26. 生まれ変わって
"黒紅の魔女"ガーネット・イアス。
彼女の生い立ちに、同情の余地はあると思う。
唯一の肉親だった母親は、自由を奪われた挙句、殺戮の道具にされ、彼女を逃がそうとして目の前で殺されてしまった。
ガーネット・イアスは自分の魂と引き換えに、母親を生き返らせようとした。
以前、私が旧オルガノヴェイン王都跡で見つけた、生贄を代償に死者を蘇らせる魔法を使ったのだろう。
……だが蘇生は失敗し、逆に母親の魂を取り込んで、ガーネット・イアスは最凶の魔女へと変貌してしまう。
彼女はそれから幾つもの国を滅ぼし、悪逆の限りを尽くした。だが、最後には私に氷漬けにされ、封印された。
そして三百年ぶりに封印を解かれたと思ったら、エルハイム王の手に落ちており、母親同様に禁忌の術で操られている。悲惨というほかない。
しかし、私の国フラージュ皇国を滅ぼしたのも"黒紅の魔女"だ。
彼女こそ、私の家族と婚約者を殺し、記憶を奪って呪いをかけた張本人でもある。
大体、呪いの内容もえぐい。
あの女は、婚約者だった騎士の生まれ変わりと私を出会わせたくないからと、私に男関係のトラブルで死ぬ呪いをかけたのだ。
一応死ななかったけど、めちゃくちゃひどくないですか……!?
思えば、八股かけて刺されたのも、盗賊に騙されたのも、あれもこれも呪いのせい。私はちょびっとしか悪くない。
許すまじ"黒紅の魔女"。
あっ、でもイケメン好きは記憶を失くす前からでしたね!そこは責任転嫁してはいけない。
まあ、「イケメンは癒し」なのは今もそうだし。
こういうお気楽な性格だから、呪いにかけられた記憶喪失でも、深刻にならずに済んだのかも。結果よければ全て良し……良しなのか?
いやそれより。
記憶が戻ってめちゃくちゃ気になってるのが、アウレリオ……婚約者だった騎士のことだ。
あの顔。すっごく見覚えがある。見覚えがあるというか、つい先ほども見た顔だ。
もしかして、アウレリオの生まれ変わりって────?
意識が少しずつ浮上していく。
そばに誰かの気配がして、私は薄く目を開いた。
「目が覚めたか。大丈夫か、ロゼ」
心配そうに私を覗きこんだのは、アレス殿下だった。……その秀麗な顔立ちに、かつての婚約者の面影が重なる。
──二人は本当に、よく似ていた。
他人の空似とは思えないほどに。
「ロゼ、どうした。どこか痛いのか……?」
「ごめんなさい、何でもありません」
顔だけじゃない。きっと、魂のかたちも同じなのだろう。
そう思ったら、いつの間にか、はらはらと涙が零れていた。嬉し涙なのか、前世の彼の死を悼んで泣いてるのか、自分でもよくわからない。
ぐちゃぐちゃな感情のまま、喪った彼の名を呟く。
「…………アウレリオ」
両手で顔を覆う。
そんな私を見下ろして、殿下は複雑な顔をしていた。しかし掌で目元を覆っていた私は、彼の表情に気がつかなかった。
◇◇◇
記憶を取り戻して、かなり心が乱されてしまった。
しかーし、立ち直りが早いのが私の取り柄。
ひとしきり泣いて、少し寝て起きたら、心はもう凪いでいた。三百年生きてたらそこそこ図太くはなれる。レーネには敵わないけど。
気分が落ち着いた所で、意識を失って運びこまれた客室から、殿下の部屋に移動した。
ちなみに聖獣さまは私の肩に乗っている。
殿下の部屋に着くと、私は「わぁ!」と目を輝かせた。テーブルの上に、出来立ての軽食がたんまり用意されていたからだ。ものすごくいいにおいがしますね!
