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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

女工作員が異世界転生して王女になり兄の政敵を暗殺する

作者: 華咲 美月

 第1章:死と転生


 ――任務は成功した。


 爆風が広がる。

 機内は炎に包まれ、破片が四方へ飛び散る。

 キム・キョンファは目を閉じた。


「任務、完遂……」


 大間航空機を爆破し、敵国に打撃を与える。

 それが彼女に与えられた使命だった。

 成功すれば祖国の英雄となるはずだった。

 だが、今この瞬間、彼女の意識は闇に沈んでいく。


 死ぬことは恐れていなかった。

 祖国のためなら命など惜しくはない。

 しかし、頭のどこかで疑問が生じていた。

 私は本当に正しいことをしたのか?


 ――それを考える間もなく、キョンファの意識は完全に途絶えた。


 冷たい風が頬を撫でる。


 目を開けると、青い空が広がっていた。

 ゆっくりと起き上がると、自分がどこかの庭園に倒れていることに気づく。

 美しく整えられた花壇、高い城壁、そして遠くにそびえる豪奢な宮殿――


「……ここはどこ?」


 いや、それよりも問題なのは、自分の身体だった。


 手を見ると、小さく、幼い。

 まるで少女のような姿だ。

 金色の巻き毛が肩にかかり、体は薄手のドレスに包まれている。

 キム・キョンファの身体ではない。


 鏡を探して視線を巡らせると、庭の中央にある噴水の水面が目に入った。

 恐る恐る覗き込むと――そこに映るのは、金髪碧眼の美しい少女。


「……誰、これ?」


 少女の口が動き、自分の声が聞こえた瞬間、激しい頭痛が襲ってきた。


 断片的な記憶が流れ込んでくる。


 キーファ・メルト・アバカム――それがこの身体の名前。

 エグザイル神聖王国の第三王女。だが、身分の低い側妃の娘ゆえに王宮で冷遇されてきた存在。


「そうか……私は、転生したのか?」


 信じられない。

 しかし、目の前の現実を否定する術はない。


 前世の記憶ははっきりしている。

 北長鮮の工作員として生き、数々の破壊活動を遂行してきた。

 そして、最後の任務で命を落とした。

 それなのに、異世界の王女として生まれ変わったというのか?


