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2.

 トリクルダウンが豆粒くらいに見えるところまで来た。あいかわらず、冷たい山脈から風が吹いているが、狂った町でもそこにあると分かれば、旅の気分も少なくとも上向いた。殺し屋は文明(冷たいビール)が好きなのだ。

 双眼鏡で地平線の豆粒を覗くと、白亜の四角錐が見えた。途方もない大きさの建物で、そのてっぺんには彼らが信じる神の純金像が立っていた。神の姿はオーソドックスなタイプで、ローブをまとった老人だった。

 視線を下げると、町長の言った通り、貧乏をかき混ぜたスラム街がカビのように広がっていた。

 神殿を臨みながら、何時間か運転する。まずはスラム街だった。今にも崩れそうな家がお互いによりかかって支え合い何とか立っていたが、住民たちはそうではないらしく、金切り声とガラスの割れる音がきこえてきた。裏路地やボール紙の屋根の下では人間が別の人間の一日を台無しにしてやろうと策を練っている。

 ただ、ざっと見たところ、殺し屋の手配書はない。いろいろ問題はあるが、スラムほど人間を隠すのに都合のいい場所はないのも事実だ。狭い路地を走って、そのうち〈HOTEL〉とある建物の前で車を停めた。ヒビの入ったガラスをテープでとめたドアを開ける。長椅子も何もないガランとした部屋にカウンターがあり、厚手の毛織シャツを着た太った男がさっと何かを隠した。殺し屋の動体視力はそれがそこそこの厚みのある紙幣と見切っていたが、何も言わないでおいた。

「食事は朝と夜。シャワーはある」

 思ったより安いなあ、と思いつつ、殺し屋は指が切れるような新札で一週間分の宿泊費を支払った。

 旅行カバンを手に二階の部屋に上がり、二〇二号室に入った。ガランとしていた。窓は神殿側にふたつ、ベッド以外にあるものというと、ラジオくらい。つけてみると、神殿をたたえる歌が流れてきた。のろいのか早口なのか分からない忙しい合唱で、きいているとイライラしてくるので、別の局をきこうと思ったが、選局つまみがハンダで固定されていた。殺し屋はスイッチを切った。

 シャワーに入って、石鹸を泡立てて、体を洗って、すっかり気持ちをあらためると、もう今日は何もしたくない気分になった。

 裸足になり、ショルダーホルスターをベッドの側柱に吊るして銃のグリップを寝ながらでも手の届くところにぶらぶらさせると、ベッドに背中から飛び込んだ。すると、体が五十センチは跳ねた。

「なんだなんだ? いったいどんなスプリングが入ってるんだ?」

 それでも激しく動かなければ快適なベッドで、殺し屋はまもなくウトウトしてきて、とてもいい感じに寝られそうだった。

 ドンドンドン!

 殺し屋は両耳を押さえて、猫みたいに身をよじってうめいた。

「くっそ野郎めぇ」

 ノックは無視できるような控えめなものではない。いったいなんのようだろうと思って、ドアを開けると、どぎつい化粧をしたデブのオカマが立っていた。前世はピンポン玉かと思うほど丸々としていた。

「ねえ、きみ。寂しい独り寝ってつらくない。いまならスペシャルプライスで——」

「いえ、結構です」

 殺し屋はドアを閉めた。体が跳ねないよう、そっと横になり、またいい感じにウトウトしてきた。

 ドンドンドン!

「クソめぇ」

 殺し屋はドアを開けた。すると、さっきのオカマがいて、

「ねえねえ、ほんと、僕って評判いいんだよ。それこそメロメロ——」

 殺し屋はドアを閉めた。今度来たら、殺そうと決めて、ウトウトすると、

 ボス!

 殺し屋は四五口径をホルスターから引っこ抜き、スライドを少し引いて薬室に弾が装填されているのを確かめると、飛び出して、あの厚化粧に二発撃ち込んでやろうと思って、ドアノブを手にした。

 ところが、そのとき、また、ボス!と音がした。

 これはドアを叩く音じゃない。

 誰かの腹が殴られる音だ。

 外から怒声がきこえてきた。

「わざわざ、うちで一番いい部屋をタダ同然で貸したのに、お前は一度もファックできないってのかよ?」

 カウンターのデブの声だった。

「頑張ったのよ! でも、全然——」

「やかましい!」

 ボン! また腹を殴る音。

 ポン引きが手持ちの娼婦なり娼夫なりを殴るときは商品に傷をつけないよう、顔を殴らない。腹を殴るのだ。

「ったく、売春宿かよ」

 殺し屋はぶつぶつこぼして、そっ、とベッドに戻り、ホルスターに銃を戻して、今度こそ寝ることにした。

 ボンボン!

「この役立たず!」

「頑張ったの! 僕は頑張ったのよ!」

「この気色わりいホモ野郎が!」

 ボス! ボス!

「このウジ虫!」

 ボス! ボン! ドン!

 殺し屋は銃を抜いて、飛び上がり、ドアを開けると、顔を真っ赤にしている怒りのデブの頭に銃を突きつけた。

「お前が一番うるさいんだよ。ぼくに昼寝をさせるか、それともお前が永遠に寝るか。どっちか選べ」

 男の顔が青くなった。口をパクパクさせた。オカマを殴り慣れた男は自分が暴力の対象になることに慣れていなかったのだろう。

「ここでゲロ吐くなよ」殺し屋が言った。「吐くならトイレで吐け」

 殺し屋はちらっとオカマのほうを見た。

 何が起きたのか分からないようだったが、少なくとも不快なものを見る目で殺し屋を見ていない。

「そっちもだ。ノックしたら殺す」

 殺し屋はドアを閉め、銃の安全装置をかけると、怒りもそのまま、乱暴にベッドに倒れた。

「わああ!」

 体が五十センチ跳ねた。

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