02. 弟子と私とイケメンと
イケメンと見るや即座にデートに誘う、ダメ魔女。
そんな私に、突然弟子が出来た。
今から二年前のことだ。
偶然通りかかった森で、私は行き倒れた少年を発見した。
彼の状態は、あまりにも酷いものだった。
服は擦りきれてボロボロ、痩せた身体は傷だらけ。聞けば、何日も飲まず食わずで森をさ迷っていたという。
そのまま捨て置くわけにもいかず、私は少年を森から連れ出した。
移動した先の街で、私は少年にご飯を食べさせ、身なりを整え、ベッドでしっかり眠らせてあげた。すると何という事でしょう。
薄汚れた子供は、日を追うことにキラッキラの美少年に変身していった。
驚きとは別に、彼の顔立ちに、何となく見覚えがあるような気がした。でも──昔追いかけたイケメンの子孫かもしれない、という可能性に思い至って、違和感をすぐに消し去った。
三百年ほどイケメンを追いかけ続けているので、全員は覚えてられない。覚えてるイケメンは、ほぼ黒歴史とセットである。
元気になった少年は、生意気な減らず口を叩くようになった。だけど、身元に関してだけは、頑なに口を閉ざし、語ろうとはしなかった。
森で拾った時の様子から、彼はどこかから逃げてきたとか、捨てられたとか、そういう過酷な状況だったのかもしれない。元いた場所が安全でないなら、無理やりそこに返すのも気が引ける。
迷った末、私は少年を親元に戻すのを諦め、一緒に暮らす事を選択したのだった。
そうして始まった少年との共同生活は、思ったより悪くなかった。子供はイケメン対象外だ。それがかえって良かったのかもしれない。
ズボラな私に比べ、彼はしっかりした子だった。説教されたり呆れられたり、たまに喧嘩しつつも、私達はうまくやっていた。
そんな感じで過ごしてたある日。
私は「魔法の師匠になってほしい」と少年に強く頼まれた。
彼は魔力量が多く、適性という意味ではばっちりだった。断りきれず、うっかり引き受けたはいいけど……
正直気が進まなかったし、今も思う所はある。
だって、私はダメ魔女だ。
人格に問題があり過ぎる。男に八股かけて、それが原因で死にかけた女なんてそうはいないだろう。
だけど──師匠になったからには、と頑張った。
誰よりも気ままに、特にイケメンに関しては衝動の赴くままに生きてきた私だが、可能な限りイケメンを遠ざけ、理性的な行動に努め、少しはまともな魔女になった……気がしていた。
…………だけど、努力は続かなかった。
三つ子の魂百まで、とはよく言ったもの。
魔女といえど…………否、魔女だからこそ。
簡単に性癖は変わらない──という現実が、壁のように立ちはだかっていた。
◇◇◇
本日は晴天なり。
天気のよい昼下がり。空を眺めてると気分が上がりますね!
私の隣を歩くのは、先日出会ったばかりの、ちょいワルなイケメン男子!どや!
これから彼と買い物に行く予定だ。
ワクワクしすぎて昨日は眠れなかったけど、早起きして身だしなみを整えてきた。
白金の髪は背中に流し、アイスブルーの瞳が映えるように前髪を丁寧に整えた。
服はお気に入りのワンピース。
あざとくならない程度に可愛く、上品な感じを目指してみたが、いかがだろうか。
私は意気揚々と待ち合わせ場所に向かった。
──しかし。
「…………」
「…………」
二人の間に漂う沈黙。無音。静寂。
おかしいですね?これってデートですよね??
うーん、と内心首を捻る。
何か彼の不興を買ったんでしょうか。でもそうは思えない。挨拶以外の会話はなく、ただ歩いてるだけ。不興を買うようなコミュニケーション自体、存在してない。
それなら…………彼は元々、口数が少ないのだろう。陽気にお喋りするタイプではなさそう。
会話がなければないで、全然構わない。彼のイケメンぶりを堪能したらいいだけなので、私的には何の問題もなかった。
せっかくのデートだ、前向きにいこー!おー!
