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恋多き純情魔女は、弟子の溺愛フラグに気づかない  作者: es


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29. 遠征

 


 日が傾きかけた頃、私達は城に帰還した。

 殿下と別れた後で、聖獣さまを城の奥の森まで送り届ける。

 城の森は、聖獣さまの住処──"領域"だ。

 聖獣という生き物は、本来、"領域"に閉じこもりがちだが、ラズダルの聖獣さまは色々と型破りでいらっしゃるので、契約者の私が頼めば、わりと気軽にお出かけもしてくれる。


 嘴でせっせと羽繕いしている真っ白な鳩さん──聖獣さまをちょこんと肩に乗せ、人の少ない廊下を歩く。

 聖獣さまは災厄じみた力の持ち主なので、何かの拍子に事故でも起きたら、城ごと吹き飛んでしまう。

 周囲に注意を払いながら移動する途中、ふと頭に浮かんだ疑問。それを、聖獣さまに何の気なしに尋ねてみた。


「……聖獣さま、ちょっと気になったので質問してもよろしいですか?」

『なあに、ロゼ』

「ひょっとして、聖獣さまなら私の呪いを完全に解くこともできたりします?」


 私の質問に、聖獣さまは小首を傾げた。


『んー、たぶん、やろうと思ったらできるの』


 おお、やっぱり!と一気に希望が見えた気がした。しかし続く聖獣さまのお言葉に、浮かれた心はひゅんと萎んだ。


『でも、あたしはそういう細かいの苦手だから、最悪、ロゼの精神を傷つけちゃうかもしれないの』

「…………精神を傷つける」

『うん。失敗したら廃人まっしぐらなの。でも……ロゼがどうしても呪いを解いてほしいなら、がんばってみるの!』


 聖獣さまはふんすと気合い入れた。しかし私は失敗した場合を想像し、怖じ気づいてしまった。


「やっぱりやめておきます!お気持ちだけいただいておきますね!!」

『えー?遠慮しなくてもいいの!』

「いえ、なんだかんだ、私はこの呪いに愛着?がなくはないので!」


 首をプルプル振って辞退すると、聖獣さまは少し残念そうに「気が変わったらいつでも言ってなの」と仰ってくれた。

 そんな会話をしているうちに、城を抜けて、聖獣さまの森に到着した。


「………着きましたよ、聖獣さま。今日は一日お疲れ様でした」

『うん、とっても楽しかったの、ありがと!ロゼと契約してほんとに良かったの!』

「ふふ、光栄です、聖獣さま。ではまた明日ですね!お休みなさいませ」

『おやすみなのー』


 森に着いておやすみの挨拶をすると、聖獣さまはパタパタと木の枝に飛んでいった。

 深く一礼して踵を返す。

 辺りはすっかり薄暗い。

 今日みたいな日がずっと続けばいいのに……と思ってしまったけれど、首を振ってその考えを頭から追い出した。


 "黒紅の魔女"との対決は、目前に迫っている。甘えや迷いに惑わされ、判断を誤ったら取り返しがつかない。今の私に必要ない感情だった。




 ◇◇◇




 翌々日。

 私達は再び王都を離れ、ある渓谷を訪れていた。

 両側は切り立った崖。生い茂った木々が視界を遮り、見上げれば鬱蒼とした枝の向こうに、細く切り取られたかのような空が覗く。

 何となく、空気も淀んでいるような。

 ──どうしてこんな所に来たかといえば、今回は遊びとか息抜きとかではなく、特訓の総仕上げのためだった。




 時間を少し遡る。

 いつものように私と殿下は聖獣さまの森で顔を合わせた。「今日は何の特訓だ?」と聞く殿下に、私はふんと気合いを入れた。


「今日の特訓は……遠征ですっ!」

「……遠征?」

「はい!腕試しをかねて、実戦経験を積みましょう!」

「いきなり何を言い出すかと思えば」


 テンション高めな私に、アレス殿下は胡乱な目つきになる。


「あんたはいつも唐突だな……」

「そうですか?あ、今回もセドリックさんの許可はいただいてますよ!」

「根回しはちゃんとしてるんだな」

「私だけならともかく、一応あなたは一国の王太子だし、聖獣さまもお連れしますからね」


 誉められて胸を張ったら、一応は余計だ、と怒られた。


「で、実戦の相手は何」

「ふふ、よくぞ聞いてくれました。"エメール渓谷の巨鬼"です!」


 "エメール渓谷の巨鬼"とは、四百年もの間、騎士団や冒険者が挑んでは破れ去った有名な魔獣である。相手に不足はないでしょう!