お腹が空いてたら何もできない。ぐちゃぐちゃの感情から復活した私は、まず殿下への状況説明と腹ごしらえを希望したのだ。
殿下の向かいにいそいそと着席し、おもむろにサンドイッチを手に取る。それを齧る前に、高らかに殿下に宣言した。
「斯々然々で、聖獣さまと契約できました!」
「そうか、それは良かった」
「ええ!」
ほっとしている殿下に大きく頷く。
私の肩に止まった白い鳩さんも、くるっぽー、と小さく鳴いた。かわいい。
「ついでに聖獣さまが呪いを弱めてくれたみたいで、魔女になる前の記憶も戻りました。やっぱり記憶喪失も呪いが関係してたっぽいですね。
呪い自体は多少残ってるようですが、これでもう、クズ男に引っ掛かる確率はさらに減るでしょう!」
どや顔で胸を張って、サンドイッチを頬張る。
これから私と殿下は、彼の父であるラズダル王に謁見するらしい。その前に腹ごしらえは必須だ。
私の場合、空腹だと魔力制御がものすごく不安定になる。
聖獣さまから魔力を貰い、元の数倍に増強された今、万一暴走させたら相当な被害が出るはず。
私のせいでラズダルが壊滅したら、"黒紅の魔女"並みの悪逆魔女になってしまう。それは避けねば。
「殿下は食べないんですか?」
「俺はいい。あんたが好きなだけ食べろ」
「はい。では遠慮なくいただきますね!」
テーブルに並べられたサンドイッチやスコーン、お菓子、フルーツを片っ端から平らげていく。
王宮だけあってどれも美味しい。
あ、レセプもありますね。あれは貰って帰ろう。
もりもり軽食を平らげながら、甦った過去の記憶や、"黒紅の魔女"との因縁もかいつまんで話した。
殿下は私の過去話に目を瞪って聞き入っていたが、私が一通り話し終えると、「あんたは相当数奇な運命の元に生まれたんだな」と嘆息した。
いえいえ、あなたもなかなかですよ、と思ったが口には出さない。
「どこかの貴族の出だろうとは思ってたが、フラージュの皇女で、"黒紅の魔女"を封印した本人だったとはな……」
「ほんと、びっくりですよね!」
林檎を齧りながら相槌を打つと、殿下は呆れた顔をした。
「なんだ、他人事みたいだな」
「だって三百年も前ですから、今さら感が強くって……私はそもそも過去を振り返らない主義ですし。
ただ、あの魔女が因縁の相手であるというのは間違いありません。呪いのお礼もかねて、今度こそキッチリ倒してやります!」
「今に見てろです!」と宣言したら、殿下に神妙な顔をされた。
「…………今さらこういうことを言うのは卑怯かもしれないが、これでも、あんたを巻き込んだのは悪かったと思ってるんだ」
あらあら。ツンデレ殿下が珍しく殊勝ですね。
「いえ、殿下が巻き込まなくとも、私はおそらく"黒紅の魔女"と対峙せざるを得なかったと思います。これも女神の采配でしょう。
それに私は殿下の元師匠です。元弟子を助けるのは当たり前です!」
「……感謝する。だが、危なくなったら必ず逃げてくれ。俺を盾にしてでも」
あんたを死なせたくないんだ、と元弟子が真剣に言う。私は三個目のスコーンを齧りながら苦笑した。
「私は、元弟子を盾にして逃げるような卑怯者ではありません。殿下こそ、危なくなったら命優先にして逃げてください」
「…………」
「あなたは、この国を背負って立つ王太子なんですから」
ニッコリ笑って言う。
アウレリオの二の舞にはさせない。今度こそ、"黒紅の魔女"を倒し、殿下に生きてもらわねば。
それが、生まれ変わっても私に会いに来てくれた彼にしてあげられる、唯一の償いだと思う。
その後、ラズダル国王との謁見は滞りなく終わった。
陛下はあらかじめ事情をご存知だったようだ。しかし、「よくぞ王子妃になってくれた」と礼を言われ、「息子を頼む」と親の顔で微笑まれた。
あのう、私達、契約結婚ですよね…………?
何か誤解がある気がしてならない。
いや絶対ある。いずれ訂正しておかねば。
謁見の際、国王陛下の隣には、シュレーデンの街で会ったセドリックさんも控えていた。
彼も、なぜか生温い目で私達を見守っていた。一体何なんだ。
久しぶりに見たセドリックさんは、相変わらずシュッとして格好良い。八年分の年月が風格として上乗せされ、ほどよく熟成した青年になっていた。
そういえばアレス殿下も、ちんちくりんな少年から華麗なイケメンへと成長している。
時間は止まることなく、みんなの上に等しく流れている。
……私を除いて。
魔女という生き物は、魔女になった瞬間から時間が止まったかのように年を取らない。生涯変わらぬ外見のまま過ごすのだ。
自分が人の営みから外れた存在だということを、改めて突きつけられた気がした。
アレス殿下がアウレリオの生まれ変わりだろう、という話は誰にもしなかった。
殿下には前世の記憶がない。過去に巻き込むより、今のまま、まっさらな人生を送って欲しい。そう思ったからだ。
私を庇って命を落とした後も、転生して約束を守り、会いに来てくれるくらいだ。祝福をかけたのも、おそらく殿下なんだろう。
アウレリオも殿下もいつだって私を助けてくれる。感謝しかないが、そろそろ私から解放されてもいいはずだ。
だから。
私は殿下にちゃんとした幸せを掴んでほしい。相手は私じゃなくていい。
皇女ローゼンヴェルデとして、アルの師匠として、それだけは絶対に譲れなかった。