気合いを入れ直し、隣の青年をそっと盗み見る。
とても不機嫌な顔つきだし、目つきが悪く、耳に派手なピアスが何個も刺さっている。あんなにブッ刺して痛くないのだろうか……
なんて事を思ったりしたけど、実は彼、街を守る都市警備隊らしいのですよ。
こんなに不良ぽいのに。
くう、ギャップが堪らない……!
内心デレデレしまくり。でもそういう溶けた思考はおくびにも出さない。徹底して澄まし顔を装う。
そうして私は、彼との出会いを振り返っていた。
──つい数日前。
偶然入った雑貨屋に、彼はいた。
整った横顔。不良っぽい外見。鋭い目つき。
彼が視界に入った瞬間、私は、ピッシャーン!と雷魔法に打たれたかのような衝撃を受けた。
……ふおぉぉ、なんというイケメン!
「素敵な方ですね!!お名前は!?」
特大の恋愛フラグが立った。そう思った。
衝動に突き動かされ、気がついたら私は彼に声をかけており、デートの約束をしっかりもぎ取っていた。
そして約束の日を指折り数え、今日という日がやってきた──
意識はデートに戻る。
不良っぽい横顔をチラチラ眺めては、うっとりとため息をつく。
──だがここで問題が発生した。
「キュルルル~」
あ~……お腹空きましたねえ……
遠慮を知らない腹の虫がキュルル……と鳴く。身支度に気合いを入れすぎて、朝御飯をしっかり食べる暇がなかったんですよね……
幸い隣には聞こえてなかったらしく、ちょいワル彼はじっと前を見て、無言で歩いている。
デートで喋ったら死んじゃう呪いにかかってるのかな……?と思うほど無口だ。
いや、それよりぐうぐう鳴ってるお腹を何とかしないと。
私はよく食べる。魔力量が多く、その制御にかなりのカロリーを消費するからだ。
ちなみに体型は普通。どちらかと言えば細身……だと思う。多分。
私は、常に持ち歩いてるポーチから、木の実を糖蜜で固めた菓子──レセプをさっと取り出した。
手早くハイカロリーを摂取するのにぴったりなんですよね。常備で安心!
初デート開始十分でおやつを食べはじめる女というのもどうかと思うけど、放っておけば、空腹で私の魔力が暴走し、周囲を破壊しかねない。
常識と行儀を横にブン投げ、歩きながらおやつを頂くことにする。
あ、その前に。
「あの……これ、レセプです。良かったら、おひとついかがですか?」
隣のイケメンに声をかけてみた。が、返ってきたのは「要らない」の一言。
予想通りの塩対応。だがイケメン無罪。
慣れるとクセになる……と思う。多分。
慣れる前に脱落する女性も多そうではある。
「すみません、私は一ついただきますね」
私はレセプをカリッと齧った。カリポリと小気味の良い音を立てながら、横目でチラッと彼を見る。
うわぁ……やっぱりどの角度から見ても完璧ですね!
イケメンに死角なし。このまま彫刻になれそう。水晶に映像を焼きつけるのも有りか……
などと妄想していた、その時だった。
背中に思いきり冷水を浴びせられたのは。
完全に浮かれてた私は、周囲への注意がおろそかになっていた。
だから唐突に怒声を浴びせられるまで、その人物が近くにいる事さえ気がつかなかった。
「………………ロゼ!一体誰だ、その男は!?」
建物の影から現れた青年が、私とちょいワル彼を憎々しげに睨みつる。揉め事の気配に、雑踏の人々が足を止めた。
既視感ありまくりの光景に、どっと冷や汗が出る。
(あぁ、またやってしまいました…………!)
いわゆる修羅場。こんな状況を引き起こしたのは──当然、私以外に、ない。