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化け猫ちゃんの変化

 相変わらず俺と白芳(しらよし)との距離感は正常にならない。最近は困った状態で安定化してきているようにすら感じる。


 この状況をどうしようかと考えていると、大学の正門で一悶着があってから紅夜(くや)の態度に変化が現れた。


 夕飯後、後片付けが終わって居間に入った俺は紅夜に飛びつかれる。


「ご主人さま~!」


「おうっ。紅夜、食べたばかりの腹に飛びつくのはやめてくれって言っただろう」


「無理にゃ! ご主人さまのにおいは我慢できないにゃ!」


「俺のにおいはまたたびか」


 腹に衝撃を受けた俺は呻いた。同時に紅夜の体の温かさ、柔らかさやほのかな香りも受けて何とも言えない顔をする。


 以前から懐かれていたのは間違いないがスキンシップが激しくなった。仲良くなるのは良いことではあるが物には限度がある。


「紅夜、ちょっと離れてくれないか」


「すーはーすーはー、ん~無理にゃ~」


「遊んでほしいんじゃないのか?」


「遊んでもほしいにゃ。けど、ずっとこうしてもいたいにゃ。とっても安心するにゃ」


「安心? なんか不安になることでもあるのか?」


「今はないにゃ。けど、こうしてると落ち着くにゃ」


 話しながらも紅夜は自分の顔を俺の腹に(うず)めた。これが猫の姿なら嬉しいだけなんだけどな。猫耳と尻尾付きとはいえ見た目中学生くらいの女の子だから対処に困る。


 黒い尻尾をピンと立たせたその姿は愛らしいが下手なところは触れない。


 こうして別の意味でも悶々としていると白芳が居間に入って来た。すっかり呆れた視線を向けてくる。


「仲がいいわね~」


「いきなりこんな風に懐かれるなんてちょっとおかしいだろう。何か心当たりはない?」


「たぶん、善賢(よしかた)へおにぎりを届けに大学へ行ったときに男がしつこく言い寄って来たのが原因ね」


「そいつら、そんなにしつこく紅夜にもナンパしてたのか?」


「主に私だったけど、紅夜だって見た目はかわいらしいから声はかけられていたわね」


「見境のない連中だな」


「本当にね。それですっかり怖がっていたからその反動だと思う」


 説明を聞いてから俺は改めて紅夜へと目を向けた。ときおり黒い猫耳を動かしながら幸せそうな表情をしている。


「うにゃ~」


「これってどうしたらいいんだ? さすがにずっとこのままっていうわけにはいかないし」


「どうしたらって言われてもね。無理矢理引っぺがしたら?」


「悲しそうな顔をして離れたくないって言われるんだよ。それでもダメって言ったら泣きそうになるし」


 最初は俺も単に甘えているだけだと思った。だから、白芳の言うように引き離そうとしたんだけど必死に抵抗するんだよな。


 以来、特に理由がないときは大体こうやってべったりとされている。割と黒猫の姿のときも多いのが唯一の救いだけど。


 さすがにこれには白芳も強く言えないらしく、あまり注意してこない。ただ、やはり不満はあるようだ。口を尖らせて俺の方に目を向けることが多い。


「えっと白芳さん、どうしてそんな目で俺を見るんですか」


「いつもと変わらないわよ。何かやましいことでもしてるんじゃないでしょうね?」


「はは、まさか」


「にゃ~、ご主人さま、もっと触ってにゃ~」


「!?」


「へぇ」


 あまりにもタイミングがぴったりな紅夜の声に俺は文句が言いたかった。白芳の目が細く突き刺さって痛い。


 腹は温かいのに背中は冷たいという状態はいろんな意味でストレスが溜まる。誰も何も悪くないというのがまたタチが悪い。


 どうしたものかと俺が悩んでいると白芳がため息をつく。


「ああもう。私はお風呂に入ってくるわ」


「紅夜、ほら白芳と一緒に入っておいで」


「いやにゃ。ずっとこうしてるにゃ」


「さすがにそれはダメだろう。俺だって後で風呂に入るんだし」


「それなら、にゃーはご主人さまと一緒に入るにゃ」


 さも当然というように紅夜が返事をした。それを聞いて俺は自分の耳を疑う。


 驚いたのは白芳も同じだ。風呂場へと向かおうとしていた動きを止めてものすごい勢いで振り返ってくる。目を全開にしているその表情が硬い。


 さすがにまずいと思った俺は紅夜を説得しようとする。


「わがままを言ったらダメだろう。今までだって白芳と入っていたじゃないか」


「これからはご主人さまと入るにゃ」


「いやでも、俺は猫の洗い方なんて知らないって」


「教えるから洗ってほしいにゃ」