 状況を整理しながら、キーファは城内へ向かう。

 転生した以上、この世界で生きていくしかない。


 宮殿へ続く廊下を歩きながら、ふと気づいた。


 この世界は、決して平和ではない。


 王宮は陰謀と策略が渦巻く場所。

 特に、正妃サリバン王妃とその息子クランプ第一王子が権力を握り、キーファの異母兄であるジョンナム王子を排除しようとしている。


 そして、キーファ自身もまた、その標的になり得る存在だった。


「……面白い」


 口元に不敵な笑みが浮かぶ。


 工作員として培った知識と技術。

 この世界ではそれが役に立つかもしれない。

 暗殺、策略、諜報活動――生き延びるためには、それらを駆使するしかない。


 これは、転生ではなく新たな任務だ。


 キーファは王宮の闇に立ち向かうことを決意した。


 かつて、祖国のために生きた。

 だが、今はただ、一人の大切な兄を守るために――


 第2章:王宮の闇と兄の優しさ


 異世界に転生して数日が経った。


 キーファ・メルト・アバカム――この名前にも少しずつ慣れてきた。

 しかし、王宮の暮らしは決して楽なものではなかった。


 この世界の常識によれば、王族とはいえ、母の身分が低い場合は冷遇されるのが当たり前らしい。

 特に、正妃であるサリバン王妃が実権を握っているこの宮廷では、彼女の子であるクランプ第一王子こそが絶対的な存在だった。


 そのため、王宮に仕える者たちは皆、サリバン王妃とクランプ王子に媚びを売り、キーファやジョンナムには冷たく当たる。


「食事はまだですか?」


 キーファは侍女に声をかけた。

 しかし、返ってきたのは冷たい視線と短い言葉だった。


「本日は厨房が忙しく、余裕がございません」


 嘘だ。


 キーファは侍女の後ろを通り過ぎる給仕の手元に目をやった。

 銀の盆に乗っているのは、豪華な料理の数々。

 明らかにクランプ王子やその取り巻きのためのものだ。


「そうですか」


 キーファはそれ以上何も言わず、その場を立ち去った。

 文句を言ったところで意味はない。

 王宮では、力のない者の言葉など誰も聞いてはくれないのだ。


 しかし――


(ならば、私は別の方法で生き抜くまで)


 北長鮮で工作員として生きていた頃と変わらない。

 ここもまた、生き残るためには知恵と技術が必要な世界なのだ。


「キーファ、最近どうだ?」


 その夜、キーファの部屋を訪れたのはジョンナム・デリル・アバカムだった。


 彼はキーファと同じ母を持つ兄。

 数少ない味方であり、この宮廷で唯一、キーファに優しく接してくれる存在だった。


「相変わらずよ」

 キーファは微笑む。

「使用人たちは私にまともな食事も用意してくれないわ」


 ジョンナムは深くため息をついた。

「サリバン王妃の差し金だろうな。お前を弱らせ、無力化するつもりか……」


「そんなことで私は倒れないわ」


 ジョンナムはキーファをじっと見つめた。

「……お前、変わったな」


「そうかしら?」


「昔はもっと、無邪気だった。今はまるで、別人みたいだ」


 ジョンナムの言葉に、キーファは一瞬返答に詰まった。

 しかし、それも当然のことだ。

 彼女はもう「キーファ」ではない。

 彼の前にいるのは、かつて北長鮮の工作員だったキム・キョンファなのだから。


(でも、兄にとって私はキーファであるべきなのよね)


「……色々、考えたのよ」

 キーファは静かに言った。

「このままでは、私たちは消される」


 ジョンナムは表情を曇らせた。

「お前まで巻き込まれることはない。狙われているのは、継承権を持つ俺だ」


「違うわ」

 キーファは首を振る。

「私はお兄様と同じ母から生まれた。それだけで、サリバン王妃にとっては邪魔な存在なのよ」


 ジョンナムは目を閉じ、少しの間沈黙した。

 そして、ゆっくりと口を開いた。

「……すまない」


「謝らないで」

 キーファは笑みを浮かべた。

「お兄様は私の味方でしょう?」


 ジョンナムは微笑み返し、そっとキーファの頭を撫でた。


「もちろんだ。俺は何があっても、お前を守る」


 その言葉を聞いた瞬間、キーファの胸に奇妙な感情が湧いた。


(ああ、そうか)


 自分はもう、祖国のために生きる必要はない。

 工作員としての使命もない。

 ただ、この兄を守るために、この異世界で生きていけばいいのだ。


 キーファは、ジョンナムを守ることを心に誓った。


「キーファ様、急いでください!」


 翌朝、侍女の慌ただしい声が響いた。


「どうしたの?」


「サリバン王妃様が、キーファ様を謁見の間へ呼んでいます」


 キーファの表情が一瞬鋭くなった。


(ついに来たか……)


 このタイミングで王妃が自分を呼び出すということは、何かしらの策略が動き始めたということだろう。


 キーファは落ち着いて身支度を整え、ゆっくりと謁見の間へ向かった。


 王宮の大広間に足を踏み入れると、王座に座るサリバン王妃の姿が目に入った。


 美しく整えられた栗色の髪、端正な顔立ち、そして冷酷な瞳――この女が、母を死に追いやり、ジョンナムを殺そうとしている張本人。


「よく来たわね、キーファ」


 サリバン王妃は冷たく微笑んだ。


「お呼びだと聞きましたが」


「ええ。あなたに少し、話があるの」


 サリバン王妃は優雅に立ち上がり、ゆっくりとキーファの前に歩み寄る。

 そして、小声で囁いた。


「あなた、いつまで生きていられるかしら?」


 ぞくり、と背筋に冷たいものが走った。


(やはり、この女……私を消す気ね)


