23. "黒紅の魔女"
不意打ちの結婚式は、あっさりさっぱり幕を閉じた。
もちろん披露パーティ等はない。完全な極秘婚だ。
古くからある由緒正しい王国なのに、いいのかそれで。
逆に考えると、どこの馬の骨とも知れぬ魔女を王太子の嫁に迎えなければならないほど、のっぴきならない事情があったという事だろう。
……もしなければ、不肖"氷花の魔女"こと私が、ラズダルの王宮ごと、殿下を氷漬けにしちゃうかもしれませんね、うふふ。
だって、これでも私は初婚だ。
さんざんイケメンを振り回してきた純情ビッチのくせに何を言うかと言われそうだが、一時的なお付きあいと、生涯の愛を誓う結婚では、まったくもって次元が違う。
結婚に夢や希望を持っていたとまでは言わないが、事前情報ナシでいきなり挙式とか、もはや結婚詐欺ではないだろうか。
でも、文句を言うのは、理由を聞いてからにしよう。
そう自分に言い聞かせて、凝った作りのウェディングドレスを脱ぎ、装飾控えめな普通のドレスに着替えた。
「こちらへ」
着替えを手伝ってくれた侍女さんに案内され、王太子の私室に向かう。
重厚な扉から入ると、そこは思ったよりシンプルな部屋だった。置かれた調度類は最上級に質が良さそうだけど、ゴテゴテした印象はない。
同じく簡素な服に着替えて待っていた殿下に「座ってくれ」と長椅子をすすめられ、私は遠慮なく腰を下ろした。
「さて、騙して結婚した理由を伺いましょうか。つまらない理由だったら氷像にしちゃいますからね……?」
ニッコリ笑って圧をかける。元弟子は軽く肩を竦めた。
「弟子をやめた後もそれなりに修行してたし、そうそう遅れは取らんぞ」
ほう、余裕ですね。生意気な。
ギロリと睨んだら、彼は降参とばかりに手を上げて苦笑した。
「冗談だ。悔しいが、オレではあんたにはまだ敵わない。それより本題に入るぞ」
望むところです、と頷けば、アレス殿下はその「事情」とやらを切り出した。
「──北方のエルハイム王国は知っているか」
「ええ、一応は。引きこもってたので詳しくありませんが、最近急速に領土を広げている国ですよね」
確か、この五年で四つの国を滅ぼしたとか。破竹の勢い、とはまさにこのことだろう。
「そうだ」と頷いた殿下の声には、隠しきれない苦さが滲んでいた。紫の瞳が険しさを増す。
「去年、エルハイムはウィスタリア公国を滅ぼして自国の領土に組み入れた。その結果、エルハイムとラズダルが国境を接する事態になったんだ。
あの国の王は貪欲で、限度というものを知らない。エルハイムの勢いはウィスタリア併合だけに止まらないだろう」
「つまり、次の標的はラズダル、というわけですね」
「おそらくな」
彼は重々しく肯定する。
なるほどわかった。だが私の疑問は解決していない。
「ですが殿下、エルハイム王国の侵略とこの結婚に、何の関係があるんですか?」
ラズダルが危機に瀕してるのは理解したけれど、結婚との繋がりはまだ見えない。
私は流れの魔女で、平民だ。そもそも王族とは釣り合わない。
その上イケメン漁りを趣味にしていた、移り気純情ビッチである。素行が悪いどころじゃない。
殿下はそんな私と二年も一緒に暮らしていたので、その辺りはよーーーく知っている。
修羅場になった時は、一緒に夜逃げもした仲だ。
魔法師として雇うならともかく、こんな魔女をよく王太子妃にしようと思いましたね……というのが率直な感想である。
だが殿下の次の一言は、それらの疑問を一時忘れさせるには、十分すぎる程の衝撃だった。
