1.雪の日を作ろう
『魔術師の杖』2023冬SSをお届けします。
本編478、479話のあたりです。
『自主企画23』『街中に降る幻想の雪』企画にも参加してます。
「というわけでタクラの街で雪遊びをしたいと思います!」
わたしの提案に、アンガス公爵夫人がぱちくりと目をまたたいた。
「雪……遊びですか?」
「そうです。わたくし錬金術師ネリアは、魔女っ子の修行もしている最中なのです。港を休める休港日に、タクラの街に雪を降らします」
ここタクラの港は温暖で冬でも凍ることはない。来航する船も多く、冬期休暇の間もみな休まず働いている。けれど月に一度、休港日というものがある。
休港日には港だけでなく都市全体が、その機能を停止させる。せっかくの休みだが開いている店もなく、ひとびとは家にこもり静かに過ごすという。
「たしかに何もない日ですから少し退屈ですけど。雪が降ったらどうなるかしらね、あなた?」
公爵夫人に水を向けられたリッジ・アンガス公爵は、あからさまにホッとした顔で咳払いした。
「べつに……雪ぐらいで何も変わらんだろう」
「それはよかったです!ではみんなでリュージュをしましょう!」
「まて」
レオポルドがさっそく声をあげる。
「なあに、レオポルド」
「それは聞いていない」
「だよね、いま初めて言ったもん」
「……」
光のかげんで色を変える、黄昏時の空を思わせる瞳の色がぐっと濃くなった。この色は初めて見るなぁ……などと考えていると、ユーリがレオポルドに声をかける。
「あきらめしょうレオポルド、ネリアですし。そのうち慣れますよ」
レオポルドがくるっとユーリを振り向く。
「慣れたのか?」
「慣れました」
「……そうか」
涼しい顔でこくりとうなずくユーリに、レオポルドは達観したような遠い瞳をして、ため息をついた。ちょっと、何通じ合っちゃってんの。
「冬のスポーツなら何でもいいけど……広いグラウンドなんてないし。それなら遊び場を造っちゃえばいいんだって思いついたの。港に浮かぶ船からも眺められて、街の景色に変化がつく遊び!」
一瞬ドラゴンたちが休む海遊座が頭に浮かんだけれど、だだっ広くても周りは海だ。球技などしたらボールが海に落ちる可能性がある。
ソリはあったけれど、港で使う荷運び用のソリを使えば、タクラらしくていい!
「だからリュージュ……雪ゾリレースをやりましょう」
「まぁ、ステキ!」
雪で埋めてしまえば階段の急斜面だって滑走できる。軒先を雪ゾリが滑り抜けるさまを、窓からぬくぬく観戦できるなんて最高だ。
「ソリ別に色分けした跡がつくようにすれば……色とりどりの軌跡が船からも観察できますよ」
とにかく派手に街全体を使ってどでかくやろう。
白の魔女ローラが首をかしげた。
「雪遊びにしたって……まずはタクラに積もるほど雪が降らせないといけないだろう?」
「たぶん……『えいっ!』てやればだいじょうぶです!」
わたしの隣に座るレオポルドが眉をあげた。
「あの変なかけ声か……」
「せっかくデーダスで練習したのに。ここで使わなきゃもったいないじゃん。それに海のそばだからタクラのほうが水が豊富だし」
自信たっぷりに胸に手をあてて説明すれば、レオポルドが疑わしげに聞いてきた。
「街全体を雪に埋めるつもりか?」
「休みなんだから平気だよ」
「平気なのか?」
「うん、たぶん」
「たぶん……」
レオポルドが眉をひそめる後ろで、竜騎士団長のライアスが「街の耐雪設計はどうなっている?」と騎士たちに確認している。
ふっふっふ、わたしは知っているのだよ。ここエクグラシアでは、建物にはちゃんと修復の魔法陣がかけられていることを。
だから多少壊れてもだいじょうぶだって!
「うわ、ネリアの瞳……キラキラ具合がヤバいですね。これはぜったいに最大限に備えたほうがいいです」
ユーリがそんなこと言ってるけれど、ちゃんとやったもん。練習したもん。
水をただ凍らせただけでは雪にならない。
雪の結晶の生成には〝昇華凝結〟という事象が起こる。
低温で水蒸気からできあがる結晶が美しい雪の形を作りあげるのだ。
魔術師は温度や湿度に風……さまざまな条件を術式で操り、気象条件を整えることで雪を降らせるのだ。
本物の魔術はスティックを振れば雪が降る、なんて生易しいものではないのだよ。高度な術式の計算により大気を操るんだから!
覚えた魔法はさっそく使って遊びたいものなのだ!
「しかし……」
「雪ゾリレースは面白そうだな」
レオポルドは眉間にシワを寄せて考えこんでいたけれど、意外にもリッジ・アンガス公爵がノリノリで、雪ゾリレースの開催が決定となった。
レースは魔導列車のタクラ駅前広場をスタート地点として、上層、中層、下層へと階段の傾斜や水路に渡された細い通路を利用して、タクラ港をゴールとしてタイムを競う。
雪ゾリは一般的な、すぐ用意できるふたり乗りが採用された。
建物には修復の魔法陣がかかっているから、運悪く雪ゾリが家に飛びこんでもだいじょうぶ。
「よーし、見ててねレオポルド!」
ぶんぶんと手を振ってスタンバイすれば、黒い魔術師団のローブを身につけたローラが、魔術師団長のレオポルドに話しかける。
「またえらいのを嫁にしたねぇ」
「まだ嫁じゃありません!」
かみつくように返事をする彼を横目に、わたしはそっと唇を湿らせた。上空を見あげ、深く息を吸いこむ。
さぁ、雪の結晶を育ててみよう。