 キーファは表情を変えず、サリバン王妃を見つめ返した。


「そうですね」

 キーファは微笑んだ。

「私も、それが楽しみです」


 サリバン王妃の眉がわずかに動いた。

 それは、キーファの態度が予想外だったことを示している。


(勝負は始まった)


 キーファはその瞬間を噛みしめた。


 前世と違い、今回は祖国のためではない。

 ただ、愛する兄を守るために、私は生き抜く。


 ――そして、いずれ王宮の闇を覆すために。


 第3章:最初の暗殺者


 夜の宮殿は静寂に包まれていた。


 月明かりが大理石の廊下を青白く照らし、遠くで梟の鳴く声が響く。

 まるで世界が眠りについているかのような穏やかさだった。

 しかし、キーファ・メルト・アバカムは、その静けさの裏に殺意の気配を感じていた。


「……来る」


 ベッドに横たわったまま、キーファは目を閉じて耳を澄ませる。


 彼女の部屋は城の東棟にあり、冷遇されている身分ゆえに護衛は皆無に等しい。

 鍵すらかかっておらず、誰でも自由に出入りできる。

 普通の王族ならば、この状況に絶望するかもしれない。

 しかし、キーファは違った。


 むしろ好都合だ。

 工作員の経験を活かせば、暗殺者を待ち伏せることができる。


 キーファの推測通り、扉が静かに開いた。


 闇の中から忍び寄る黒い影――暗殺者だ。

 彼は足音を消しながら慎重に室内へと入り、キーファの寝台へと近づいてくる。


(剣か、短剣か……それとも毒?)


 キーファは微動だにせず、相手の行動を観察する。

 暗殺者は手に細身の短剣を握っていた。

 光の反射が一瞬だけ刃に宿る。

 心臓を一突きにするつもりだ。


(甘い)


 キーファは素早く行動した。


 暗殺者が短剣を振り下ろした瞬間、彼女は枕を掴んで勢いよく横へ転がった。

 刃が空を切ると同時に、枕を相手の顔へ投げつける。


「っ……!」


 暗殺者が怯んだ隙に、キーファは寝台から跳ね起きた。


「誰の差し金?」


 静かな声で問いながら、彼女は素早く間合いを詰める。

 暗殺者は答える気がないようだった。

 短剣を構え直し、再び襲いかかってくる。


 だが――キーファは前世で銃やナイフを扱い、無手の戦闘技術も叩き込まれてきた。

 この程度の敵に遅れを取るわけがない。


 刹那、暗殺者の腕を掴み、手首の関節を極める。

 鈍い音とともに短剣が床に落ちた。


「ぐっ……!」


 苦痛に顔を歪める男を、キーファは容赦なく蹴り飛ばす。


 暗殺者は壁に叩きつけられ、そのまま崩れ落ちた。


「さて、もう一度聞くわ」


 床に倒れた暗殺者の背後に回り込み、キーファはナイフを拾い上げた。

 そして、男の喉元に刃を突きつける。


「誰に命じられた?」


 男は息を荒くしながら、それでも口を閉ざしていた。

 しかし、その沈黙は長く続かなかった。


「サリバン王妃……」


「やっぱりね」


 キーファは冷笑した。


(初手から私を仕留めにくるとは、なかなか焦っているようね)


