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10.

 青空のドーム。雲ひとつない。

 果樹園にも野外音楽堂にも人影はない。

 涙色のクーペは生垣と魚人像に挟まれた石畳の道三十メートルをゆっくり進んだ。

 生垣に動きがあった。

 少女が顔を出した。胸に通学カバンを抱えている。イチゴのストラップを引いた――走ってきた。

「わたしがやろう」

 バーテンダーはそう言って、重さ九キロの自動小銃を軽々と取り回し、窓から銃身を伸ばして、撃った。

 カバンが破裂し、燃えるゼリーが少女を包んだ。

 きっかり二秒後にゼリーは少女を周囲の地形ごと吹き飛ばした。燃えた木の枝が降り、彫像の破片がフロントガラスにヒビを入れる。

 爆発でできた穴を避けようと、殺し屋が左にハンドルを切った。

 その直後、アクセルを踏んで急ハンドルで右に戻す。バンパーが灌木の茂みを引っかける――ライフルを手にしていた神官にタイヤが乗り上げて、肋骨がボキボキと砕けた。

 発砲――三五七口径。白いシャツの神官たち。ガラス越しの熱帯植物。

 バーテンダーはドアを蹴り開け、左足で床を踏んで姿勢を保持し、自動小銃でバード・サンクチュアリを掃射した。

 ガラスのドームが砕け、内側へ崩れていく。

 パニックを起こした鳥たちの悲鳴。落ちてくるサーフィンボード大のガラス片――巨大な剃刀――バラバラに切り裂かれる神官たちの悲鳴。

「少なくとも三人だ」バーテンダーはそう言って、空の弾倉を外した。

 三人倒したのか、まだ三人残っているのか。

 殺し屋は射的のカモにならないようクーペを蛇行させるのに忙しく、それを深く考える暇がない。

 少年が走ってきたのを避けると、爆風で後輪が三十センチ持ち上がって、宙をまわった。車が落下したときの振動で体がハンドルに叩きつけられたが、それでも何とか運転を続けた。

 バーテンダーの自動小銃がまた何かをズタズタにしている。もはや相手の銃を見て撃っていない。目つきが変なら撃った。

 ガタンと音がする。

「すまない! ドアがとれた!」

「保険でなおすから大丈夫!」

 大口径弾がフロントグリルを吹き飛ばし、ラジエーターから蒸気が吹きあがった。

 涙色のクーペの寿命は尽きつつある。

 それを無視して、アクセルペダルを目いっぱい踏み込む。

 車が跳ねる。下で骨がボキボキと折れる。

 発砲音。首に痛みと熱。弾がかすった。

 自分の撃つ音。バーテンダーが撃つ音。神官たちが撃つ音。

「伏せろ!」

 三十発の散弾がサイドウィンドウから飛び込んだ。鉛でできたスズメバチの群れは咄嗟に下げたふたりの頭上をすれすれに通り過ぎ、反対側にいた神官の顔を蜂の巣にした。

 タイヤが一度に四つ破裂した。

「車から降りろ!」

 殺し屋がそう叫ぶ前から、バーテンダーは自動小銃を赤ん坊を守るように抱えて、車を飛び出した。

 車は回転し、道を削って、停止した。

 ショットガンを脇に抱えて座席を蹴る。

 バン! バン! バン!

