ハロウィーンのいたずら返し
十月末にはハロウィーンがやってくる。
ハロウィーンとは、この世とあの世が繋がる日とされ、
人々は死者や怪物の仮装をしたり、
子供たちは、トリック・オア・トリート!、
という決まり文句で家々を巡り、お菓子をねだる。
お菓子をくれなきゃいたずらするぞ。
しかしそれは、子供だけの特権とは限らない。
ここに、商店街があった。
どこにでもある商店が軒を連ねた商店街。
例に漏れず、ハロウィーンのお祭りの準備をしていた。
かぼちゃで作った恐ろしげな顔を飾ったり、黒い魔女の飾りを作ったり、
商店街はオレンジ色と黒色で彩られていく。
数々の商店の大人たちは、やってくる子供たちのためのお菓子を準備していた。
しかし、世の中、子供にやさしい大人だけとは限らない。
商店街の大人たちの幾人かは、ハロウィーンに悪巧みをしていた。
「トリック・オア・トリートなんて、
子供にだけご褒美をくれるのはずるいじゃないか。」
「俺たち大人だって、心の中は子供のように繊細なんだ。」
「ハロウィーンに、少しくらい楽しませて貰おうじゃないか。」
そんな言い訳で準備したのは、有り体に言えばいたずらの数々。
子供に渡すお菓子に、酒入りのウイスキーボンボンを用意したり、
飲み物に唐辛子ソースを入れておいたり、びっくり箱を用意したり。
子供たちにとっては刺激的であろう品々だった。
この商店街のハロウィーンでは、子供たちが家や商店を巡り、
最後にみんなで集めたお菓子を山分けしてパーティが催される。
そこでいたずらしたお菓子等で子供たちを驚かせてやろう、という計画だった。
食べる前にバレてしまわないように、パッケージに細工も施した。
「ふっふっふ。この唐辛子ソース入りジュースは、さぞ辛いだろうな。」
赤く染まったジュースの入った容器を見ながら、
八百屋の店主はほくそ笑んでいた。
十月末、ハロウィーン当日。
世はハロウィーン一色、あの商店街でもお祭りが行われていた。
「トリック・オア・トリート!」
かぼちゃや魔女の飾りで染められた商店街を、
子供たちがお菓子をねだって歩いている。
「ほら、お菓子だよ。」
子供たちにお菓子をあげる大人たち。
どちらも笑顔で、ハロウィーンのお祭りを楽しんでいた。
そんな中に、ハロウィーンのいたずらを仕掛けた大人たちがいた。
例えば、洋菓子屋の主人は、お菓子をねだる子供たちに、
中に酒が入ったウイスキーボンボンを渡した。
八百屋の店主は、唐辛子ソースが入った真っ赤なジュースを渡した。
おもちゃ屋の店主は、びっくり箱を渡した。
どれも、受け取った子供たちは行儀よく、すぐには手を付けない。
この商店街のハロウィーンのお祭りでは、
子供たちは受け取ったお菓子類をその場では開けずに、
夜になってから商店街の街頭で行われる、
ハロウィーンパーティーで山分けにする決まりだったから。
だから子供たちは、いたずらされたお菓子や飲み物を受け取っても、
すぐには気が付かない。
それを見越した上での、大人たちの狡猾ないたずらだった。
「トリック・オア・トリート!お菓子をどうもありがとう!
