27. 特訓
打倒、"黒紅の魔女"。
そのために着々と準備が進められていく。
「はいドーーーーン!!!」
「おわっ!」
聖獣さまの"領域"の森の中にある、やや開けた場所。そこで私達は絶賛特訓中だった。
広場のようなそこの真上から巨大な氷塊を落とす。召喚獣にまたがって剣を構えていたアレス殿下は、必死の形相で飛びのいた。おお、なかなか素早い。
「いきなり何すんだよ!!」と怒ってる殿下は、まるっと無視。
「いい動きですね!これなら私の足手まといにはならないでしょう!」
うんうん頷きながら合格点を出す。私の肩で、同意するように鳩さんが「くるるー」と鳴いた。
殿下があっちでなんか叫んでるけど、あーあー聞こえなーい。
だって、これから我々は、"黒紅の魔女"に挑むのだ。死にたくなければ修行あるのみ。うだうだしてたら時間がもったいない。
「さぁ訓練はとっくに始まってますよー!氷は斬っても避けてもいいので、どうにかして、私に一発当ててくださいね!」
にこやかに殿下に声をかける。そんな飄々とした態度とは裏腹に、私の胸には固い決意が宿っていた。
今度こそ。
"黒紅の魔女"との戦いで彼を死なせない。そのためにも、可能な限り彼を鍛えておきたかった。
上空に浮かぶ、数百本もの氷の矢。それが一斉に放たれる。
アレス殿下は怒ったように眉を寄せて、召喚獣の腹を蹴り、矢の雨に向かって猛然と突進する。
彼は結界を盾にして、矢を弾く。石つぶてが金属に当たるような音が響き渡る。結界強度はかなり高そうだ。
元弟子は召喚以外の魔法も相当腕を上げたようだ。思わず口許が綻ぶ。
「なかなかやりますねえ!」
うちで修行してた頃の殿下は、召喚魔法を最も得意としていたが、他はいまいちだった。
今の彼は、高位の召喚魔法を易々と使いこなす。結界魔法のレベルも高く、剣術も近衛騎士並みに鍛えている。
冒険者ギルドの職業分類でいえば、殿下は「魔法剣士」に相当するだろう。
召喚魔法が使える剣士は希少だ。
しかも相当なハイレベル。素晴らしい。
「王宮に戻った後も鍛練を続けてたと仰ってましたっけ。師匠の私と違って、あなたは本当に勤勉ですね。感心、感心」
「お喋りはそこまでだ!」
彼が乗っている召喚獣、"雷獣"が咆哮した。
雷獣とはその名の通り、雷を操る召喚獣だ。大型の黒犬のような姿をしており、空中を自在に駆け回る。
風魔法で空中にいた私に向かって、見えない坂を駆け上がるように雷獣が肉薄する。
そして"雷獣"が大きく口を開けた。その喉奥で、黄色の光がせりあがる。
口腔から雷撃が放たれる寸前。
私は無詠唱の転移魔法を発動させた。
「………ふふふ、私の勝ちですね」
雷獣の攻撃は空しく虚空に放たれ、四散する。
元弟子のすぐ背後に現れた私は、手に持っていた雪玉をその後頭部に「とりゃ!」とぶつけた。
「やったぁ命中!!」
「…………」
きれいな藍色の髪が雪まみれになった。イケメンは雪まみれでもイケメンです。
殿下に得意満面の笑みを向けると、心底悔しそうに睨まれた。
彼が負けず嫌いなのはよくわかっているので、そこを煽れば、必死に食らいついてくるのは折り込みずみだ。
「じゃあもう一回いきましょうか!」
「くるっぽー」
肩に乗せた白い鳩さんが、私に同調するように鳴く。
ちなみに聖獣さまは戦闘には参加せず、私の肩に止まって魔力を供給するだけだ。
神と聖獣はなるべく人に干渉せず、出来るだけ人間同士で何とかしろ……というのが基本スタンスらしい。むしろ、「ここまで協力的なのは珍しい」というのが殿下の見解だった。
「ハイ次行きますよー!いつでもどうぞ!」
「調子に乗ってんじゃねえよ!!」
転移魔法で距離を取って、にこりと笑って首をかしげると、アレス殿下が雷獣の腹を蹴って再び空中に躍り出た。私は氷の槍を生成し、彼に向かって次々と撃ちこんでいく。
◇◇◇
「じゃあ今日はここまでです!お疲れ様でしたぁ!」
「…………」
魔力をほとんど使い果たしてボロボロになった元弟子、現王子は、鍛練場の地面に土まみれで転がっていた。
「あなたの実力は大体わかったので、明日からは連携技を特訓しましょう!」
「あんたは鬼か……」
「時間がありませんから。次で確実に"黒紅の魔女"を仕留めないと、大陸中がまた大変な事になっちゃいますしね」
「確かにそうだけどな……」
「殿下、"氷花の魔女"殿、お疲れ様です」
特訓終了のタイミングを見計らったセドリックさんが、城の方から現れた。
セドリックさんは殿下に肩を貸して立ち上がらせると、「殿下は政務がありますのでこのまま執務室にお連れします」と一言断って、なすがままの殿下を引きずるようにして連れていった。
やっぱり、セドリックさんの私と殿下を見る目が生温い。なんなんだ。
「はい、よろしくお願いします」
私も一礼して見送る。
私の肩に止まった白い鳩さんが、軽く首をかしげて「くるっぽー」と鳴いた。
誰もいなくなった鍛練場で、私はそっと聖獣さまの頭を撫でる。
そして前々から思っていた疑問を口にした。
「聖獣さま、あなたが天変地異を起こして、"黒紅の魔女"を倒してくれたらすごく楽なんですけど、それはダメなんですか?」
『うーん、あたしたち聖獣の力は強すぎて、あんまり加減できないの。この国やあなたも吹っ飛ばしちゃうかも。それで良ければ、やってもいいのー』
「いえやっぱり結構です。魔女と人間で頑張りますので、ぜひそこで見届けてください」
聖獣さまは……使いどころのない危険物だった。
直接の支援は望めない代わりに、無尽蔵の魔力がもらえるのはラッキーだと思うことにする。
聖獣さまと契約を結んでから、どんなに魔力を使ってもほとんど枯渇することがなくなったので、その点は大変助かっている。お腹はすくけど。
魔女を倒しても、アレス殿下の国が無くなってしまったら意味がない。
私は彼の生きる世界を少しでも優しい場所にしたいだけで、世界を救おうとか、そういうのは二の次なのだ。
とはいえ、女神の力の器として選ばれたからには最善を尽くす所存。まあ、とにかく頑張ります!
そうして、キュルル~と鳴るお腹を押さえ、私は食堂に向かった。
それからしばらくは、ひたすら特訓の日々だった。




