15. 王宮の使者
あいにくその日は朝から来客もなく暇だった。
「……退屈ですねえ」
店番をしながら呟く。
ギルドの依頼がない時の私は、住居にしている建物の一階の店舗で占いをやっている。
結構当たると評判で、価格設定も良心的だ。近頃は、少しずつ街の住民にも知られるようになってきた。
でも、今日は閑古鳥が鳴いている。
「暇だなぁ………」
イケメンのお客様とか来てくれないかなぁ、と雑念だらけで窓の外を眺めていたら、カランコロン……とドアベルが鳴った。
(わぁ、本日最初のお客様ですね……!)
居ずまいをただし、背筋を伸ばす。
この店はオープン間もない。口コミで広めていただくためにも、丁寧な接客を心がけねば。
私はありったけの愛想をかき集め、お客様に向かって会心の営業スマイルを放った。
「いらっしゃいませ!ロゼの占いの館で、す……?」
「すまないが、我々は客ではない」
渾身の笑顔は無駄打ちだった。返せ私の笑顔。
だが言われてみれば、彼らは占いに頼りそうな感じではまったくなかった。パチパチ瞬きしながら彼らを観察する。
店に入ってきたのは、高位貴族とおぼしき青年と、厳つい騎士が五人ほど。
一方、この店のメインは恋占いと失せ物探しで、お客さんも近所のおじいちゃんとか、若い女の子が多い。
対して彼らは権力、財力、腕力がすこぶる有り余ってるように見えるし、大抵の問題はそのどれかで解決してしまうだろう。街の恋占いに頼ってたら逆に怖い。
それにしても……皆さんイケメンですね!
ついうっとり見とれていたら、騎士を従えた貴族の青年がツカツカとこちらに歩み寄ってきた。
彼はカウンターの前で立ち止まり、探るように私を見つめ、おもむろに口を開いた。
「ここにアレス王子殿下がおられると聞いて参った。殿下にお目通りを願いたい」
「アレス王子殿下……?」
王子なんてうちにはいませんけど、と言いかけて……ひょっとしてアレス王子とはアルのことだろうか、と思い至る。
いや、まさか……ですよね?
今、アルはお使いに出ていて不在だ。よってそれを確かめる術はない。
「……どちら様でしょうか?」
いつでも魔法が発動できる状態で、私は尋ねた。
万一この人たちがアルに危害を加えるつもりなら、師匠の私が徹底的に排除させてもらう。すると──
「私はラズダル国王より勅命を受けた使者。ダレス伯爵セドリック・トゥースと申す」
「国王の勅命……ダレス伯……」
ラズダル……その王宮にはこの間行ったばかりだ。
シーサーペント退治で気前よく報酬を払ってくれたところですよね。
言われてみれば、騎士の制服に見覚えがある。
しかし勅命とは。
困惑していると、丁度アルがお使いから帰ってきた。
「たっだいまー。何、お客さん?…………あ」
セドリックさんを見た瞬間、アルは盛大に顔をしかめた。一方、セドリックさんはアルの前に駆け寄って、さっと跪き、別人のようなテンションでおいおい泣き出してしまった。
「………っ、殿下ーーッ!!!!長らくお探し申し上げておりましたぞ!!よくぞ、よくぞご無事で……ッ!!」
「おぅ……セドリックじゃねえか、久しぶりだな。鼻水出てるぞ……」
困惑してる弟子。咽び泣くセドリックさん。涙ぐんで二人を見守る屈強な騎士達。
えーと、ここ占いの店なんですけど……
「……アル、セドリックさん、お取り込み中すみませんが、詳しいお話を聞かせてもらえますか?」
笑顔を浮かべて要求する私。
…………それから聞かされた話は、ちょっと予想を越えていた。
「なるほど。話は大体わかりました…………」
私は隣の弟子をまじまじと見る。
「アルが実は本物の王子様だったとは……」
「…………黙ってて悪かったな」
「それはいいんですが、美少年とはいえ、まだ羽も揃ってないちんちくりんなのに……王子」
「誰がちんちくりんだ?」
「不敬だぞ、"氷花の魔女"殿」
あらやだこわい。セドリックさんにめちゃくちゃ睨まれました。てへ。
でも、怖い顔していてもイケメンですね!