「エルハイム王の野心の原動力は、"黒紅の魔女"。あの王は、狂った魔女の封印を解き、禁忌の術で服従させるのに成功したんだ」
────"黒紅の魔女"。
それは、恐怖と共に語られる名だ。
三百年前、大陸を地獄に突き落とした忌まわしき魔女──"黒紅の魔女"。
暴虐の限りを尽くした彼女は、フラージュ皇国に侵攻した直後、皇国の崩壊と共に姿を消した。
その行方は、誰も知らないはずだった。
だが、北の山嶺の奥深く。その"黒紅の魔女"が封印されているのが発見された、と殿下は言う。
エルハイム王は魔女の封印を解き、戦乱時代の禁術を使って、"黒紅の魔女"を従える事に成功したらしい。
────"黒紅の魔女"は、特別な血筋の生まれだ。
唯一血統によって魔女の力を維持する一族、"女神の末裔"と呼ばれる彼女達は、女神の血の為せる業か、おそるべき強さを誇っていた。
その力は、直系の娘一人だけが受け継ぐ。
三百年前の戦乱の末期。
ある残虐な王が、この一族に目を付けた。
王に騙された"女神の末裔"は、隷属の魔法をかけられ、力尽きるまで戦争に駆り出されたという。
やがて彼女は、人質に取られた幼い娘を逃がそうとして殺された。だが、悲劇はそこで終わらなかった。
目の前で母親を殺された娘は、自分の魂を犠牲にして母親を蘇らせようとした。しかし術は失敗し、彼女は逆に母の魂を取り込んで魔力を暴走させ、一帯を更地にしてしまった。
それが、かつて私が双頭竜を討伐したオルガノヴェイン王国の末路である。
そうして、"黒紅の魔女"ガーネット・イアスが誕生した。
ガーネット・イアスは元々黒目黒髪であったが、母親である魔女の血を浴びて、髪半分と片目が真っ赤に染まったという。
その黒と赤で"黒紅の魔女"と呼ばれるようになった、狂った悲しい魔女。
"黒紅の魔女"は人間を憎悪し、多くの国を滅ぼした。
しかし、その終わりは唐突だった。
母の復讐を果たすために、破壊の限りを付くした"女神の末裔"──ガーネット・イアスは、大陸北方のフラージュ皇国に侵攻した後、その皇都の崩壊と共に忽然と姿を消す。
それが大陸全土を覆った戦乱の終焉となり、彼女の行方は長いこと謎に包まれていたが──
「なんつうものを復活させてくれやがったんですかぁ!??あぁ!?」
「まあそうだな。ところで、あんたが昔請け負った双頭竜討伐の依頼があっただろう。覚えてるか?」
何だ唐突に、と訝しく思いながらも、「はい」と頷く。
「エルハイムが"黒紅の魔女"の支配に成功したのは、そこから出てきた魔道具を使ったからだそうだ」
「えっ…………」
ちょっと待って。
「あそこにあったヤバそうな物は、全部処分したはずですが……?」
「研究施設のさらに下に、厳重に隠されていた小部屋があったんだ。そこから見つかった魔道具がエルハイム王の手に渡ったらしい。
……というかあんた、独断で処分とかそういうことしてたんだな」
「えーっと……まあいいじゃないですか。だって禁術が悪用されたら困るでしょう?善意のボランティアです、ふふふ」
笑って誤魔化したけれど……どうやら私は詰めが甘かったようだ。一番処分しなくてはならない物を見逃してしまった。悔やんでも悔やみきれない。
殿下は、複雑な表情を浮かべた私をじっとりと見ていたが、「まあそれはいい」と表情を改めた。
「──で、ここからがあんたに頼みたい事だ。
ラズダル王家を守護する聖獣が、"黒紅の魔女"への対抗手段として、"氷花の魔女"と契約したい、と言い出したんだよ」
「え、私ですか?」
なんでまた、藪から棒に。
そう思った瞬間、くらりと目眩がした。




