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第3話 (短編「初めての甲子園で」より)

「ともあれ、お前も人生の記念に、この晴れの舞台で潔く押し出しをやってこい!」


 晴れの甲子園のマウンドへと向かいながら、僕は監督の、その、常識ではあり得ないような「花向けの言葉」を胸に刻んでいた。

 だけど理由はさておいて、とにかくどんな理由であれ、「マウンドに立てる」という事実だけで、僕の心は幸せでいっぱいだった。

 僕が本当に投げることが好きだって、監督はよく分かっていたからこそ、ノーコン投手の鳳として、僕に投げさせてくれたんだ。だからどんな理由であれ、ともかく投げさせてもらえることが、僕には嬉しくて仕方がなかった。

 とにかく、まがりなりにも僕は「投手」のつもりだった。もちろん自分がどうしようもないノーコンだってことも、嫌というほど分かっていた。

(だから監督が言うように、力いっぱい投げて、豪快に押し出そう…)

 僕はそう思い、意を決し、そしてマウンドへ上がった。


 案の定、マウンドの投球練習でも、僕のノーコンぶりは見事だった。8球投げて1球だけストライク。3球は直接バックネットに当たった。相手チームの応援席からは、ゲラゲラと笑い声が聞こえてきた。

(ええい! 笑うなら勝手に笑え!)

 何たって、そのときの僕の「使命」は、豪快に暴投を続け、そして押し出しを繰り返すこと。監督に僕の見事なまでのノーコンを見込まれ、だからこそノーコン投手の「クローザー」として、今、僕はここに立っている。

 ただひたすらそれだけだ。笑いたい奴は、勝手に笑えばいいさ。

 ところでこの試合、僕らのチームは未だ、ただの一球もストライクが入っていなかった。後から計算してみると、何と52球連続「ボール」だった。

 ストライクとボールが半々だったとしたら、確率的にはコインを52回投げて全て一方の面が出るということ。もう本当に「ありえない」確率。それがよりによってこの晴れの甲子園で起こっているなんて…

 ともかく一回の表、ノーアウト満塁で、得点は10対0で負けていた。

 そしてこれから僕も、豪快に押し出しを繰り返すはずだ。それで20対0にでもなったら、監督は球審に、恥も外聞も無く申し出るつもりだったのだろう。

「え~、このような展開ですし、え~、この試合は、たいへん恥ずかしながら、あ~、放棄試合ということで…」

(監督はきっと何かを覚悟しているな…)

 僕はそう感じていた。そして監督が覚悟していたのは、まさにこのことではないのか。

 初出場の晴れの甲子園の舞台で、恥も外聞もなく、よりによって、放棄試合を…

 そしてその理由が、投手たちが、全くストライクが入らないからだなんて!

 そうでなければ、よりによって天才的ノーコンの僕を、甲子園のマウンドで投げさせる訳がない。

 だからそう考えると、他の投手たちとは全く違い、僕にはストライクを投げなくてはいけない道理など、全く無かったのだ。

 それどころか、だから僕は、監督の「期待」に答え、いつもどおりめちゃくちゃに投げ、暴投を繰り返す必要がある。とにかく!僕は暴投しなければ!

 つまり僕が彼らにわをかけて、めちゃくちゃに投げさえすれば、「彼らの方がよっぽど上手かったじゃん」って、みんな思うじゃないか!

 つまり僕がさらし物になればいいんだ。

 そうすれば、僕らのエースや先輩や同級生たちの顔も立つというものだ。

 だから僕だけがストライクを投げる訳にはいかない。僕だけストライクが入るなんて、絶対に絶対に許されないことなんだ!

 いずれにしても僕は、監督の期待に答えなければ。

 普通ではまずあり得ないような、めちゃくちゃな「期待」に…


 僕がそんなことをごちゃごちゃ考えているうちに、見るからに恐そうな、大きな体の、つわものの打者がのそりと打席に立った。

 マウンドでごちゃごちゃ考えていた僕は、それから心を落ち着かせ、意を決し、モーションを起こし、第一球を思い切り投げた。

 案の定、ボールは豪快にすっぽ抜けた。キャッチャーは飛び上がったけれど、ボールはミットの網をかすめ、バックネットに直接当たった。

 そのときノーアウト満塁。

 スタンドがワーと湧き、そして三塁ランナーは嬉々としてホームへと向かった。

 ところがボールはバックネットの「ネット」ではなく、下のほうの何やら固いところに当たっているようだった。そしてボールはコーンという鈍い音とともに、絶妙な角度で跳ね返り、そして結構な勢いでころころと、よりによって、キャッチャーの所へと戻ってきたんだ。

 それでキャッチャーは素早くボールを拾うと振り返り、そしてランナーはホームベース目前だったので、走ってきたランナーにタッチ…

〈アウト!〉

 僕らのチームで最初のアウト。あんなに取れなかったアウトが、僕の投げた、たったの一球の「クソボール」で簡単に取れてしまった!

