アデリーナの遺言書
これを読んでいる貴方へ
ご機嫌よう、わたくしはアデリーナと申します。
これを読んでいる貴方は、突然の手紙にさぞ驚いていることでしょう。
実はですね、これはわたくしの遺言書なのです。
貴方がこれを読まれている頃にはわたくしはとうに死んでいるでしょうね。
さて、貴方には少し身の上話に付き合ってもらいましょう。
わたくしは、ファブリナ王国の三大公爵家の一家であるルルシア公爵家の長女として産まれました。
……今思えば、王太子であるソマスラージ殿下と同じ年代に、公爵家の長女として産まれてしまったのが運の尽きだったのでしょうね。
わたくしは殿下の婚約者になりました。
それからは厳しい妃教育の日々でしたわ。
ええ、本当に。
わたくしのお父様は、殊の外厳しいお方で油断が全く出来ませんでした。
まあ、それも当然でしょう。
ルルシア公爵家は四代にわたって妃を献上してきた家です。
というか、妃の献上以外は他の公爵家に勝る功績を殆ど残しておりませんでした。
ちょうど王太子が生まれる世代に姫が産まれていたので。
他国の姫君も我が国の王太子と釣り合う年齢の方はおりませんでした。
なので、他の公爵家にこの座を渡してしまうと侯爵に成り下がってしまう可能性が大きかったのです。
わたくしは必死で座学、魔法、マナー……兎に角、色々な事を覚えました。
学院で成績一位の座を常に手にするくらいには。
しかし、そんな努力も水の泡になってしまいましたわ。
……わたくしや殿下が二年生になる年に入院してきた聖女によって。
聖女であるソフィア様は平民であられました。
しかし、実はリージィー子爵の妹君がソフィア様のお母様でした。
なぜ、ソフィア様のお母様が平民の身なりをしていたのかは存じ上げませんが、貴族とあらば学院に入るのが常識です。
ソフィア様も例外なく入院しました。
そこからが、わたくしの不運の始まりでしたわ。
学院には、入院式という学院生全員が参加する行事があり、そこで魔力診断という新一年生の魔力量、属性、女神シリエース様のご加護が伺えます。
そしてソフィア様に順が回ってきて、手に魔法具を持つと……あら不思議、魔法具が真っ白に輝き、ソフィア様の頭上には聖女、聖人の証である紋章が浮かんでおりました。
そこで、殿下の目に留まったのでしょう。
殿下は未来の側近達に
「聖女をよく観察して来い」
と、仰いました。
……なんか、書いてたらムカムカしてきましたわ。でも後もう少しで終わり……のはずですから頑張りましょう、アデリーナ。
そして、ソフィア様の観察に向かった御令息達は全員骨抜きにされました。
だってもう、殿下への報告でソフィア様の短所も
「ソフィア嬢はコレが苦手らしいですが、一生懸命頑張っているそうですよ」
や、
「ソフィア嬢はコレが苦手らしいので、教えられる者を手配致しましょう」
など、ソフィア様がコレが苦手とだけ言えばいいのに、というかそもそもそんな情報は要りませんわね。
そんな訳で、段々と報告者の感情に左右された報告が段々と増えていきました。
わたくしは、あまりにも多いソフィア様の報告という褒め言葉が正しいのか気になってきましたので、手っ取り早く学院の女性生徒全員が参加するお茶会を開く事にしました。
そこで見たソフィア様は、とても、幸せそうでしたわ。
……今思えば、ソフィア様は此方をチラチラ見ていましたね。見せつけるかのように。
そんなことも知らないかつてのわたくしはこんなことを思っていました。
わたくしはソフィア様のように心からの友というものはおりませんでしたし、ソフィア様のように毎日を楽しむ術も持ち合わせておりません。
あるのはお飾りの地位や、上辺だけの友達、あったところで当然と流されてしまう成績など。
他者から見れば喉から手が出る程欲しいもの達でしょうが、わたくしは大して必要とも思いません。
なので、ソフィア様のように、日常のちょっとしたことで笑っていたいな、と。
そんな事を思っていると、表情を隠しきれていなかったのでしょうか。
わたくしの『お友達』の一人が、ソフィア様に向かって歩み始めました。
何をしにいくのでしょう……そんな事をぼんやり考えていたら、いきなり『お友達』がソフィア様に向かって水をかけました。
正直思いましたわ、わたくし。
いや、何やっとんねんソチ……と。
しかし、水をかけた彼女はわたくしの『お友達』なので、『お友達』の中で最も身分の高いわたくしが非礼をお詫びしなければなりません。
所謂、連帯責任というこの世の不条理ですわね。クソが。
まあ、そんなわけでお詫びをしたのですが、翌日殿下に呼び出されました。
「お前が聖女に水をかけたというのは本当か?」
いいえ嘘です、水をかけたのはわたくしではなく、わたくしの『お友達』です。
そう言おうとしたのですが、未来の側近達が馬鹿なことを仰いました。
「言い訳をしても無駄だ。お前に水をかけられたとソフィア嬢が言っていたのだからな」
……今思い出してもクソでしたわね、あいつら。何故子爵令嬢の言葉の方を真実として告げたんでしょうか。というか、全然終わりませんわね、この話。後もうちょっとじゃないじゃない。
まあ兎に角、そんな盲目信者の言葉を信じた馬鹿王子のせいで、わたくしの世界に暗雲が立ち込めました。
水の一件だけでなく、他にも、『お友達』がわたくしの顔色を伺ってソフィア様に嫌がらせをした方などもいました。
けれども当然わたくしはそういう行為を止めました。
しかし!何故まだわたくしに苦情が立ち込めるのです?!
