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恋多き純情魔女は、弟子の溺愛フラグに気づかない  作者: es


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24. ラズダルの聖獣

 


 なんでまた藪から棒に、と思った途端、目眩がして視界が白くなった。

 一瞬自分がどこにいるのか、今が何時(いつ)なのかすらわからなくなる。

 混乱する意識の中、いつか見た景色が走馬灯のように映し出されては消えていく。


 これは一体、何時の記憶だろう。




 ◇◇◇




 ……………泡沫のように甦った記憶。


 見渡す限りの白銀の世界。その上に蹲っているのは、赤と黒の髪をした魔女。

 紙の上に落としたインクのように、その色彩はやけに鮮やかにくっきりして見えた。


 死力を尽くした結果、私の魔力は底を尽きそうになっていた。

 だが、私より相手の方が満身創痍であった。ボロボロになったガーネット・イアスを見据え、最後に残った魔力を練り上げる。


「………………あなたに同情はしますが、生かしてはおけません。すみません」

「世迷言を……偽善者が…………ッ!」


 "黒紅の魔女"は、憤怒の形相でゆらりと立ち上がった。そして地底から這い上がるような不気味な声で嗤った。


「………餞別をあげるわ」


 女がパチンと指を鳴らす。


 私の魔法が放たれるより早く、魔女の呪いが矢のように飛来し、私を捕えた。


「お前は記憶を失い、愛しい騎士と二度と会う事なく、下らない男共に翻弄されて死ぬのよ。我が呪詛、受け取るがいいわ…………あはははっ」


 狂った哄笑が反響する。

 私は酷い目眩に耐えながら、氷魔法を撃った。


 "黒紅の魔女"が氷に覆われていく。

 赤と黒の髪に霜が降りて白く染まった。

 最後に撃ちこんだ楔の攻撃魔法は、しかし呪いに気を取られて、威力が半減してしまった。


 あれではとどめにならない。


 意識が霞んでいく。

 それを必死に繋ぎ止め、凍りゆく魔女に何とか封印を施した。これで簡単には目覚めないだろう。

 しかしそれが限界だった。


 目眩がする。

 私は、雪の上にくずおれた。




 ──────ん、あれ?


 私、やっぱり呪われてみたいです。




 ◇◇◇




「────大丈夫か?」


 気遣わしげな声で、我に返った。

 頭に浮かんだ映像は、瞬く間に記憶から消えていった。まるで白昼夢のように。


 ハッと顔を上げると、殿下が私を覗きこんでいた。


「すみません、ちょっと考え事を…………えーと、ラズダルの聖獣さまが、契約相手に私を選んだ、という話ですよね…………一体なぜ」


 聖獣とは、神に次いで力ある存在だ。

 時に天変地異さえ引き起こす人知を超えた生き物だが、単なる伝説だと思っている人も少なくない。

 彼らは秘境や深い水底を住処と定めているので、なかなか人の前に姿を現さないからだ。


 ただし例外はある。

 それが、ラズダルの聖獣だ。


 古の時代、ラズダル王家と加護の契約を交わした聖獣は、今も王城のどこかにいるとされる。

 眉唾だと信じてない人もいるが、アレス殿下の口振りだと、ラズダル王家の聖獣は実在するのだろう。


 どんなお姿なんだろう……などと考えていると、元弟子は今までで一番苦い顔をした。


「その聖獣に、オレでは力不足だと言われてしまったんだ……」

「…………うーんそれは辛いですね」


 アレス殿下……アルは非常にプライドが高い。そして人一倍努力するタイプだ。

 それなのに「お呼びでない」と聖獣に言われたのは、相当堪えたはずだ。

 彼の眉間の皺が、初めて見るような深さになった。


「殿下は王家直系なのに、さすがに何かの間違いでは……?」

「いや、聖獣に『青二才』と言われて話にならなかった」


 殿下は遠い目をしている。聖獣さまも直球過ぎますよ。


「えーと……それにしても、聖獣って言葉を話すんですね!知りませんでした!」

「あ……ああ、そうだな」


 強引に話を変える。遠い目をしてた殿下は、気を取り直して説明を続けてくれた。


「ラズダルの聖獣を使役できるのは王族だけだ。しかし、何事にも抜け道があってな」

「ここまで来たら、何となく分かってきました……!」


 私が手を上げるのを横目に、殿下が「本当は、正当な手段であんたと……」と深くため息をついた。


「正当な手段?」

「とにかくだな、聖獣を使役するための抜け道に、婚姻があるんだ。王族と結婚して王家の一員になれば、その資格が得られる。

 聖獣はあんたを選んだが、他に資格を得る方法がなかった。あんたには悪い事をしたが」

「それで結婚ですか。聖獣直々のご指名とは、大層なものに選ばれちゃいましたねえ……」


 人と異なる摂理に従ってるのが、聖獣という生き物だ。

 光栄だと言えなくもないが、ぶっちゃけ積極的に関わりたくはない。機嫌を損ねたら何が起きるか分からないからだ。


「……断りたくても、断れない案件ですよね」

「拒否は出来ないと思うぞ。まあ、うちの聖獣はわりと穏やかな性質だから、余程のことをして怒らせなければ大丈夫だろう」

「だといいんですが……」


 私は受け入れるしかないらしい。うーんと唸っていると、殿下は改めて頭を下げた。


「一生の頼みだ。聖獣を使役し、エルハイムの魔女を討ってほしい」


 元弟子の殊勝な態度に────私は何となく、イラッとした。

 正直ムカつく。腹立ち紛れに目の前の頭をペシッと叩いてやった。


「…………何するんだよ」

「騙し討ちの件は、今のでチャラにしてあげます!」

「つまり、話を受けるということでいいんだな?」

「選択の余地を失くしたのは誰ですか?」

「オレだな」


 苦笑を浮かべている殿下を半目で睨む。


「確かに、正攻法で来られたら私は結婚から逃げ回ってたでしょうね。ここはあなたの作戦勝ちってことにしてあげます。

 契約結婚なら、報酬はキチンといただきますからね!」


 ふんぞりかえって言うと、彼は目を見張って「ありがとう、ロゼ」とくしゃりと笑った。




 ◇◇◇




 …………というわけで、殿下と連れ立って、ラズダル王宮奥にある王家所有の森にやってきた。

 聖獣さまは普段、この森でのんびりお過ごしになっておられるそうだ。


 一般的に、聖獣は、森の奥や湖の底といった人目につかぬ秘境を住処と定め、そこを"領域"にしてひっそりと住まう。

 ラズダルの聖獣さまはこの森を住処とし、"領域"に定めたのだろう。森に漂う空気は、いっそ怖いくらいに澄みわたっていた。


 聖獣の"領域"とは、いわば縄張りのようなものだ。無闇に立ち入れば、呪われたり、最悪殺されたりする。

 でも、ラズダルの聖獣さまは王家と契約を交わしていらっしゃるので、人には慣れておられるはず。でないと困る。

 ……それでも不安は拭えない。ただでさえ呪い持ちなのに、また呪われたらどうしよう……とドキドキしながら待っていると、頭上でかわいらしい声がした。


「くるっぽー」


 うん?何だか聞き覚えがあるような……


 視線を上げると、真っ白な鳩が、ちょこんと枝に止まって首をかしげて私を見下ろしていた。



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