 おそらく、サリバン王妃は彼女を軽視していたのだろう。

 ただの少女、無力な王女だと。

 しかし、今夜の出来事でそれが誤りだったと理解したはずだ。


「それで、あなたの役目は私の暗殺?」


 男は小さく頷いた。


「残念ね。逆にあなたが消される側だったみたい」


 キーファは躊躇なく、男の首筋を浅く切った。

 致命傷ではないが、十分な痛みを与える傷だ。


「ひっ……!」


「王妃に伝えなさい。"次は私が狩る番よ" ってね」


 キーファは血の滴る短剣を握り直し、部屋の隅に転がるロープを手に取った。


「さて……お兄様に報告しに行こうかしら」


「キーファ!大丈夫か!?」


 数分後、ジョンナムが駆け込んできた。

 彼の後ろには数名の近衛騎士が控えている。


「襲撃を受けたと聞いて……」


 ジョンナムの顔には焦りが浮かんでいた。

 しかし、部屋の中を見て驚愕する。


「これは……」


 そこには、椅子に縛られたまま気絶している暗殺者の姿があった。


「お兄様、私は無事よ」

 キーファは微笑んだ。

「むしろ、少し情報を手に入れたわ」


「お前……この男を捕らえたのか?」


「ええ。サリバン王妃の指示で送り込まれたみたい」


 ジョンナムの表情が険しくなる。「やはり……」


「お兄様、私たちは完全に狙われているわ。これ以上受け身ではダメ」

 キーファは静かに告げた。

「今度は、こちらが先に動くべきよ」


 ジョンナムはしばし考え込む。

 そして、ゆっくりと頷いた。

「……わかった」


 キーファの瞳に、冷たい決意の光が宿る。


 これは、ただの暗殺未遂ではない。

 これは戦争の始まりなのだ。


 そして、キーファには勝算があった。


「お兄様、しばらくの間、私に時間をください」


「何をするつもりだ?」


 キーファは不敵に笑った。


「この王宮にいる、私たちの敵のすべてを洗い出すのよ」


 第4章:クランプ王子の策略


「決闘だと?」


 ジョンナムは眉をひそめ、対峙するクランプ第一王子を睨んだ。


 ここは王宮の中庭。

 王族や貴族たちが見守る中、クランプ王子は堂々とジョンナムに向かって宣言した。


「そうだ、ジョンナム兄上。お前と私の間でどちらが王位継承にふさわしいか、剣をもって証明しようではないか」


 クランプ王子の表情は自信に満ちていた。

 それも当然だ。

 彼はエグザイル神聖王国でも屈指の剣士であり、王宮で育った貴族の中では並ぶ者がいないとされている。


 しかし、キーファはすぐにこの決闘が策略であることを見抜いた。


(決闘の場でお兄様を殺すつもりね)


 王宮の決闘では「事故死」はよくある話だ。

 貴族同士の争いの際、戦闘中の死は「名誉ある戦いの結果」として処理される。

 そのため、仮にクランプ王子がジョンナムを殺しても、それは正式な継承争いの一環として片付けられる可能性が高い。


 しかも、彼は単純な実力勝負に持ち込むとは思えなかった。


(……何か細工をしてくるはず)


 キーファは決闘の詳細を確認するため、ジョンナムの肩にそっと手を置いた。


「お兄様、この決闘、受けるつもり?」


 ジョンナムは少し考えた後、低く答えた。

「逃げれば、それこそ臆病者として見下される。今後の立場が危うくなるだろう」


「……なら、私に準備させて」


 キーファは静かに微笑んだ。


「クランプ王子が何を仕掛けようとしているか、見抜いてみせるわ」


 キーファは決闘の準備が進められている間、密かに情報を集めていた。


 彼女はまず、クランプ王子に仕える侍従の動きを探った。

 数日間、王宮の厨房や侍女の間で流れる噂を拾い上げ、決闘で使われる武具の管理状況を調べる。


 そして、ついに決定的な情報を掴んだ。


「決闘で使う剣が、すり替えられている」


 本来の剣と比べて、クランプ王子が使うものには細工が施されていた。 刃の内部に仕込まれた毒が、傷口から体内へと浸透する仕組みになっている。

 軽く切りつけられるだけでも致命傷になる可能性があった。


(やはり、暗殺が目的ね)