 自動小銃の精密射撃をききながら、殺し屋は肩にかけたストラップを引いて、ショットガンを肩でためて引き金に指をかけた。

 魚人像の下――神官が教科書に載せられる完璧な膝撃ちの姿勢を保持している——九ミリ銃。

 殺し屋のダブル・オー・バック弾が神官の顎の下を吹き飛ばした。

 空薬莢を吐き出させ、姿勢を低くして灌木の並びに隠れながら、邸宅へ距離を稼ぐ。さっき撃った神官がけいれんしている——顎に開いた穴から血と歯と舌が流れ出していた。他にも神官たちのうめき声や水を求める声がきこえる。

「ざまーみろ!」殺し屋が嘲笑って、叫ぶ。「ぼくを裏切ってまでして欲しがった神さまに助けてもらえ! バーカ!」

 噴水。赤い水を吐くグロテスクな魚人。膝から下がもげて、溺れ死んだ女神官。

 バーテンダーは立ち上がりながら、弾倉を自動小銃に叩き込んで、ボルトを引いていた。

 邸宅の正面柱廊のある入り口から銃火がまたたく。

 殺し屋が撃った。

 バーテンダーが撃った。

 柱に血が飛び散る。

 殺し屋が撃つ。

 胸に散弾が飛び込み、神官が足を真上にあげて倒れた。

 ショットガンが轟き、石灰が落ちる。

 激しい銃火の返礼。

 殺し屋とバーテンダーが伏せる。

 背の高い神官が二丁の三五七口径をデタラメに撃ちながらあらわれる。

 殺し屋がコートのポケットから手榴弾を取り出し、ピンを抜いて投げた。

 爆発。

 さらに投げる。

 爆発。

 三五七口径を持った手がふたつ、目の前に落ちた。

 バーテンダーが弾倉を換え、入り口そばの彫像でしゃがみ、なかを窺う。

「オールクリアだ」

 殺し屋は背後へ銃を向けた。庭園に神官たちの死体が転がっている。爆発でできたクレーター。青い煙を上げて燃える生垣。石畳に残ったタイヤ痕。ドームの震える青空の下、くちばしが黒く、胸が青く、翼が赤いインコが自由の飛行を楽しんでいた。背中から撃ってくるだけの余力のあるものはいなかった。

 屋敷に入る。無個性な家具を積み上げたバリケードが真っ二つになっていて、バーテンダーはそのあいだを潜り抜けている。体が焦げた神官が四人、血だまりのなかで手足を投げ出して倒れていた。

 ふたりでドアを蹴破って、一階を掃討していく。食堂――誰もいない。サロン――誰もいない。展示室――誰もいない。礼拝室――誰もいない。ビリヤードルーム――。

 神官がミニ・バーの後ろから飛びあがってあらわれた。手にはキューよりも細い剣。殺し屋が撃つと、剣と頭の半分が吹き飛び、カウンターのボトルの並びに背中からぶつかった。

「ラシャが白いビリヤード台なんて初めて見た」と、殺し屋。「こいつらがビリヤードするところが想像できない」

「わたしもだ」バーテンダーは透明なボトルを手に取った。「全部蒸留水だ。ミネラルウォーターですらない」

「こいつらはいったい何を楽しみに生きてるんだろう?」

 中庭に出る。長い水路。左右に柱廊。灌木と魚人像がある。

 そして、この先にまだ調べていない、小邸宅があった。

 殺し屋が右、バーテンダーが左からゆっくり進む。

 芝生と柱廊の境目を踏みながら、ショットガンを灌木や彫像に向け、少しでも怪しいと思った物陰には遠慮なく手榴弾を投げた。

 バーテンダーが撃った。彫像の後ろで神官が銃を取り落とし、さらに撃たれ、祠の扉へ吹っ飛ばされた。弾の切れた自動小銃を放り捨て、四四口径を抜くと、魚人像がバラバラに吹き飛んだ。

 像の破片に左半身をズタズタにされた女神官がよろめいている。

 その背後で銃火が閃き、女神官が倒れた。

 金髪の神官。

 バーテンダーが撃った。金髪の神官は倒れたが、すぐ起き上がり撃ち返した――防弾チョッキ。

 殺し屋が前に進んだ。フル装填した銃を腰だめに構え、引き金を引きっぱなしにして、ショットガンをポンプする。一発、二発、三、四、五、六、七――ショットガンを捨てて、四五口径を抜き、至近距離から眉間にに二発撃ち込んだ。

