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第6話

 いくらコントロールに無責任と言ったって、もちろん少しでも良くはしたかったんだ。ボールを受ける先輩の身にもなってこらん。だからといって「目標から目を離すな」とかいう、僕にとって石器時代のような考えも、僕には無意味だし。

 困ったな…

 そんなことで困っていたある日、僕はある考えを見付けたんだ。それは、

「コントロールは小手先でやるものではなく、フォーム全体でやるものだ」というもの。

 これはとある200勝投手が本に書いていた。

 これを僕なりに勝手に解釈すると、例えば映写機を映すとき、スクリーンの真ん中にうまく映らなかったら、レンズの向き(小手先)ではなく、映写機自体(フォーム全体)を動かして真ん中に映るように調節する。

 分かるかな?

「あそこへ投げる」という意識を持ったらモーションを起こし、テイクバックしてステップして腰が回転して、あとは上半身が勝手に…

 前にそう書いたけれど、実はそのステップした左足の位置こそが、その「映写機の置き方」なんだ。もちろん右足(軸足)をプレートのどこに置くかも大切。つまり厳密に言うと、軸足を置いた位置と、踏み出した足の位置を結んだラインが重要なんだ。これで投げるボールの方向が確定するわけ。

 ともかくこれが、「フォーム全体でコントロールする」ということの基本、というか文字通り第一歩なんだ。それは僕の勝手な解釈なのかもしれないけれど…

 だけどそれ以降、僕はこれを「コントロールをつける」ための基本的な考えとしたし、踏み出した左足の位置にはこだわったんだ。そしていつもいつも同じ位置に踏み出せるよう、以後ずっと必死こいて練習したわけ。

 ところで、ちょっと上半身を「水」にする話の続きをする。

 実はこれはコントロールと密接な関係がある。もちろん「いい球」とも密接な関係がある。

 それで、いろんな大投手の人が、ブルペンで300球とか、めちゃくちゃな球数を投げるのもいいとか言うんだ。ただしそれで故障したら元も子もないから、300球なんてむちゃくちゃな球数を投げた後は、僕は何日かは投げなかったけどね。

 それで、もちろん最初から「上半身は水」とか思って投げるのだけど、200球も投げるともうへとへとで、上半身は水も何も、ふらふらへなへなで、水以外になりようもない状態になるんだ。

 だけど不思議なことに、そのへとへとの体で、もう動かしようもない体で、ひたすらステップして、腰をひねって、「水」の上半身を「勝手にどうぞ」ってな感じで投げていると、結構いい球が行き続けるんだ。すると200球超えてから、いや、250球超えてからもキャッチャーの「ナイスボール!」が響いたんだ。

 無駄な力が入らない。いや、もうへとへとで、力を入れたくても入らないから、そうすると否応なく上半身の力の抜けた、無駄のない楽なフォームになる。そして何百回も繰り返せばそのフォームが体に浸み付いていく。

 実はこれ、とある250勝投手の受け売りなんだ。でも僕もやってみてそう思った。

 それから受け売りをもう一つ。

 正しいフォームでたくさん投げてもそうそうは故障しない。しかし間違ったフォームで投げると、たったの一球で故障することもある。

 だからこそ、僕はこれを肝に銘じ、ことさらフォームにはこだわったわけ。

 そしてそのフォームは、上半身を水にして作ったんだ。

 それでね。そうやってフォームが体に浸み付いたっていうのを「フォームが固まった」というんじゃないの? そして浸み付いた、あるいは固まったフォームからはコンスタントに同じような場所に、同じような球を投げ続けられるんじゃないのかな。それがコントロールの安定なんじゃないのかな。

 だから正しい位置にステップしたうえで、体に浸み付いた、あるいは固まった正しいフォームで投げる。

 だからこれらを合わせたものが、「コントロールは小手先でやるものではなく、フォーム全体でやるものだ」というご意見に対する僕の結論なんだ。あくまでも僕の結論だぞ!

 もちろん上半身が水になったいいフォームは、「いい球」も投げられるし。だからいい球といいコントロールの両方が同時に手に入るというわけなんだ。ええと、いいコントロールとはいっても、その時点での僕の…、というレベルではあるけどね。

 それともう一つ。これもとても大切なこと。

 これもいろんな投手が書いていたけれど、それはバックスピンの回転数の多いストレートを投げること。バックスピンで、マグナス力という流体力学的な力が作用し、ボールが浮き上がろうとするんだ。

 本当ならボールは放物線を描いて、お辞儀をしながら飛ぶはずだけど、この力でボールは浮き上がろうとする。だからバックスピンの効いたストレートは、打者から見るとイメージより高く飛んでくるらしい。ワンバンになるかなと思った球が低めに決まる。ど真ん中と思った球が高めに外れ、つり球になる。そして打者はそんな球を見て、「手元で伸びてくる」と感じるらしいんだ。

 だから僕は、ことさら握力の強化にはこだわった。いや、握力というよりはピンチ力といって、物をつまむ力だ。それを鍛えるために僕はグリッパーという道具を逆さに持ったり、鉄アレイを使ったりして、主に人差し指と中指と親指でのつまむ力を徹底的に鍛えたんだ。

 それと僕は可能な限り、いつでもボールを握っていた。寝ているときも。ストレートの握りで、ぐっと力を入れたり緩めたり。だからよく夢の中にもピッチングが出て来た。

 ちなみに僕が本気で握ったボールは、誰もそれを奪うことは出来ない。それだけは自信がある。たとえどんな怪力の人でさえでも…

 とにかくバックスピンの効いたストレートを投げるために、僕は指の力にこだわったんだ。

 つまり、

 精確なステップ

「水」になった上半身に正しい楽なフォームを浸み付ける

 強い指の力で作るバックスピン

 そういうわけで僕は、そこそこのコントロールでバックスピンの効いた球を、ちっとも疲れずに、たくさん投げられることを目指したんだ。

 そのためにブルペンでたくさん投げ込んだ。そしてだんだんと、本当に楽に、そういう球が、魔法のように延々と投げられるようになっていったんだ。受けている先輩も驚いていたし。

 ただし本質的にはまだまだコントロールは悪いから、ボールはそこそこ、あちこちにとっちらかったけどね。大きな先輩の、大きな体のいずれかの場所へ。


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