「なんで白芳じゃダメなんだ?」


(しら)ちゃんがダメなんじゃないにゃ。ご主人さまがいいにゃ」


 よくわからない返事をする紅夜に俺は渋い顔をした。真剣に答えていないのかもしれない。


 それと、白芳が目を見開いたままこちらを見ていて少し怖かった。説得に失敗するとまずいことになるかもしれない。


「今まではすぐにお風呂に入っていたのに、なんでいきなり駄々をこねるようになったんだ?」


「ご主人さまと離れると怖い目に遭うってこの前知ったにゃ。だからにゃーはずっとご主人さまと一緒にいるにゃ」


「別にずっとくっついている必要はないだろう。家の中にいるときは離れていても大丈夫なんじゃないか?」


「わかってるにゃ。けど、できるだけこうしていたいにゃ」


 紅夜と話をしながら俺はちらりと白芳を見た。眉を寄せて困った表情を浮かべている。何をそんなに困っているのかまでは知るよしもないが。


 それにしてもこんなことを言われると引き剥がしにくい。怯えている子猫を置き去りにするかのような感覚だ。罪悪感が湧いてしまう。


 しかしだ、いつまでもこのままというわけにもいかない。


 何とか説得することができないかと俺が考えていると、紅夜がとんでもない提案をしてくる。


「だったら、みんなで一緒にお風呂に入るにゃ」


「は? みんなで?」


「そうにゃ。ご主人さまと紅夜と白ちゃんで、みんな一緒に入ればいいにゃ。そうすれば、にゃーはお風呂には入れるし、ご主人さまとも一緒にいられるにゃ」


「いや、それはダメだろう!?」


「何がダメにゃ?」


「いやだって」


 思わず俺は白芳へと顔を向けた。その姿は全身を震わせて顔を真っ赤にしている。口をわななかせながら固まっているのは衝撃が大きいからに違いない。


 努めて冷静に振る舞おうとしている俺も同じだ。顔が赤くなっているのはもちろん、うまく考えがまとまらない。


 一緒に風呂に入るということは、あれだ、みんな裸になるということだ。裸になると当然全部見えることになる。何が? もちろん全部がだ! そうなると白芳と紅夜のあれとこれが見えて、俺のも見えてしまうわけか。さすがにそれは恥ずかしいな。


 少し落ち着いたところで紅夜を見た。言い出した本人は幸せそうに俺にくっついている。一方、白芳に目を向けるとちょうど目が合った。


 それがきっかけで白芳が叫ぶ。


「あんたまさか本気じゃないでしょうね!?」


「いやいや、そんなわけないだろう! 何を言っているんですかね!? 入った瞬間爪で切り取られたくないよ!」


「切り取る? 何を!?」


「あれですよあれ! 息子さんって呼ばれているやつ!」


「息子!? あんた子供いたの!?」


「いや本物の子供じゃないよ! 呼ばれているやつだって言っただろ!」


 恥ずかしさを紛らわせるために俺は何も考えずに言葉を返した。余裕がないのは白芳も同じようで赤い顔のまま勢いに任せて突っ込んでくる。


 しばらく言い争っていたけど体力が先に尽きた俺が口を閉じた。座っているのに息が切れて仕方がない。


 一方、白芳も息を切らしていた。肩を怒らせてこちらを睨んでいる。けれど、すぐに不安そうな表情を見せた。驚く俺につぶやきかけてくる。


「そんなに私とは入りたくないの?」


「は? いや今まで怒ってたじゃないか」


「そうだけど、なんか私は避けられているように思えてきて」


「なんでいきなりそうなるんだ!? 紅夜と三人で入る話しをしてたよな!?」


 予想外の話しに俺は混乱した。紅夜の提案に拒否を示した白芳に賛同したのに。大体、彼氏彼女の関係でもないのに一緒には入れるわけがない。


 自分の考えに何となく心が痛みながらも俺は焦った。今は目の前の情緒不安定な白芳をどうにかしないといけない。


 いよいよ追い詰められてきた俺はふと自分にのしかかる温かさというか重みを思い出した。目を向けると抱きついた紅夜なのだが既に眠りかけている。


「むにゃ、幸せにゃぁ」


「お前ちょっと待て。寝るなら風呂に入ってからにしろ」


 この切羽詰まった状況を生み出した本人は幸せそうな表情だった。いくらかわいい飼い猫だとはいえ、さすがにこれはあんまりだと思う。


 けれど、これ以上騒動を引き延ばすわけにはいかなかった。俺は白芳へと顔を向ける。


「この話は一旦中断しよう。紅夜が寝ぼけているうちに風呂へ入れてやってくれ」


「はぁ、そうね。なんかバカみたい」


 お互いに疲れ切った表情を浮かべた俺と白芳は大きなため息をついた。

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