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恋多き純情魔女は、弟子の溺愛フラグに気づかない  作者: es


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32. 黄泉の大河

 


 気がつくと知らない場所にいた。


「ここは……?」


 ついさっきまで岩と雪に閉ざされた山中にいたはずなのに……いつの間にか私は、ゆらゆらと揺れる小舟の固い床に横たわっていた。

 上半身だけ起こして周囲を見渡す。しかし辺りは深い闇に包まれ、ここがどこだか全く分からなかった。

 舟の舳先に吊るされたランタンだけが頼りだが、墨を流したような闇を照らすには非常に心許ない。


 遠くに目を凝らすと、遥か遠くにうっすら向こう岸のようなものが見えた。

 水の匂いは海ではなく真水のようだから、大きな河を渡っているのだろう。


 小舟は凪いだ水面をゆっくり進んでいく。風もないのに不思議だった。

 河の上をよく見ると、私が乗っているのと同じような、ランタンを吊るした舟がぽつんぽつんと浮かんでいた。

 みんな同じ岸に向かっており、反対向きの舟は見当たらない。


「向こう岸に何があるのでしょうか………」

「そりゃ、あの世に決まってるわ」

「ひゃっ!!?」

「…………ここは黄泉の入口ね。死んでもお前と同じ舟だなんて、本当に最悪だわ」


 誰かいるとは思わなかった。驚いて飛び上がったら、舟が傾いて水中に落ちそうになった。

 悲鳴を上げながら必死に舟にしがみつき、おそるおそる振り返ると、腕組みをしたガーネット・イアスがこれ以上ない仏頂面でこちらを睨んでいた。


「あはは、どうもー……」


 さっきまで殺しあってた相手と同じ舟に乗っている。気まず過ぎる……と思ってからハッとした。


「ここはあの世……なんですか?」

「その入口よ」

「じゃあ、私達は仲良くあの世行きって事ですよねっ!?」

「ちょっと、何するのよ!!」


 私は目をキラキラさせ、"黒紅の魔女"の手をガシッと掴んだ。


「アレス殿下は私ごとあなたをぶった斬って、打倒魔女に成功したんですね!世界は救われましたぁ!やったあぁーーー!!」

「何よそれ、嫌味!!?」


 満面の笑顔で握った手をブンブンすると、"黒紅の魔女"は私の手をバシッと払いのけて本気でキレた。うっかりテンションが上がった。申し訳ない。

 見た感じ、彼女はすっかり三百年前の調子に戻っている。額のサークレットもない。

 隷属の魔法から解放されたのだろう。めでたい!


「あ、いえ、つい嬉しくて喜んじゃいましたが、煽るつもりでは。ええ全然」

「はァ?煽りじゃなかったら何なのよ!」

「えーと…………こちらの事情を説明しても構いませんか…………?」


 怒り心頭なキツめ美人、"黒紅の魔女"に、おそるおそる状況説明の許可を請う。


「…………冥土の土産に聞いてやるわ」


 ダメ元で言ったら許可が出た。私は、コホンと咳払いして話し始める。


「えー、では僭越ながらご説明を。私は、"地母神ウル"──あなたのご先祖様ですが、その女神に、『最後の"女神の末裔"を救ってほしい』という願いを託されたのです。ラズダルの聖獣さまがその伝令役でした。

 エルハイムにいいように使われ、あなたが殺戮を続けたら、いつか憎悪に染まって世界を滅ぼしてしまうから、と」

「…………フン」

「多分……女神はずっと、あなたを気にかけていらしたのではないかと」

「何よそれ。最後の最後まで、お前は下らない綺麗事をっ……!」


 黒紅の魔女は苦しげに吐き捨てた。


「………………私は…………私は、この血がずっと憎かったのよ。神なんか信じちゃいなかったし、呪われてるとすら思ってたわ。

 何が女神よ!私は、呪われた血に苦しめられ、その力でたくさんの人間を殺したのに、今さら……!」

「それは少し……違うかなと」


 慎重に言葉を選びながら、私はガーネット・イアスに向き合う。


「あなたに力を与えたのは女神の血。あなたのお母様を惨く殺したのも、その血を利用しようとした人間達じゃないですか。……大元となった出来事は、あなたのせいではないでしょう」

