじめて知った。

 その後、実行委員を決める時に日向の負担を減らすため、本来なら二人のところを四人に増やしたりと、先生も心配しているんだということがわかった。



「都希、今日も三城さんのお見舞いに行くのか?」

「ああ。そのつもり」

「どう? 日向の調子は」

「だいぶ体力も戻ってきてあと数日で退院できると思うって」


 僕は放課後、毎日お見舞いに行っている。

 日向が何か病気を抱えていることに、園田と颯太も気づいてはいるようだが、深く聞いてくることはない。

 お見舞いにも行きたそうにしているが、日向が気を遣うといけないからと遠慮している。

 お見舞いに行けば、日向が必死に隠していた病気のことを話さなければいけなくなる。

 それは日向にとって負担になるかもしれないからと。

 本当はきっと、話してほしいと思っているだろう。けれど、それを聞かない二人は、日向の気持ちを一番に考えているからだと思う。

 その分、日向のことは僕に任せるからしっかりしてよ、なんて園田に言われた。


「もうすぐ日向に会えるのね。待ち遠しいわ」

「日向も園田に会いたがってるよ」

「なあ都希、俺は? 三城さん俺には会いたがってないか?」

「颯太の名前はでてないな」

「ええー」

「冗談だよ。颯太にも会いたがってるよ」


 三人で話をしながら教室を出て、グラウンドで別れる。

 

「じゃあ颯太、頑張れよ」

「おう! 都希もな!」

「日向によろしくね」


 颯太はもうすぐ都大会を控えている。

 これが、高校最後の大会になるからと一段と気合いが入っていた。

 園田もマネージャーとして忙しくしているようだった。


 それもあって、お見舞いは僕一人で行っている。


 もう、慣れてしまった病院までの道を歩き、真っ直ぐ日向の病室へ向かう。

 ノックをして病室へ入ると、ちょうど看護師さんが検温を済ませたところだった。


「あら、今日も彼氏さん来てくれたのね。仲が良くて羨ましいわ。じゃあ、日向ちゃん、少ししたらリハビリ室へ行ってね」

「はい、わかりました」


 はじめに病院に来た時からずっと、看護師さんたちから『彼氏さん』と呼ばれている。

 そのほうがすんなり受け入れてもらえるので僕も日向も敢えて否定はしていないが、どうして彼氏だと思われているのだろうか。


「もうすっかり『彼氏さん』になっちゃったね。なんか、ごめんね」

「僕は、全然構わないんだけど、どうしてそう思われたんだろう」


 僕が不思議そうにしていると、日向はクスりと笑い、僕の鞄を指差した。


「それを見て、彼氏だって思ったらしいよ」


 視線の先は、以前手芸店で作ったアクアリウムチャームだった。


「え、これ?」

「彼氏さんとお揃いのキーホルダーつけてて可愛いね。なんて言われちゃった」


 学園祭の日、救急車で運ばれた日向の鞄についていたチャームと、僕の鞄についていたチャームがお揃いだったのと、誰よりも早く駆けつけ心配そうにする僕を見て、彼氏だと思ったのだそうだ。