 バーテンダーがよろめいた。左の脇腹を押さえながら、長椅子に腰を下ろす。

 殺し屋が大きなガーゼを取り出して、抗菌剤の小瓶を取り出した。それをガーゼにかけると、バーテンダーのシャツをめくって、ガーゼを押しつけた。

「これをこのまま押さえておいて」

「すまないな」

「なかなかの腕前だったよ。軍?」

「ああ。すまないが、この銃であの神官を一発撃ってくれないか?」

 四四口径を受け取ると、殺し屋は神官の金髪に押し当てて、引き金を引いた。美しい蜂蜜色の髪の流れが皮ごとちぎれて壁に貼りついた。

 殺し屋は銃を返した。

「ありがとう。これでわたしとやつらとのあいだにあった問題は一応解決だ。あとはきみの問題か。幸運を祈る」


 ――フォン・シュピレフスキーとの最後の会話には続きがあった。

「神官たちはこの星の人間じゃない。別の星からやってきたんだよ。魚になってな」

「魚?」

「生身の人間のままじゃ宇宙を旅することができない。科学者だったわたしは神官どもに命じられて研究した。身分の低い奴隷を宇宙に放つ実験が行われた。生きて帰れない実験がな。そして、三十一回目でようやくわかった。最も原始的な脊椎動物であれば、コールドスリープとワープホールに耐えきれる。つまり、魚だ」

「イカとかタコとかホタテ貝じゃダメなの?」

「できるが、元の人間に戻れなくなる。だが、いい線をついているな。いいか。わたしたちが故郷の星を捨てたのは、環境汚染が原因だ。すました顔をした神官どもは、自分たちの生まれた星を拭い難い汚辱でいっぱいにした。それで自分たちで汚すだけ汚して、住めなくなったら、ポイ捨てにした。美しい自分たちだけで逃げようとした。神を連れてな。だが、あの星に残された住人のなかには、このまま神官たちを逃がすべきじゃない、責任を取らせるべきだと思った連中がいた。神官どもはテロリストと呼んだが、そのテロリストたちは神を魚に変える装置にウイルスを仕掛けるのに成功した。神官どもはこの星に来て、驚いただろうよ。なにせ自分たちが尊敬する神がドロドロのアメーバになっていたんだからな。……黄色いキーで神は人間の姿に戻る。だが、装置の外には出られない。愚かな神官たちは赤いキーも欲しがるだろう。赤いキーは偽りの神を本物の神的存在にする。それは神官たちの望む形ではないが、それを信じはしまい。さあ、きみはきみの仕事を果たすことだ。わたしは、……もう疲れたよ」

 中庭の奥の小邸宅。神官長の姿は見えない。

 四五口径を手にガラスの祭壇のある部屋へ踏み込むと、ふたりの少女が自分で頭を撃ち、折り重なって倒れた。

 祭壇室の左から続き部屋へ。とっつきには壁一面を占有する抽象画があり、魚がひどく崩れた形で何千尾と描かれている。神官たちの創造神話。

 渦巻く魚の群れの中心に神官長がいた。神も。

 神官長が言った。このままでは神が絵から出られない。

 差し出された神官長の手にキーを渡した。神の胸に開いたスロットに鍵を差し込んだ。

 人の姿をした神の体から羽根が生えた。羽根が抜け落ちると、鱗に覆われ、瞳が裂けた。

 鱗は分厚いぶよぶよした皮に覆われ、顔が平らになった。そして、また鱗が生え、手足はヒレになり、肺はえらとなる。

 背骨が失われ、目が失われ、体の機能が失われ、始原の生命は物理的要素と化学的要素に分裂した。

 始原の海のなかっで神官長が悲鳴を上げた。

 文句をきく気分になれなかったので、ポケットから缶切りを出すと、神官長の喉に突き刺し、喉仏をえぐり出した。

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