第14話 学園祭
日向と一緒に公園でボートに乗ってから数週間が経過した。
レクリエーションも無事に終わり、僕たち四人は以前よりも随分と仲良くなった。
その間に、日向の日記を見返しながらそれとなく彼女の願いを叶えていった。
しかしそのたびに、やり切れない思いが募っていた。
彼女が書いてある事は、本当に些細なことばかりだったからだ。
なのに、誰にも言えなかった。
どれだけ我慢してきたのだろうか、望むことが悪いと思っているのだろうか。
いくら考えても、それは日向にしかわからないだろう。
園田は時折、日向の体調を気にしていた。
もしかすると、彼女も何かに気づいているのかもしれない。
「なあ都希」
今日はお弁当がなく、久しぶりの学食。
懐かしいうどん定食を食べていたら、颯太が何やら神妙な表情を浮かべていた。
「ん? どうかした? サッカーで何かあったの?」
「悩んでる事があったら、いつでも言ってくれよ」
「……何が?」
「最近、変だぜ。何かに思い詰めてるような感じがする。もっと頼れよ。俺でも、瀬里でも、三城さんでも」
いつもの冗談めいた感じは一切ない。真剣に僕を心配してくれているようだった。
ただ、簡単に頼れるものではない。特に日向には。
そもそも、僕がタイムリープしてきただなんて話しても信じてもらえないだろう。
「ありがとう。でも、大丈夫だよ」
「本当か? まあ、いいけど。何かあったらすぐ言えよ」
納得はしてくれていないみたいだけれど、困惑させたくない。
それにもし真実を話して誰が幸せになる? 日向が、不治の病にかかっているだなんて。
「ちょっと詰めてー」
「ご、ごめんね? 突然に」
するとそこに、園田と日向がやってきた。学食を食べるなんてめずらしい。
二人とも美味しそうなきつねうどんだ。ちなみに僕のうどん定食は天丼がついている。
「何の話してたの?」
「男同士の秘密の話だぜ」
「何の話してたの? 小野寺」
「俺って無視されてる?」
日向がくすくす笑って、僕が答える。
「まあでも、颯太の言う通り。男同士の話だよ」
「ふうん。やっぱり、あっちいこうか? 日向」
なんて冗談を言う園田。いや、本気かもしれないけれど。
食堂はいつもより人が多かった。その理由は、みんな話し合っているからだ。
周りの声に耳を澄ますと、聞こえてくるのはあの事ばかり。
「学園祭、何の演劇するか決まった?」
「うちのクラスはこれから。投票で決めるかなー」
「シンデレラしたいなー」
もうすぐ学園祭の準備に取り掛かるのだ。
僕たち三年生にとっては高校最後の大事な行事でもある。
これが終わると本格的に受験勉強で忙しくなるだろう。
そして一周目、日向にとって最悪な出来事でもある。
僕はそれを回避するつもりだ。
日向が僕たちの前から姿を消したのは、この学園祭が一番のきっかけだったに違いない。
とはいえ、まだ悩んでいた。
本当にまた同じことが起きるのか? それは、避けられないのか。
うちの学校は学年で出し物が決まっている。一年生は展示会で、二年生が模擬店、三年生は演劇だ。
クラスの出し物を変えたいと先生に頼んでみたが、流石にただのいち生徒の僕でルールを変えることはできなかった。
でもなんとか上手く進めて、日向が直前で休んでも問題なく終われるようにしたい。
「そういえば今日からだっけか。学園祭について話し合うの」
颯太の言う通り、五時限目を使って話を進めていく。
そこで僕は学園祭の実行委員に立候補する予定だ。
色々と決めることができるから。
「楽しみだね。一体、何になるのかな」
昼休みの終わり、最後の日向の言葉が心に重くのしかかった。
◇
五時限目、クラスメイトたちは様々な表情を浮かべていた。
楽しみだという人もいれば、面倒だと思う人がいて、それよりも勉強したい、なんて考えている人もいるだろう。
一番楽し気に見えたのは日向だった。
彼女はドラマをよく見ると言っていたし、物語が好きなのだろう。
まず先生が前に出て、初めに実行委員を決めると言った。
決まれば実行委員を中心に話を進めていくのだ。
「男女で二人だな。立候補するやついるか?」
僕はすぐに手を挙げた。
一番驚いていたのは颯太だった。予め伝えておくか悩んだけれど、理由を聞かれたらうまく答えられる自信がなかった。
それよりもその場で「何となく?」と言ったほうがいいかなと思った。
「おお、小野寺やってくれるか。後は女子だが――」
そして僕は、その後の先生の言葉に驚いた。
「三城、大丈夫なのか?」
「はい。やってみたいです」
斜め横を見ると、なんと日向が手を挙げていたのだ。
前回、彼女は実行委員なんて立候補していなかったのに。
いや、それは僕も同じだけれど。
でもこれだと、余計に彼女の負担が増える。
「先生、私もしてみたいです」
するとこそで、園田が手を挙げた。
「どうした園田。男女一人ずつだぞ」
「受験もありますし、負担を軽くしたほうがいいかなと思います」
「まあ……それもそうだな」
「はい! 俺もやります!」
そこで元気よく声を上げたのは颯太だった。
園田と付き合っているのは周知の事実なので少し茶かされるも、先生が了承した。
放課後、僕はまず日向に声をかけにいった。
「日向、どうして立候補したの?」
「最後だし、やってみたいなって。それに、都希くんと一緒なら楽しそうだから」
僕が立候補したことで日向も立候補したのなら、申し訳ないことをしたかもしれない。
でも、嬉しかった。
日向がそう思ってくれていることが。
「都希ぃ! なんで立候補したんだよ! 先に言えよ!」
すると颯太がやってきた。隣には園田もいる。
「なんとなく、ちょっと楽しそうだなって」
「まあでも、確かにな! 四人でできるなんて最高だな!」
僕は園田をちらりと見た。あまりこういうことはしたがらないと思っていたけれど――。
「私も颯太と同じ。四人なら、楽しそうだしね」
みんな同じ気持ちみたいだ。
僕は今まで学園祭の演劇をなんとか回避したいと思っていた。でも違う。
日向の体調を考慮しながら、どう楽しむか、どう成功させるかを考えなければいけない。
この四人ならきっとそれができるはずだ。