6.
ホテルに戻ると、キャンディがホワイトシチューをつくって待ってきた。
「トリクルダウンで唯一のベシャメルソースを一から作った本物のホワイトシチュー。どーお?」
「いただきます」
「え? いいの?」
「やっぱりだめですか?」
「いや。そうじゃなくて。ほら、僕がつくる料理、食べてくれる人いないんだよね。わざと唾を入れただろ、このオカマ!って言われて、パンチが飛んでくるのよ」
「唾とか毒とか入っていたら臭いで分かるけど、これはおいしいホワイトシチューのにおいしかしない」
キャンディは、ふへっ、と笑った。
「やったあ。いいことすると気分がよくなるよね。じゃあ、僕はこれから仕事があるから」
殺し屋は調理用のコンロを自分の車から持ち出し、部屋でシチューを温めて食べた。ブロッコリーもニンジンも鶏肉もよく煮えていて、味も濃厚だ。生魚に酢をかけて頭からガリガリかじるような商売に飲食店の名を冠するこの街で望める最高のシチューだ。
遅い昼食を済ませると、昼寝をし、起きたら、一杯ひっかけたくなった。四五口径をベルトに挟み、アーミージャケットを着ると、血だるまの夕陽に照らされた赤黒い靄に包まれたスラムのなかをポケットに手を入れて歩いてみた。同じ夕陽でもあのピラミッドのまわりで見たら、まったく違う光が見えるのだろう。ここでは太陽の光まで階級差別に肩入れしている。
靄の街のなかをさんざん迷って、バーにたどり着くと、小太りな男が〈サザンアイランド・ラム〉を甘味料入りソーダ水で割ったものを飲みながら、事業で成功するコツをバーテンダーに伝授していた。
「発想の転換だよ、ブルース」
「つまり?」
「銃を売っている店はもうあるんだから、これで成功はできない。そこで新機軸を考えるわけだが、その前にマーケティングが必要だ。まず、客単価だ。いったい客は銃にいくら金を払っているのか、確かめるわけだ。そして、分析すると、ある事実が見えてくる。つまり、客単価に入れない、この貧乏なスラムでも底抜けに貧乏な連中だ。そいつらは銃が欲しいが、その金がない。不足してるんだ。妥協のプロセスだ。この場合、妥協するのはわたしじゃなくて、客のほうだ。つまり、今持っている金で満足させるということだ」
「すまないが、もっと簡潔に言ってくれないか?」
「安売りだよ、安売り。武器のグレードを下げるんだ。釘バットを売る」
「マーケティングやらプロセスやらあれこれ言って、最終的には釘バットを売るという話だったのか?」
「だが、うちの武器屋は大繁盛中だ。歴史はいつだって勝者によって書き残されるんだぜ」
殺し屋がそばにかけた。
「新製品とかあります?」
バーテンダーが、勘弁してくれ、と手を振り、冷たいビールを注いだ。
武器屋は秘蔵のバレリーナをデビューさせる劇場主みたいににんまり笑い、手をこすりながら、カバンから小さな箱を取り出した。
小型のナイフが入りそうなその箱を開けると、松材の握りがある缶切りが出てきた。
「ただの缶切りじゃないぞ」
手に取って見る。この缶切りは缶のフタを開けるための半月型の刃と瓶のフタを開けるための小さな三日月型の刃があってふたつの刃のあいだには缶を固定するのに使う、丸く広がった鉄のリボンのふくらみがあるはずだが、それが真っ二つに切られ、その切り口が彫刻刀みたいになっていた。半月と三日月もグラインダーで念を入れて研がれていて、刃をボール紙のコースターに触れさせて軽く引いたら、真っ二つになった。
これで人を刺すとかなり複雑な刺し傷ができる。ねじって引っぱると、もっと複雑なことになる。
値段をきくと、非常に財布に優しい価格設定だったので、早速購入した。美しい中世の剣よりも、人間の肉をえぐり出すための工夫がこれまでかと盛り込まれた缶切りのほうが洗練されていると考えるのは殺し屋独特の価値観だ。
「じいさんはどこだい?」武器屋がみまわした。
「フォン・シュピレフスキーのことか?」
「他にじいさんがいるか?」
「家じゃないか? たぶんまだ寝てる」
「ぼくもあのおじいさんに用がある。ZV86を買い取ってもらわなきゃ」
「あれ、見つかったのか。どんなものだった?」
「謎のガラクタ。謎のリモコン付き」
「じいさんはそんなものはすっかり忘れているさ」
「とりあえず試してみるよ。住所は?」
「砂の広場のそば、少し西に行った先に壊れたバスがある。そこで寝起きしているはずだ」