「ハッ、だからといって、女神ともあろう方が私のような罪人を許すというの?最低のご都合主義ね」

「いえ、そうではなく……女神は後悔なさっておられるのではないでしょうか。過ぎたる力を人に与えた事を」


 女神はおそらく責任を感じているのだろう。この、どうしようもなく悲しい結末に。

 言外にそう伝えると、ガーネット・イアスは苦々しい顔をした。


「お前は魔女のくせに、神官みたいな事を言うのね。そういう所が忌々しいのよ!」

「うーーーん、まあ当てずっぽうですけどね!」

「どっちなのよ!ねえ、ここでお前を殺していいかしら!?」

「私達、もう死んじゃってますけど…………」

「うるさいわよ!!!」

「……まあまあ、落ち着いてください。神の御心が分かるなんて、大それた事を言うつもりはなくてですね。何となく、そうなのかなーって思うだけです」


 あはは、と笑っていると、私達の頭上にポッと白い光が灯った。その中から白い鳩が現れる。

 鳩はくるっぽーと鳴いて、私の肩にふわりと舞い降りた。


「聖獣さま!どうして………わぷ」

『ロゼぇぇぇっ!!』

「また変なのが現れたわね……」


 私の顔に抱きつくように羽を広げ、頬に頭を擦りつける聖獣さま。

 前は見えないが、毒気を抜かれたガーネット・イアスが呆れてるのは気配で分かった。


『あんなやり方させて、ごめんなさいなのー!』

「落ち着いてください、聖獣さま。私は納得づくだったので何の問題もありません。それより、もう世界は安泰、てことでいいんですよね?」

『うん、万事おさまるべき所におさまったの!』

「でしたら、終わりよければすべてよしですね!」


 自分を犠牲にした甲斐があった。アレス殿下が生きる世界を守れたなら、私としては本望である。前世のアウレリオにも恩を返せたと思う。


 胸を撫で下ろしていると、聖獣さまは改まった口調になった。


『願いを叶えてくれたお礼に、女神はロゼを生き返らせる事をお望みなの』

「えっ、私は別にこのままでも……」

「はぁ!?お前は本当にバカなの??」

「いえ、魔女として何百年も生きたので、もう十分かなーって……」


 呆れ返っている"黒紅の魔女"に、私は苦笑する。

 生き返らなくてもいい、というのは掛け値なしの本音だった。私はもう十分生きた。これ以上は望まない。

 しかし女神の伝令は首を振った。


『それはダメなの。決定事項なのー』


 女神様、強引ですね。

 そうゆうとこじゃないのか……と思ったが口には出さない。


『ねえ、ロゼの後を追いそうな子がいるの。だから生き返って、彼のそばにいてあげてほしいの』

「それは…………」


 もしかしなくてもアレス殿下だろうか。いやそうだろうな。


 本人納得とはいえ、彼は、魔女もろとも師匠である私を殺してしまった。

 アレス殿下はごく真面目な方だから、自責の念に駆られてもおかしくない。殿下が万一私の後を追ったら、確かに本末転倒だ。


 ──だけど、あっちに戻って、再び魔女として何百年も生きるのは面倒なんですよねえ。


「じゃあこうしませんか?どっちにしろ生き返るなら、魔女ではなく普通の人間になりたいです!」

『………………うんわかったの、女神もいいって言ってるの!』


 少し間があって、白い鳩は承諾した。

 交渉成立。何でも言ってみるものですね。


「…………それなら、私がかけた呪いも解いておくわ」


 "黒紅の魔女"が小さく詠唱すると、私の体が一瞬青白く光って、ふっと消えた。


「これで男運はまあまあ良くなるはずよ」

「わぁ、助かりますーーー!!」


 これで八股かけたり、修羅場や刃傷沙汰にならなくて済む!

 魔女の力を失ったらこの手のトラブルを回避できる気がしなかったので、嬉しい誤算だ。

 ガーネット・イアスにガバッと抱きつくと、大きく舟が揺れて、二人で河に落ちそうになった。


「っ、ねえ、危ないじゃない!?」

「嬉しくてつい……ごめんなさい」


 慌てて離れると、ガーネットに「お前は本当に変な女だわ」と怒った顔をされた。

 でも、この舟で顔を合わせたばかりの時と比べたら、少し刺々しさが薄れた気がする。

 "黒紅の魔女"のツンデレ……!と一人盛り上っていると、


『ロゼ、もうすぐ向こう岸につくの。あたしは"女神の末裔"とあの世(黄泉)に行くのー』

「えっ……」

『甦りには、"代償"が必要なの。だからあたしがロゼの代わりに行くの。あたしはロゼよりずーっと長生きしたから、それこそもう十分なの』

「そんな……聞いてないですよそれ!」

『ふふ、あたしがいれば、この子はあっちに行っても寂しくないの』


 聖獣さまは、ガーネット・イアスの肩に飛び移って、彼女に『ね?』と無邪気に同意を促した。

 鳥の表情は分かりにくいけれど、人だったら多分優しく笑っているのだろう。

 そんな温かい声だった。


 "黒紅の魔女"は「え……」と困惑している。でも満更でもないというか、嫌がってるわけではなさそうだ。


 聖獣さまはとっても可愛いから、彼女の癒しになれるだろう。アニマルセラピー効果は侮れない。


 でも私の代わりなんて、そんなの……


 私が何か言う前に、真っ白な鳩は、さよなら、と手を振るように翼を軽く羽ばたかせた。


『ロゼ、あたしの代わりにラズダルをよろしくなの。じゃあバイバイなのー』

「待っ……」


 引きとめる言葉は最後まで言えなかった。私は眩しい光に包まれて、思わず目を瞑った。



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