「そうだったんだ……」

「そろそろ否定しとく? 私は誤解されたままでもいいんだけど」

「いや、僕もいいよ。それよりリハビリ行かなくていいの?」

「行く。毎日付き合ってくれてありがとね、都希くん」

「ううん。僕が日向のそばにいたいだけだから」


 病気の話をしてからは、日向はいろいろなことを打ち明けてくれるようになった。

 毎日飲む薬のこと、時々どうしても動けなくて学校を休んでしまっていたこと、それでもみんなと過ごす時間がすごく楽しいこと。


 そして、日向の気持ち。


『病気のこと知ってたのに、変わらず接してくれてありがとう。これからもそうしてほしいな』


 これが彼女の本心だと思った。僕は、もちろん変わらないよ、と伝えた。

 けれど、日向が病気だと知ったうえで、今まで通り一緒にいたいし、僕にできることはなんでもしたい。

 僕の想いに、日向は『ありがとう、嬉しいよ』と笑ってくれた。


 ◇


「押すよ。きつかったら言ってね」

「うん」


 日向はふー、ふー、と息を吐きながらゆっくりと体を伸ばし、ストレッチをする。

 僕は無理のない程度に背中を押しながら補助をした。


 最初は見ているだけだったリハビリも、理学療法士さんの指導を受け、簡単なことなら手伝えるようになっていた。

 柔軟性を維持するためのストレッチをしたあとは関節の可動域を維持するための軽運動、歩行訓練と続く。


 リハビリは現在の運動能力を維持するためのもので、筋肉を酷使することは避けなければいけない。

 でも、日向は頑張り過ぎるところがある。声をかけないといつまでも続ける。


「日向、無理はしないで。ちょっと休もう」

「え? うん。そうしよっかな」


 僕はタオルと水を手渡す。

 周りを見渡すと、多くの利用者さんが同じようにリハビリしていた。日向みたいに心が強い人ばかりで驚いてしまう。


 何よりもそれに寄り添い、支える理学療法士さんの力強さというか、凄さを感じた。


「そういえばね、だいぶ調子もいいから、退院の日を早めてもいいって今朝、先生に言われたの」

「よかったね。日向が頑張ったからだね」

「うん! 都希くんがそばにいてくれたからリハビリ頑張れたんだよ」


 退院しても、リハビリには継続して通わなければいけない。

 それでも、普通の生活を送ることができて、学校にも行ける。それが日向にとってどれだけ嬉しいことか。


 何より、一周目ではもう日向は学校へ来なくなっていた。

 そして知らないうちに引っ越していた。

 現時点ではまだ引っ越しの話はでていないし、まだ日向と学校に通うことができる。

 一周目と大きく変わったことが、僕にとっても本当に嬉しいことだった。


 

「三城さん、お帰り!」

「入院するくらいひどい怪我だったなんて気付かなかったよ」

「それであれだけの演技ができるなんて、さすがだよね」


 日向が退院して学校へ来ると、クラスメイトたちが彼女を取り囲む。

 学園祭が終わってしばらく経つが、冷めやらない気持ちで日向を讃えていた。

 日向は嬉しそうに応えている。


「ありがとう。行くのが遅くなってごめんね」

「ううん、しょうがないよ。気にしないで」

「最後のシーンほんと良かったよ。練習以上に気持ちがこもってて感動した」

「それに、園田さんの白雪姫も凛々しくて綺麗だったし」


 学園祭の朝、日向が怪我をして遅れると伝えたとき、やはり一周目と同じようにクラスメイトたちは焦り、困惑し、彼女に対しての怒りを見せる人もいたのだそう。

 けれど、園田が自分が場を繋ぐと進言するとみんな意欲を取り戻し、より一層、一致団結して劇を進めていたそうだ。

 

「僕も園田の凛々しくて綺麗な白雪姫、ちゃんと見たかったな」

「私も瀬里ちゃんの白雪姫見たかったな!」

「日向がいれば私は必要ないでしょ」

「俺は?! 俺の王子様は?!」


 いつもの日常がすごく幸せに感じた。

 一周目ではひどくつらい出来事だった学園祭が、日向にとってこんなにも明るい出来事になった。

 僕の行動によって未来を変えることができる。日向を笑顔にすることができる。

 そう実感できて、僕にとっても最高の学園祭だった。


 それからも、日向の体調に気を付けながら普段通りの学校生活を送った。

 リハビリがある日には一緒について行き、入院中と同じようにサポートしている。

 日向からは、調子が悪いわけじゃないから付き合ってくれなくてもいいよ、と言われている。

 けれど、僕がそうしたいからと毎回付き添っていた。

 

 そして夏休みを目前に控えた休日、僕と日向はサッカーの応援に来ていた。


「颯太ー! いけー!」

「萩原くん頑張れー」

 

