静かな怒り
ゴブリン襲撃の後
兵士達が一息を吐いた。
だが、同時に城壁の上に居る兵士達は
息を呑んだのが分かった。
「ふむ」
理由はドラゴンがこっちに飛んで来たからだ。
ドラゴンたちはゴブリンと戦ってる最中
何度かドリーズの方を向いてたからな。
何か伝えたい事があったのかも知れない。
「ど、ドラゴンが……」
「そう焦るな」
ドリーズの言葉の後、ドラゴンは
城壁に器用に着地して、ドリーズのお辞儀をする。
かなり繊細と言えるなぁ
何処も壊れないように着地してるわけだし。
「シャロンよ、わざわざ城壁に近寄り
儂の前で地上に降りたと言う事は
急いで伝えたい事があると言う事じゃな」
「がぅ……」
少しだけ寂しそうな表情を見せながら
シャロンと言われたドラゴンは頷いた。
そして、何度か俺には理解できない鳴き声。
「何と……まさか、ジースの奴が」
「どうしたんだ?」
「うむ、儂の配下であるジースが命を落としたのじゃ。
ホワイトゴブリンに複数方向から狙われてのぅ。
今までのゴブリンアーミーで、儂の部下が
後れを取ったことは無いのじゃが……
どうやら、このゴブリンアーミー
今までのゴブリン共とはひと味違う様じゃな」
ドラゴンが撃ち落とされるほどの事態になるのか。
ゴブリンは遠距離攻撃なんて持って無さそうだから
早々やられることはねぇだろう。
遠距離攻撃があるのはホワイトゴブリン程度だからな。
そのホワイトゴブリンが居ても、今までの襲撃では
ドラゴンたちは1頭だって犠牲になってなかった。
それが今回は1頭とは言え、ドラゴンがやられたと。
「たかだかゴブリン等と侮っておったが
どうやら、考えを改めねばならぬらしい。
では、シャロンよ、新しい命令をする、良く聞け」
「がぅ!」
「今回のゴブリンアーミーの布陣を変えるのじゃ。
今までは1~2頭で対処しておったが
今度からは3頭と小型のドラグリンを含め対処じゃ。
ドラグリンは機動力を生かし、ホワイトゴブリンの索敵。
最優先殲滅対象は変わらずホワイトゴブリンじゃが
ドラグリンの索敵後に接敵し、排除せよ」
「ぐるぅ!」
「よし! 良い返事じゃ! これ以上犠牲を出すな!」
「がぁ!」
小型のドラゴンなんて居るんだな。
そんなの知らなかったが、とりあえずそのドラゴンも
ドリーズの配下だってのは分かった。
「では、ドラグリンの諜報部隊にも指示を出しておくのじゃ。
諜報部隊が仕入れた情報を定期的に儂に伝えよ。
ゴブリンの群れの情報は変わらず集めながら
ゴブリンの女王を少しだけ索敵せよ。
正し、地上に近付いての索敵は避けるようにするのじゃ。
ゴブリンの女王が魔法に近しい能力を使い
攻撃をしてくる可能性があるという事を伝えよ」
「がぅ!」
「今回は恐らく、ゴブリンの女王がかなりの実力を持っておる
良いな、決してゴブリンじゃと侮り、挑まぬようにせよ!」
「ぐる!」
最後の指示を聞いた後、シャロンと呼ばれたドラゴンは
大きく翼を広げ、すぐさま飛び立っていった。
「まさか儂らに被害が出ることになるとはのぅ。
確実に今回はゴブリンの女王が強くなっておる。
今までで一番と言って良いくらいの実力か。
そして、ゴブリンにしては非常に頭が良い。
それもまた、厄介な要素と言えよう」
「やっぱり頭が良いって思ったのか?」
「うむ、ホワイトゴブリンをしっかりと運用しておる。
今までの女王共はイエローゴブリン等の
接近戦闘部隊にしか頭が回ってなかったのじゃ。
故に、儂らドラゴンへの被害など皆無に等しい。
じゃが、今回はホワイトゴブリンの数が多い。
接近戦闘のみでは弱いと考え
遠距離のホワイトゴブリンを優先して用意させたのじゃ。
更に強化個体の数も多い様に思える。
潜伏期間も相当長かったようじゃし
今回は一筋縄ではいかぬかもしれぬな。
