13. 海の魔獣退治
「じゃあいってきまーす!」
「おう、気をつけろよな」
「はい!」
弟子に見送られ、転移魔法でやってきたのは、青い大海原が広がる海上だった。
今回受けた依頼は、ラズダル王国沿岸の海域で暴れている怪物を退治せよ、というもの。
目撃情報から、怪物はおそらくシーサーペント──巨大化した海蛇の魔獣だと推測されていた。
この魔獣が現れるようになってから、周辺海域では貿易船が五隻ほど沈められたそうだ。
ラズダルとしては早急に対処すべき緊急事態だが、シーサーペントのような強い魔獣に対応可能な王宮魔法師がいなかったので、ギルド経由で私に話が回ってきたらしい。
私もシーサーペントと戦ったことはないけれど、海竜とだったらある。あれより強いってことはないだろうから、よゆーよゆー。
報酬もたんまり用意していただけると聞いて、一も二もなくこの依頼を引き受けた。
「さぁて、がんばりますかー」
肩を回し、首をコキリと鳴らす。
これほどの大物ならば、双頭竜の時のように複数の冒険者でチームを組んで当たることが多い。
でも、アルに修羅場を心配されている私は、この依頼を一人で受けることにした。私もその方が気楽でいい。
場所は遮るもののない大海原。氷の材料になる水も豊富。私に有利な条件が揃っている。
まあ一人でも何とかなるだろう。
船が沈められたという海域に魔法で移動し、風の魔法を駆使して海上をぐるぐる飛び回る。
そうして探索してると、ある一点で強烈な魔獣の気配を察知した。
「ここにいるようですね……」
魔獣は海中深くに潜っている。さてどうやって引きずり出してやりましょうかね。
暫し思案して、私は「よし」と頷いた。
呪文を詠唱しながら、両手の親指と人差し指の先を合わせて四角を形作る。集中して詠唱を続けていると、海上に巨大な円形の魔方陣が浮かび上がった。
ズズズ……という地鳴りに似た低い音が響き、海上を覆う魔方陣の縁に沿って、水中から海面へとせり上がるように巨大な氷の壁が現れる。
海に聳える氷山の円環は、上から眺めるとちょっとした山脈のようだ。
これだけ大規模な氷魔法を使える魔法師などそうはいない。……というか私くらいだろう。
魔女に"変質"すると、一つの魔法属性に特化する。
私の場合、それが氷魔法であったので、いつしか"氷花の魔女"と呼ばれるようになっていた。
……よし、捕まえた!
氷の檻に囚われた魔獣が海面に浮かび上がった。その禍々しい姿に目を眇める。
鯨三頭分はあろうかという長躯。巨木のような太さの胴。ずらりと牙が並んだ顎。
のたうち回るように海を泳いでるのは、巨大な海蛇、シーサーペントだった。
青い鱗に覆われたその体が、水飛沫を上げてうねりながら、氷山に沿って泳ぐ。
だが暫くすると、自分が檻に捕らえられたのを悟ったのだろう。海蛇は氷の壁を越えようと試みた。
だが手足がない上、滑らかな鱗に覆われている蛇に氷をよじ登る手段はない。苛立ったように氷の壁に体当たりしているシーサーペントを上から眺めつつ、私はさらに詠唱を紡ぐ。
その時、こちらの気配に気づいたシーサーペントがぐっと鎌首をもたげた。
細い瞳孔と、私の視線が交錯する。
金切り声のような鋭い空気音で私を威嚇した大蛇は、伸び上がってこちらを攻撃しようとした。
だが。
「串刺しにしてあげます」
私はにいっと口角を上げた。
気温が急速に下がっていく。私の周りで、空気中の水が氷の粒に変化し、光を反射して煌めいた。
海蛇を捕らえた氷の檻。その上空を覆うように再び出現した魔方陣から、何本もの氷の槍が現れた。
その一本一本は大聖堂の柱ほどの巨大さで、先は鋭く尖っている。力の差を見せつけるような、強力な攻撃魔法だった。
蛇が伸びきる寸前で、槍が落下する。降りそそいだ氷の槍は、蛇の頭蓋や背骨を砕き、文字通り串刺しにした。
私は海面近くまで降りていき、動かなくなったシーサーペントの目玉と鱗を幾つか風魔法で抉りとって、カチカチに凍らせてから亜空間にしまった。
今回は一人パーティで証人がいない。その代わり、証拠を持ち帰ってくれと言われている。
魔獣は死んで暫くすると煙になって消えてしまうので、討伐の証拠が必要な場合、保存の魔術か冷凍するかして、特徴的な部位を持ち帰らねばならない。
──尻尾の方から紫の煙を吹き出し、ゆっくりと海底に沈んでいく魔獣を見下ろして、私は大きく息を吐いた。
「あぁ、お腹減った……」
ぐうぐう鳴るお腹を押さえて呻く。
「でも、食べるより先に魔力を補充しないと……」
私はポーチから飴色の小瓶を取り出して、一気に中身をあおった。
液体がシュワシュワ……と喉を通り過ぎる。その途端に、砂漠に雨が染み込むように、体の隅々まで魔力が浸透してゆく。
私は口元を拭って、ほう、とため息をついた。これなら遠距離の転移魔法を使っても問題ないだろう。
今私が飲んだのは、超高級な魔力回復薬である。
目玉が飛び出るほど値の張る代物で、今回のような高額報酬の依頼でもない限り、絶対に引き合わないやつだ。
でも、ちょっと前に魔力の枯渇でぶっ倒れた身としては、失敗を繰り返すわけにはいかない。それで何とか都合をつけて用意した。
魔女とか魔法師って、本当に面倒な体質だ。魔力過多で燃費が悪いし、魔力が尽きたら尽きたで倒れるし。
「王宮に報告に行ったら、イケメンを浴びて癒されたいところですねえ……王宮には騎士様とか文官様とか貴公子様とか、市井ではお目にかかれないイケメン達が勢揃いですし。
……あ、涎が。これはいけません」
緩んだ顔をピシッと引き締める。
さて、とポーチからレセプを取り出し、一齧りしてから、私は転移魔法を唱えた。
◇◇◇
「シーサーペント退治の報酬を受け取りに参りました!」
元気よく門番に告げて、係の部署に繋いでもらう。暫くしたら入城の許可が出た。
──あぁ、なんて素敵。
期待した通り、王宮に一歩足を踏み入れたら、ハイレベルなイケメンがわんさかいらっしゃった。
文官や騎士。貴族様。美女もたくさんおられます。お仕着せの騎士服も、メイド服も輝いて見えます……!!
あ、また涎が……
変質者として摘まみ出されない程度に、平静を取り繕う。だが内心は、拍手喝采&スタンディングオベーションの嵐である。
帰りを待ってる弟子がいるからナンパはさすがに我慢したけど、危うく鼻血が出るところでしたね!