 ああ、でも僕は豪快に暴投し、押し出しを繰り返し、そして監督に潔く「放棄試合」を申告させなければいけなかったのだ。

 それを思い出した僕はもう一度冷静になり、力を抜いてゆっくりとモーションを起こし、それから渾身の力で腕を振った。

 見事な「暴投」を投げるために…

 だけど、やっぱり僕は野球センスが無いのだろうね。ボールは僕の意に反し、ど真ん中へいってしまったんだ。小学校のころからあのテニスコートで、時々僕が奇跡的に投げる、あの小さな四角のど真ん中へ行く球!

 それで意表を突かれたバッター…、強豪校のその強打者は、思わずその球を見送った。

 球判はこの試合で初めて「ストラ~~~イク!!」とコールした。

 スタンドからどよめきが上がった。

 この試合で54球目にして、初めての「ストライク」。

 だけど僕は思った。

(だめだだめだ。暴投しなきゃ…)

 そう思って、僕はまた思い切り腕を振り、次の球を投げた。

 だけどなぜかまたど真ん中。二度続けて奇跡が起こったんだ。そしてそれはレフトへの大ファウルになった。「いい球」すぎて打者が力んだみたい。

(だめだだめだ。こんなんじゃだめだ。僕は豪快に暴投を投げなくちゃ。これじゃもうツーストライクじゃん!)

 そう思って、それから僕は、また思い切り腕を振った。

 するとまたど真ん中…、だけどそう思ったら、実は豪快に投げそこなっていて、ボールはホームベースの手前で、魔球のようにドスンと落ちた。

 僕が小学生のころから、あのテニスコートで時々間違って「投げて」いた、あのドスンと落ちる魔球。

 それで強打者のバットは空を切った。

 空振り三振! 

 ツーアウト!

 何ということ…

 僕は監督の「期待」を完全に裏切っているじゃん!

 だめだだめだ。暴投しなきゃ。押し出さなきゃ…

 それで僕はそう考え、気持ちを切り替え、それからも渾身の力で腕を振り続けた。そして僕にとって2人目の打者は、僕が2球ほど投げたくそボールの後の、たまたま高めいっぱいに入ったストレートを打ち、それは大飛球となったけれど、センターが必死こいて背走し、何とか追いつき、そして見事に捕球。

 スリーアウトチェンジ!


 それからみんながベンチに戻り、僕にハイタッチをしようとしたけれど、僕はとてもそんな気分にはなれなかった。

 僕はカンペキに監督の期待を裏切っているし。

(こんなんじゃだめだ。暴投しなきゃ、暴投しなきゃ、暴投しなきゃ…)

 とにかくそう思いながら、僕は次の回からも不思議と冷静になりながら、必死に腕を振り続けた。だけど不思議な事に、(暴投しなきゃ)と思えば思う程、実際にはなかなか暴投にはならず、それどころか、ボールはいいあんばいにコーナーに散ったんだ。

 しかも一球一球、微妙に変化し続けた。

 一球一球、絶妙に「投げそこなって」いたからだ。

 あのテニスコートで投げていたときみたいに、勝手にスライドしたり、シュートしたり、ぴゅっと伸びたり、そうかと思えば魔球みたいにドスンと落ちたり。もちろんコントロールは程良く荒れていたし。

 それで強豪校の各打者は、そんな僕の投球に全く的を絞れなかった。それどころか、動揺して、大振りして、空振りや打ち損じばかり。なまじ初戦で打線が爆発したものだから、その反動だったのかもしれない。「打線は水もの」って言うし。それに彼らは僕のことを「どうせへぼピッチャー」って、なめてかかっていたのじゃないかな。

 しかも僕はだんだんと肩が軽くなり、ボールはよく指にかかり始め、自分でも信じられないような「快速球」を投げていた気がする。ボールは打者の手元でぐんぐん伸びていた気がする。

(暴投をしなきゃ)って思いながら投げていたにもかかわらず…


 そして僕は、僕はかなりの数のフォアボールも出したけれど、だけどずっとずっと(暴投しなきゃ…)と自分に言い聞かせながら淡々と投げ続け、何とそのまま九回を投げ抜いてしまったんだ。

 そして味方の守備も途中からどんどん調子が出て、中盤からはファインプレーなんかも続出した。だって僕らは、「奇跡的」だったとはいえ、一応、甲子園へ行けるほどの実力のチームなんだから。

 だからそんなこともあり、僕はその試合、強力なバックの援護もあり、それから無失点で投げ切ってしまったんだ!

 一方、僕らのチームは、動揺したその強豪校の守備の乱れもあり、しかも相手チームの投手が途中から、僕らの投手の「ノーコン病」がうつったのか、突然ストライクが入らなくなったりして、いくつもの押し出しもあり、かと思えばストライク欲しさの棒玉を僕らの打線が打ったりもして、それで僕らは合計9点を奪った。

 それでも結局試合は9対10で破れた。

 だけどその日から、僕の投手としての人生が始まったんだ。


僕の投手としての人生へつづく

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