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第13話 センニチコウ、花言葉は

 学校で何度か見たことはあったけれど、驚いたのは僕の好きなおかずばかり入っていたことだ。

 玉子焼きにから揚げ、ミニウインナーにアスパラのベーコン巻き。

 さらに小さな箱を取り出すと、そこにはたくさんのフルーツが入っていた。

 

「すごい……僕の好きなものばかりだ」

「都希くん、今月が誕生日だって言ってたでしょ? オオサンショウウオと比べちゃうと全然たいしたことないんだけど、どうやったら喜んでもらえるかなって、私なりに出来ることを考えて、作ってきたの」


 お弁当箱を並べながら笑う日向。朝から頑張ってくれたんだ。

 玉子焼きが好きだと言ったこともちゃんと覚えてくれているのか、たくさん入っている。

 僕のために、好みを色々と考えて作ってくれたのだとわかって嬉しくなった。

 日向なりの誕生日プレゼントに、胸が熱くなる。

 

「ありがとう。すごく嬉しいよ」

「こちらこそ、ありがとね。作りすぎちゃったから、いっぱい食べてね」


 お互いに照れながら礼をいって、まずは遠慮しつつも玉子焼きに箸を伸ばす。

 日向にじっと見られていて少し恥ずかしかったけれど、口に運ぶとただただ感想がこぼれ出た。


「美味しい。いつも美味しいけど、今日はこうやって食べてるからか一段と美味しいね」

「良かった。じゃあ私もいただきます」


 こんなに穏やかな気持ちになれるのはいつぶりだろうか。

 大学では就職が決まらなくてずっと不安がぬぐえなかったし、実家に帰ることもできなかった。

 何よりも日向が消えてしまってからずっと、心にぽっかり穴が開いたようだった。


 でも、今は本当に幸せだ。


 途中、隣で遊んでいた子供たちのボールが転がってきた。

 それを日向が拾い、優しく微笑みながら子供たちに手を振る。


「行くよー!」


 楽しそうに両手で転がしながらボールを渡していた。


「やっぱり子供は元気いっぱいで可愛いね」

「そうだね。みんな元気で楽しそう」

「子供たちを見てるとすごく癒されるし、私も元気になれるの」


 嬉しそうに話す日向に、本当に子供が好きなんだな、と感じた。


 話の流れで卒業後の進路はどうするのか、という話になった。


「都希くんは大学進学するんだよね。何かしたいことあるの?」

「それが特にないんだよね。夢ってのが、昔から浮かばなくて。とりあえず、進学するって感じかな。日向は――保育士だよね」


 将来のこと、気になっていたけれど、聞いていいのかわからなかった。

 日向の気持ちを考えると、自分で聞いておきながら苦しくなった。

 でも日向の病気が一周目と同じように進行するとは限らない。

 実際、勉強会もこの公園で二人きりになることも一周目ではなかったのだ。

 つまり未来は変えられる、変わっていくということ。


「そうだね。短期大学で勉強する予定。なれると……いいけど」

「きっとなれるよ。子供が好きで優しい日向なら」


 彼女ならきっと立派な保育士さんになれるはずだ。

 いや、そうなってほしい。


「……ありがとう。――都希くんも何か見つかるといいね。荻原くんみたいに」

「颯太はサッカー上手だからなあ。園田は美容系だっけ」

「え? 何で瀬里ちゃんのこと知ってるの?」


 しまった、と思った。ここではまだ聞いていなかった。


「あ、え、いやな、なんとなく!?」

「ふうん、瀬里ちゃんそんな事まで都希くんに言ってるんだ」

「あ、いや……進路希望の話を先生としてるところ、ちょっと聞こえちゃってさ。ごめん、失言だった」

「そうなんだ。でも、都希くんなら気にしないと思うよ。凄く信頼してるし」

「そうかな。いつも警戒されてる気がするけど。今日の事も園田が知ったら怒りそう。私の日向を奪わないで、なんて」


 それを伝えると日向がくすくす笑う。


「大丈夫だよ。瀬里ちゃん知ってるから」

「え、そうなの?」

「ごめんね。昨日の夜電話してて、嬉しくてつい言っちゃったの」

「別に構わないよ。それで……なんて言ってた?」

「楽しんできてねって言ってたよ。でも、今度は私も誘ってねって」


 それを聞いて、僕も笑った。そして、謝る。


「ごめん。実は僕も昨日颯太と電話しててつい言っちゃったんだ。それで、同じように次は誘えよって言われた」

「荻原くんらしいね」


 同じだね、なんて言い合いながらお弁当を食べ終え、最後にフルーツを食べた。



 もうすぐ学園祭の準備が始まる。


 一周目と同じなら演劇をすることになるだろう。

 くじにより、日向がヒロインに抜擢される。


 そして彼女は当日、無断欠席してしまう。


 それ以降、日向はクラスで浮いた存在となってしまった。

 僕たちは気にしていなかったが、彼女は避けるようになっていく。


 その後、姿を消してしまう。


 引っ越しをしたのは入院するからと日記に書いてあったが、あんな形でいなくなったのは学園祭のことがあったからだろう。


 学園祭、それを気を付ければ、少なくとも日向の笑顔は守れるはず。


「お弁当、すごく美味しかった。ありがとう」

「こちらこそ、たくさん食べてくれてありがとう」

「お腹もいっぱいになったし、ちょっと散歩しない? 湖のほうに花がたくさん咲いてるんだって」

「いいね。楽しみ」


 片付けをして湖へ向かおうとしたとき、何かに躓いたのか日向が転びそうになった。

 慌てて腕をつかんで抱きとめる。


「わ、ごめんね!?」

「大丈夫?」

「うん。大丈夫」

「じゃあ、行こうか」


 それから何度か転びそうになる日向。


「ごめんね。実はこのサンダル、少しヒールがあるんだよね。スニーカーにすればよかった」

「そうなんだ……。だったら、こうしとこっか」


 日向の手をそっと握る。手のぬくもりを感じて恥ずかしくなりながら、彼女が嫌がっていないか確かめるように視線を向けた。

 うつむいていて表情は見えなかったが、ぎゅっと握り返してくれた手に安心して、そのまま湖へと向かった。


 湖は、公園の一番奥にある。立て看板で見た時よりも大きくて、日向と同時に「凄い」と声を漏らした。

 ほとりに咲いた色とりどりの花たちも綺麗だった。

 近くにはいくつかボートが並んでいて、数組のカップルが楽しそうに漕いでいる。


「もう少し近くに行ってみようか」


 彼女に伝えて、足元に気を付けながら前へ進む。

 不思議と落ち着いていた。無事に目的地にたどり着けた事に安堵したというべきだろうか。


「綺麗だねえ。ボートも楽しそうだし。なんか、ドラマのワンシーンみたい」

「実際ロケ地で使われたらしいよ。ほら、去年やってた月9の恋愛のやつ。凄い話題なってたでしょ?」

「え、それ本当!? 私、ずっと見てたよ!? ここだったんだ」

 