ますます人の長共には努力をさせねばならぬ。
物量も劣り、実力も劣りっておったゴブリンに
今まで勝ってた技量と知略。
じゃが、今回のゴブリンアーミーは
その技量と知略まで磨いてきておる。
連携をせねば、人の歴史は終りを告げる。
まぁ、儂らが動けば万事解決なのじゃがな」
例え多少強化されていたとしても自分の方が強い。
そう言う確信が当然、ドリーズにはあるだろう。
そして、俺にもその確信はある。
例えちょっと数が多かろうとも
俺の肉体にゃ傷も付かねぇだろうし
巨岩で潰されようとも、俺は平気だろう。
今回のゴブリンアーミーは俺達からすれば
何て事も無い戦いにしかならない。
強化されてるこの状況で
不意を突いて攻撃してようやく
ドラゴン1頭の撃破だからな。
ドラゴンたちが本気なら容易に退けられただろう。
そして、この攻撃でドラゴンたちも本気で動く。
そうなれば、ゴブリンじゃ手も足も出ない。
それだけ、ドラゴンという種族は圧倒的であり
そのドラゴンの長であるドリーズも無論圧倒的
その存在を容易に退けた俺も当然ドリーズ以上だし
ドリーズと互角以上に立ち回れるシルフだって
今回の襲撃は余裕だろう。
だが、人類はそうは行かねぇ。
化け物級なら余裕と言うだけだからな。
「部下を1人殺されたのは怒るべき部分じゃ。
じゃが、儂はドラゴンの長じゃ。
怒りで本来行なうべきをしない筈も無い。
人類の強化は必須項目……このままでは滅ぶ。
じゃが、ゴブリンの女王は儂が殺そう」
「でも、殺されたのは1頭だけ……
ドラゴンはもっと殺してるよ?」
「くく、その通りじゃ、儂らは奴らを殺しておる。
じゃが、それがどうした? 奴らの命など
儂からしてみればゴミ以下じゃ。
じゃが、儂の部下の命は
儂からすれば尊い命なのじゃよ。
命の価値など千差万別、平等な命など無い。
儂が持つ命の価値は、全て儂が決めるのじゃ」
平等な命なんてもんはねぇからな。
大事な奴の命は大事でそれ以外の命は
基本的にゃ、大した価値もねぇもんだ。
俺はシルフや知り合いの命が最も尊いと思ってる。
シルフ達に何かあれば、シルフ達を襲った奴の
全てを根絶やしにしようとも、
シルフ達の価値にゃ遠く及ばねぇ。
「故に儂は決めた、ゴブリンの命は塵以下じゃ。
根絶やしにしても構わぬ、価値などありはせぬよ。
シルフよ、優しくあろうとする必要など無いのじゃ。
優しくあれば辛いだけじゃよ、敵に情けは掛けぬ。
不機嫌な時の主もそうじゃろ?
考える必要は無い、危険だから排除する。
それだけで良いのじゃ、それだけでのぅ」
「……分かった」
まぁ、シルフだって理解はしてるだろうしな。
ちょっとだけ思ったから口に出したんだろう。
優しくあろうと振る舞うのは誰だってする事さ
結局1番醜いのは、気付かねぇことだ。
実際は命に無意識に価値を付けてる癖に
命は平等なんて騒いでる奴が1番醜いってね。
ま、別に悪く言う事もねぇがな。
馬鹿なのはお互い様だしよ。
「さて、人の兵共よ」
「は、はい!」
「儂にも戦う理由が出来たのじゃ。
しっかりと頼ると良いぞ。
何もせずに縋ることは許さぬがな」
「は、はい!」
部下が殺されたと知り、機嫌が悪いのだろう。
兵士達へ言葉を伝えたときに明らかに凄んだ。
兵士達が即座に冷や汗を流すほどの圧があったんだな。
「あぁ、すまぬ怯えさせたか、
主らに向けた殺意では無いのじゃ、安心せよ」
「で、ですよね、は、はは……」
引きつった笑顔を見せながら、兵士達は答える。
その後、ドリーズは城壁の上から地上を睨んだ。
「……後悔させてやるのじゃ、ゴブリン共」
明らかな怒りを見せながらも
ドリーズはゴブリンを即座に殲滅という手は取らない。
怒りに身を任せてやるべき事を見失うことはしない。
そう言う覚悟があるのが確かに分かった。