 クランプ王子のやり口は予想通りだった。だが、それならばこちらも対抗策を練るまで。


 キーファは夜のうちに、同じ細工を施した剣をジョンナムのものとすり替えた。


「毒を使うなら、相手にも同じ毒を」


 彼女は冷たく笑う。


 決闘の日がやってきた。


 広大な訓練場の中央で、ジョンナムとクランプ王子が向かい合う。


「さあ、兄上」

 クランプ王子は剣を構えた。

「この決闘で、どちらが次代の王にふさわしいか決めようではないか!」


 ジョンナムは静かに剣を抜いた。


 決闘の開始を告げる鐘の音が響く。


 クランプ王子はすぐさま攻勢に出た。

 鋭い剣の一閃がジョンナムに襲いかかる。


 ジョンナムはそれを寸前でかわし、素早く反撃に転じた。


 金属がぶつかる音が響き、二人の戦士は技を競い合う。

 剣技の実力では、わずかにクランプ王子の方が上だった。

 しかし、ジョンナムは冷静に動きを見極め、応戦していた。


 そして――


 ジョンナムの剣がクランプ王子の腕をかすめた。


「……っ!」


 観客席がどよめく。


 だが、すぐに異変が起こる。


 クランプ王子の顔色が急激に変わり、体がふらついた。


「……な、何……?」


 彼は膝をついた。


 ジョンナムの剣とクランプ王子の剣をすり替えてある。クランプ王子は自分が使うはずだった毒の剣で傷つけられたのだ。


 観客たちは驚きの声を上げた。


「そんな馬鹿な……」クランプ王子は愕然とし、自分の剣を見つめる。だが、もう遅い。毒はすでに体内へと回っていた。


 ジョンナムは息を整え、立ち上がった。


「お前が仕掛けた策が、まさか自分に返ってくるとはな」


 クランプ王子は歯を食いしばった。「貴様……何をした……?」


 その瞬間、観客席の奥にいたキーファが微笑んだ。


「それは秘密よ」


 彼女はただ、王宮の陰謀を少しだけ利用しただけだった。


 決闘はジョンナムの勝利と認定された。


 クランプ王子は毒に冒されながらも、命は辛うじて助かった。


 王の前で弁明するクランプ王子の姿を見ながら、キーファは冷静に事態を見守った。


(これで少しは、お兄様の立場も安定する)


 だが、彼女は気づいていた。


 ――サリバン王妃が、この敗北を簡単に許すはずがない。


 キーファは、次の一手をすでに考え始めていた。


 第5章:サリバン王妃の罠


「王命である!」


 中庭に響き渡る近衛兵の声。


「第二王子ジョンナム・デリル・アバカム、及び第三王女キーファ・メルト・アバカムは、国家反逆の罪により拘束される!」


 一瞬、時が止まったかのように静寂が訪れた。


 ジョンナムは険しい顔で近衛兵を見つめる。

 キーファは瞬時に状況を理解し、冷静に周囲を観察した。


(ついに来たわね、サリバン王妃)


 クランプ王子の決闘での失態の後、サリバン王妃が次の一手を打ってくるのは時間の問題だった。

 だが、まさか「国家反逆」という大罪をかぶせてくるとは。


(どんな証拠をでっち上げたのかしら?)


 キーファはすぐに尋問されることを予測し、頭の中で対策を練り始めた。


 ジョンナムとキーファは、王宮内の裁判の間へと連行された。


 王座に座るのは国王――ラズウェル・アバカム。


 かつては強い王であったが、サリバン王妃に心を奪われ、今では彼女の操り人形のような存在だった。

 その隣には、勝ち誇った表情のサリバン王妃とクランプ王子が座していた。


「ジョンナム、キーファ」


 国王の声には威厳があったが、その目は揺らいでいた。


「お前たちが謀反を企てたとの報告があった」


 ジョンナムが鋭く睨む。

「それは、誰の報告ですか?」


「証人を呼べ!」


 サリバン王妃が手を打つと、一人の男が前に出てきた。


「陛下、この男が証拠を持っております」


 キーファの目が鋭くなる。


(あの男……以前、宮廷の管理をしていた役人ね)