 ネットで調べて出てきたときは、僕も日向と同じように驚いた。

 まさかこんな近くにあっただなんて。

 同時に、彼女と同じドラマを見ていたことが嬉しく思えた。


「ほら、あの辺とかドラマで映ってたでしょ。覚えてる?」

「覚えてる覚えてる! ええーいいなー」

「日向、乗りたい?」

「……そうだね。でも、凄く並んでるね」

「だね。――それじゃあ行こっか」

「うん? 行く? え?」


 日向の手を引き、ボートの貸し出しをしているおじさんの所へ向かう。


「すみません。予約していた小野寺です」

「ああ、はいはい。二人だね。ボートは好きに選んでもらって構わないよ」


 最近はネットで予約もできるらしく、行ったもののボートが空いていなくて乗れないといけないと思い、予約をしておいた。

 日向に事前に伝えておこうか悩んだのだけれど、本当に喜んでもらえるのかわからないという不安もあった。


「どのボートにする?」

「え? いや、それよりいつのまに!?」

「喜んでもらえたらいいなと思って」


 日記を読んでいたから乗りたいのだろうということはわかっていた。

 それでも実際に目の前で嬉しそうにする彼女を見ると僕も嬉しくなった。


「嬉しいよ、嬉しいにきまってるよ。――じゃあ、これがいいかな」


 でも、彼女が指をさしたのは日記に書いていたスワンボートじゃなくて、普通のボートだった。

 少し揺れたけれど、日向を支えながら一緒に乗り込む。

 これでいいのかな? と思ったけれど、聞くことはしなかった。


 いくつか注意点があった。

 まとめると、あまり遠くにいかないことと、漕いでる間は立ち上がらないこと。


 漕ぎ手は僕が担当する事に。

 後ろ向きで漕ぐのが普通らしく、日向が方向を教えてくれる。


「じゃあ出発するね。曲がってたら教えて」

「わ、わかった」


 心配そうな日向だったけれど、実は僕も不安だった。

 ボートなんか乗ったことない。

 勢いよくオールを動かすと、水の抵抗が手に伝わった。


 思っていたよりも重い。でも、平気なふりをした。

 途中からコツを掴んで、日向が指示してくれた通りの方向に動けるようになった。


 ドラマの話をしながら、ボートの上だからこそ見える湖の風景や色とりどりの花を眺める。


「綺麗だなあ。……都希くんってモテそうだよね」

「え? 何で?! 全然そんなことないよ」

「だって、事前に予約しておくなんてなかなかできないよ」

「それは……ただ、日向に喜んでもらいたかっただけだから」

「そうなんだ……嬉しいな。それに同じドラマを見てたこともびっくりした」

「うん。僕もびっくり。一緒にいても話さないと知らないことばっかりだね」

「本当にそう。都希くんと一緒にいると、こんなに楽しいだなんて」


 日向がつい言ってしまったというような表情で照れはじめて、僕もなんだか声をかけられなかった。

 恥ずかしさよりも嬉しさが勝っているけれど。


 水面がすぐ近くだからか涼しく感じる。

 岩沿いに近づくと綺麗な青い花があった。

 僕が見たことない花だなと呟くと、日向が花の名前を教えてくれた。


「ブルースターっていうんだよ。結婚式のブーケとかでよく使われるけど、日本ではあんまり見かけないかも。だからロケ地に使われたのかもね。花言葉は『幸福な愛』だし」

「詳しいんだね」

「お母さんが花屋さんで仕事してたときがあって、色々教えてもらったの」

「この黄色の花は?」

「ヤクシソウだね。花言葉は『にぎやか』。荻原くんみたいだね」

「いいね。颯太に持って帰ってあげようか」