答えは簡単、ソフィア様からの虚偽報告があったからですわ。
あのクソ野郎、わたくしの『お友達』よりタチが悪いですわね。
公衆の面前で盲目信者達に涙目で訴えるのですもの。
そうしてわたくしの悪い噂は広まっていきました。
そんなこんなでわたくしの評判は最悪になり、卒業パーティの時、ソフィア様を胸に抱えた殿カス、ソマスラージ様に言われました。
「お前のソフィアに対する悪行の数々、俺が知っていないとでも思っていたか!アデリーナ・ルルシア!今日をもって俺とお前の婚約は破棄する!」
ここで、殿下の成績をお伝え致しましょう。
殿下の卒業試験、順位はなんと!まさかの!七十九位です!
わたくしの学年は九十八人おりましたから、下から数えて二十番目ですわね。
下から数えた方が早いとか、王族失格ではありませんこと?
殿カス野郎はこんな学力なので記憶力も悪いのでしょう。
ソフィア様から訴えられる度にわたくしに問いただしていたことを忘れていたようです。
でないと「知っていないとでも思っていたか!」なんて宣いませんもの。
そんなことより、こんなとこでカリスマ性の無駄遣いしないで欲しかったですね。
しかもいつのまにか呼び捨てになってますし。
それに!一番イラついたのは!ソフィア様の!口元が!歪んでいたことですわ!
わたくし、絶対に嵌められていたんですわよね……。赦さん。
兎にも角にも、証人が大勢いるので外聞の悪くなったわたくしの婚約破棄は確実でしょう。
待っているのは国外追放か軟禁生活、あのカスならやりかねない死刑。
そう考えたわたくしは返事をせずに急いで家に帰りました。
外聞を気にするお父様やお母様、お兄様に見つからないよう部屋にたどり着くと、わたくしの専属侍女のカーラが寝台を整えていました。
カーラにことのあらましを伝えると
「それならば、わたくしの家にお隠れください。私を救ってくれたお嬢様ならば、家族も快く受け入れるでしょう」
と言ってくれました。
やはり、もつべきものは誘拐未遂されていた、慕ってくれる心優しい侍女ですわ。
そんな訳で二人で手際よく荷物をまとめ、カーラの家にわたくし一人で行きました。
……さあ、ラストスパートですわ!貴方にはあと少し、頑張ってもらいましょう!
魔法で郊外にあるカーラの家に行き、事情を説明すると、カーラのご家族は快くわたくしを受け入れてくれました。
そこからの生活は、最初の数日は慣れないことばかりでしたが、それでも充実した日々を送れました。
しかし、今日から数日前、カーラからルルシア家の人は例外なく記憶を探る魔法具を使う、という命令王族から来たと連絡が入りました。
どうやらわたくし、次期王妃である聖女を殺そうとした指名手配の死刑犯らしいですわ。
殺そうなんて思ったことも……ありますわね。
今朝、カーラにつけてもらっていたペンダントが生命反応を無くしました。
ということは、カーラはもうこの世にいないのでしょう。
そして、今に至ります。
いやあ、長かったですわね。
意外と中身の詰まった人生だったと、今更ながら思いますわ。
ちなみに今、この家……カーラのご家族の家にはわたくし一人しかいません。
カーラから連絡が来た日には国外に逃げてもらいました。
死刑囚を匿ったとして罰せられるのが手に取るように分かりましたからね。
そういえば、先程から家の外が騒がしいですわ。
きっと、わたくしを捕まえる為の騎士が来たのでしょう。
まあ、家にはわたくしの強固な魔術結界が張ってあるので、そんじょそこらの騎士では破れないでしょう。
……これでわたくしの書き遺したかったことはなくなりましたわ。
それではわたくし、この世で最も凶悪とされている禁呪を発動致します。
所謂アレですわ、『我が血と引き換えに〜』というやつです。
わたくしが全ての血と引き換えに願うのは、ソフィア様の聖女の力を女神シリエース様に返上することです。
ソフィア様の聖女としての力がなくなれば、王太子には釣り合わないただの子爵令嬢になります。
そうなれば、身分差により婚約は無効、更に、殿カス野郎は女狐と結婚できないことで永遠に苦しみ、女狐は適当にどこかの家へ政略結婚として嫁がされるでしょう。
しかも、リージィー子爵家はそれほど旨味のある家柄でもありません。嫁がされるのは貧乏なところでしょう。
そして、二人は苦しみながら生涯を終えるのです。
ふふふ、わたくしは笑いながら死ねますのに、あの二人は苦しみながら死ぬのね!
ああ、楽しみだわあ。
それでは、最後まで読んで頂き有難う御座いました。
来世で貴方に会えることを心より願っております。
アデリーナ