後でみんなで分けて食べるね。」
「ああ、そうするがいいさ。お腹いっぱい食べなさい。」
「必ずみんなで残さず食べるんだよ、ヒヒヒ・・・!」
大人たちの様子のおかしさにも、
子供たちはハロウィーンの演出なのだろうと受け取って、
特に警戒もしなかった。
そうしてハロウィーンの日は問題なく執り行われていった。
子供たちが商店街の端から端へお菓子を集め終わった頃、
夕日が傾く時間になっていた。
いよいよ、子供たちがお楽しみの、ハロウィーンパーティーの時間だった。
商店街の一角に設けられた長テーブルと椅子に、
ハロウィーンのお菓子と飲み物が集められ並べられていく。
その中にはもちろん、あのいたずら入りのお菓子もあった。
むしろ、いたずらを企んだ大人たちの方がやる気があった分、
お菓子や飲み物もいたずら入りの方が多いくらいだった。
子供たちは席について、飲み物を掲げた。
「ハッピーハロウィン!乾杯!」
「かんぱーい!」
子供たちは嬉しそうに飲み物に口を付けた。
お揃いの真っ赤な飲み物が子供たちの口を満たしていく。
その時の子供たちはまだ嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
異変が起こったのは、子供たちが飲み物を口にして数秒経ってからだった。
「・・・なにこれ!?」
「からーい!」
子供たちが口にしたのは、唐辛子ソース入りジュース。
大人でも飲めないほどの辛さだ。
それを子供たちは甘いジュースだと思って口にしたものだからたまらない。
子供たちは一斉に唐辛子ソース入りジュースを吐き出した。
「辛い!辛い!」
「何か甘いものをちょうだい!」
そうして、唐辛子ソース入りジュースの辛さに悶える子供たちが、
次に手を伸ばしたのは、ウイスキーボンボン、酒入りチョコレートだった。
そうとは知らず、子供たちは、ウイスキーボンボンを頬張っていった。
酒を知らない子供たちにとって、ウイスキーボンボンは、
少し変な味のするチョコレートでしかなかった。
口の中が燃えるような感覚から逃れるため、
二個三個とウイスキーボンボンを口に入れていった。
ウイスキーボンボンは外側は甘いチョコレートなので、
唐辛子ソース入りジュースの辛味を紛らわせてくれた。
しかし、その中身は酒、しかも結構なアルコール度数のウイスキーなのだから、
子供たちの様子はさらにおかしくなっていった。
ある子供はウイスキーボンボンの酔いが回って踊りだし、
またある子供は、唐辛子ソース入りジュースの辛さと、
ウイスキーボンボンの酒で悪酔いして、ゲーゲーと吐き出した。
他の子供たちも、まだ辛さが消えないと泣きわめいていた。
そうしてようやく、騒ぎはまともな大人たちの知るところとなった。
魔女や化け物の仮装をした大人たちが、子供たちのもとへ駆け寄った。
「まあ、みんなどうしたの!?」
「どうしてこんなことに?」
日は暮れてハロウィーンの夜。
夜の闇の中、商店街の子供たちは、酔いに顔を赤くして踊り回ったり、
唐辛子ソースで口を真っ赤に染め、辛さにのたうち回ったり、
腹の中の刺激物を吐き出し続けたりしていた。
もうハロウィーンパーティーどころではない。
平和だった商店街の街角は、まるで本当に化け物でも現れたかのよう。
子供たちは奇妙に踊り、口の周りを真っ赤にしていた。
それを見て、いたずらを仕掛けた大人たちは、
事の重大さを理解して顔を青くしていた。
「・・・ちょっと、やりすぎだったか?」
「もうそろそろ、止めたほうがいいかな。」
「でも、なんて言おう。
まさか、俺たちのいたずらでした、なんて言えないし。」
いたずらを仕掛けた大人たちは、名乗り出ることができない。
理由がわからない大人たちは、どうしていいかわからない。
救急車でも呼ぼうものなら、
もう来年からハロウィーンパーティーなどできないだろう。
かといって、子供たちが何故おかしくなったのか理由がわからないのに、
苦しんでいる子供たちを放っておくこともできない。
困り果てた大人たちの前で、
子供たちは辛さと酔いで正気を失って暴れまわっていた。
この世とあの世が繋がったとしたら、まさにこんな状況だろうか。
誰もが対応できないでいる。
しかしそこに、救世主が現れようとしていた。
この世とあの世が繋がったかのような大騒ぎ。
その中で、一人だけ落ち着いている者がいた。
それは、血まみれの看護婦の仮装をした妙齢の女だった。
「何をしているの!
これは唐辛子とアルコールね。
子供にこんなものを与えるなんて。
手の空いてる人は、水とバケツを持ってきて!