「私が怒られちゃうよ」


 お母さんの影響といっていたが、日向はどの花にも詳しかった。

 記憶力がいいだけじゃなくて、花が好きなんだろう。


 そのとき、僕の心臓が早鐘を打つ。


 日向のお母さんが、日向の位牌の横に生けてあった花を見つけたからだ。

 紫色のシロツメクサのような花だ。


「日向、これは?」

「……センニチコウだね。私の一番好きなお花だよ」

「へえ、綺麗だね。花言葉は?」


 すると日向は少しだけ下を見つめて言葉に詰まった。

 そして、笑みを浮かべる。


「何だったかな……。忘れちゃった。あ、そろそろ時間じゃない?」

「え? 本当だ。戻らないと」


 この展開は、まさにドラマと同じだった。

 時間がギリギリで急いで漕ぐも、速度を上げすぎてボートが大きく揺れる。

 体勢を崩したヒロインは主人公の元へ倒れ込む。


 そして、キスをする。


 日向も覚えているのだろうか。少しだけ目があって、すぐに視線を逸らした。


 そしてわざとじゃないけれど、さっきの日向の表情が気になっていた僕はオールの動きが乱れてしまう。

 波を立てすぎたのかボートが揺れて、日向が倒れこみそうになる。

 慌てて支えようとしたらさらに大きく揺れ、僕たちの距離はゼロになった。


「――っ」


 日向を抱きかかえるように仰向けに倒れた僕は、自身の胸にうずまった日向の顔を見ることはできず、ただ青空を見上げた。


「日向、大丈夫?」

「う、うん――大丈夫」


 すぐに起き上がって離れる。ドラマみたいなことにはならなかったけれど、思い出すには十分だった。


 ボートを降りたあとはお互いに公園から出るまで無言だった。

 元々、夕方には帰ろうと言っていた。


 でも公園から出ると、お互いに緊張が解れたように笑いがこみあげてきて、そして声を出して笑った。


「なんか、ドラマと同じだったね」

「ええと、わざとじゃないよ!?」

「わかってるよ」

「スワンボートの方が漕ぎやすくてよかったかな?」


 本当はスワンボートの方に乗りたかったのではないかと気になっていたから、それとなく話題にだしてみた。

 すると日向は少し顔を赤らめながら僕を見る。


「スワンボートだと横に並ぶから、都希くんの顔が見られないなって思って」

「た、確かにそうだね。顔、見える方がいいね……」


 予想外の返答だった。また、何かを我慢しているのではないかと思っていたが、まさかそんな理由だったなんて。


「わざわざ予約してくれてありがとね。都希くん」

「うん。楽しかったね」


 帰り道、また色々な話をした。病気の事はやっぱり聞けなかったけれど、日向との距離はぐんと近づいた気がする。


「それじゃあまた明日ね、都希くん」

「ああ、また明日。日向」


 本当は病気なんてないんじゃないかと思うほど、日向は明るいし前向きだ。

 もしかしたら、神様が取っ払ってくれたんじゃないだろうか。


 そうであってほしい。そう願いながら帰宅して、ふと湖で見た花を調べた。


 センニチコウだ。

 紫色でシロツメクサに似ている。


 しかし僕はすぐに手が止まった。


 きっと、いや、やっぱりそうだ。

 日向が複雑な表情を浮かべた理由も、わかってしまった。


 センニチコウの花言葉にはいくつかの意味があった。

 変わらぬ愛や永遠の愛、そして――「いつまでも枯れない」。


 長寿の花、そう、書かれていた。


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