アルとセドリックさんの感動の再会から、約一時間。二人はこれまでの流れを大まかに説明してくれた。
セドリックさんいわく。
「────発端は十年前、ラズダル王家を中心に勃発した政争にある。
当時のラズダル王宮は、第一王子派と第二王子派に分かれ、次期国王の座を巡って激しく争っていた。国王は第二王子を王太子にと考えておられたが、第一王子派はそれに対抗し、政変を企てたのだ」
セドリックさんの言葉を、アルが引き継ぐ。
「その、第二王子の息子が、オレなんだ」
アルは苦虫を噛み潰したような顔で言う。なんと、彼は現国王の直系の孫だったらしい。
「オレは、政変の直前で城を脱出したが、逃げる途中で第一王子派に襲われたんだよ」
護衛はみなアルを逃がす盾となり、彼はたった一人で森をさ迷い歩いた。しかし力尽きて、森の中で倒れたという。
そこにたまたま通りがかったのがこの私。
彼は運良く"氷花の魔女"に拾われ、助かった。
「だけど王宮では色々ありすぎて、オレはもう一切王家に関わりたくなかったんだよな……」
バツが悪そうに、アルが言う。
王族であることに嫌気が差した彼にとって、私に拾われたのは渡りに船だったのだろう。
彼は自分の事情をひた隠し、ゴリ押しで私の弟子となった。
「そんな状況でしたら、王宮に帰りたくないのも仕方ないですよね」
腕組みして、うんうん頷く。
彼の場合、骨肉の争いを繰り広げる一族を見て育ち、命を狙われ、行き倒れ寸前までいった。
仮に王宮に戻ったとしても、仮に父親が政争に負けたら連座で追放、もしくは幽閉。下手したら打ち首になってた可能性すらある。
それで王宮に戻れというのはさすがに酷だ。そもそも、政変当時の彼はたった十歳である。
──とりあえず、アルの身の上は理解した。ここからは今後の話になる。
イケメン狂いの私が保護者として適切かはともかく、ラズダルの王宮が今も彼にとって危険な場所なら、私はそんな所に弟子を帰す気はない。
私はふんすと気合いを入れた。
「それで、アルはどうしたいんですか?もし王宮に戻りたくないなら、魔女である私が、彼らを全力で排除しますよ。
喜んで姿をくらますお手伝いをいたします、うふふ」
「いや……さすがに、ロゼをお尋ね者にするわけにはいかねえだろ……」
ピキッと固まったセドリックさんや騎士を横目に、アルはため息をつく。それからセドリックさんに向き直った。
「セドリック、お前が来たということは、父上は完全に、次期国王としての地位を固められたのだな」
「その通りです、アレス殿下。あなたの父上は、立太子式を済ませ、国内の全権力を掌握なさいました」
「……わかった。なら、オレがいつまでも隠れて逃げ回ってるわけにはいかねえな」
はあ、とため息をついて、アルはガシガシ頭をかいた。そして何かを決心したかのように、ふっと顔を上げる。
…………その表情はもう、私の知ってる生意気な少年のそれではなかった。
「オレは城に戻る」
アルはそう宣言した。
第二王子だった彼の父は、劣勢を挽回して政変を制し、現在は王太子の地位にいるという。来年には現国王の譲位に伴って、新たな王になるらしい。
アルはそんな父を側で支えたいと言った。
彼が考え抜いて決断したなら、私に反対する理由はない。セドリックさんも、今の王宮は安全だと約束してくれた。
アルは慌ただしく出立の準備を済ませ、すぐにこの家を出ていくことになった。
王子かぁ……このちんちくりんが……
などと思いながら、見送りに立ってしみじみしていると、アルがスタスタと私の前にやって来た。彼は緊張を浮かべ、私の両手をぎゅっと握り締めると、怒ったような早口で告げた。
「……オレはいつか必ず、あんたに会いに来るからな!それまで絶対に変な男に引っ掛かんじゃねえぞ!」
「えーと……それは約束できかねますね!」
「こういう時は、嘘でもハイとか言えよ!バカか!?」
弟子が涙目で怒った。
……数々の醜態を見せてしまったので、おバカな師匠を心配してるんですね。彼はやっぱり優しい子だ。
握ってくれた手から暖かいものが流れこんできたような気がして、胸が一杯になる。
その時、頭の片隅で、薄いガラスがパキッと割れたような感覚があった。
今のは何?と思いながら、
「…………ハイ」
と、私は頷いた。
ほっとしたように力を抜いたアルは、変な男に引っ掛かんなよ、ともう一度念を押して、セドリックさん達と転移魔法で去っていった。