 彼は震えながら、古びた巻物を取り出し、読み上げた。


「こ、これに記されているのは、ジョンナム王子が傭兵団を雇い、クーデターを計画していた証拠でございます!」


 宮廷内がざわついた。


 ジョンナムは唇を噛む。


「そんなことをするはずがない!」


「証拠はあるのか?」


「それは……」


 ジョンナムが言葉を詰まらせた瞬間、サリバン王妃が微笑んだ。


「お前たちの罪は明白です。このままでは、王家の名誉が汚されることになりますわ」


「つまり、どうするおつもりですか?」


 キーファは淡々と尋ねた。


「罪人として処刑するのが当然ですが……」


 サリバン王妃はゆっくりと笑みを深めた。


「お前たちに慈悲を与えましょう。国外追放といたします」


 王宮内がさらにざわついた。処刑ではなく、追放――?


「ありがたく思いなさい」


「それは……」


 ジョンナムが言葉を探す間に、キーファはすでに答えを導き出していた。


(追放後に暗殺するつもりね)


 処刑すれば王宮内の一部勢力が反発する。

 しかし、国外へ出してしまえば、暗殺しても「山賊に襲われた」など適当な理由をつけられる。


(このまま追放されるわけにはいかない)


 だが、ここで反論しても無駄だ。

 王命は覆らない。


(なら、逃げるしかないわね)


 翌日、ジョンナムとキーファは護送の馬車に乗せられた。


 兵士に囲まれ、完全に逃げ道を封じられている。

 キーファは馬車の揺れの中で考えていた。


(外に出た瞬間、刺客が襲ってくるでしょうね)


 サリバン王妃が「国外追放」と言った時の笑みを思い出す。

 あれは完全に勝ち誇った顔だった。


(でも、勝つのは私よ)


 キーファはゆっくりと呼吸を整えた。


「お兄様」


「なんだ?」


「馬車が止まった瞬間、動かないで」


 ジョンナムは驚いた表情を見せたが、すぐに理解したようだった。


「……わかった」


 馬車が国境近くの森へ差し掛かった瞬間――


「待ち伏せだ!」


 外で叫び声が響いた。


 突然、矢が飛んできて護衛の兵士たちを襲う。


「敵襲!」


 兵士たちが混乱する中、キーファは素早く動いた。


 手首に仕込んでいた針を使い、馬車の鍵を外す。

 そして、馬車の床板を蹴り上げ、下に飛び降りた。


 ジョンナムもすぐに後を追う。


「どこへ向かう?」


「北の森へ!」


 キーファは迷いなく駆けた。


 馬車を襲った刺客たちは、おそらくサリバン王妃の差し金だ。

 彼らが兵士たちと戦っている間に、森へと逃げ込むしかない。


(ここからが勝負よ)


 森の中を駆け抜けた二人は、やがて静かな隠れ家に辿り着いた。


「ここは……?」


 ジョンナムが息を整えながら尋ねる。


「以前、宮廷の動きを探るために作った秘密の拠点よ」


 ジョンナムは驚いた顔をした。


「そんなものを……いつの間に……?」


「お兄様を守るためにね」


 キーファは微笑んだ。


 ジョンナムは目を閉じ、少し考えた後、ゆっくりと頷いた。


「……もう、逃げ続けるだけではダメだな」


「ええ」


 キーファは瞳を鋭くした。


「反撃の時よ」


 第6章:反撃の夜


 エグザイル神聖王国の王宮に、不穏な影が忍び込む夜。


 サリバン王妃の寝所は、王宮の奥深くに位置していた。

 豪華な絹のカーテン、香の焚かれた静かな空間。

 だが、その静寂が今夜、破られようとしていた。


 キーファ・メルト・アバカムは、暗闇の中に溶け込むように潜入していた。


(ここが、母を殺し、お兄様を追放し、私を抹殺しようとした女の終焉の場……)