子供はテーブルと椅子の上に寝かせて、安静にして。」
その血まみれの看護婦の仮装をした女は、
あるいは本当に看護婦のように、的確に処置を指示していった。
商店街の大人たちは言われるがまま、
子供たちに水を飲ませて吐かせて、アルコールを抜いていく。
するとやがて、子供たちは唐辛子の辛さも収まって、
静かな寝息を立てるようになった。
大人たちは一安心、仮装のまま額の汗を拭った。
「子供たちが落ち着いてよかった。」
「大事にならなくて済みそうね。」
大人たちの話すところによれば、
ハロウィーンのお菓子の中に、
不意に、大人向けの飲み物やお菓子が混ざっていた、
ということになったらしい。
いたずらを仕掛けた大人たちは、騒ぎの犯人が自分たちだとバレず一安心。
ところが現実はハロウィーンのお菓子のように甘くはない。
例の血まみれの看護婦が、ツカツカと近付いてきて言った。
「子供たちに唐辛子だのウイスキーボンボンだのを食べさせたのは、
あなたたちの仕業でしょう?
全く、なんてことをする人たちなの。
体は大人でも、中身はまだまだ子供ね。
もう少しで大事になるところだったのよ。
そうしたらお祭りもできなくなって、いたずらでは済まないでしょう?
わかったら反省しなさい!」
「はい・・・。」
いたずらをした洋菓子屋の主人や八百屋の店主たちは、正座して反省していた。
それを血まみれの看護婦が腰に手を当てて見下ろした後、くすっと笑った。
「そうは言っても、誰でもいたずらはやりたくなるものよね。
誰かを驚かせるのって楽しいものだから。それはわかる。
でも、今度からは、いたずらはもっと楽しいことにしましょう。
誰でも笑って許せる楽しいいたずらにね。」
そう言って、血まみれの看護婦はウインクをした。
終始、お説教は小声でこっそりしてくれていたので、
いたずらは結局、本人たち以外には誰にもバレることはなかった。
そうしてハロウィーンの夜は、静かに過ぎていった。
ハロウィーンの翌日。
商店街では昨夜できなかった後片付けが行われていた。
あちこち汚れたり散らかったりしてるものの、
子供たちはもうケロッとしていて、全員が無事だった。
それだからこそ、このいたずらはいたずらで済まされる、はずだった。
しかし大人たちは顔を青くしていた。
その理由は、昨夜の出来事のせい。
昨夜は唐辛子ソース入りジュースやウイスキーボンボンで大騒ぎになった。
それはいい。原因も今更問うまい。
問題は、誰がそれを収めてくれたのかということ。
あの血まみれの看護婦の仮装をした女が見つからないのだ。
この商店街にある病院には、妙齢の看護婦はいない。年寄りばかりだ。
念の為に近隣の病院を訪ねたが、やはりあの看護婦は見つけられなかった。
では看護婦ではなかったのだろうか?
あの手際の良さから、それは考えにくい。
看護婦のはずなのに、看護婦の中には見つからない。
もしかしたら、遠方の人が偶然に通りがかっただけかもしれない。
でも、こうも思う。
昨夜のハロウィーンはこの世とあの世が繋がる日。
いたずらをしたのが子供だけではなかったように、
いたずらをするのは人間だけとは限らない。人間ではない何者か。
あれがもし何者かのいたずらだったのだとしたら、見事にしてやられた。
いたずらをした大人たちは、見事ないたずらに、笑顔になっていた。
終わり。
今年もハロウィーンの時期になりました。
ハロウィーンというと、お菓子を貰えるのは子供だけ。
大人は負担ばかりで楽しくないということで、
大人が子供にいたずらを仕掛ける話にしました。
結果は、大人たちのいたずらが上手くいきすぎてしまい大騒ぎ。
それを収めてくれたのは、血まみれの看護婦の仮装をした女の人でした。
この人が何者だったのか、あるいはそれもいたずらだったのかも。
お読み頂きありがとうございました。