2.雪ゾリレース
わたしは大きく深呼吸する。肺に流れこむ空気は湿った海風。この風から雪の結晶を育てる。
『育てたい結晶を思い浮かべ、気象条件を整える。雪を降らせる魔術は繊細で緻密な作業だ』
こんな寒い日でも海があるタクラでは、風に含まれる水が豊富だ。乾燥したデーダス荒野とちがい、ドカ雪にならないように注意しないと。
わたしはタクラ上空に大きな魔法陣を出現させた。
このぐらいならだいじょうぶ。そっと慎重にフタをずらし、魔素を動かすイメージで術式に送りこめば、オーロラ色に輝きはじめる。
まずは街の人たちに降る雪を見せよう。
魔法陣で作りだした場の気温をさげていく。マイナス十五度が理想だ。
核となる氷晶を形成すると、風向きを調節してゆっくりと育てていく。いい感じ。
風向きを調節すると、サンドッグが出現した。ひとびとの騒めきが聞こえる。
「太陽が……まるで月のようにふたつ⁉」
このぐらいで魔女たちは驚くだろうか……きっとまだだ。雪を受けとめられるように、風に命じて地表から熱を奪う。
星状六花の雪結晶がチラチラと降り始めると、子どもたちが歓声をあげて家を飛びだした。雪を追いかける子や、口をあーんとあけて雪を食べようとする子もいる。
(どこの世界でも、子どもって変わらないんだなぁ)
やんちゃではっちゃけて遊ぶのが大好きで。
この世界を真っ白に埋めつくしたい。わたしはその中を風になって飛んでゆく。
「えいっ!」
これでもかげんしたけれど、いきなりドカーンと降った新雪に埋もれた街角で、ひとびとがキャーキャー言いながら、埋まった人を救出していく。
「これでいかがでしょうか?」
わたしが緑の魔女フラウと白の魔女ローラに確認すると、ぽかんとしていたふたりはハッとして「まだまだ」と首を振った。
海の魔女リリエラはテルジオといっしょに屋内に避難してブランケットにくるまり、手はハンドウォーマーに突っこんでぬくぬくと鑑賞中だ。どうやら暑さだけでなく寒いのも苦手らしい。
「まだまだですよね!ではリュージュの開始です!」
手袋をした両手をぎゅっと握りしめれば、すっとわたしをエスコートして、レオポルドがちらりと魔女たちを見た。
「とめるなら今のうちですよ」
「いいや、試練だと言ったろう。その娘がどこまでやるか見せてもらおうじゃないか!」
譲らない大魔女たちのようすに、レオポルドはふう息を吐き、その場で転移陣を描いた。
「とことん、がご所望のようだ。派手にやるがいい」
「もっちろん!」
タクラ駅の前にスタンバイした雪ソリは四台、そのうちのひとつにレオポルドとわたしが乗りこみ、残り三台にもそれぞれ選手が乗車する。
「レディ……ゴー!」
竜騎士団長ライアスがばっと振った旗を合図に、二人乗りのソリが銀雪を滑りだした。
ルールはかんたん、いちばん早くゴール地点のタクラ港まで滑り降りた者が勝ちだ。
ゆっくりと滑りだしたソリは徐々に加速がつき、タクラの街中を抜けていく。
「きゃっほー!」
思いっきり上体を傾ける形になるので、わたしがレオポルドを抱きかかえるみたいな格好だ。空が見えて飛ぶように景色が過ぎ去っていく。ただビュウビュウと耳の近くで風が鳴き、わたしたちはソリを疾走させた。
「きゃああああ!あなたああぁ!止めて、止めてえぇ!」
「降りきるまで止まれるわけがなかろう!」
わたしの横でアンガス公爵夫人の悲鳴とアンガス公爵の怒鳴り声があがった。
青ざめていたはずのアンガス公爵が、ガンガンにソリをかっ飛ばし、ノリ気だった公爵夫人は必死に夫の背中にしがみついている。
結局ヒュンとすごいスピードで雪道をすり抜けていった彼らが一着でゴールし、わたしたちは二着に終わる。
そしてゴール地点に待機してもらっていた三魔女は、突っこんでくるリュージュに、それぞれ金切り声をあげて飛びあがって逃げた。
止まったソリから駆けおりて、わたしはローラたちの元へ駆けよる。
「いかがでしたか?」
「ま、まだまだ……」
悔しそうなフラウに、わたしは歯をキラーンとさせ、にっこりとよそ行きスマイルを見せた。
「まだまだですよね!ではもう一度行きます!」
「ちょっと待ちな、年寄りを殺す気かい!」
フラウの抗議にわたしは精一杯まじめな顔を作る。
「とんでもない。わたしたちは試練に打ち勝とうとしているのです!」
「雪ゾリで突っこんでくるなんざ、あたしたちのほうが試練だよ!」
「ご納得いただけるまで、突っこむ所存です!」
キリリと答えればフラウはのけぞり、ユーリが笑った。
「それいいな。つぎのレースには僕も参加したいです。試練じゃなくともふつうに面白そうだ」
「俺もやろうかな」
「いいね、雪ゾリ大会!」
ワイワイと盛りあがりはじめたところで、とうとう三魔女たちは降参して、わたしたちに〝幸運〟を授けたのだった。
ほわんと体が温かな光に包まれて、なんだか運気が上昇したような気がする。思い思いに雪ゾリを楽しみ、子どもたちも乗せて滑れば大人気だった。
すべて終わったら滞在先だったホテル・タクラの前で雪ダルマと雪ウサギを作り、ちょこんとならべて置く。
レオポルドとふたりでフォトを撮ってもらい、出来映えに満足したわたしはゴキゲンで彼に話しかけた。
「えとね、レオポルドの背中おっきいね。しがみついたらドキドキしちゃったよ!」
レースの最中に感じたことを話したら、彼はまたピキリと固まり、しばらくしてからふいっとそっぽを向いた。
お読みいただきありがとうございます。
バタバタと書いたのであっさりですが、タクラの街に降る幻想の雪でした!
『魔術師の杖』本編は150万字ほどの超長編ですので、時間のある時にでもご覧いただければ幸いです。