 彼女は短剣を握りしめた。

 異世界に転生してから長い時間が経った。

 かつて北長鮮の工作員として生きた記憶は、今も鮮明に残っている。

 しかし、今の彼女は「祖国のため」ではなく、大切な兄のために刃を握っている。


(これは、私の選んだ戦い)


 キーファは深呼吸をして、寝室の扉に手をかけた。


 サリバン王妃の部屋には、いつも忠実な侍女たちが仕えていた。

 だが今夜は違う。


「……静かすぎる」


 キーファは異変に気づいた。


 侍女たちの姿がない。

 護衛もいない。

 王妃が一人きりで寝ているとは考えにくい。


(……罠?)


 それならば、なおさら問題はなかった。

 罠を仕掛けるということは、相手も警戒している証拠。

 そして、警戒するということは、恐れているということだ。


 キーファは迷わず扉を開けた。


 そこには、シルクの寝衣をまとったサリバン王妃が、優雅に椅子に座っていた。


「……来たわね」


 彼女は微笑んでいた。

 その手には銀の杯が握られていた。


「貴女が来ることは、わかっていましたよ」


「なら、覚悟はできている?」


 キーファは短剣を構える。

 しかし、王妃は動じる様子もなく、杯の中身を口に含んだ。


「貴女の母が死んだ日を覚えている?」


 サリバン王妃は楽しげに語り始める。


「美しい女だったわ。だけど、王の寵愛を受けたことが、彼女の不幸だったのね」


 キーファの指がわずかに震えた。


「私は彼女を見下すつもりはなかったわ。でも……王は、正妃である私よりも彼女を愛した。 許せるはずがないでしょう?」


「だから毒を盛った?」


 キーファは冷たい声で尋ねる。


 王妃はゆっくりと頷いた。

「ええ、そうよ」


 キーファの目に怒りの炎が宿る。

 しかし、怒りに任せて動くことはしなかった。


 冷静に、確実に――それが暗殺者の本分だ。


「……最後に聞くわ」


 キーファは短剣を握り直した。


「悔いはない?」


 サリバン王妃は微笑んだまま杯を置いた。

 そして、ゆっくりと目を閉じた。


「悔いることなど、何もないわ」


 その瞬間、キーファの手が動いた。


 鋭い刃が、王妃の喉元を裂いた。


 サリバン王妃の表情がわずかに歪む。

 そして、椅子の上で力なく崩れ落ちた。


 静寂が戻る。


「これで、お母様の仇は討てたわ」


 キーファは静かに短剣を拭い、部屋を後にした。


 王宮の廊下を歩く。


 彼女の手は血に濡れていたが、心は落ち着いていた。


(……あとは、クランプ王子)


 この夜の襲撃により、王妃の影響力は完全に消え去った。

 王宮の中での勢力図が一気に変わる。


 しかし、次の敵は王妃よりも強敵だった。


 クランプ第一王子――王位継承の第一候補であり、すべての権力を手に入れようとしている男。


(今夜のうちに決着をつけるべきか……)


 だが、その時だった。


「――キーファ!」


 ジョンナムの声が響く。


 振り向くと、彼が焦った顔で駆け寄ってきた。


「どうしたの?」


「クランプ王子が動いた。兵を集めて、王を脅迫している」


 キーファは目を細めた。


(やはり、すぐに動いたわね)