 サッカー部は都大会を順調に勝ち進み、今日は準決勝だ。

 今日の結果で全国大会に出場できるかが決まる大事な試合だが、相手は優勝候補の強豪校だそう。


 その話を園田からきいた日向が応援に行きたいと言い出した。

 外での応援に日向の体調が心配だったが、最近は調子がいいから大丈夫と押し切られた。

 もし、少しでも不調を感じたらすぐに帰ることを約束して応援にやってきた。


「ああー! おしい! いけー!!」


 うん。本人の言う通り元気みたいだ。

 日向は誰よりも声を出し、まるで自分もグラウンドに立っているかのような興奮で応援している。


 相変わらず颯太は上手で、格上の相手に果敢に攻め込んでいる。

 園田はベンチ横に立ち、真剣な表情でボードに何やら書き込んでいた。

 

「日向、どうして急に応援に行こうって言い出したの?」

「だって、友達が頑張っている姿は見たいし、応援したいって思うじゃない?」

「まあ、確かにそうかもしれないけど」

「それにね、みんなにはいつも支えられて、助けられて、私にも何かできることがあればしたいと思ったの。あとはね、誰かが頑張っている姿にすごく勇気をもらえるから。私も頑張ろうって思えるんだ」


 満面の笑みを浮かべる日向は、以前と変わらないはずなのに、どこか重荷が取れたように感じた。

 それは病気のことを必死に隠していた時とは違い、自分をさらけ出せる僕という存在がいるからではいかと、都合のいいことを考えていたりする。


 試合は1-1の延長戦に持ち込まれた。

 互いに攻め合い、両チームとも一歩も引かない展開が続く。

 後半残り五分、颯太は一瞬の隙を突き、足元のボールを素早く前方に出す。観客の声が一気に高まる。「いけ!」という声援と「止めろ!」という叫びがグラウンドに響く。


「颯太ー!」

「萩原くんー!」


 僕と日向も無我夢中で応援する。


「颯太! そのまま! いけ!」


 いつもは声をあげることなどない園田も必死に声を出し、颯太を鼓舞する。


 ゴール前までボールを持ち込んだ颯太だが、次の瞬間、相手チームの選手が横からスライディングを仕掛けてきた。ボールは颯太の足先からこぼれる。

 そして相手チームがそのままゴール前まで突き進む。

 ゴール前で混戦状態になるが、ボールは大きく浮かび上がり、吸い込まれるようにゴールへと入っていった。


 ピ――――。


 試合終了のホイッスルが鳴った。


 歓喜の声をあげる相手チーム。

 立ち尽くし、拳を震わせる颯太たち。


 僕も日向も何も言わず、ただグラウンドを眺めていた。



 大会が終わったあと、いつものように四人並んで帰り道を歩いていた。

 ただ、いつものようにふざけ合いながらではない。みんな、黙っている。

 

 颯太も何も喋らず、真剣な表情だった。

 涙を流すことも、悔しいと嘆くこともない。


 意外だと思った。もっと弱音を吐いたり、負けてしまったと笑い飛ばしたりするのかと思っていた。

 

 そんな時、一番に口を開いたのは日向だった。


「すごく、惜しかったね。私は、自分のことみたいに悔しいよ」

「三城さん……」

「そうね。悔しいわね」

「瀬里……」


 園田はそれから、悔しい悔しい、あそこでああしていれば一点決められてたかも、なんてぶつぶつ言っている。


「颯太、ほんと格好よかったよ。感動した」

「都希……」


 颯太はそこではじめて目を潤ませた。

 一番悔しいのは颯太だ。

 泣きたいときは泣けばいい、そう言いかけたとき、颯太は涙を堪え、前を向く。


「俺、サッカー続ける。これから先もずっとサッカーやりたい。いつかプロになって頑張りたい」

「よく言ったわ! それでこそ颯太よ」

 

 園田が颯太の背中をバシバシと叩いている。隠しているつもりかもしれないが、すごく嬉しそうだ。

 

「簡単な道じゃないことはわかってる。でも俺は、サッカーが好きだ。自分のやりたいことを、頑張りたいと思える道を進んでいきたい」

「私も、颯太がサッカーしてる姿が好きよ。これからもずっとそばでサポートさせてね」

「瀬里ぃありがとおおお。俺は瀬里に一生付いてくからなぁ」

「ちょっと、こんなところで抱きつかないでよ」


 いつもの調子を取り戻してきた颯太に、僕と日向は笑い合い、いつもの道を帰って行った。


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