31. 決着
尖塔の上に広がった魔方陣。
そこから生み出した複数の氷塊を落下させると同時に、風魔法で塔に接近する。
崩れかかった壁の隙間。そこから鮮やかな赤と黒が僅かに見えた。
「"黒紅の魔女"、ガーネット・イアス!見つけましたよ!!」
塔の先端が音を立てて崩れ去る。
その中に立っていた女が、無表情に私を見返した。
長い髪の半分と右目は、血で染めたかのような深紅。左側の髪と目は、闇よりもなお深い黒。
三百年前から続く因縁の相手、"黒紅の魔女"ガーネット・イアスだった。
「さぁ、決着をつけましょう」
私はにいっと笑って、勢いよく塔の中に飛びこんだ。そして予め用意していた護符を相手の結界に張りつけ、思いきり魔力を流しこむ。
護符がエメラルドグリーンの光を放って輝く。その直後、時空が歪んだ。
そして私と魔女を、結界ごと、遠く離れた雪山へと転移させたのだった。
辺りは真っ白な雪に覆われていた。
真夏でも万年雪をいただく北の山嶺。
ここは、三百年前、私とガーネット・イアスが死闘を繰り広げた雪山だった。
そこに降り立った私に、周囲の大岩が次々に飛んでくる。それを避けながら、私も自分の魔法を編み上げていく。
雪の上に佇むガーネット・イアスの存在は、匂い立つような鮮やかさだった。
三百年前と変わらぬ赤と黒。
年を取らない私達は、かつての戦いを再演しているかのようだ。
「……あの額のサークレットが魔道具でしょうか」
以前との違いがあるとすれば、それだ。
旧オルガノヴェイン王都から出てきた、人を操るという魔道具。
あれがそうならば、処分しそこねた私にも若干の責任があるかもしれない。
一番悪いのは、野心のために"黒紅の魔女"と禁術を利用したエルハイム王だが。
淡々と魔法を繰り出すガーネットは、さっきからずっと無表情だ。
以前は憎悪と激情の塊のようだった彼女が、一切の感情が抜け落ちたかのように、眉一つ動かさない。
ひたすら戦闘に特化した、哀れな人形。
しかしその内面は憎しみで荒れ狂っているはずだ。
「ロゼ!」
「殿下、こちらです!」
アレス殿下の呼び掛けに振り返る。
彼は雷獣にまたがって、こちらに駆けてくる所だった。移動する先の座標は、あらかじめ決めていた。彼は自身の転移魔法を使って追いついてきたのだ。
飛んできた岩を難なく避け、さらに宝剣で真っ二つに切り裂いて、雷獣に乗った殿下が疾走してくる。
かつて婚約者だった人。彼より頼もしい味方はいない。
彼が弟子になってくれて、本当に良かった。
この雪山を再び決戦場に選んだのは、別に"黒紅の魔女"への嫌がらせとか、感傷なんかではない。
この雪山に漂う冷気が、私の氷魔法の威力を最大限に引き出してくれるからだった。
「最後の仕上げ、いっきまーす!」
「おう!」
私の合図に殿下が呼応する。
聖獣さまのおかげで、私の魔力は無尽蔵にある。しかし魔法の行使には、どうしたって、肉体や精神に負担がかかるのだ。
激しく目眩がしたけれど、歯を食いしばって耐える。
素早く詠唱を終えると、辺りは荒々しい吹雪に包まれた。一歩先すら見えない、視界を覆い尽くす白。
だが氷魔法に特化した、"氷花の魔女"である私だけは吹雪をどこまでも見通せた。
"黒紅の魔女"や、アレス殿下の位置も、手に取るように分かる。
「聖獣さま、私から離れてくださいね」
白い鳩の喉をひと撫でする。聖獣さまは、くるる、と少し悲しげに鳴くと、私の肩からどこかへ飛び去った。
ここからが正念場だ。闇雲に落とされる大岩を避けながら、無詠唱の転移魔法を発動させる。
次の瞬間、私はガーネット・イアスの背後に立っていた。
「もう終わりにしましょう」
うしろから女をそっと抱き締める。
その骨ばった、痩せた体が痛々しかった。母と娘、二代に渡って戦いの道具として使われた、最後の"女神の末裔"。
私が彼女に同情してしまうのは、偽善だろうか。
本当に悪いのは、最後まで隠れて姿を見せることのなかった、エルハイム王ではないだろうか。
だが、ガーネット・イアスにどんな感情を抱こうと、ここで手を緩めるわけにはいかなかった。私は温存していた魔力の全てを注ぎこみ、"黒紅の魔女"を自分ごと凍らせていく。
「ふふ、たとえあなたでも、この強度の氷は解けませんよね」
「…………っ!」
魔女が声にならない声を上げた。
足元から這い上がる冷気が、私とガーネット・イアスを急速に凍らせていく。
──やがて吹雪が止んだ。
意識が遠のく直前。
私の目に、苦しげな表情で剣を振り上げる殿下が映る。
そういうお顔もイケメンです、殿下。
殿下なら絶対にやり遂げるだろう、と信じていた。
氷像と化した"黒紅の魔女"を、私ごと、確実に葬り去ってくれるだろう、と。
殿下が携えているのは、王家に伝わる宝剣。
鋼鉄や、私の最強硬度の氷でさえも、スッパリ斬ってしまう剣だった。
──予行演習どおり、作戦は上手く行った。
今までありがとうございます。またいつか、殿下。
心の中で呟いたのが、最後の記憶。そして私の意識は完全に途切れた。