 クランプ王子は王妃の死を知り、すぐに次の行動に出たのだ。


「……なら、最後の戦いね」


 キーファは短剣を腰にしまい、兄の手を取った。


「お兄様、王宮の決戦を終わらせるわよ」


 第7章:最後の敵


 王宮の夜空は、戦火に赤く染まっていた。


 城門の内側では、ジョンナム派の兵士たちとクランプ王子の親衛隊が激しくぶつかり合っている。

 鉄と鉄がぶつかる音、負傷した者の叫び声、命が散る刹那の悲鳴――まさに、王宮内戦の最終局面だった。


「キーファ!」


 ジョンナムが剣を振るいながら彼女に叫ぶ。


「城の奥へ急ぐぞ!クランプ王子を止めなければ!」


 キーファは頷き、短剣を構えた。

 すでにサリバン王妃は葬った。

 残る最大の敵は、クランプ第一王子ただ一人。


(これで終わる……兄上を、王にするために)


 キーファは息を整え、王座の間へと駆け出した。


 王座の間の扉を開けると、そこにはクランプ王子がいた。


 彼は王の冠を頭に乗せ、玉座に腰を下ろしていた。


「来たか……反逆者どもめ」


 クランプ王子は冷たい視線を向け、ゆっくりと立ち上がった。

 その傍らには数名の護衛兵が控えている。


「王妃が死んだと聞いた。母上の仇、ここで討たせてもらおう」


「その前に、あなたを排除するわ」


 キーファは静かに言った。


「お前はただの影だ」

 クランプ王子は剣を抜く。

「兄上の腰巾着に成り下がったか?」


 キーファは薄く微笑む。

「私は王妃のように、陰で暗殺を企てることはしない。……ここで決着をつけるわ」


「面白い。ならばかかってこい!」


 クランプ王子が剣を構えた瞬間、キーファは一気に駆けた。


 剣と短剣が交差する。


 クランプ王子は長身で筋肉質。

 戦士として鍛え上げられた剣技は、確かに一流だった。

 しかし、キーファには前世の暗殺技術があった。


(正面から戦っても勝てない。なら……)


 キーファは一歩踏み込み、剣の軌道を最小限の動きでかわす。

 そして、すれ違いざまに小さな針を放った。


「チッ!」


 クランプ王子はギリギリでそれを避けた。

 しかし、一瞬の隙をキーファは逃さない。


 次の瞬間、彼女の短剣が王子の肩を貫いた。


「ぐっ……!」


 クランプ王子は血を流しながらも、鋭い目を向ける。


「小癪な……!」


 しかし、キーファはすでに王子の背後に回っていた。


「終わりよ」


 その囁きとともに、短剣が彼の喉元に突き立てられる。


 クランプ王子は目を見開き、最後の力でキーファを突き飛ばそうとしたが、すでに遅かった。


「貴様……っ!」


 王子はそのまま膝をつき、静かに倒れた。


 戦いは終わった。


 クランプ王子の死を知ると、王宮に残っていた彼の支持者たちは降伏した。


 ジョンナムは王座の間に立ち、深く息を吐いた。


「これで……すべて終わったのか?」


「ええ」

 キーファは静かに頷いた。

「王妃も王子も消えた。お兄様は、王になるべき人よ」


 ジョンナムは彼女をじっと見つめた。


「キーファ、お前がいなければ、俺はここに立つことすらできなかった」


 キーファは微笑んだ。

 しかし、どこか寂しげだった。


「私は暗殺者よ。王宮に長くいるべきじゃないわ」


「……どこへ行く?」


「少し、旅をしようと思うの」


 ジョンナムは少し考えた後、静かに頷いた。


「お前が望むなら……それでいい」


 そして、彼はキーファの手をそっと握った。


「だが、いつでも帰ってこい。お前は俺の大切な妹だから」


 キーファは目を伏せ、そっと微笑んだ。


「ありがとう、お兄様」


 王宮を去る日、キーファは城門の前で振り返った。


 そこには、新たな王として即位するジョンナムの姿があった。


(……今度は、平和な国を作ってね)


 彼女は静かに微笑み、そして歩き出した。


 これからどこへ向かうのかは、まだ決めていない。


 しかし――


 新たな人生が始まることだけは、確かだった。


 ――転生王女は、暗殺者としての役目を終えた。


 物語は、ここで幕を閉じる。


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