「まあ、負けそうになったらすぐ撤退するので、ご心配にはおよびません」

「そんな無様な事にはならねえよ」


 ちょっと煽ると殿下はすぐむきになった。単純だなぁ。その反応を是と受け取って、


「ではさっそく移動しましょう」


 ニッコリ笑う。肩に乗った聖獣さまも、同意するように、くるるーと鳴いた。

 足元から魔法の光が立ち上り、周囲の景色が歪む。そして次の瞬間、私達は深い渓谷の底に立っていた。




 ◇◇◇




 ──"エメール渓谷の巨鬼"は、古くから知られる特定の魔獣に与えられた呼び名だ。

 約四百年前。桁外れの強さを誇っていたこの魔獣は、当時の騎士団や魔法使いといった精鋭達の討伐をはねのけ、我が物顔で近隣を荒らし回っていた。

 だが最終的に、ある騎士が渓谷に巨鬼をおびきよせ、崖から突き落とした。


 巨鬼は崖から落ちても死ななかった。だが、渓谷の両側はほぼ垂直に切り立った崖で、人も容易に登れない。人の五倍はある巨鬼には、尚更無理だ。

 さらに、エメール渓谷の谷底はどこにも道が通じてない。つまり出口がない。

 かくして巨鬼は、谷底という檻に永久に閉じ込められたのだった。




 以来、何度か討伐隊が組まれたそうだが、どれも失敗に終わった。そして現在、"エメール渓谷の巨鬼"はほぼ放置されている。

 谷から出てこない限り、無害だから。


「……ですが、"黒紅の魔女"は巨大なゴーレムを操ります。固くてデカい"エメール渓谷の巨鬼"なら、力試しに丁度いいでしょう」

「なるほどな」


 鬱蒼とした森を歩きながら、遠征の趣旨を説明すると殿下は納得したように頷いた。


 谷の奥に行くにしたがって、魔獣の気配が濃くなる。目を眇めた殿下が雷獣を召喚し、剣を抜いて構えた。

 水晶のような輝きを放つその剣は、ラズダル王家に伝わる国宝級の宝剣で、とんでもない切れ味を誇る。

 私が元いたフラージュ皇国もそうだったけれど、古い国にはこうしたお宝がたくさんある。平民になった今は非常に羨ましい。

 売ったら一生遊んで暮らせそう……という不謹慎な考えは胸にしまっておく。


 やがて森が開けた。

 そこで、私達は、遂に"エメール渓谷の巨鬼"を見つけた。




 巨人のような姿をした魔獣──巨鬼は、地面に仰向けに寝転がって眠っていた。

 赤褐色の肌、猪のような牙。半開きの口元に、魔獣特有の青い炎がチロチロと揺れている。

 通常の巨鬼は、額から生えた角が二本。だが、"エメール渓谷の巨鬼"は異例の六本角だ。人の五倍はあろうかという体躯も、普通の巨鬼より一回り大きい。


 一見してわかる手強い相手。とはいえ、この程度の魔獣も倒せないようでは、"黒紅の魔女"討伐なんて到底無理ですからね……!


「では、先制攻撃をぶちかまします!」

「おう!」


 魔力を練り上げ、魔方陣を描く。そこから生み出されたのは巨大な氷塊。

 殿下の操る雷獣の喉の奥からは、黄色い光がせりあがる。


「せーのッ!」


 私の掛け声を合図に、氷塊と電撃が巨鬼に襲いかかった。



 突然の攻撃を受けて、巨鬼は飛び起きた。

 うわぁ、ほぼ無傷。さすが"エメール渓谷の巨鬼"!

 我々の姿を認めた魔獣が、凄まじい怒りの咆哮をあげる。肌がビリビリして、鼓膜が痺れるように痛い。

 巨鬼は手近な木を引っこ抜いて、ブン、と勢いよく投擲した。それが命中する寸前、私は風魔法、殿下は雷獣にまたがって空中に逃れていた。

 私達の立っていた場所で、木々がバキバキと悲鳴を上げて折れていく。


 巨鬼は、次々と木を引き抜いては投げてくる。直撃したら即死だろう。投擲も正確だ。何度か掠めそうになり、ヒヤリとした。

 だが、こちらも逃げ回ってばかりではない。殿下の呼び出した大烏が、巨鬼の顔に覆い被さるように激しく攻撃した。


「グガァァアッ」


 視界を遮られた巨鬼は、顔や目をつついては離れる烏に苛立ち、太い腕を振り回す。

 その隙に、私は巨鬼の足元に魔方陣を展開した。


 周囲の温度が急速に下がっていく。

 巨鬼の足は、地面の下から盛り上がった氷の塊に縫い止められ、動きを封じられた。さらに、先ほどより大きな氷塊を頭上から落とす。魔法が効きにくいなら物量で勝負だ。


 巨大な氷塊の直撃で、巨鬼がたまらず目を回す。そこに殿下が素早く接近し、バシュ、と魔獣の片腕を切り落とした。


「ガァァァッ!!!」


 紫の血を撒き散らしながら巨鬼が吠える。掴みかかった赤褐色の手をすり抜け、殿下がいったん距離を取った。

 そうして二人で連携し、攻撃と離脱を繰り返しながら、徐々に巨鬼を弱らせていった。




「いやーやぁっと倒せましたね!お疲れ様でしたぁ!」

「ああ、ロゼもお疲れ…………」


 まあ、強かった強かった。でも何とか倒せました!

 地面にくずおれた魔獣が紫の煙になって消えていく。それを見下ろし、私達は互いを労った。魔力タンクの聖獣さまも、『二人ともよくがんばったのー!』と誉めてくれた。


「ロゼ、これ」

「あ、ありがとうございます!」


アレス殿下に渡されたのは巨鬼の六本角。宝剣ですっぱり切られたそれに、氷魔法をかけて保存する。


「どうするんだ、それ」

「一応討伐の証拠に。ですが、現在この魔獣に報償金は掛けられてないんですよね」


 残念だが、ギルドからはびた一文貰えない。完全に無償奉仕。


「まあ、善行を積んだと思うことにします。あとで、ギルドと王宮に報告だけしておきます。

 腕試しは成功なので、"黒紅の魔女"にもそう遅れは取らないでしょう!」

『うんうん、あたしもついてるから大丈夫なの!』

「…………」


 頷きあう私と聖獣さま。殿下は疲れた顔で私達を眺めている。会話するのも億劫なんだろう。そういえば私のお腹も空腹を訴え始めてる。


「では、そろそろ夕食の時間なので帰りますかぁ!」

「さっきからあんたの腹、キュルキュル言ってるよな」


 くすりと笑った殿下は、屈託のない普通の青年みたいだった。

 尊い……と心の中で拝みながら、私は移動の魔法を唱えたのだった、



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