19. 旅と塔
「元からあった古い呪いが、祝福のせいで、綻びが出ている……?」
「はい、そうです」
「つまり…………単なるイケメン好きだと思ってたけど、そっちが呪いだったって事ですか?」
「そうなりますね」
ヨハンナさんが難しい顔で頷く。
「確かにロゼは、ただのイケメン好きというには常軌を逸してたわね~。むしろ呪いだと言われた方がしっくり来るわ。男運も最低だったし」
衝撃を受ける私に、レーネが辛辣なコメントを口にする。私は慌ててヨハンナさんに確認した。
「では…………では、何をしたら祝福を消して、元に戻れるんですかッ!!?」
「申し訳ありません、祝福の専門ではないので、私にはどうにも……」
「ねえ、そこは呪いを消してくれって頼む所じゃないの~?」
冷静な"緋炎の魔女"のツッコミが入ったが、それすら耳に入らない。それくらい私は混乱していた。
「そ、そしたら、イケメンに興味を失った状態で、私はこの先何十年、何百年も生きていかねばならないんですか…………?」
「修羅場になって刺されるよりはマシじゃないかしら。だってあなた、ダメ男ホイホイだし~」
「でっでも……私は、イケメンへの情熱を取り戻したくてここまで来たんですよ!!ヨハンナさぁああん、何とかなりませんか!?」
「とりあえず、落ち着け」
ヨハンナさんに泣きながら縋りつこうとしたら、厳めしい騎士団長が割って入った。
完全に番犬の顔つきである。
「そもそもあんたは、気に入った男にちょっかいをかけまくってきたんだろう?それも手当たり次第にな。そんな奴は、はっきり言って迷惑でしかない」
「うっ!」
ものすごく痛い所を突かれた。
「そんな性癖、捨ててしまった方が世のため人のためだと思わないか?」
「ぐぅ……たしかに、そうですけどぉ……!」
男性視点のまっとうな意見をストレートにぶっこまれてしまった。正論に胸を抉られ、呻くしかない。
「ねえ、その祝福ってどういうものなの~?」
苦悩する私を放って、レーネがさっさと話を進める。ヨハンナさんは「うーん」と唸って少し難しい顔をした。
「私から言っていいものか、判断しかねているところですが…………」
歯に物が挟まったような表情で、言い淀むヨハンナさん。そんな顔もカワイイですね!
"解呪の魔女"は慎重に言葉を選びながら、どうにか現状を伝えようとしてくれた。
「祝福は専門外ですから、詳しく見て差しあげる事はできません。ただ…………ロゼさんのもらった祝福は、けして悪いものではないと思います」
「悪いものじゃない……」
「はい。ですからご安心ください。祝福に関して私に言えるのはそれくらいです。そしてこちらも言いにくいのですが……」
一旦言葉を切ったヨハンナさんは、躊躇いがちに続けた。
「ロゼさんにかかってる呪いは、聖獣やそれに近い、強力な存在によるものです。その呪いは魂の奥深く刺さってるので、ロゼさん自身も自覚できなかったのでしょう。
そして……聖獣の呪いでも、気まぐれ程度のものなら私でも解けるのですが、ロゼさんのそれは、今まで見た事がないほど強烈な本気の呪いなんです」
「本気の……?」
「はい。ですから……新たな祝福のように、多少弱める事なら私でも可能ですが、完全な解呪は難しいかもしれません」
申し訳なさそうなヨハンナさんに、私はブンブン首を振った。
「いえっ、私はむしろ祝福の方を解きたいので、ヨハンナさんが謝る事じゃあないですよ!」
「やっぱりそっちなの?」
レーネが呆れて呟く。カディスさんもため息をついた。レーネと同意見なんだろう。
だけど二人に構ってる余裕はない。
「ヨハンナさん、それなら祝福専門の魔女を紹介していただけませんか。どうかお願いします……!!」
「それが…………祝福特化の魔女は現在一人もいないんです。二百年前の魔女が最後ですね……」
「そんなぁ…………!」
私は膝から崩れ落ちた。
僅かに残った希望があっさり打ち砕かれてしまう。なんて世知辛い世の中なんだろう。
◇◇◇
"解呪の魔女"に会いに行ったけれど、結局問題は何一つ解決しなかった。
いや、イケメンへの執着が薄れているので、ある意味解決と言えなくもないが、私が求めていたものはこれではない。
祝福をかけた相手はやっぱりアルなんだろうか。
でも本人に会って確かめる事もできないし、もしそうだとしても、アルはむしろ呪いが弱まった事を喜ぶに違いない。
そもそも祝福かけた本人がアルだとして、自覚あっての事ではなさそうだ。
とぼとぼと家に帰りついた私を、慰めてくれる存在はいない。
何となく侘しい。かといって、イケメンに積極的に声をかけようという気にもならない。
ドアの向こうで楽しそうなカップルや家族連れが行き交うのをぼんやり眺めていたら、ふと「旅に出てみようかな」と思いついた。
そうだ。街なかに居を構えてるから、孤独が際立つのだ。
開店したばかりのお店を閉めるのは勿体ないけれど、ここにいると、以前の自分や、アルと過ごした楽しかった日々を思い出して、ひたすらくさくさしてしまいそうだった。
精神衛生上、よろしくない。
「よし、決めました!」
私は店を閉めて、ギルドの仕事を請け負いながら、暫くあちこちを旅することにした。
旅は気楽でいい。
落ち込みそうになったら海や山を見ればいい。何なら気分転換に、別の国に行ってみてもいい。
記憶を失くしてすぐの頃もこんな生活してたなぁ……と懐かしく思い出す。そういえば私、その頃から純情ビッチでしたね。
──私は、そんな生活を三年ほど続けた。
その間にラズダルは新しい王を戴き、アルはアレス王子として王太子になったと耳に挟んだ。
ラズダルが後継争いに終止符を打ち、国を立て直す一方で、大陸の情勢はきな臭くなっていた。
噂では、エルハイムという国が次々に戦争を仕掛け、領土を拡大しているとか。
だが、世捨人のような生活を送る私にはほとんど関係のないことだったし、あまり興味もなかった。
三年が経って、少し旅に飽きてきた私は、気がついたらラズダルに戻ってきていた。旅をしながらも、心の底ではアルと過ごした日々が懐かしかったのかもしれない。それから私は、とある辺境の海辺に立つ塔を買い取ってそこに移り住んだ。
魔女といえば塔。塔といえば魔女である。
年代物で古めかしいその塔は、暫しの安住の地となった。
────それから、さらに五年ほどの月日が流れた。
「…………あら、珍しいですね。どなたかお客さんでしょうか」
静かに一人で暮らしていた、ある日のこと。
塔を守る結界のすぐそばに、転移魔法の反応があった。誰かがやってきたらしい。
塔を守る結界は、悪意がなければ誰でも通過可能にしている。でも、人里離れたこの塔には滅多に客など訪れない。
誰だろう、と気配を探っていると、ドアを軽くノックする音が響いた。
「──ローゼンヴェルデ・クロイラインはいるか」
低くてよく通る、若い男性の声。
どうやら、魔女の塔に久方ぶりの客人らしい。




